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53.特別じゃない日々4

 

「どうだった?」

「なんですって?」

 にゃん太が帰って来るやいなや、待ち構えていたケン太とたま絵が同時に尋ねる。植木鉢を抱えたにゃん太はその迫力に一歩後退った。

 にゃん太は錬金術師組合に行って戻って来たばかりだ。

「うん、<パンジャ>の注文は一時、錬金術師組合を通して発注するように、ってことになったよ」


 誘拐事件の後、ティーア市が落ち着きを取り戻したころからぽつぽつと今までにない人族からの問い合わせが入り始めた。<パンジャ>の注文自体は加速度的に増えた。


<パンジャ>は小柄な獣人を対象にした魔道具だ。最大でもフェレット族までで、猫族よりも少し小さい程度だ。人族からしてみれば、低年齢の子供ならばなんとかという大きさで、逆に乗りこなせないということから、全て断ることになる。

 その対応に追われ、たま絵の発案で錬金術師組合に相談した。にゃん太とともにたま絵が出向き、掛け合った。


 今日は錬金術師組合内部で出した結論を聞きに出かけていた。最初、たま絵もいっしょに行こうかと言ったが、先だってのたま絵の迫力にたじたじで、誘拐騒動でも骨折りしてくれた組合をそれ以上困らせることは忍びなく、にゃん太はひとりで出向いたのだ。


 注文が落ち着くまで、組合が窓口となり、選別してくれることとなった。犯罪に使われないように、無茶な要求をつけられないように、だ。断っても断っても、なんとかするのが客対応だと主張する者は一定数いる。

 理由を述べ断っても、一台くらいは規格外のものを作れないかなどと言われることも多数で、そんな注文が後から後から続く。錬金術師組合も大々的に説明すると言っていた。これでゴリ押しされることはないだろう。


「でも、フェレ人さんの分は優先的に作ることは了承してもらったよ。後は以前から入っていた発注分から順次作って行くということで」

<パンジャ>に関してはそういうことになった。


 今の設計をもっと改善したいということもある。うさ吉はホイールとジャッキの強化の研究を重ね、羊彦はテーブルの削り具合をより一層洗練させたいと言っていた。にゃん太としては、パンタグラフ式ジャッキが伸びあがっているときの操作性を上げたい。


「それと、アルルーンが興味を示した植物をもらえることになったんだ」

 言って、小脇に抱えていた植木鉢を台の上に置く。

 愛玩獣人愛好家の半地下で監禁されていた際、アルルーンがしきりに訴えかけていた植物を、事件後に譲り受けることはできないかと組合に掛け合ったのだ。


「ああ、言っていたね」

 にゃん太とともに監禁されていた狐七が思い出す。

「あらあ、どんな植物なのかしらねえ」

 カン七が首を傾げ、ハム助が錬金術素材一覧と植物図鑑を棚から引っ張り出して来る。どちらも分厚いので、カン七が手を貸す。


 ケン太がアルルーンを呼びに行き、ひと株抱えて戻って来る。

「アルルーン、ほら、これ、もらってきたぞ」

 にゃん太が植木鉢を両前足で持って、アルルーンの方へ傾けて見せる。アルルーンは近寄って観察するかのように、植木鉢の周りをぐるぐる回る。はじめはアルルーンの振る舞いに驚きっぱなしだった狐七も、今は大分慣れた様子だ。こういうとき、邪魔をしてはいけない、なんならなにを示しているのか察して、手を貸してやるのだと待ち構えている。


