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第1話 プロローグ

 迷宮(ダンジョン)

 無数の魔物が生息する危険地帯だが、挑戦する者が後を絶たない。魔物から採取できる貴重な素材や隠された宝物が人々を惹きつけているからだ。

 なぜ、そのような場所が存在しているのか今のところ判明していない。


 ダンジョンの探索に挑む者のは『冒険者』。

 冒険者に登録して2年が経つカイン。


 カインが活動の拠点にしている街には巨大なダンジョンが存在する。

 五つ星ダンジョン『終末の奈落』。

 ダンジョンは一つ星から五つ星で難易度が設定されており、星の数が多くなるほど難易度が高くなる。最難関の五つ星ともなれば攻略は不可能だと言われている。それでも挑戦者が現れ続けているのは、ダンジョン内で得られる恩恵が大きいからだ。


 一獲千金を手にすることができれば……

 そんな夢を見ながら冒険者としてダンジョンを探索していた。



 ☆ ☆ ☆



 迷宮都市サマリアル。

 街の中心に『終末の奈落』という名前のダンジョンを抱えており、常に多くの冒険者で賑わう都市。

 カインは2年が経っても冒険者として認められるほどの実力がなく、どうにか日銭を稼いで生きる為にポーター――荷物持ちとして冒険者パーティに参加することで、知識と経験を積んでいた。


 いずれは強力なスキルを身に付けて大成する。

 2年も冒険者として活動していながら戦闘に役立つスキルは得られず、体力だけを武器に魔物の情報、素材の扱い方、薬草に関する情報。

 戦うことのできないカインには体力と情報を武器にするしかなかった。

 とはいえ、荷物持ちとして有用なスキルを持っていないため雇ってくれる冒険者は少なかった。それでも格安で仕事を請け負うことでなんとか仕事を受けることができていた。


 今日も冒険者ギルドにいた。

 ここでは実力に自信のある者たちがパーティを組んで依頼を受け、達成することで生計を立てている。


 冒険者になる者は戦いに自信を持つ者が多い。

 【剣技】系のスキルを所有していて剣の実力に自信のある者、【魔法】系のスキルを所有していて攻撃魔法に自信のある者。もしくは【強化】系のスキルで身体能力に自信のある者。

 各々が自らの特性を生かして魔物を討伐し、素材の採取を行う。


 何のスキルも所有していなかったカインでは仲間として迎え入れてもらうことができず、荷物持ちとして雇ってもらうことしかできなかった。

 それはカインが夢見ていた冒険者の姿から掛け離れていた。


「ポーター!!」

「早く行くぞ!」

「は、はい……」


 怯えた様子のカイン。

 虐められているわけではなかったが、自分よりも圧倒的に強い者に命令されて従うしかなかった。

 カインが今回参加したパーティは剣士のリーダー、剣と盾を装備した戦士、遠距離攻撃を担当する魔法使いと偵察を得意とする斥候の4名からなる構成だった。


「もたもたするな!」


 彼は荷物を背負い直すと、今回のパーティについていき、『終末の奈落』へと突入した。



 ☆ ☆ ☆



 『終末の奈落』が全部で何階層あるのか判明していない。地下へ下りていくタイプのダンジョンで、現在の最高記録は100年以上も前の50階層だった。

 多くの者は深く潜らず、ダンジョンから得られる資源を狙っていた。


 カインが同行したパーティの目的も現在いる11階層でのみ得られる『ブラッドウルフの肝』が目的だった。

 毛先が紫色をした狼の魔物で、本来はサマリアルから遠く離れた地域の毒沼近くにしか出現しない魔物だ。薬の材料として使われる物だが、肝の入手に成功したとしても手にするまで何ヵ月もの時間が経過してしまう。それではせっかくの素材を痛めることとなる。


 だが、ダンジョンには環境を無視して魔物が出現する。11階層にも毒沼が存在しており、そこからブラッドウルフも生まれて人々に襲い掛かる。


「よし、ブラッドウルフを探す前に休憩するぞ」


 リーダーの言葉に各々が腰を落ち着かせる。

 ダンジョンの常識で、階段を降りてすぐの場所は魔物に襲われない安全なエリアであるとされていた。カインたちもパーティメンバーは装備を外して気持ちも緩み食事の用意をしようとしていた。

 重たい荷物を背負って疲れ果てたカインは横になっていた。


「うん? 何か、音が……」


 横になっていたカインの耳に届いた地面を伝って来る僅かな音。

 休憩中であっても自身の装備を外さなかった――と言っても、パーティメンバーに比べれば簡素と言っても差し支えない安物――短剣を手にしながら立ち上がって周囲をキョロキョロと見ていた。

