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6.素材採取1

 

 豊かな国ユールの地方都市ティーアでは人や獣人族がいっしょに暮している。獣人族は人と動物の両方の特性を持つ。二足歩行し、器用に前足を操ることができ、言葉も交わす。


 大通りには馬車や荷車が通り、商品が並ぶ店や工房が連なり、とてもにぎやかだ。そこから一本入った筋をさらに進んで角を曲がった先に錬金術師の工房がある。


 巷では少しずつ評判になって来ている猫の錬金術師の工房だ。

 大通りから少し離れているから、敷地は広く、裏手に畑を持つ。


 工房の持ち主の猫族のにゃん太は茶トラ白だ。ぴんと先がとがった三角耳、鼻筋と腹や足が白い茶トラ柄だ。茶色と言ってもオレンジ色に近い柔らかな色あいだ。肉球や鼻の色がピンクなので「可愛い」と言われることはあっても格好良いと言われることはないのがやや不満である。


 露地沿いの錬金術工房の正面玄関を入れば、看板娘の姉たま絵が客を迎える。その奥の部屋が錬金術の作業場である。いくつもの炉、錬金釜といった定番錬金術アイテムの他、台やはけ、ヘラなどといったさまざまな器具、壁一面の棚には素材が所狭しと置かれている。

 最近、新しく従業員となったたま絵が吊り目を光らせているので、きちんと片付いている。

 元々の工房の持ち主だったじいちゃんも、器具はていねいに扱い、きれいにしておかなければならないと言っていた。


 工房の運営は順調だ。無借金で必要な機材はそろっており、客足も途絶えない。流石に工房主が代わったことから、それまでの付き合いがなくなってしまった顧客や取引先もいるが、それは致し方がない。

 失ってしまったものよりも、新たな販路を広げようとしているところだ。


 錬金術師に求められるのは大きくみっつに分けられる。便利なものを作る、困りごとを解消すること、そして、珍しいものを求められるのだ。


 たま絵の友、カンガルー族で美容商品を取り扱うカン三郎、もといカンの店に商品をおろすことになった。人族のハンドクリームから着想を得て、にゃん太が作った毛が固まらない獣人族にも使いやすいハンドオイルを気に入ったのだ。

 今までも回復薬や解毒薬、定番魔道具を作って来た。


 料理が得意なたま絵が新しい従業員となったのだから、とハーブクッキーを作って置いたり、さらには錬金術で付加価値をつけたちょっと特別なクッキーを開発した。

 そういうみんなに喜ばれるものを作りたい。にゃん太はそう考えた。


「【きらきらキランソウ】は切り傷や草負けしたときに使えるんだよなあ」

 じいちゃんのレシピ帳をあれこれめくりながらうなる。にゃん太がこの薬草を覚えていたのは、いつかなにかの拍子に、野外で憧れのみい子が怪我をしているのに出くわしたとき、さっそうと処置してみたいなどと妄想していたからだ。

「これはこう、茎や葉をもみつぶしてぬると良いですよ(キラァン)(キランソウだけに)」


 そんな機会はいっかな訪れない。

 なにしろ、工房の裏手にある畑で薬草やハーブなどを栽培しているし、錬金術師組合で大抵の素材は揃う。


 悪友ケン太が穴掘りが好きなことが高じて土いじりである農夫となったことから、畑を任せた。今まで育てていた植物を枯らすことなく万事順調で、改良にも着手している。まずは<ハツラツのミントの栄養剤>を使ってどんな変化が現れるかを観察しているところだ。


「そうそう、【頑固なホップ】と【にやけたホップ】で栄養剤をつくったよなあ。あの【あわてんぼうのメリッサ】と【ぶっきらぼうのミント】はどうなったかなあ」


 にゃん太の幼馴染のケン太を、弟と同じ要領で、たま絵がこき使う。ますます忙しくなり、にゃん太に続き、ケン太だけでなくたま絵も、工房に併設された住居部に住み着くようになった。

