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閑話.1ティーア市獣人新聞

 錬金術師や薬師なら知らぬ者はいない、伝説とも言うべきアルルーンの育成を可能にした錬金術師。


 今回は、我がティーア市が誇る錬金術師の遺志を受け継いだ、猫の錬金術師にゃん太氏の工房について取り上げる。

 そう、獣人でありながら、錬金術師の工房主として活躍しているのだ。


 ご承知の通り、我ら獣人は力も知恵も技術もある。決して、人族に及ばないことはない。けれど、堅固な既得権益に守られた人族によって、平等とはかけ離れた生活を強いられている。


 錬金術師もまた、人族よりも長い徒弟期間を経て、ようやく独り立ちすることとなる。錬金術師工房を経営するに当たり、様々な取引が必要になってくる。中には、獣人とは取引きしないという者もいれば、獣人が作ったものは買わないというものもいる。ばかばかしい限りである。


 ひとつの商品が作られるのにはいくつもの工程があり、そのなかのいずれかに、必ずといって良いほど、獣人が関与している。ただ、獣人が売っている、あるいは最終工程に携わっているというだけで、買わないというのだ。そういう者たちは知らず知らずのうちに、獣人が関与している商品を買い、愛用しているというというのに。


 そんな滑稽さを鮮やかに吹き飛ばす事実を明るみにしよう。




 ティーア市の大通りから少しばかり離れた場所に、錬金術師の工房がある。

 そこでは獣人の錬金術師が工房主を務めている。猫族のにゃん太氏だ。

 茶トラ白の明るい毛並みからは柔らかい印象を受ける。まだ年若い青年である。

 今回の記事を書くに当たり、取材の要請に対して恥ずかしいとしり込みした照れ屋さんである。


 代わりに氏の姉たま絵嬢に話を聞いた。たま絵嬢はその美貌から信奉者を多く持つ女性で、看板娘として店で客対応を務める。聞くところによると、料理上手であることから、にゃん太氏の錬金術の助手も務めるのだそうだ。


 店に入ると、隅々まで掃除が行き届き、カウンターはあめ色に艶を放っている。奥の棚に陳列されているのは定番の傷薬や解毒薬、解熱剤のほか、さまざまな魔道具だ。最近、カウンターの隅にハーブクッキーやハーブティが置かれるようになったという。たま絵嬢が作ったクッキーやハーブティに、にゃん太氏が錬金術で不思議な効果をプラスしたちょっぴり特別なものだ。


 そう、あのたま絵嬢の手作りの料理が食べられるのだ。これはファンにとっては非常に嬉しい。本紙記者も取材後に買ってさっそく食べてみた。

 バターと小麦の柔らかで芳醇なハーモニーに、すっきりさっぱりとしたいくつもの味わいが追いかけてきて、刺激を与えてくれる。ハーブティは味だけでなく、色も香りも華やかで、舌で、目で、鼻で楽しむことができる。せっかくだから、お気に入りのカップを引っ張り出してお茶を淹れて正解だった。


 前工房主の名をとどろかせるに至ったアルルーンは、現工房主であるにゃん太氏が引き続き、しっかり育てているという。このことこそが、錬金術師組合をしてにゃん太氏に工房引継ぐことを認めさせ得たのであろう。そして、前工房主が施した希少植物への保護魔法は今でも有効だ。不届き者をがっちりと締め出している。

 高名な錬金術師亡き今も、にゃん太氏だけがアルルーンを育てていくことができる。




 にゃん太氏は現状維持をしているだけではない。

 新たな試みを様々に行っているのだと姉たま絵嬢は語る。


 幼馴染の犬族ケン太氏とともに、植物の改良から新商品開発まで手広く行う計画だ。

 ぜひともがんばってほしいものである。多くの者がその成功を祈っていることだろう。


 さらには、にゃん太氏が開発した保湿オイルを、カンガルー族のカン七(本名:カン三郎)氏が経営する美容商品専門店で売り出すことが、このたび新たに決定された。


 以前から、人族が使うハンドクリームは毛が束状に固まってしまうことから、獣人族の間では忌避されていた。そこへ着目したにゃん太氏は、さらさらタイプのオイルを開発した。保湿力に優れ、リラックス効果のある香りもほのかにする。

 同じく獣人の鍛冶屋うさ吉氏が作った小瓶も可愛らしく、これは多くの女性立ちに好まれること必至である。


 たま絵嬢から話を聞いた本紙記者はさっそくカン七氏の店に行って予約しておいた。既に予約は多数集まっており、獣人女性たちの耳の速さには驚かされる。

 カン七氏はにゃん太氏に別の香りのオイルも依頼しているのだとか。その際には違うデザインの小瓶に入れて発売したいと意気込んでいる。


 本紙記者は裏取りをするために、うさ吉氏の鍛冶屋を訪ねた。高名な前工房主の錬金術師は人族でありながら、偏見とは程遠い価値観の持ち主で、信頼することができて腕が良ければ、人族獣人の違いなど些末なことであるとして、生前から取引を行っていたのだという。ティーア市が誇る錬金術師の信頼に応えるべく励んできたうさ吉氏は、遺志を継いだにゃん太氏を応援したいとして、引き続き取引を行っている。


 にゃん太氏は多くは語らないが、やはり高名な錬金術師亡き後に契約を打ち切られた取引先は多い様子だ。たま絵嬢は心配そうにそう語っていた。そういうこともあったからこそ、にゃん太氏は新たに商品を作り出そうとしているのかもしれない。


 そうした様々な思いを胸にした獣人たちの連携によって、女性たちの熱望する商品が世に出ようとしている。

 その美容商品は「<グラウ・ヴァイスのオイル>」と名付けられた。


 グラウは灰色、ヴァイスは白色だ。つまりたま絵嬢の毛並みから取った名称である。これは、工房を磨き上げ、錬金術の助手を務めるたま絵嬢への感謝と労いが籠められている。

 多くの獣人女性たちは憧れのたま絵嬢のうつくしさにあやかろうとするに違いない。


 カン七氏は「グラウ・ヴァイス」シリーズと銘打って、他の美容商品も作って行きたいところだと意欲を見せている。


 獣人たちの活発な活動に、今後とも目が離せない。




   記者:ティーア市獣人新聞社 リス





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