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第23話 助けたい

 ――2日目。


 サマリアルの門前は朝から騒がしい。普通に生活しているだけなら街の中だけでも足りるが、外に用事がある冒険者がサマリアルには多いため盛況だった。

 一応、外へと向かう冒険者をエレナは観察していた。しかし、もう何度もステータスを確認した相手ばかりで、【呪怨耐性】のような彼女が求めるスキルを持つ者はいない。


「無理、かしらね」


 諦めかけていた。せめて自分だけでも大呪術師に備えようと単独での帰郷を考慮するほど追い詰められていた。

 そんな状態でもサマリアルに留まっていたのは、祭りが行われる日のギリギリまで諦めたくない……というよりも自分だけ行ったところで無力だと理解しているからだった。


「あの子は……」


 門前近くにある喫茶店でお茶を飲みながら人々を眺めていたエレナの方へ近付いてくる人影を捉えた。

 眺められるよう通りに面したオープン席を確保していた。

 真っ直ぐに店ではなく、エレナのいる方へと向かっているため彼女を目的にしているのは正面にいるエレナには明らかだった。


「え……」


 エレナの【鑑定】がカインを捉えた。

 カインのことは以前に冒険者ギルドで見たことがあり、その時にステータスを確認していたため冒険者の中でも最底辺の実力しか持っていない、ということを把握していた。

 遠くからでも以前に視たことのある人間だと分かった。

 それでも簡単に覗いただけのステータスだけでも明らかに以前とは異なっていることに気付いた。


「いや、そんなはずない」


 たった数日で上げられるようなステータスではない。

 エレナの【鑑定】は視ただけではレベルやステータスの一部しか覗くことができず、視ることのできる情報は距離に比例する。完全に情報を得たいのなら対象に触れる必要がある。