 元々、アルルーンのことを心配したにゃん太は工房の住居部で寝泊まりしていた。家に帰らなくなったにゃん太を心配して、父にい也が工房の近くをうろついていた、とは後から姉たま絵に聞いたことだ。


 にゃん太が前の工房の持ち主だったじいちゃんと出会ったのも、アルルーンを狙った人族から守ったことがきっかけだ。

 そのくらい、貴重な植物であるアルルーンは、なんと、自分の意志で自在に動いた。喋ることはないし、眼も耳も鼻も口もない。それでも、わさわさと濃い緑の葉を上下させたり丸っこい濃茶色の身体、その先にいくつも枝分かれした根っこで立ちあがったり、前足のように動かしてしがみついてきたりする。

 今では大切なにゃん太たちの仲間である。そんなアルルーンから自然と抜けた葉や根を錬金術師組合に納めることで、結構な金銭を受け取っている。それが工房の運営資金となっているのだ。


「【きらきらキランソウ】は薬だけでなくて、乾燥して砕いたら、きらきらするんだよな」

 これをなにかに使えないだろうかと考えた。

「ヘアピンとかボタンとか」

「女子が好きそうだなあ。たま絵さんにしたように、今度はみい子さんにプレゼントするのか?」

 商品開発の相談に乗っていたケン太がにやにや笑う。

「べっ、別にそんなつもりじゃあ」

 そうなったら良いな、くらいは思っていたにゃん太である。


「そ、そう、カン七さんに店に置く新商品を考えておいてくれって言われているからっ」

 慌てて言いつくろうにゃん太を、ケン太がはいはいと軽くいなす。

「靴やリボンでもいいんじゃないか?」

 そのほか、爪に塗っても良いかもしれない。あれこれと案が出る。


「あ、そうそう。これを持って来たんだった。にゃん太、読んでくれよ」

「え? ああ、こないだ取材に来たティール市獣人新聞か」

 もう記事になったのか、などと言っていられたのも新聞を読むまでのことである。文字が読めないケン太のために、読み上げてやる。


 リス緒の記事を読んだにゃん太は「にゃは~」と大きく息をついて台につっぷした。ぐんにゃりと力が抜けている。猫が軟体動物ではなかろうかと言われるしなやかさそのものを見せつける。


 一方、ケン太は渋面になる。

「俺に関する記事、ちょっとしかない! うさ吉さんなんて、何度も名前が出ているのに、俺なんて一回こっきり!」

 この工房でにゃん太の相棒としてあれこれ試行錯誤しているのは自分なのに、と不満げだ。


「たま絵姉ちゃんが取材に応じたせいもあるだろうけれど、めっちゃ褒められていない?」

 にゃん太は台に突っ伏したまま、顔だけを上げる。

「あー、リス緒さんと意気投合したらしいよ。今度、美味しいものを食べに行くんだって」

 ケン太が言うには、リス緒は美味しいものに目がないのだそうだ。だから、ハーブクッキーやハーブティも大きく取り上げられていたのだろう。


 リス緒の取材は、カン七が自分の店の新商品の宣伝にもなるから、と持ち掛けたことから端を発している。新聞社の方でも、まだ年若い猫族の獣人が主を務める工房を取り上げるにやぶさかではなかった。


 にゃん太は取材など、なにを言えば良いのかわからないとしり込みした。たま絵が自分が受けると言い、そうしてできた記事は工房に多くの客を誘った。記事を読んだという者もおり、中には美容商品はいつ販売されるのか聞いて行く客もいるのだそうだ。


 ハーブクッキーやハーブティもあっという間に売れていく。ケン太もクッキーとお茶を作るのに手伝わされる羽目に陥っている。たま絵にこき使われても、眦を下げながらせっせと働いている。一時的に増えた客のなかにはたま絵目当ての者もいるだろうから、ちょうど良い番犬役となっている。


 にゃん太は新聞の経済欄の「鶴美の工房に亀之進が出資した」という記事や、社会欄の「窃盗がティーア市を横行。組織的犯行か。人族か獣人族か定かではないが、これが双方との火種にならないことを願うばかりだ」という記事を流し読みしつつ、政治欄に目を止める。


