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8.素材採取3

 

 河原に着く頃には昼間近で、ふたりはすでにお腹がぺこぺこだった。

「採取の前に昼ごはんにしようよ」

「そうだな」

 のんびりしたものである。


 どこか腰を下ろすのに具合の良い石がないかと辺りを見渡していると、上流の方で、川の中に入っている者がいる。

「あれ、熊族かな」

「ああ、そうだな。魚を捕っているのか」

 ざっしゅざっしゅと腕を振るうたびに、水しぶきと共に陽光に鱗を鈍く光らせる魚がぴちぴちと跳びあがる。

「見事だな」

「そのひと言に尽きるな」

 一時、空腹を忘れて、熊族の魚捕獲に見とれるふたりであった。


 と、その鋭い爪が角度を変える。川の水面に振り下ろされていたのが、河原に向けられる。

「なんだ?」

「魔獣だ!」

 かすかに、キキッというかん高い悲鳴が聞こえてくる。ふたりは慌ててその場へ駆けつけた。だが、前足ひと振りで勝敗は決していた。

 通常、いかな強靭な爪を持つ獣人とはいえ、魔獣を素手で倒すには至らない。しかし、襲ってきた魔獣は幸い外皮がそう硬くはなかったらしい。河原に転がっており、もはや動かない。


「大丈夫ですか?」

 にゃん太は熊族の獣人に声を掛けたが、答えが返ってくる前に、横合いからケン太のひっ迫した声が上がる。

「おい、にゃん太、こっちにハムスター族の獣人が!」

 見れば、倒れ伏した魔獣の傍らにハムスター族の獣人のちんまりした姿がある。獣人たちは獣と人のふたつの特性を併せ持つ。だから、ハムスター族とはいえ、実際のハムスターのように小さくはない。しかし、そのハムスター族は小さめの種族のようで、にゃん太の両前足に乗るくらいの大きさだ。


 にゃん太はそっと近づいて様子をうかがう。

「あ、息はある。気絶しているだけみたいだ」

「良かったあ」

 にゃん太の言葉に、ケン太が安堵の息を漏らす。それに同意の声が上がる。

「本当に。魔獣にぶつかりでもして、つぶれたのかと思った」

 太い声に振り向けば、先程まで魚を捕っていた熊族の獣人だ。


「そのハムスター族の獣人が魔獣に襲われていたから、とっさに前足を出したんだが、」

 側杖そばづえを食わせることになったかとひやひやしたという。


 熊の獣人は熊五郎と名乗った。

 にゃん太やケン太の二倍ほども身長があり、片前腕がにゃん太の胴と同じくらいの太さがある。だが、黒い毛並みのなかにあるくりっとした黒い目は穏やかそうだ。


「ああ、君が猫族の錬金術師の。獣人新聞を読んだよ」

 にゃん太は面はゆそうにへの字口ににゃむっと力を入れた。

「お、俺! 一行だけ取り上げられた犬族のケン太です」

 ケン太が自身を指差し、逆の片前足を高く掲げてアピールする。


 三人はハムスター族の獣人をそっと運んで場所を移して昼食をいっしょに摂った。

「良かったら、弁当を食べてください」

「料理上手なたま絵姉ちゃんがたくさん作ってくれたんで」

「おお、記事に出ていたたま絵嬢の!」


 気を良くした熊五郎は火をおこし、捕れたばかりの魚を焼いて振る舞ってくれた。塩を振っただけでも十分に美味しい。

 魚の焼ける香ばしい匂いにつられてか、ハムスター族の獣人が目を覚ました。

 ハム助と名乗った彼は熊五郎にしきりに礼を言い、結局、四人で昼食を囲んだ。


「野外の食事も美味しいな」

「にゃん太、こっちの魚、そろそろ良い頃合いに冷めてきたぞ」

 ケン太が猫舌のにゃん太を気遣う。

「こんなところでたま絵嬢の手料理にありつけるとは」

「縁とは奇なるものですねえ」

 熊五郎とハム助は目を細めて弁当を味わう。体格差が大きくて遠近感がおかしい風に思えるが、美味しいものを味わう表情はとてもよく似ていた。


「それにしても、熊五郎さんは強いなあ」

「ありがとう。でも、俺は木こり兼漁師だからな。冒険者にはもっと強いのがいるよ。フェレット族で俺の半分……いや、三分の一くらいの身長しかなくても俺よりも強いのもいるからな」

