第25話 ラポルカ
――6日目。
馬車で街道を進むカインとエレナ。サマリアルから直通で向かう馬車はなかったが、途中で立ち寄った街でラポルカへ向かう商人と出会うことができ、緊急時の護衛を引き受ける代わりに同乗させてもらうことができた。
途中ゴブリンの群れが現れたものの使徒と賢者候補が苦戦させられるような相手ではなかった。
その活躍に商人は二人を雇ったことに満足していた。
ラポルカ付近は比較的に穏やかな場所だ。運が悪ければ魔物に遭遇する程度で、費用を気にして護衛を雇うのを怠る者がいる。
ただ同乗させるだけで魔物の脅威から救ってもらえた。
商人にとってこれ以上の幸運はない。
「見えてきましたよ、二人とも」
やがて馬車の中からでも遠くに巨大な建物が見える。
塔のように高く聳え立つ構造物が中心にあり、四角堆状の構造物が取り囲むようにある。遠くから見ても形が分かるほど大きく、都市と同等の大きさがあると言われている。
そんな遺跡の周囲で冒険者や彼らを相手にした者たちが生活を営み、遺跡都市が形成されるようになった。
遺跡都市ラポルカ。
遺跡の外で魔物に襲われることは滅多にないため、外壁のような境界線は存在しない。遺跡のある場所からが都市だと言われている。
「だから、このタイミングなのか」
「どうしたの?」
「セーブされた」
――メインクエスト②が開始されました。
セーブされます。
文字が書かれた半透明な板がカインの前に出現する。神からの啓示であり、これらは使徒であるカイン以外には認識することができない。
それでも視線が虚空へ向けられていることから、そこに何かがあることをエレナは察した。
「ここまで4日もかけて到着したけど、私が立案したっていうこれからの予定をもう一度確認させて」
立案した相手に説明する。
どうにもおかしな状況に困惑しながら決められている事だけを確認する。
「この街で使える時間は10日間だけ。祭りの日の昼頃にボーディスは復活した。もしかしたら、それよりも早くなる可能性があるからできることなら余裕をもって出発したい」
可能な限り早く到着したが、それでも10日の時間を確保するのが限界だった。
だからこそ予定が肝要となる。
「まずは案内人を探すよう言われている」
「案内人?」
冒険者としてあちこちへ出向いたこともあるエレナだったが、ラポルカへは訪れたことがなかった。
あくまでもラポルカへ行ったことのある冒険者から話を聞いて必要な事をまとめただけに過ぎない。
「遺跡内部は複雑らしく、斥候職でもない俺たちが地図を手にしながら進んだとしても迷ってしまうらしいです」
斥候系のスキルを所持していたのなら違った。
それどころか二人ともダンジョンを探索したことはあってもスキルまで入手できていなかった。初めての場所を限られた時間で探索するには心許ない。
「けど、この遺跡には内部の案内を専門にした人がいるようです」
案内人。
戦闘能力はないが、遺跡内の案内を専門にしている者で、彼らの案内がなくても浅い階層の探索なら可能である。逆に言えば、案内人なしに攻略は不可能だと言われている。
「勇者も案内人を雇ったのは間違いないみたいです」
「なら、その案内人を探すところからね」
「それは無理です」
エレナの提案をカインは否定した。
勇者が入手した聖剣を先に入手する為、どのような方法で遺跡を攻略したのか情報を集めようとした。
「さすがは国から守られている勇者ですね。その情報も厳しく管理されていて最低限の事しかわかりませんでした」
勇者が遺跡を完全に攻略したことは間違いない。
遺跡の攻略に案内人が同行したのは間違いないが、誰が攻略に貢献したのかは分からなかった。
「どういうこと?」
「まずは街で最も有名な案内人組織に接触することにしましょう」
☆ ☆ ☆
拠点を移動した冒険者は必ず移動先の冒険者ギルドで到着の報告をしなければならない。
ギムナの時は個人的な依頼を受け、依頼人であるエレナと一時的に滞在していただけでしかなかったため移動の手続きをしていなかった。だが、ラポルカでは冒険者として遺跡へ入るつもりでいるため、拠点変更の手続きが必要だった。
カインとエレナが街に到着したのは昼過ぎ。
遺跡都市にある冒険者ギルドであっても、ギルドにいる人の多い時間、少ない時間というのは変わらない。