 そこには人族とのことやティーア市政について触れられていた。そして、こう続く。

「獣人族は一丸となって立ち向かわなければならない。短期間で解決する問題ではない。長く根気強く付き合って行かなければならない出来事だ。場当たり的な解決策はない。なのに、獣人族でも子をきちんと育てず捨て置かれる事象が多発している。これは親が自分たちの生活で精いっぱいという一面もある。抜本的解決が迫られる。文字を読める獣人人口が増えると良い。当紙はその啓蒙けいもうをも担っていると自負している。しかし、それ以前にまず、食事をろくに摂れない子供をなくすべきだ」

 そして、募金やボランティア募集の文句が続いている。


 にゃん太は繰り返し、その部分を読んだ。自分はとても恵まれている。文字は読めるし、やりたいことをしてお金を稼いでいる。助けてくれる者たちもいる。

 それらは自分だけの力で得たのではない。では、この新聞の記事にある境遇の者たちとどう違うというのだろうか。




 にゃん太はヘアピンやボタンの他、うさ吉が作った小瓶にも、乾燥させて砕いた【きらきらキランソウ】を塗布することにしてみた。

 接着剤が必要だ。さっそくじいちゃんのレシピ帳を開く。


「これだな。<まったりの接着剤>。なになに、【ぼっくりのパイン】の樹液を使用するのか」

【ぼっくりのパイン】は幹や枝は脂を多く含み、薪の原料として用いられるほか、住居などにも用いられる。葉は針状でやや柔らかい。【パインぼっくり】という名の卵型の果実ができる。その実の特徴的な姿から樹木本体が名付けられたという。


「よし、できた! ありがとうな、アルルーン」

 わさわさ。

 にゃん太の足元でアルルーンが緑の葉を左右に振る。どういたしまして、というところか。


 たま絵とケン太は店の顧客対応とハーブクッキーやハーブティを作るのに忙しく、にゃん太はひとりで【きらきらキランソウ】のきらきらシリーズを作っていた。そこへやって来たアルルーンが【きらきらキランソウ】の乾燥や粉砕、<まったりの接着剤>を作るのを手伝ってくれたのだ。植物の処方も上手にやってのける。<ハツラツのミントの栄養剤>のおかげか、元気いっぱいだ。


 にゃん太はさっそく試作品を持ってカン七の店に行った。

「うふん、良いわあ。にゃん太ちゃんが可愛いのは外見だけじゃなくて感性もなのね。アタシの目に狂いはなかった。すばらしい! 全部いただくわ。もちろん、店に置くわよ。じゃんじゃん作ってちょうだい。販売価格を決めましょうね。そうだ、せっかくだから、<グラウ・ヴァイスのオイル>を入れる小瓶もこれにしましょうよ」

 気に入ったらしく、興奮して怒涛の勢いでしゃべった。


 カン七の店から帰る足どりは軽い。美容商品を扱うカン七が認めてくれるくらいだから、きっと、女性にプレゼントすれば喜ばれるだろう。みい子にプレゼントする日がくるかもしれない。まずは、にゃん太の存在を認識してもらい、知人、友人というステップを踏んで行かなければならないのだが、なかなかきっかけがつかめないでいるのだ。