 特別な力がないカインは魔物の知識と、傷付かないよう周囲の警戒を怠らないことで生き延びてきた。

 今回もその教訓が活きた。


「なんだ、何かいるのか?」

「いや、何か音が近付いてきているような……」

「そうだとしても安全地帯で襲われることはない。そんな常識も知らないのか」


 常識を知らないことをバカにするような口調の戦士を無視して、音の正体を探ろうと意識を集中させる。

 目を凝らして見ていると、すぐに音の正体が何だったのか判明した。


「ブラッドウルフだ!」


 標的が向こうの方から来た。


「お、ちょうどいいな」


 装備を外してしまっているパーティメンバー。

 すぐ近くまで魔物が迫っているというのに余裕な表情を崩さないまま立てかけておいた武器へ手を伸ばそうとする。


 ここは安全地帯。魔物が入って来ることはできないため、ゆっくり準備をしてからでも問題ないと余裕でいた。

 その考えは間違っているわけではない。

 ただ、一つだけ訂正するなら何事も例外が存在する、ということだけだ。


「……え?」


 立て掛けておいた剣を手にしようとしていたはずだが、伸ばした手が剣に触れることはなかった。

 代わりに赤い液体が剣を染め上げる。


「な、なんだよ……これぇ!!」


 戦士の手首から先がなくなっていた。

 ペッ、という音と共にブラッドウルフが加えていた右手を吐き出す。


「ダグラスッ!!」


 リーダーが叫ぶ。

 その叫び声に反応し、ブラッドウルフがリーダーの方を見る。


「どうして、安全地帯で襲われたとかそういうのは後回しだ」


 本来なら安全な場所での襲撃。疑問には思っていたが、負傷者が出てしまったのだから優先させるべきことは別にある。


「すぐに上の階へ逃げるぞ!」


 簡素な命令。それでも仲間にはしっかりと伝わったらしく、斥候の男が負傷した戦士を回収し、再び襲い掛からないようリーダーの剣士が立ちはだかり、魔法使いが牽制に魔法を行使し続ける。

 安全地帯へ侵入してきた魔物を退けながら、どうにか階段を駆けて上階へと戻ることに成功する。


「どうだ?」


 リーダーが負傷したダグラスの状態を尋ねる。


「止血ぐらいはできるけど、ここじゃできることに限界がある」


 本格的に治療するなら街まで連れて行く必要があった。


「チッ、仕方ない。今日のところは探索を諦めて街まで戻る……」

「あっ!」

「……どうした?」

「アレを見てくれ!」


 階段を上がった先は広場になっている。

 ダンジョンは満月の日に採取された資源や宝箱が補充されるようになっており、その時に倒された魔物も復活する。

 各階の最奥はボスとされる強力な魔物が門番として立ちはだかっており、満月の日を迎える度に倒す必要がある。ただし、倒してしまえば次の満月の日まではボスの現れない安全地帯と化す。


 だが、広場の中央で黒い靄が出現し、形を取ろうとしていた。

 それは、まさしくダンジョンで魔物が生まれる時の兆候だった。


「まさか、ボスが復活するのか!?」


 全く予期していなかった戦闘。こういう事態を避けるため、冒険者の多くが満月の日にダンジョンを訪れるのは避けていた。

 後ろにはブラッドウルフが集まる先に繋がる階段。

 正面に現れるボスとの戦闘を避けることはできない。


「大丈夫だ。10階のボス程度なら俺だけでも倒すことが……」


 10階のボスはブラックベア。黒い毛が特徴的な猪の魔物で、突進力こそ強いものの狭い場所での戦闘には不利で、いくら広場と言っても洞窟の中で比較的広いだけで、猪の魔物が突進するには広さが不足していた。そのため難易度が低くなって多少の経験を積んだ冒険者でも倒せるようになっていた。


「うそ、だろ……」


 情報に反して現れたのは、真っ黒な毛をした三つの頭を持つ犬型の魔物――ケルベロス。

 人間よりも大きな犬を前にして、リーダーが構えていた剣を下げる。


「これは無理だ」


 瞬時にケルベロスは倒せないと判断する。


「悪いな」

「え……」


 後ろからカインの背中を蹴って前へ飛ばす。


「ケルベロスは足が速い。俺たちが逃げる為には誰かが囮になる必要があるんだ」


 元からパーティを組んでいた4人。

 そこへイレギュラーな荷物持ちが加わったのなら、誰かを犠牲にする選択が必要になったなら誰を選ぶのかは明らかだ。


「……………そんな」


 戦う力のないカインは抵抗することもできず、ケルベロスの前まで飛ばされてしまう。

 目の前にいるケルベロスがカインを獲物だと認識して、食い掛ろうと臨戦態勢になって鋭い歯を見せる。

 口から落ちる涎を見てカインが死を覚悟する。


 どうにか生き残ろうと仲間……仲間だと思っていた人たちの方を見るが、彼らはカインの最期を確認することもなく立ち去っていた。

 避けようのない死。


「ふざけるなよ」


 彼らがカインを仲間だと思わず見捨てたように、カインも仲間だという認識を完全に捨て去っていた。

 同時にそんな人たちの為に犠牲になるのが馬鹿らしくなってきた。


「グルゥゥゥッッッ!!」


 ケルベロスが喰らうべく迫る。


「やああああ!」


 歯を食いしばって気合を入れ、奮い立たせるような声を上げながら、カインがケルベロスの顔に向かって殴り掛かる。三つの頭を持つケルベロスだが、相手を食うのなら迫る頭は一つだけだ。


「……ぐはっ!」


 カインの腕にケルベロスの牙が深々と突き刺さる。

 せっかく突き出した腕だが、ケルベロスの顔に当たる前に食われてしまった。


「……一矢報いてやったぞ」


 腕が食い千切られる前にケルベロスが離れた。

 血で真っ赤に染まったカインの腕は肘に大きな穴が開いており、骨の一部が見えるような状態だった。どうにか繋がっている状態で、使い物になるようには思えなかった。

 一方、離れたケルベロスの口からも血が垂れていた。

 食われたカインの手にはナイフが握られており、食われた時にどうにか突き刺すことに成功していた。


「……俺、なんかじゃ、これが限界か」


 せめてもの抵抗にケルベロスを傷付けることに成功したが、わずかに血を流させるのが限界だった。

 地面に倒れながらケルベロスを睨み付ける。


「ああ、これで終わりなんだな」


 薄れゆく意識の中、死を覚悟する。

 同時に頭の中に声が聞こえてきた。


『契約するなら加護を与えましょう。承諾されますか?』


 心地のいい声。

 この状況から抜け出すことができるなら、なんだっていい。

 言葉にすることのできなかったカインは、心の中でのみ承諾の意思を示した。


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