 にゃん太は仕入先になってほしいなと思い、ケン太はフェレット族は成人でも自分たちの身長の三分の二程度なのにそんなに強いのかと感心する。

「知らない? 冒険者の間では結構有名なんだけれど。まあ、まだ新人ルーキーじゃなくなったくらいだからな」

「俺たち、冒険者じゃなくて、錬金術師と農夫だから」


 あれこれ話すうち、熊五郎は川専門の漁師であり、木こりでもある上、兼業でハチミツ農家でもあるらしいと知った。

 にゃん太とケン太は顔を見合わせ、頷き合って交渉に乗り出す。ぜひともハチミツの仕入れ先になってもらいたいものだ。

 交渉カードはある。たま絵が料理に使うと言えば、熊五郎はこころよく受け入れてくれた。

「いやあ、俺が採ったハチミツをたま絵嬢が料理に使ってくれるなんて!」

「良かったですね」

 命の恩人である熊五郎が嬉しそうなのに、ハム助が我が事のように喜ぶ。


「それと、木材についても取引をお願いできたらなあと思っているんですが」

「ああ、良いよ。急に大量にほしいと言われたら困るけれど」

「そこは相談して、ってことで」

 にゃん太とケン太はふたりがかりで熊五郎に交渉したところ、おおむね希望通りに契約を結ぶことができた。


 後から、現物を見て確認していないのに、契約をしてしまうとは、とたま絵に呆れられた。熊五郎がおいしいハチミツを作り、そこそこ良い木材を見つける手腕を持っていたからこそ、そのくらいで済んだのだ。これが粗悪品をつかまされていたら、こっぴどくたま絵の雷が落ちただろう。


 そんなことには考えが及ばないにゃん太は、それとそれと、と続ける。

「木工細工師に心当たりはありませんか?」

 商売柄、あるのではないかと予想したところ、ヒットした。そちらも紹介してくれるというので、すっかり満足した気分になって、熊五郎と別れた後、うっかりそのまま帰りそうになった。

「おっと、採取採取」

「肝心の本命の採取を忘れるなんて」


 目的の素材の採取も終え、帰り着いたふたりは【エレガントなフリージア】をアルルーンに見せ、畑に植え、株分けして増やすことを相談した。




 さて、ハムスター族のハム助は行くところがないというので、工房で働いてもらうことにした。

「以前住んでいた場所ではあまり獣人族の地位が高くなかったんです」

 言いにくそうなところをみると、婉曲えんきょくな表現であり、いろいろ住みにくい街だったようだ。そんな場所では弱肉強食で強い、あるいは特技のある獣人ならばなんとか暮らすことができるが、ハム助のように身体の小さな獣人では難しいだろう。


「ティーア市では獣人も受け入れられていると聞いたのです」

 ハム助はお金がなかったので、途中まで知り合いの馬車に乗せてもらったは良いものの、後は徒歩で向かうことになった。そこでも、身体の小ささが仇となる。一歩の幅が狭いハム助にとっては、踏破するには遠すぎるのだ。


