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第15話 呪具

 --12日目


 ギムナの外壁を通る最中にカインの意識が切り替わる。

 真っ黒な世界から陽の当たる世界へと戻って来るのは何度経験しても慣れない。


「カインさん?」


 この場所で目覚めるのも4回目で慣れているはずだったが、数日間も一緒に旅をして過ごしていたエレナには小さな違いにも気付かれてしまう。

 正しくはカインが気付いていなかっただけで大きな違いが生まれていた。


「何かありましたね」

「どういうことだ?」

「ステータスです」


 カインの手がエレナに握られていた。

 指摘されてステータスを確認する。



==========

【名 前】カイン

【年 齢】15

【レベル】4

【職 業】なし

【体 力】15

【筋 力】20

【速 度】25

【知 力】4

【スキル】短剣術

保有ポイント40

==========



 呪術師を倒したことでレベルが気付かないうちに2も上がっていた。

 その状態で過去へ戻ってやり直したことで保有ポイントへと変換されていた。

 2レベル分の保有ポイント。


「これは好都合だ」


 せっかく記録世界で呪術への対抗手段を考えてきたが、大量のステータスを得られたことで必要なくなった。


「詳しいことは後で説明させてもらう」


 これまで門を通ると真っ直ぐヴァーエル家の屋敷へと向かっていた。中心部まではかなりの距離があるため近くまでは馬車を利用することになる。

 今回も同じように馬車の停車場へ案内しようとするエレナ。


「え、どこへ行くんですか?」

「ついてきてくれ」


 案内しようとするエレナとは反対方向――元来た道を戻るカイン。

 何が何なのか分からないままエレナもカインの方へと歩いていく。


「今は優先させるべきことがある」


 呪術師は生きたまま捕縛する必要がある。レベルも上がった今なら簡単に倒すことができるが、それでは前回と同様に捕まえた直後に自殺されてしまう。

 単純な方法で捕まえるのは意味がない。

 別の手段で自殺させないよう捕らえる必要があった。


「ま、そんな都合のいい方法なんてなかったんだけどな」


 ブランディアだけでなくエレナも交えて導き出した方法。


「俺はギムナの街に詳しくない」

「はい」

「特徴的な顔をしている奴だったとしても、誰なのか見つけるのは難しい」


 2回目に襲われた時、呪術師の顔を確認した。

 どこかで見たことがあったような顔だったため3回目は同じ道を通りながら人々の顔を注意深く見ていた。

 初めて訪れる街なのだから、どこかですれ違っていたのかもしれない。

 だが、結局は見つけることができなかった。


「それはそうだよな。見たタイミングが間違っていたんだ」


 回帰した時、街へ入った瞬間から始まった。そのため自然と街の中ですれ違ったものだとばかり思い込んでしまった。


「実際は街へ入る前に見ていたんだ」


 検問が行われている場所の近くまで戻って来る。


「おや、どうしました?」


 カインとエレナの検査を行った衛兵が笑顔で出迎えてくれる。相手は領主の娘であるため失礼があってはいけない。


「当家の客人を案内して来たのですが、何か探し物があるみたいなんです」

「何か落とされたんでしょう……」


 検査の最中に何か落としてしまったことに後から気付いて戻って来た。

 そう考えてしまうのが自然だ。


「いた」


 だが、カインが探していたのは物ではなく人。

 目的の人物を見つけると、すぐ近くに同僚の衛兵しかいなことを確認してズカズカ近付いていく。


「がぁ……!」


 直後、壁に叩き付けられて衛兵の一人が意識を失いかける。

 全く予期していなかった事態であるため衛兵は受け身を取ることすらできずにいた。


「き、きさま……!」


 すぐ隣にいた衛兵が手にした槍をカインへと向ける。突然の事態に驚いているのか、それとも若いことから経験不足によって怯えているのかカインへ向けている槍はガタガタ震えていた。