「ここ、いいかな?」

「どうぞ」


 テーブルを挟んで向かいに立ったカインが許可を求める。


 素っ気ない態度。

 明らかにカインのことをエレナは警戒していた。


「そんなに警戒しなくていいぞ」


 敵対するつもりはカインにはない。

 素直な気持ちを告げたつもりだったが、逆にエレナの警戒を強めることとなってしまった。


「……困ったな」


 そんなエレナの態度にカインは戸惑っていた。

 出会ってから親しくさせてもらい、数週間の付き合いになっていた。

 その間、エレナから信頼されているようにカインは感じていた。少なくとも警戒されたことはなかった。


『仕方ないわよ。彼女にとっては初対面なんだから』


 初対面という意味では今のブランディアもカインとは1日だけの付き合いでしかないため初対面のようなものだった。


「まずは俺の事を信用してほしい」

「……なに、言ってるの?」

「俺を【鑑定】すれば分かることだろ」


 テーブルの上に置いたエレナの手へとカインが手を伸ばす。

 しかし、その手が触れる前にサッとテーブルの下に隠されてしまう。


『女性の手をいきなり触るのは減点ね』


 触れてもらうことで完全に鑑定してもらおうとした。だが、何の説明もないまま女性の手を触ろうとしたのは失点だった。

 さらに言えば……


「どうして私の鑑定に触るのが必要だって知っているの?」

「それは……」


 隣で眺めているだけのブランディアがクスクス笑っている。

 今のエレナはカインが使徒であることも知らないため、近くに自分が知覚できない存在がいるとは思いもしていない。

 ブランディアが笑っていたところで二人の女性には何の問題はない。

 ただ、笑われているカインが不快な思いをするだけである。


「とにかく話を聞いてほしい」

「……」


 警戒しながらもエレナは離れようとしなかった。

 真面目な表情でカインはこれから……これまでに起こった出来事を語った。


「俺は使徒の力で同じ時間を何度もやり直すことができるんだ――」


 ギムナへ向かった理由、到着してからボーディスの眷属を相手にし、ヴァーエル家の執事であるアグニスが以前から画策していたこと。

 そして、封印から解放されたボーディスの力が凄まじく、勇者と出会ったことで自分たちが何をしなければならないのか知ったこと。


「なるほど」


 エレナにとっては信じられないことだった。

 ヴァーエル家が秘匿している事実、さらには密命を受けた自分が知らないことまで知っているだろう人物がいる。

 ボーディスは自分がどうにかしなければならない、と使命感を持っていた。その使命に失敗した場合にどのような結末を迎えることになるのか。


「……全て妄想よ」


 もしかしたら真実かもしれないし、そうなるのかもしれない。

 だが、この時点から考えれば全ては未来に起こる可能性のある出来事でしかない。


「どうやってヴァーエル家の秘密について知ったのか分からないけど、おかしな妄想は口にしない方がいいわよ」

「ちがっ……」


 否定しようとする。

 しかし、自分の身に置き換えた場合なら信じられないと思えてしまったため途中で止まってしまった。


「参考にはなったわ」


 エレナが席から立ち上がる。


『随分と警戒されているわね』

「警戒……」


 ブランディアから言われて気付いた。

 最初に出会った時からエレナは敬語で話し掛けてくれていた。

 だが、今は最初から警戒心の残った話し方をしていた。


『まあ、仕方ないわよね。いきなり現れた人間が妄想みたいな話をする。しかも、その内容が自分の未来に関わる暗い内容だっていうなら信用なんてできるはずないわよ』


 信用できない、というよりも信用したくない。

 カインの話を信用して肯定するということは、滅んだ未来をも肯定してしまうことになる。

 そうなることを避ける為に動いていたエレナとしては受け入れられるはずがなかった。


『未来の情報を知っている、というのは一種のアドバンテージになるけど、全ての情報を明らかにしてしまうのは相手に警戒心を抱かせてしまうことになるわ』


 開示する情報は厳選しなければならない。

 今回は自分の知っている情報を少しでも多く提供することで、あのような未来に回避しようと躍起になってしまった。


『彼女の協力は必要不可欠なのよね。残念だけど、今の失敗を次に活かして協力してもらえるよう動きなさい』


 カインにはやり直しができる。

 今回の説得に失敗したとしても、再び最初からやり直せばいい。


「……それだとダメだ」

『カイン?』


 店を出て行ったエレナを探す。

 もう大通りへ出たところで、数秒もすれば雑踏の中へ紛れ込んでしまう。そうなれば、今回はどこへ行ったのか見失ってしまうことになる可能性が高い。


「待ってくれ!」

「……なに?」


 店から飛び出すと叫んで呼び止める。

 ブランディアが言うように『回帰』があるカインはやり直した方が説得できる可能性は高くなる。

 だが、カインはもう決めてしまっていた。


「諦めたくないんだ」

「何を?」

「俺にお前を助けさせてほしい」

「は?」

「初めてだったんだ。誰かから頼られたのは……」


