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第26話 遺跡前のトラブル

 結局、案内人ギルドのミランダから情報を得ることはできなかった。


「彼女に心当たりがあるのは間違いないんだけどな」


 正面から聞き出そうとして警戒されてしまった。

 粘ったところで聞き出せるとは思えなかった。


「もう一度やり直すのもありかもしれないですね」


 回帰すれば今回の接触はなかったことにできる。

 幸いにしてセーブしてから1時間ほどしか経過していないため大きな負担にはならない。同じ事を再び繰り返す、というのは楽ではあるものの苦痛を伴ってしまうこともある。


「いえ、ある程度の情報は得られたわ」

「え、そうなんですか?」

「情報は言葉だけじゃないのよ」


 相手の機微や言葉の裏に隠された感情から読み取る必要が時にはある。

 貴族が真実を言葉で語ることは少ない。貴族令嬢でもあるエレナの方がそういったこは得意だった。


「彼女は『あの子』のことを心配そうに言っていたわ。不安、というよりも同情が強そうな感じだったわね」


 それに『あの子』という言い方が気になっていた。


「私たちと同年代、もしくは少し年下なんじゃないかな」

「なるほど」


 そのうえ同情される境遇である可能性が高い。


「ま、こっちとしては今の状況に同情してほしいところですね」


 大通りを歩いていると前に5人の男が立ち塞がる。

 さらに数秒して後ろも同じ人数によって塞がれてしまう。前方にいる男たちへ意識を向けている間のことだ。

 もっとも、警戒していなかったわけではなく、二人にとってはどうでもいいことだったからだ。街にいるゴロツキにも似た相手なら警戒するにも値しない。


「テメェら、よくも馬鹿にしてくれたな」

「馬鹿にしたつもりなんてないんだけどな」


 何人かの顔に見覚えがあった。

 案内人協会にいた人たちだ。


「実力がないのは少なくとも事実だろ」


 協会にいた、ということは案内する人がおらずに待機していた証拠である。

 案内を求める新規の客は唐突に訪れる。協会も相手が求める実力もさることながら、相手の予定に合わせられる人物を紹介する必要がある。そのため手の空いている案内人は真っ先に紹介を受けられるよう協会で待機していることが多い。

 だが、そういった者たちは実力が乏しく不人気で暇なだけである。


「テメェ!!」

「俺らも馬鹿にされたまま引き下がるわけにはいかねぇんだよ」


 前と後ろの集団から一人ずつナイフを手にして襲い掛かってくる。

 大通りであるため周囲に人はいたが、騒ぎが起きた時点で避けるように離れていた。手慣れた動きから日常に近い光景なのだろう。


「ここも冒険者が多いから、こういう輩が増えてしまうのは仕方ないのよ」

「そういうものですか」


 カインが前から襲い掛かって来た男の腕をナイフが当たるよりも先に掴んで、体を放り投げる。ステータスを操作したおかげで成人男性が相手だったとしても軽々と投げることができるようになっている。

 後ろから襲い掛かる男にはエレナが対処する。魔法使いの風貌をしているということもあって魔法を警戒し、自分へ杖が向けられるのを見て横へ身を傾ける。だが、男が姿勢を変えた先にはエレナの杖を持っていない手が向けられていた。


「ぶっ!」

「がは!?」


 二人の男が地面に叩き付けられ、元いた場所へと吹き飛ばされる。

 賢者候補になるほど魔法を極めたエレナにとって杖は魔法の威力を高める補助媒体でしかなく、魔法の発動に杖の必要はない。さらに彼らを吹き飛ばす程度なら杖も必要としていない。


「風の魔法ですか」

「少し大気に干渉しただけよ。気絶させるだけにするならちょうどいいわね」


 吹き飛ばされた男は気絶したまま目を覚ます様子もない。


「それに、ここにいる連中全員を気絶させるぐらい造作もないわ」


 エレナの手を中心に風が渦巻く。

 魔法の力を目の当たりにして案内人たちが後退る。彼らも案内人として冒険者に同行し、中には魔法を扱える者もいたため魔法を目にしたことはあった。しかしエレナほど自然に魔法を使用しておらず、平然としている様子から力の差を見せつけられていた。

 仕方なく視線がカインの方へ向いてしまう。


「俺を狙うのはいいけど……」


 短剣を抜き、地面に倒れた男へ剣先を向ける。


 バゴン!!