 レベルはカインより高いはずだが、今はカインの方が並みの衛兵よりもステータスは高い。

 それでも武器を向けているのは職責からだ。


 突如として衛兵に暴力を振るう冒険者。

 状況だけを見るならカインの方が犯罪者となる。


「ちょっと!!」

「問題ない」


 言いながら改めて叩き付けた衛兵の顔を確認する。

 忙しさのせいで手入れされていないボサボサな金色の髪に鋭い目付き。顔には大きな傷もある。

 間違いなくカインを襲撃した呪術師だ。


「こんな所にいたなら、3回目の時に街の中を捜しても見つけられるはずないよな」


 カインが呪術師の姿を見たのは街へ入る前にチラッと見ただけ。

 その後で2度もやり直しているせいで思い出すことができずにいた。


「きさま、何をしている!」

「黙っていろ」


 さらに増えた衛兵からの言葉を無視して、意識を失いかけている衛兵の口から奥歯を取り出す。


「落ち着きなさい。彼の身元はヴァーエル家が保証します」

『……』


 衛兵がカインに対して強硬手段に出られずにいるのはエレナによる力が大きい。領主の娘なのだからヴァーエル家に雇われている身としては彼女に従わなければならない。

 ただし、エレナによる時間稼ぎも長くは続かない。

 衛兵にとっては同僚をいきなり攻撃されたようなもの。エレナがいなければすぐにカインを拘束したいし、今も飛び掛かりたいのを理性で抑えているだけだ。


「これを確認しろ」

「これは……」

『呪術による刻印がされているわね』


 カインが呪術師の口から取り出した歯を見せる。

 魔力を流し込むことで呪術が発動し、対象の命を即座に奪えるようになっていた。


「自殺用の呪具だ。これが呪術師だっていう証拠になるはずだ」


 どれだけ強力な仕掛けを用意していようと、使う前に奪われてしまっては使用することができない。


「な、ぜ……」


 朦朧とする意識の中で呪術師が呟く。

 カインに襲われた時点で呪具を発動させようとした。この場には衛兵としているため最低限の呪具を護身用に装備しているだけだったため即座に諦めた。

 だが、その数秒ですら問題になった。

 最初から知られていなければ間に合った。


「悪いが、同じ失敗を二度もするつもりはない」

「……」


 呪術師が完全に気を失って倒れる。


「トマス!!」


 仲間の衛兵たちが次々に集まり、倒れた呪術師を介抱する。


「こいつをどうするのかはヴァーエル家に任せる。あなたたちが探し続けていた大呪術師ボーディスの眷属だ」

「あなたは……」


 エレナは深い事情まで説明していない。

 それなのにカインの余裕ある態度は自分以上に事情に詳しいように思えた。


「気になるだろうけど、それはヴァーエル伯爵を交えて説明させてもらうよ」



 ☆ ☆ ☆



「……ここは?」


 椅子に座らされた呪術師の男――トマスが目を覚ます。

 体は縄で拘束されており、頼みの綱である呪具も全て没収されているせいで逃げ出すのは簡単ではない。


「気付いたみたいだな」

「おまえは!?」


 目の前にカインがいるのを任して襲い掛かろうとするが、拘束されているせいで身動きできないことをすっかり忘れていた。

 それだけ憎まれても仕方ないことをした。


「いったい、なぜこのようなことをするのですか!?」


 あくまでも初対面の衛兵という立場のまま尋ねながら周囲を確認する。

 トマスが拘束されている場所は、石壁に囲まれていて出入口はカインの向こう側にある扉しかない。


「みなさんまで……」


 カイン以外にもヴァーエル家の当主であるダルキスや関係者としてエレナもおり、トマスの衛兵としての上司である騎士もいる。万が一の場合に備え、ダルキスの護衛として騎士が二人。


「もう十分か?」


 単独での脱出は不可能だと判断して諦めた。

 なによりダルキスだけでなく、騎士の自分を見る目が仲間を見るものではないと分かって全てを諦めた。


「さっきも説明しましたが、こいつは大呪術師ボーディスの眷属です」


 あの後、ヴァーエル家へと連絡が行き、上位の騎士がトマスを連行するべく現れたことでカインへの嫌疑はなくなった。ボーディスに関する案件は極秘事項であるため関わる者も信頼できる上位の騎士だけに限られていた。