「なあ、これってどんな植物なんだ?」

 にゃん太はハム助とカン七が持って来た書を広げる。すると、アルルーンは植物図鑑の方をめくり始めた。そして、該当ページを根っこで指し示す。

暴雨はやさめにも負けぬ綿】が採れるとある。


「あれ、これ、糸が摂れる植物なのか」

「へえ、そうなんだ!」

 ケン太が感心の声を上げる。にゃん太だけではなく、他の者たちも図鑑を覗き込んでいた。


「もしかして、俺が前に糸が採れる素材があったら教えてくれって言ったから?」

 アルルーンはわっさと緑の葉を揺らして是と答える。


 あれはいつだったか。そう、確か、みい子がこの工房にやって来て、アルルーンを紹介したときのことだ。

 じいちゃんだけでなく、アルルーンもにゃん太の師だと言っても、みい子はおかしなことをとは言わず、逆に仲が良いことを羨ましそうにしていた。みい子は前の職場で八つ当たりで追い出されたからだ。


「そっか、覚えていてくれたんだな」

 ずいぶん前のことだ。あれからいろいろあった。


 アルルーンは根っこ二本を絡み合わせ、腕組みして胸を逸らすかのような仕草をして見せる。

 そして、台の傍にある背もたれの無い丸椅子に飛び移り、そこから床に降りた。ちょこまかと根っこを動かして書架の前に行き、目指すレシピ帳を見つけたらしく、あれあれ、と根っ子で指し示す。


 にゃん太がアルルーンを抱え上げ、該当するレシピ帳を抜き出して台の上で広げる。アルルーンがページをめくる。やはり、他の者たちもなんだなんだと頭を並べて覗き込む。


 にゃん太はひと通りレシピ帳を読んだところ、じいちゃんのメモ書きのところに目を止めた。レシピ自体は別のものだ。だが、メモ書きの部分に【暴雨はやさめにも負けぬ綿】が採れる植物について触れられている。


「じいちゃん、いろんなことに興味を持っていたんだな」

 好奇心旺盛で、レシピを考案した際、いろんな方向に考えが飛ぶのだ。それらを書き留めている。ときに、発案だったり、ときに、考察だったりする。


「本当に、多岐にわたるわねえ」

「すごい錬金術師だったんだな」

 カンナの感嘆に、狐七もうなずく。


 知識もその分多様に持ち得ていたからこそ、それらから生まれる疑問や発想が次々と新しいレシピや発明、改善に繋がったのだろう。

 にゃん太はふいに、じいちゃんが生きているうちにもっと錬金術の知識があれば、あれこれ話し合えたのにと思った。


 その思いがふと口をついて出た。そうしたら、にゃん太がそれだけ成長したからだとケン太とハム助が言う。たま絵は口をはさむことはなかったが、感慨深げな表情になり、それをカン七がほほえましそうに見る。狐七は植物図鑑とレシピ帳に目が釘付けだ。


「そうだな。そして、俺はいつまでも学び、研究して行く立場なんだよなあ」

 言いながら、新しく弟子となった狐七を見やる。今、学んでいる文字を、必死に読み取ろうとしている。その吸収力と理解力の速さに、自分の不足をひしひしと感じる。まだまだ学ばなければならないというのに、教えることができるのだろうかという不安がもたげてくる。


「あら、おじいちゃまだって、にゃん太ちゃんのお師匠さんとなっても、研究は続けていたわよ」

 カン七がじいちゃんと同じだと言う。


「そうですよ。それに、他者に教えることで得ることもたくさんありますから」

「にゃん太、教えつつ、教わればいいじゃないか。狐七に教えながら、アルルーンやカン七さんや他の者たちからも教えてもらえばいい」

「教える立場になったんだから、あんたも少しはしっかりするでしょうよ」

 ハム助とケン太が教えることと教わることの同時進行を言い、たま絵が発破をかける。


「にゃん太は俺のお師匠さんだよ」

 狐七がちゃんと錬金術を教えてくれていると保証する。書から顔を上げて向けて来る目には全幅の信頼が宿っている。


 今までは教わるばっかりだった。それが教える立場にもなった。そうやっていろいろ変化していく。その変化に飲みこまれないように、しっかりと根を張って自身を保たなければならない。