 軽く振った剣の先から発生した風が倒れた男の目の前にあった地面を吹き飛ばす。風が当たった場所には拳ほどの大きさの穴が開いていたが、ただの風に地面に穴を開けるような力はない。


「俺たちが求めているのは遺跡を攻略できるだけの実力がある案内人だ」


 協会で燻っているような人間に用はない。


「なによりもやる気のない奴に案内を任せるつもりはない。痛い目を見る前に大人しく帰った方が身のためだぞ」

「……チッ、それなりの実力はあるみたいだな」


 最初に話し掛けてきた男が離れ、その言葉に従うように他の者もついていく。

 後に残されたのは気絶した二人の男だけ。


「おい、忘れているぞ」


 後ろから指摘するが、男たちは足を止めない。


「どうするかな?」

「向こうから襲ってきたのだから放っておきましょう」


 もうエレナの興味は襲撃してきた案内人になかった。

 いや、襲撃者には興味が残っていた。


「これが案内人の実力……なら、遺跡の探索は私たちの実力で進める必要があるわね」


 案内人の戦闘力に大きな差はない。

 彼らの優劣をつけるのは、どれだけ遺跡の構造に詳しいのか、ということと案内する能力である。


『もっと頑張りなさい』

「ブランディア様?」

『貴方と違って彼女が持っている情報は少ないわ』

「俺が知っている情報は事前に共有してありますよ」

『貴方と彼女では、同じ情報を共有していたとしても致命的に違う部分が存在するわ』


 カインだけでは気付けないことがある。カインは雑用として冒険者をしていただけで、冒険者の実績はエレナの方が圧倒的に強い。

 知っている情報は全てエレナに教えたつもりだ。


『そう。彼女にとっては貴方から教えられた情報でしかないのよ。対して貴方は情報を体験して知っているの』


 人が介在することで情報の精度はどうしても落ちてしまう。

 ギムナでの出来事もカインは痛烈な記憶として残っているが、エレナは話を聞いただけにすぎない。自分がどうにかしなければならない出来事であるため想像することはできるが、思い出としてはどうしても弱くなってしまう。


『もっと率先して動いてあげないといけないわよ』

「それは分かっているんですけど……」


 今は受け身に動くことしかできない。

 次第に視線が向けられるようになり、その場を離れようとした。


「二人とも、随分と強いじゃないか」


 人垣の中から低い声で話し掛けられる。

 二人が視線を向けると、人垣の向こうから顔に傷のある男が現れた。左目に眼帯をしており、鋭い爪で抉られたような跡が斜めに走っている。

 身長はカインよりも高く、普段から肉体を動かしていることが一瞬で分かるほど鍛えられた体をしている。


「オレは案内人のガデウスだ。さっきの奴らよりずっと強いし、遺跡の奥まで行ったことがある。オレに案内を任せてみないか」


 大柄な男。


「けっこうです」


 それだけで断るには十分だった。


「な、に……?」


 断られるとは思っていなかったのかガデウスが言葉を失う。


「オレはこの街の案内人の中でも本当に強いんだぞ。オレの案内を断るなんて信じられない!」


 今にも掴みかかろうとガデウスが手を伸ばす。

 しかし、その手が何かを掴むことはなく、カインとエレナの姿は彼の前から消えていた。


『彼が強いのは本当らしいわよ』


 ブランディアには相手のステータスが見えている。相手がどれだけ強いのか正確に把握することができるが、特別な状況でもなければ教えるつもりはなかった。あくまでも助言を与えるだけである。


「俺の速さを捉えることはできなかったようですが、最低限の力を持っていることぐらいは認めてあげますよ」


 ガデウスが顔を上へ向ける。

 隣にいたエレナを抱え上げると、後ろにあった3階建ての建物の屋上まで一気に跳び上がっていた。

 予想していなかった行動のせいで見失ってしまったものの上へ移動したことまでは見抜くことができた。


「これも失敗か」

「そう簡単にはいきませんね」


 案内人協会で騒ぎを起こして注目を集め、絡んできた力のある者の実力を見定める。案内人としての技量まで判別できないが、対峙して実力は見抜けた。


「ガデウスっていう奴は回帰前の世界にいなかった。だから少しは期待していたんだけど、そこまで強いとは思えない」


 それに『あの子』と呼ばれるような容姿をしていない。

 別の人間を探した方が適切だ。


「そもそも勇者の同行者なら戦闘能力はそこまで必要ないはずだ」


 ほとんどの魔物は勇者によって瞬殺されてしまう。


「そろそろ時間切れですね」


 そんなことをしている間に夕暮れが近付いていた。


「とりあえず明日になったら私たちだけで遺跡へ行ってみましょう。回帰前は遺跡に入ったことがないんでしょう」

「そうなんですよ。なにせ失敗するわけにはいきませんでしたから」


 遺跡やダンジョンでの失敗は、死に直結する可能性がある。

 あの状況での回帰は、エレナとの時間をやり直してしまうことになり、回帰後の時間短縮の打ち合わせなどに不都合を生じさせてしまうことになる。

 慎重になった結果、危険は避けることにしていた。


「今のステータスならほとんどの魔物には対処できるはずですし、意外とどうにかなるかもしれませんよ」


 カインは遺跡をダンジョンのようなものだと思っていた。ダンジョンは深く進むほど出現する魔物が強くなり、使徒になったことで浅い階層に出現する魔物なら苦も無く倒せるようになっていた。

 だから遺跡も浅い階層なら問題ないだろう、と判断してしまった。

 しかし、遺跡はダンジョンとは全く異なっていた。

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