朝に依頼を受け、夕方に帰る。
昼過ぎともなればギルドも落ち着いている。
「遺跡もダンジョンと同じように冒険者ギルドが管理しているの?」
「正確には遺跡に入る冒険者を管理しているらしいです」
遺跡は大昔に人の手によって造られた物であることが判明している。探索し尽くされた上層に金銭的な価値がなくとも、過去を知る為の歴史的な価値は今でも残されている。
そんな歴史的価値に興味のない荒くれ者の冒険者が苛立ちから遺跡を破壊してしまい、冒険者ギルドが責任を負わされることになる事態があった。
そういったことから遺跡を管理する権限はないが、遺跡へ入る者を管理する目的で出張所のような施設が設けられることとなった。
「だからラポルカで登録しないと遺跡に入ることはできないんです」
そんな風に言葉を交わしながらギルドの中へ入って来た二人へと、ギルドの中にいた人々からの視線が一斉に向けられる。
軽装の戦士と思しき少年。カインが身に纏っているのはダンジョンから脱出する際に宝箱から手に入れた皮製の長外套。真っ黒な外套は防御力がなさそうに見えるが、見る者が見れば魔法効果が付与された物だと看破できる。ただし、纏っている者の体が鍛えられておらず、強く思えないため脅威と見做されなかった。
隣にいるエレナの方が脅威だと見做された。ローブで顔を隠していても隙間から覗ける黄金の髪、整った顔立ちを際立たせる凛とした意志の強さを感じさせる美貌。
エレナの放つ圧倒的な存在感にカインの存在は霞んでしまった。
カインの方が前を歩いていたとしても、エレナの後ろを歩く付き人のように感じさせてしまうほどだった。
「大変ですね」
「悪いが今は賢者候補として振舞っている。私を認めてくれた人の為にも見下されるわけにはいかないんだ」
冒険者でありながら賢者候補。
見下されるようなことがあってはならない、とエレナは強気な姿勢を崩さない。
ギムナにいた頃はヴァーエル家の令嬢、故郷に帰って来た女性という要素が強く出ていたため威圧的な態度は見せていなかった。
「すまない。私たちは今日ラポルカに到着したばかりなんだが、移動の手続きをお願いしたい」
エレナにとって注目を集めてしまうのは日常茶飯事。
ギルド内の様子を気にすることなく受付へと向かい手続きを進めようとする。
「……あ、は、はい!」
その場の雰囲気にのまれそうになる受付嬢だったが、我に返ると二人が提出した冒険者カードを確認する。
ギルド内のデータと照合すれば、二人の経歴まで確認することができる。
「え、賢者候補?」
受付嬢の口から漏れてしまった小さな声。
今はギルドの中にいる者たちの視線がエレナに集まっており、受付嬢の呟きも自然と聞こえてしまった。
本来であればギルドの職員が冒険者の個人的な情報を漏らしてしまうなど失態と言っても差し支えない。情報を漏らされてしまったエレナが訴えれば、受付嬢は処罰されてしまう。
だが、この状況を望んでいたエレナにとっては好都合だった。
「そう。否定するつもりはないけど、あまり広めるようなことはしないでね」
「は、はい!!」
明確な肯定こそしていないものの、自分が賢者候補だと肯定しているようなものだった。
その実力は王都から遠く離れた田舎にある冒険者ギルドにも届いている。
実力を見せることなく、知らしめることに成功した。これで無用なトラブルは向こうの方から遠ざかっていくことになる。
「そちらの方は荷物持ちですか?」
カインのランクはF。
何らかの事情から雇われた荷物持ちだと思われてもおかしくない関係性だった。
「そうですね」
否定はカインもしない。
どのような関係性なのかは周囲が勝手に誤解してくれるだろう。
「私たち二人で遺跡を探索する」
「わかりました」
「ここへは初めて来たんだけど、何か特別な手続きとかは必要?」
「とくには必要ありません」
出張所で冒険者カードを見せ、記録を残すだけでいい。
ただし、ダンジョンと違って何日も経って戻って来なかったとしても救助が派遣されることはない。個人的に保険を掛けておくことは問題ないが、冒険者ギルドが遺跡内での出来事に関与することは一切ない。
「案内人という人たちがいると聞いたのだけど?」
「はい。案内人協会という組織がありまして、ギルドとは別の組織になります」