 にゃん太はぐっと腹に力を入れて頷いた。




 アルルーンが反応を見せた植物に、じいちゃんはとある栄養剤をかけることを発案するメモ書きを残していた。にゃん太はアルルーンにアドバイスをもらい、じいちゃんが想定したものから少しばかり変容させた栄養剤<弾む妖精の翅の栄養剤>を作った。これは【妖精の翅】という向こう側が透けて見えるくらい薄く削り取ることができる鉱物を使った栄養剤だ。


 そしてそれを掛けた植物から採れた【暴雨はやさめにも負けぬ綿】を紡いだ糸は撥水はっすいの性質を持っていた。

「この糸で織ったら雨除けの覆いができる」


 通常、雨除けにマントをかぶる。人族は傘を日除けに用いるが、獣人族は雨除けにする。そのくらい、ぬれるのを嫌うのだ。

「服は替えれば良いけれど、毛皮はひとつっきり」


 そんな獣人が織物を扱うのはちゃんちゃらおかしいと言い出すものまでいるが、本来、経済活動というのはそういうものである。自分が必要でない物も、他に欲する物がいるのなら生み出す。そうして得た対価で自分に必要な物を購う。


「この糸で合羽を作ろう」

「合羽?」

「雨避けのマントみたいなものだよ」

 雨の多い地域で用いられる。

「へえ。よく知っているな」

「父ちゃんから聞いたんだよ」

「ああ、にい也さんならいろんな依頼を受けて外国の者とも接する機会が多いだろうからなあ」

 言いながら、ケン太はにやにやした。盛大な親子喧嘩をした記憶に新しいにゃん太はにゃむっとへの字口に力を入れる。


 ともあれ、撥水性に富んだ合羽は大ヒットした。獣人だけではなく、人族からも注文が相次いだ。

 傘も作ろうという話も持ち上がっている。

 そうして、みい子とハム助はにわかに忙しくなる。

「羊彦さんがさ、<パンジャ>の防水布を作ってくれって言うんだ」

「いいじゃない。他にもいろいろ流用できそうだわ」


 みい子が織物で忙しくなることが予想されたため、急きょ、狐七の弟分たちに店番を任せることになった。彼らは懸命に店の商品を覚えた。兄貴分の狐七が根気強く教えた。彼らは狐七といっしょの工房で働けることをとても喜んだ。


「もういっそ、みんなうちで夕食を食べて帰ったらいいじゃない」

 懸命に働く獣人の子供たちに、客だけではなく、たま絵もほだされた。どのみち、彼らの食事を持って帰らせていたのだ。狐吾郎と巨パンが仕事場から錬金術師工房にやってくれば良いだけである。治療がある蛇朗がひと足先に来るか、仕事終わりが重なれば、いっしょに来れば良い。


「夜道を子供だけで帰さずに済むしね」

「交代制で二、三回に分けて食べるか」

「食器も洗わなくちゃなりませんね。自分が使ったものは自分で片付けるということにしましょう」

 そして、獣人の子供らの労働の対価として翌日の朝食を持って帰らせることとなった。もともと、夕食をもらっていたから、その分の労働だと頑張っていた獣人の子供たちは遠慮したが、やはりたま絵が押し切った。

「その分、しっかり働いてちょうだい。うちは今、忙しいの。ふたりで店番をできるようになったら、他の者には掃除や洗い物なんかも手伝ってもらうわ。それを交代でやっていきましょう」


 工房へやって来て朝食を食べるのではないのは、蛇朗のためだ。工事現場は天候に左右されるので、晴れの日には朝早くから働く。


 そうやって弟分が働いていることから、狐七はより一層精を出した。目標ができた。パン七や蛇朗だけではなく、弟分たちにも<しゅわしゅわレモン>を作って飲ませてやるのだ。今はまだ、にゃん太が作るのを飲んで喜んでいる。蛇朗やパン七といっしょに一日の労働の終わりのご褒美を楽しんでいる。