 当然ながら捕らえたカインと一緒にいたエレナもヴァーエル家へ事情聴取のために連れて行かれることとなる。

 そこで3回目の時と同様に使徒であることを明かし、同じ時間を繰り返していることを説明していた。


「使徒の権能については説明しましたね。繰り返した時間の中で俺は二度もこいつに殺されました」


 大きな傷のある顔は倒れる瞬間に見た顔と一致する。

 それに物的証拠もある。


「彼の奥歯から呪術の反応が得られました」


 エレナの【鑑定】があるため、どれだけ偽装していようと効力まで詳らかにすることができる。

 それは、間違いなくボーディスから与えられた物だった。


「もちろん君が彼を拘束した理由に納得できる」


 ダルキスが苦虫を潰したような顔をしながら拘束されたトマスを見る。

 衛兵としての顔なら当主のダルキスや襲われたことのあるカインよりも直属の上司である騎士の方が詳しい。


「トマス。ヴァーエル家に衛兵として3年前から仕えてくれている者で、目立った功績こそないものの真面目に働いてくれていました。今年の祭りが終わった後では昇格の話を持ち掛ける予定でいましたが……」

「その予定はキャンセルですね」


 護衛の二人には、ヴァーエル家を狙う呪術師と関係があると伝えていた。詳しく教えてしまうとボーディスに操られてしまう可能性が高いため、どうしても情報が不足してしまうことになる。


 だが、二人ともまだ納得できずにいた。

 もし、本当にトマスが凶悪な呪術師の仲間だというのなら何年も騙されていたことになる。上司に至っては正体に気付けないまま近くに置き続けていたことになるため認めたくない、という気持ちもあった。


「これについては、どう説明する?」


 トマスの奥歯を見せる。

 すると、衛兵として人当たりの良さそうな顔から呪術師としての残忍な顔へと一瞬で変わる。


「なるほど。どうやって知ったのか知らないが、俺がボーディス様の眷属であることは知られているのか」

「本当に、お前がボーディスの眷属なのか」

「ええ、そうですよ。俺の役割はギムナを訪れる者を見ること。俺を襲った奴みたいに強い奴が現れた時に報告する。まさか報告する暇もなく捕まるなんて思いもしなかったけどな」


 ダルキスもいることから自分が今いる場所がヴァーエル家の屋敷のどこか……地下にあると言われている牢だとトマスは判断した。ボーディスから教えられた情報を聞いただけで実際に確認したわけではないが、屋敷には呪術を無力化する力があり、呪術師を捕らえておく為の牢にも当然ながら同じ力がある。


「悪いが何も言うつもりはない。俺みたいな底辺に生きる人間を助けてくれたのはボーディス様だけだ。あの方を封印して利用しているヴァーエル家は、ボーディス様の力で蹂躙される運命にあるんだ」


 余裕から笑みを浮かべるトマス。

 そんな様子に対して騎士が拳を握りしめる。


「以前のような失態は犯さない。奴がこれから何をするつもりなのか、お前には口を割ってもらうことにする」

「……」

「沈黙か。それでもいいだろう」


 騎士がトマスの前に立つ。

 これから行われるのは尋問ではなく拷問。敵は領主の息子まで犠牲にしているのだから容赦などするつもりはなかった。


「頼んだぞ」

「かしこまりました」


 騎士を残してダルキスが地下室を出る。

 その後をカインとエレナも追った。エレナは実家の地下にこのような施設があるなど知らされておらず、後継者でもない自分に与えられた情報は本当に一部でしかないのだと思い知らされた。


「君の情報のおかげで敵の呪術師の一人を捕らえることができた」

「いえ、捕らえることができたのは一人だけです。まさか一人だけでギムナを相手にしているとは思えません」


 カインが遭遇した敵の呪術師は一人だけ。

 だが、たった一人でどうにかできるほど簡単な問題ではない。


「何か情報が分かったら教えてください。それが協力する条件です」

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