冒険者ギルドと同様に登録している案内人を積極的に紹介してくれる。相手が賢者候補ということで失礼がないよう丁寧に対応してくれていた。
案内人協会は、雇う為に必要な金を多く積めば積むほど優秀な者を紹介してもらうことができ、街にいる半数ほどが登録している。そのため少なくともハズレがないと言われている。
「冒険者ギルドを出て右手へ進んだ先にある靴のマークが描かれた看板を掲げた建物が案内人協会です」
「ありがとう」
冒険者ギルドを出て言われた場所へ向かう。
それほど離れておらず、すぐに到着する場所にあった。
「でも、ここに探している人はいないのよね」
「そうだと思うんですよ」
ハズレはいない。同時に大当たりもいなかった。
なによりも案内人協会の人間でないことだけは間違いないなかった。
「勇者もラポルカに到着してから案内人協会で案内人を雇ったらしいです。けど、最初の数日だけ同行しただけで案内人の契約は解除されたらしいです」
解雇された、と回帰前の酒場で愚痴を零して噂になっていた。もし、自分が最後まで同行していれば聖剣を入手した勇者を案内した人間として有名になれた、と後悔していた。
だが、そもそもそんな仮定は無意味だ。
勇者は聖剣の入手に彼らが足手まといだと数日で判断したから解雇した。勇者に紹介された案内人なのだから、協会にいる人間の中でも優秀な者を紹介したはずである。
そんな者でも力不足なら他の者を紹介されても無意味だと判断した。
「問題は、その後の勇者がどうやって遺跡を攻略したのか判明していないことなんですよ」
案内人協会との付き合いを断った勇者。
誰もが勇者の遺跡攻略は不可能だと判断していたが、だが、数日後には聖剣を入手して遺跡から出てきた。
「俺が会ったのは勇者だけでしたけど、遺跡に入った時はパーティを組んでいたらしいです。遺跡の攻略をパーティだけでしたのか、個人の案内人を見つけて案内してもらったのかはわかりません」
少なくとも同行した案内人の姿を見た者はいない。
「協会で紹介してもらうつもりはありません。ですが、聞いてみる価値はありますよ」
「どうするつもり?」
バン! と大きな音を立てて案内人協会の建物に入る。
建物の中は冒険者ギルドとそれほど変わらず、建物に入って正面に受付のカウンターがある。周囲には寛げるようソファやテーブルが置かれており、そこにいた何人かの視線がカインへ向けられる。
初めて見る少年の姿に怪訝な視線を向ける。
だが、カインは初対面ではなかった。回帰する前、ラポルカで情報収集をした際に話を聞いた者が何人かいる。彼らが勇者に同行していないことは確実だ。
そんな視線を無視してカウンターへ向かう。
カインが前へ出たことでエレナよりも注目を集めていた。
「初めて見る顔だね。どんな用だい?」
「ここにいる連中じゃなくて個人の案内人がいる場所を紹介してほしいです。交渉はこっちでやります」
「……冷やかしかい?」
カウンターにいたのは初老の女性――ミランダ。
案内人として名を馳せていた女性で、年齢を理由に案内人は引退してしまったものの他の案内人から信頼されていることもあって受付を引き受けていた。
また協会に登録していない案内人にも知り合いが多くおり、中には面倒を見た者もいる。
街にいる案内人の中では最も有名な案内人だと言っていい。
「冷やかしなんかじゃないですよ。俺たちは遺跡にある聖剣を本気で探しています。その為には、聖剣まで辿り着ける案内人が必要なんですよ」
「そんなこと言われてもね」
聖剣の有無は、現段階だと確認されていない。
あくまでも『ある』という噂が出回っただけでしかない。
「そうですね……具体的に言うなら、聖剣を見つけられるような『あの子』を紹介してほしいんですよ」
「どうして……!」
その事を知っているのか。
単純な話だ。ラポルカで情報収集をした際、勇者に同行した案内人を探していた時に「もしかしたら、あの子かもしれないね」とミランダが呟いたのをカインは聞き逃さなかったからだ。
ミランダも同行した案内人を知らない。けれども心当たりはあったが、勇者に関する情報だったため、聞き出そうとしても情報を吐くことはなかった。
だが、今なら事情が変わってくる。
「心当たりはあるんですね」
「まあ、そうだね」
現在は勇者が関与するよりも前の時間。
制限は以前よりも緩くなっていた。