 さて、ケン太はカン七とともにアルルーンの指示の元、<弾む妖精の翅の栄養剤>を与えた植物をせっせと育てている。

「たま絵姉ちゃん、とうとうやったな!」

「まあ、順当というか、しっかりとったわね、薬師の免許」

「みんなでお祝いしようぜ」

 ケン太が我がことのように浮き浮きと言うのに、カン七が前足を止めてしげしげと見つめる。


「ケン太ちゃんはさあ、たま絵に告白しないの?」

「えっ、なっ?!」

「バレバレよお。にゃん太ちゃんもみい子ちゃんとうまくいきそうだし」

 うろたえるケン太に、カン七が朗らかに笑う。

「え、そうなの?」

「だって、自分の失った自信を取り戻させてくれたのよ? やり甲斐ある仕事ってのは男女関係なく人生には重要よ」

「まあなあ」


 みい子だけでなく、ケン太もカン七も力を注ぐ職を得た。給金も環境も職員の関係性も良いのだから、この上ない職場である。

「にゃん太は俺たちにすごい場所をくれたんだな」

 ケン太の恋の行方はまだ分からない。それでも、この場所を守るために頑張ることには変わらない。


 ハム助は<弾む妖精の翅の栄養剤>を与えた植物から糸を紡ぐために糸紡ぎ機の回し車を回す。これは以前羊彦が作ったものに手を加えている。その際、撥水性の糸のこと、合羽を作ることを話したところ、がぜん乗り気になった。


「フェレット族も水に濡れるのを嫌うからなあ」

 さもありなんと工房の面々は得心が行く。羊彦はフェレ人のためになるからと、喜々として糸紡ぎ機だけでなく、みい子の機織り機にもあれこれと加工し、調整した。その際にはうさ吉も引っ張って来た。