「疲れ果てて水でも飲もうと河原に来たとき、魔獣に襲われたのです」

 警戒心強く敏捷なハムスター族ではあるが、疲労のあまり、動きが鈍った。


「みなさんに助けていただき、ご飯まで食べさせてもらって、なんとか頑張れそうです」

 ていねいに頭を下げるハム助に、にゃん太とケン太は顔を見合わせた。

「俺たち、これから採取をしてからティーア市に帰るんだよ。だから、抱えて連れて行ってやるよ」

「でも、採取をされるんなら、荷物が多いのでは」

「大丈夫、大丈夫」

 採取したものは大容量かばんにおさめておける。


 帰る道中で話したところ、ハム助は特にティーア市で当てがあるというのではないという。

「じゃあさ、俺たち、錬金術の工房を運営しているんだけれど、働かない? 今、忙しくなっていて、ちょうど人手がほしかったんだ」

「俺もティーア市に実家があるけれど、工房に住み着いているからさ、俺の部屋でよければ寝床を作ってやるよ」

 にゃん太が誘い、ケン太が家主そっちのけで住みこみを提案する。しかし、にゃん太にも否やはない。


「え、良いんですか?」

 ハム助は嬉しいというよりも、戸惑った風で目をまたたかせた。

「困ったときはお互いさまだからな」

 にゃん太もいろんな人に助けてもらっているからこそ、錬金術師工房を運営することができているのだ。


 ゴールデンハムスター種で警戒心が強く、くりっとした瞳、大きな耳、おとぼけ顔ですべてが許せてしまう。

「なにか特技はある?」

「滑車を回すことが得意です」

 今のところ、それでなにができると思い浮かぶことはない。なにせ、小さいのだ。にゃん太の両前足に乗るくらいの大きさだ。まあ、ちょっとばかりはみ出るけれども。

 けれど、その小ささが有利に働くことがあった。


 ハム助は小さいからこそ、細かい作業が得意だったのだ。ハム助が器用だということも大きい。錬金術はさまざまな植物素材を扱う。そのうち、小さい植物の実の殻を剥くのにハム助は活躍した。

 すり鉢とすりこ木とふるいを使っていたが、殻のかけらがどうしても入り込んでいた。それが減った。さらには、異物除去の作業も誰よりも精密にこなした。それによって品質を上げることができた。しかも、作業速度は早い。

 ということは、とばかりにたま絵に料理の下ごしらえを頼まれることもあった。

 それ以外にも、身体の小ささを有利に使った。


「あー、入り込んじゃった」

「わたしが取ってきますよ」

 狭い隙間に入りこんだものを取ってきてくれる。


「ごめんな、ハム助さん、来て早々働かせちゃって。ゆっくりしてもらうつもりだったのにな。もちろん、ちゃんとお給料は払うから」

 にゃん太はそんな風に言うけれど、ハム助としては役に立つと認められ、労働の対価として給金を得ることができるのがうれしい。しかも、安全で清潔な場所で眠ることができるのだ。

 そのうち、プライベートを確保できるようにしようとにゃん太とケン太が言っている。


 以前いた街ではそれこそ、ゴミ捨て場を漁ってなんでも食べた。そのせいか、いつも腹の調子が悪かった。身なりも悪く毛並みは汚れていて、人族獣人族区別なく、ハム助を見かけたら嫌な顔をしてあっちへ行けと言われた。


 そして、徐々に人族と獣人族のいさかいが増えたころ、ハム助のような弱い立場の者からやり玉にあげられるようになった。身の危険を感じ、このまま死んでしまうのなら、少しでも生き延びられる可能性に賭けたいと思い、一念発起して街を出てティーア市を目指したのだ。


 にゃん太とケン太は食事を分けてくれただけでなく、ティーア市まで連れて行ってくれ、さらには住まいと職を与えてくれた。

 なにより、自分に役に立つ労働を与えてくれたのだ。


「うーん、やっぱり、爪がどうにかなりそうで怖いなあ」

 にゃん太はハム助の小さな前足をのぞきこみながら眦を下げる。ハム助は植物の実の硬い殻を割るのに爪を使っていた。作業を長く続けていれば爪を損なうとにゃん太は心配した。


「別にどこも痛まないし、大丈夫ですよ」

「ううん、こういうのは甘く見ちゃあだめよ」

 たま絵もそんな風に気遣う。


 にゃん太は作業中にハム助の爪が痛まないように、うさ吉に小さい獣人が扱える道具を依頼した。

 ハム助としては、感謝され褒められたことが嬉しい。しかも、身を案じて道具まで作ってもらえる。小さい獣人専用の特別製である。ハム助のための道具だ。

 ハム助は感激のあまり、目を潤ませた。

 ここにきて良かった。諦めずに、頑張り続けて良かった。


 そうして、ハム助の大切で特別な日常が始まったのだった。





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