 さて、浮き浮きと帰ってきて気分よく仕事に取り掛かろうとしたにゃん太は、いきなり壁にぶち当たった。

「どうしよう、素材が足りない」


 錬金術工房を譲り受けた際、建物から必要な器材、素材の在庫まであった。しかし、新しい試みにチャレンジするために特定の素材をたくさん使ったため、不足するものが出た。

 まだいろいろ試したいから、たくさんほしい。


 散らかしたままでいるとたま絵に叱られるので、片付けをしがてら、棚の素材の在庫を確認することにした。

 これから作ろうとするのに必要である素材をピックアップしていく。

「ハーブ類は畑から取って来ればいいな。……【ハツラツのミント】、もっと作っておいた方が良いなあ」

 その他、足りなくなりそうな薬の作成もやっておく。

 そうこうしているうちに、日は傾いていることに気づいた。


「ううん、新しいものを作るのも良いけれど、ちゃんと在庫の確認やふだんから作っている薬を切らさないようにしないとなあ」

 にゃん太は伸びをする。ぐにゃんと柔軟な身体が伸びあがる。


 新しい試みは楽しい。試行錯誤し、行きつ戻りつ、失敗作ができることもある。必ず成功するとは限らないし、計画変更を余儀なくされることもある。けれど、やはり、試作品を喜んでもらったり褒めてもらえるのは嬉しい。それが人の役に立つもの、気に入るものであれば、なおさらだ。


 途中まで手伝ってくれたアルルーンも畑に戻している。本来は土の中で過ごす生物だ。そうそう無理はさせられない。それでも、いっしょにあれこれやってくれると楽しいし、なにかと教えてくれて心強い。


 店を締めた後、たま絵とケン太と三人で食事を摂りながら、あれこれと話す。たま絵は店で働き始めてからは、夕食後には両親の家に帰っていたが、最近ではにゃん太、ケン太に続いて泊まって行くようになった。たま絵の私室には家から持ち込んだ私物が具合よく配置されており、居住はこちらにシフトした。


 当然のことながら父が寂しがったが、母の「子供の手が離れて、またふたりっきりね、うふふ」の言葉に持ち直した。父を転がすにかけて、母の右に出る者はいない。なお、にゃん太はそうしようとは思わないうちに「そう」なっていることが多い。つまり、父が勝手に転がっているだけだ。


「じゃあ、素材採取に行くか。俺もたまには外で戦わないと、戦闘能力が落ちる」

 ケン太はそんな風に言う。畑仕事はなにかと腰をかがめることが多いから、たまには違った運動もしたいというところだろう。最近ではその畑仕事も朝晩の店を開けていない時間にしている。アルルーンもまたあれこれ手伝ってくれている。

 人手が足りないものの、新聞の宣伝効果の客足だと考えれば、一時的なものだ。少しの間の踏ん張りどころだ。


 ケン太は柄の長い鎌を自在に操って戦う。中々の戦闘能力の持ち主である上、鎌はじいちゃんが錬金術を施した特別製だ。幼い頃に喧嘩をしたものだが、今ではケン太の戦闘能力の足元にも及ばない。ついて来てくれれば心強い。


 ちなみに、誰も言わないが、身近に有能な冒険者である父がいる。にゃん太が言えば護衛をしてくれるだろう。

 けれど、にゃん太からしてみれば、ケン太は工房で働く一員であるから、特別手当程度で済むが、一流冒険者の護衛の依頼料など目が飛び出るほどの高額だ。そこで「父ちゃんとピクニックに行くついでに採取する」などという悪知恵が働かないのがにゃん太らしいところである。


 父にい也はにゃん太のためならば「家族価格」(ジュース一杯分くらいの値段。なんなら、おこづかいを渡されるので、もらうばかりになる)で良いと言うだろう。でも、工房を守る錬金術師として、それではいけないと思うのだ。第一、父が出張る必要があるような危険地帯に行く気はない。


 さて、にい也の方からしてみれば、可愛いにゃん太といっしょにお出かけする貴重な機会が失われていることになる。知らぬが仏である。そのため、そっと見て見ぬふりをしておくたま絵とケン太である。


 にい也は別段、めんどうくさい男というのではない。ただ、ひたすらにゃん太を溺愛しているだけだ。際限なく甘やかそうとするわりに、にゃん太は真っすぐに育ち、工房を持つ錬金術師として頑張っている。可愛い外見のわりに、気概があるものである。


「明日行くの? じゃあ、お弁当を作ってあげるわね」

「朝から行けばその日のうちに帰って来られるだろう」

 たま絵が店番を引き受け、ケン太も久々の街の外に意欲を見せる。

「じゃあ、ふたりとも、よろしくな」





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