「うさ吉さんにまで来てもらって。なんだか、悪いなあ」

 糸紡ぎ機と機織り機にあとから加工するとあって、固定する金具などを少々削ったりして微調整するうさ吉に、にゃん太が申し訳なさそうにする。

「このくらいなら、簡易道具でなんとかなる。ここには炉もあるからな」

 炎を制する兎族の鍛冶屋は頼もしい。


 羊彦の方はと言えば、始終上機嫌で作業に取り掛かっていた。

「フェレ人は水に濡れると動きが鈍り、パフォーマンスが落ちるから、合羽にはとても期待しているんです」


 にゃん太はちょうど良いとばかりに、狐七や店番の狐族の獣人たちをうさ吉と羊彦に紹介する。

「君がにゃん太さんの弟子か。よろしくね」

「猫の錬金術師が師匠だ。しっかり教われよ」

 そうして出来上がった糸紡ぎ機と機織り機に、今度はハム助とみい子が張り切った。


「最近、<パンジャ>に乗ってばかりだったので、身体がなまっていましたからね」

 特技を用いられるとあって、ハム助はがんばった。作業場では一時期ずっと軽快なからからという回し車が回転する音が鳴っていた。

 そのハム助が紡いだ糸で、みい子が機織り機で織っていく。久々のことで、最初はもたついたが、次第にリズミカルな音が響く。


 そして出来上がった布地は非常に薄く軽く、それでいて頑丈だ。もちろん、撥水性も高い。

「どう? フェレ人さん、動きにくくない?」

 さっそく、フェレット族冒険者であるフェレ人に試用を頼んだ。

「いいえ。マントよりも重くもないし、さほど行動を阻害しません」

 着用のまま、<パンジャ>に乗ることもやってみた。


「じゃあ、濡らしてみようか」

「え?!」

 にゃん太の発言に、フェレ人がしり込みする。

「本当に濡れるのが嫌いなんだなあ」

「ケン太ちゃんは雨の日でも畑仕事に精を出しているものね」

 合羽の試用を見物していたケン太とカン七である。


「一度濡れてしまえば、後は気にならないからさ」

「ええい、まどろっこしいわね! いい加減、観念なさい!」

 言って、問答無用とばかりにたま絵がバケツに入れた水をフェレ人にかけた。


「姉ちゃん、乱暴だな」

 たま絵の行動に慣らされたにゃん太はそう言うにとどめた。そうではないフェレ人は突飛な行動に声を上げる。

「わあっ———あれ、濡れていない! 濡れていないですよ! ちょっと顔にかかりましたけれど」

 前半を驚いた顔で言ったフェレ人は、後半をしょんぼりしながら訴えた。


「大丈夫そうだなあ。どう? 濡れても動きはスムーズ?」

「ええ、そうですね。雫は垂れているけれど、水は散っています」

 冷静に訊ねるにゃん太に、フェレ人は少々納得がいかない気持ちを抱えながらも応える。


「あとは一定時間、水に濡れるのはなかなか難しいから、雨の日に実際に試してみるしかありませんね」

「じゃあさ、フェレ人さん、その試作品をあげるから、雨の日とかに使ってみてよ」

「え、でも、俺、<パンジャ>も試作品を貸与してもらっていますし」

 なんなら、その借り受けている<パンジャ>を破損させて、修繕するよりも新しいものに乗り換えた方が良いとなった。その代金はにい也がもつ。

<パンジャ>は安全性が必要とされるから、試乗を重ねる必要があるが、合羽に関してはそこまでは求められない。そう思ってフェレ人は遠慮する。


「フェレ人さんはうちのテスターだからな」

「そうよお。遠慮なく使ってちょうだい」

 ケン太とカン七の言葉に、にゃん太も大いに同意する。


「この新商品に関しても、フェレ人さんにいろいろ試してもらいたいんだよ。合羽を着て、冒険者稼業をしてみてよ。それで、気づいたことがあったら教えて。そうそう、同じ布で<パンジャ>の覆いを作って欲しいという要望もあってさ」

「それは兄さんが言い出したんですね?」

 にゃん太の言葉に、フェレ人が敏感に察知する。


「羊彦さんはお忙しいのに、すぐに糸巻き機と機織り機を使えるように加工してくれた上、不具合があったら調整してくれると言ってくれています」

 みい子が感謝を込めて言うと、ハム助も頷く。


 職工も錬金術師と同じく、素材や機材がなければ織物をすることができない。にゃん太が前者を、羊彦が後者をもたらしたからこそ、新商品の撥水布を織ることができるのだ。みい子もハム助も、自身の特技でもって、猫の錬金術師の新たな新商品作成に携わることができて、とても誇らしい気持ちである。


 うつくしい布に仕上げるためには、素材の特性に合わせて機織り機を操る必要がある。みい子は羊彦が加工した機織り機を、初めこそもたついたものの、その癖をすぐに読み取って、素材を巧く織り込んで行くように操る。最終的には素材の特性をいかんなく発揮できるように、なおかつなめらかな手触り、しっかりした強度、うつくしい調和が取れる地点を目指して織る。


 みい子の機織りも試行錯誤を重ね、様々な風合いの布を織り、工房のみなで話し合って、どういったものが良いかを決めた。そして、決まった調和具合を、その後見事に織り続けるみい子に、にゃん太は感心しきりだ。

「すごいなあ、みい子さん」


 すごいのはにゃん太だとみい子は思う。

 にゃん太は、みなと力を合わせて、みい子に自信を取り戻させてくれた。みい子が夢中になっていたことをふたたび与えてくれた。いや、すごい発明に、みい子の得意分野で参加させてくれたのだ。

 どの工房の織物の見本帳にもこんな特性を持つ布地はないだろう。この先はどうなるか分からないが、今はみい子だけが織ることができる。


 あの日、鶴美が訪ねてきた際、織りたいと心の底から願った。

 それをにゃん太が叶えてくれた。


 リス緒から聞いたところ、鶴美は亀之進と別れたそうだ。

 思えば、鶴美に織物の見本帳の忘れ者を届けに行った際に見た、亀之進のすぐそばにいる者から妙な臭いがした。それはおそらく、誘拐犯である下町の獣人から移った臭いだったのだろう。強烈な臭いというものはすぐには消えない。だからこそ、<吸臭石>が求められ続けているのだ。