 次の目的も定まっておらず、サマリアルの街を歩いているところをエレナに呼び止められて頼られた。

 冒険者ギルドで依頼を受けたことがあるため、頼られたことはある。ただし、ギルドの依頼は登録している誰かに頼ったものであってカイン自身を頼ったものではない。

 エレナからの依頼は、使徒になったからとはいえ純粋にカインを頼ったものだった。


「頼られてあんなに嬉しかったのに、どうしようもない化け物を目にして諦めてしまったんだ」


 それでも可能性を見つけた再起する気になった。


「だから助けさせてほしい」

「……そんな約束、私は知らない」


 メインクエスト③が始まったギムナの都市へ入った時へ回帰しなければ消えてしまった出来事だ。

 今のエレナがそんなことを言われても戸惑うばかりだ。


「信用してもらえなくてもいい」


 どれだけ厳選したところでエレナを言葉だけで信用させるのは難しい、とカインは感じてしまった。

 アグニスが呪術師だと言葉を尽くして説明しても信じてもらえなかった時と同じだ。


 回帰する前――初めてアグニスに襲われた時は『襲撃』という出来事があったからエレナもアグニスが敵だと納得することができた。

 しかし、『襲撃』という事実がない状況で信じるのは難しい。


 今回と以前までの決定的な違いは何か。


「順番が致命的に違うんだ」


 以前は冒険者ギルドで戦ったカインの姿を見つけ、そこを偶然にもエレナが見かけたことで彼女の方から接触していた。

 今回はカインの方から接触する必要がある。たとえエレナの目の前で力を誇示するような姿を見せたところで、偶然にもエレナの興味を惹くことができなければ失敗してしまうし、脚本を用意したところで下手な芝居のようになってしまう可能性の方が高い。あの時と同じ状況を再現するのは簡単だが、それではダンジョンからの脱出を短縮させた意味がなくなってしまう。

 偶然が重なったことで、ほぼ初対面であるにもかかわらず信用してもらうことができた。


「それならそれで俺は助ける為に一人で動く」

「どうして、そこまでして……」

「初めて人から頼られて交わした約束だ。だから誰の意思も関係なくやり遂げたいんだ」


 今のエレナがどんな思惑を持っていようと関係ない。

 純粋にカインが交わした約束を守りたかった。


「だから……助けさせてほしい!」


 人々のいる前で宣言したカインの言葉は多くの人が聞くことになった。

 注目を集めたせいでエレナは挙動不審な様子……になることはなく、考え込むように閉じていた目をゆっくりと開けた。


「さっきの話は全て本当なの?」

「ああ」

「まあ、調べたところで簡単に知れないことまで知っていたから嘘じゃないとは思う」


 だからこそ信用できない部分がある。


「それでも貴方の『助けたい』っていう気持ちが嘘じゃないのも分かる」

「え……」

「そんな泣きそうな顔で言われたら信じるしかないでしょ」


 エレナが自分のハンカチでカインの顔を拭く。

 涙が流れていたわけではないが、自分の感情を吐露したせいか熱があってハンカチ越しに伝わるエレナの手から放たれる冷気が心地よかった。

 魔法による冷気で、カインのことを想っているのが理解できた。


「貴方には本当にやり直せる力があるのね」

「そうだ」

「なら、失敗した時の責任は最初から戻ることで清算するのね」


 ギムナを救えなかった場合、全てをなかったことにして最初からやり直せ。


「じゃあ……」

「貴方の気持ちに付き合ってあげる。どうにも不安だから貴方だけに任せておけないわ」


 感情だけで具体的な方針はない。

 どこか放っておけない気持ちにさせられてしまった。


「これからどうするのか具体的な事なら決まっているんだ」

「そうなの? ちゃんと考えているのね」

「いや……考えたのはエレナなんだ」

「私?」


 回帰を前提にラポルカで何をするのか、具体的なスケジュールまでエレナが主導して決めていた。

 この時間まで戻って来たカインがするべきことはエレナに指定されている。


「いいわ。私が考えたっていう方針に従ってあげる」


 まずカインがすべき『エレナの説得』は成功に終わった。


『必要だったのは未来の情報なんかじゃなく、貴方自身の口から語られる言葉だったのよ。彼女を説得するんじゃなくて、彼女から信頼を少しだけでいいから得る必要があった』


 どうしてカインが協力してくれるのか。

 エレナにとってギムナを救うのは悲願だが、カインは赤の他人でしかなく、語る言葉が真実なのだとしたら勇者がボーディスを倒すのを待ちギムナから離れていれば巻き込まれることもない。


「ところで年齢は?」

「15」

「私より年下じゃない!」


 鑑定してカインの年齢も視えていた。

 それでも馴れ馴れしい口調から誤りである可能性を捨て切れていなかった。


「年上には少しぐらい敬語を使いなさい」

これで第1章と第2章が終了になります。

第3章は聖剣を求めて遺跡都市ラポルカでの冒険とボーディスとの決着になります。

プロット段階なので要望あれば様子を見て投稿してみたいと思います。

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