「織物工房の経営はあまりうまくいっていないようです」

 犯罪に手を染めた夫と離別しても評判が芳しくないのか、それとも、夫の出資がないと資金繰りが滞るのか分からないが、近く縮小するという噂もあるらしい。

 そう聞いて不思議な気持ちになった。


 鶴美の織物工房を離れ、機織りをしたいと渇望したみい子が今、忙しくそのことに従事している。一方で、腕の良い職人たちが職を失おうとしている。彼女らが良い職場を得ることができるように、とみい子は祈らずにはいられなかった。生活のため、やりがいのために、職は必要不可欠だ。


 みい子はにゃん太が連れ去られ、たま絵とふたりで工房に留守番していた際、料理をしながらいろいろ話した。そのときに気持ちは定まった。でも、こんなにすごいことを次々にやってのけるにゃん太とともに進んでいくことができるだろうか、とふたたび二の足を踏まずにはいられなかった。

 その背中を後押ししたのは、奇しくも、ある日訪ねてきたシシ姫だった。


「みい子ってあんた?」

「そうですが、どちら様でしょうか?」

「ああ、わたしはライオン族のシシ姫」

 言って、みい子の頭のてっぺんからつま先まで何往復も眺め渡した。

「ふうん。にゃん太の好みはこういうのか」

 シシ姫はどこでどう聞いたのか、みい子の存在を知ってどんな猫族か確かめに来たのだ。

 そして、それでみい子の踏ん切りがついた。


 ハム助も最近では<パンジャ>よりも回し車にいる時間の方が長い日がある。

 ここで狐七が活躍した。聡い彼は物覚えが良く、また、面倒見も良かったので、店番や掃除を任せた弟分たちに根気強く教えた。なにより狐七は錬金術の素材の処理を楽しんで行った。


「狐七は器用ね」

 要領が良いからこそ、他者にも厳しいたま絵の称賛に、狐七が面はゆげになる。

「いままでいろいろやっていたから」


 雑用をこなして食料をもらっていたのだ。それを小さな弟分たちに分け与えて、なんとか食いつないできた。弟分たちも自分たちができることをした。だから、掃除も洗い物も嫌がらずにした。

 そんな風にして身を寄せ合って過ごしてきた。ひとりも欠けることなく、誰かを犠牲にすることなく生きて来られたのは、非常に稀なことである。狐吾郎が泥をかぶってからこそ成し得たのだ。


 それが分かるからこそ、にゃん太たちは彼らの刑罰の軽減を願い出たのだ。今回の一件で、彼らに恩赦が下されたこと、子供らを孤児院から引き取ることができたことを工房の従業員たちはひそかに喜んでいた。狐吾郎が申し出て蛇朗を引き受けたことも、やはり、自分たちの認識は間違っていなかったのだと思わされた。


 そして、そこが亀之進との大きな違いだ。しかし、狐吾郎は成長し聡明さを発揮しだした狐七をはじめとする子供たちを利用し始めていた。危ういところだったのだ。いろんな出会いと狐七の聡明さによって、あちら側に落ちずに済んだと言える。


 食い扶持が増えたと知ったにい也だけでなく、猛獣人族の重鎮たちが狩った獲物を差し入れしてくれる機会が増えた。

「にゃん太! ごちそうが来た!」

「うん? ごちそうが来た?」


 店番の狐族の獣人の子供の言葉に首をひねりながら店に顔を出すと、にい也か猛獣人族たちがいる。そこで、差し入れをしに来てくれたと知るのだ。狐族の獣人の子供は後から狐七に「ごちそうが来たじゃないだろう?」と指摘を受けてえへへと笑う。


 そんな日は、もちろん、ごちそうが夕食に並ぶのだった。





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