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52.特別じゃない日々3

 

 フェレ人が消えた。冒険者ギルドへ行っても、ギルドを通しての依頼を受けていないという。その帰り道、羊彦の前にポチ丸が現れ、フェレ人を返してほしければ、と嫌な笑いをし、決断を迫られた。


 羊彦も以前は荒れていた。荒事くらいはできる。自分でフェレ人を助けに行くつもりだった。それでも、時間を稼ぐ必要がある。いったんはにゃん太を連れて来るという「体裁」を整えなければならなかった。それがにい也をどれほど怒らせるか、分かってはいた。


 羊彦は思い悩んだ。煮え切らない態度を取りつつ、奔走して情報を集め、事件の解決に加担した。なんとか、間に合ったのだ。


 そして事が終息した今、羊彦はにい也と対峙していた。


 にい也が怖いのはこういうところだ。どんな感情が渦巻くかおくびにも出さず、涼しい顔をしている。

 なのに、予備動作なく、するりと近づいて来たかと思えば、羊彦は地面に膝をついていた。両前脚は腹を抱えている。そう認識したとたん、腹の痛みを感じた。


 奇しくも、羊彦が下町で獣人から情報を得ようとして取ったときと同じようなことの成り行きとなった。しかし、前回は殴ったのは羊彦で、今回は殴られた側に回った。


「すぐに俺に言わなかった罰だ」

「見張りが張り付いていると思ったんです」

 うめき声と共に声を絞り出すと、「まあそうだろうな」という返答があった。


「手加減はした」

 それはそうだろう。にい也は素手でも魔獣を倒せると聞いたことがある。本気で殴られれば、内臓破裂して、今ごろ羊彦は気を失っているか、あの世に旅立っている。


「にゃん太にもフェレ人にも言うな。墓場まで持っていけ」

 羊彦がにゃん太を売り渡すつもりだったかどうかだけではない。そう強いられたこと自体を黙っていろというのだ。


「可愛いフェレ人に隠し事かあ」

 言われてみれば、そうする他ないのだとは思いつつも、なんだか素直に頷けなくて、そんな風に言ってみる。

「山ほどしているだろうが」

 返答を期待していなかったのだが、言葉が返って来た。


「にい也さんこそ」

「にゃん太が訊かないだけだ」

 だからこそ、羊彦もにい也も、フェレ人やにゃん太に言えないことを含めて、あれこれ話し合える互いが必要なのだ。


「それで、仲直りはしたんですか?」

「ああ。謝られた」

「にい也さんはちゃんと謝ったんですか?」

 片方の目を大きく見開いてみせるにい也に、やれやれと羊彦は思う。これは、体裁を取り繕うことなく、自分が悪かったのだと言ったのだろうなと予想を付ける。にい也は家族にはどれだけも自分を下げて見せる。自分よりもすごい存在なのだと認識しているからだ。今回の一件で、にゃん太へのそれはより堅固となっただろう。


「それにしても、にゃん太さん、すごかったですねえ。人族も猫の錬金術師さんに手を出したらどうなるか、思い知ったことでしょう」

「本当にな。にゃん太は俺とは全く違う分野に進んで、そっち方面では俺はにゃん太に遠く及ばない」

 子供の成長には敏感なにい也も、いつの間にか大きく前進していたにゃん太に、驚きを隠せないでいる。


「そう言えば、フェレ人も、フェレット族なのに臭いや物音にとても敏感で察知能力が高かったですよ」

「へえ。あいつ、冒険者向きだな」

 いずれ、大成するだろうというにい也に、羊彦は眦を下げる。

「そうでしょう? 今度、武器を新調しにうさ吉さんのところへ行くんです」

 フェレ人は潜入捜査によって武器だけでなく、<パンジャ>も破損したため、こちらも新しいものを作ろうと話している。

「ああ。フェレ人は遠慮するだろうが、相応しい武器を作るようにうさ吉に言っておいてくれ」

 価格よりも、フェレ人の実力を最大限に引き出せることを優先しろと言い置いて、にい也は去って行った。




 獣人の地位向上が見直されつつある昨今、獣人冒険者も不当な扱いを受けることが減った。

 そんな中、以前、にゃん太にちょっかいをかけた猛獣人族の若者たちがティーア市を出たという。象族にまで絡むにいたった彼らは、今回の件で、群れとなった彼らの凄みを目の当たりにして震え上がった。

 そんな彼らと象族の間に立ち、顔に青あざを作った虎太郎は複雑な面持ちになる。

「にゃん太ちゃんを敵に回したら、象族の群れが押し寄せて来るって怯えていたのが高じて、って言ってましたよ」

 散々迷惑をかけた虎族の族長には合わせる顔がなく、トラ平に伝言を預けた。


「象族だけじゃないだろう」

「ティーア市の多くの獣人が動くな」

 ヒョウ次にシシ雄が頷く。


 彼ら猛獣人族の重鎮たちは数回に渡り、ティーア市の各方面に説明を求められ、奔走した。今日もその帰りであり、そろそろ落ち着きを見せそうだという感触を得ていた。幸いなことに、いずれにおいても、獣人に騒動の責任の一端はあれど、致し方なしという雰囲気だ。よほど、ユール国の中枢の言が効いているとみえる。


「そういやあ、獣人冒険者の中にも、猫の錬金術師が素材採取の護衛の依頼を出したら受けたいって言っている者がいるそうだぞ」

「あ、俺も聞きました。しかも、複数いるって」

「その中にはもちろん、にい也も含まれる。争奪戦で勝てると思っているのか?」

「あー、まあ、にい也さんと組んでの護衛なら。ほら、前にフェレ人がいっしょに行ったらしいですし」

「なんだ。なんで、俺に声を掛けないんだ」

「ライオン族の長を護衛にしたら高額になって赤字も良いところですよ」

「にい也は護衛料を小遣いだと言ってそっくりそのままにゃん太に渡しそうだな」

「いやあ、上乗せするでしょう」


 彼らは猛獣人族の重鎮たちだ。各々が自負を持ち、癖も強い。力があるがゆえに譲る機会は少なく過ごしていた彼らが、集うことなど、ましてや力を合わせることなどそうそうはない。にもかかわらず、こうして何度となく集まってもぶつかり合うことがないのは、ひとえににい也とにゃん太という存在が間にあるからだ。

 その後も、猛獣人族たちは特定の猫族を緩衝材にして、必要に応じて力を合わせ、あるいは気の置けない友誼を楽しんだ。




 鍛冶屋では火の調節が重要だ。

 ユールの王都の大きな製鉄所では大きな施設を構え、上質の鉄を作るために、錬金術師の力を借りて溶鉱炉を造ったと聞いている。

「なんでも、炉から出る炎の光が赤色だけじゃなく、黄色や白色まで調節できるってんだ」

「そう言われてみれば、炎の色って色々あるな」

「温度によって色が変わるのよ」


 うさ吉は羊彦とフェレ人が来るのを待つ間、熊五郎と雑談をしていた。つい先日、ティーア市を文字通り揺るがした事件があったというのに、こんな風にのんびり話しているのが不思議な気持ちになる。納品にきた熊五郎がこの後に羊彦とフェレ人がやって来ると聞き、顔を見て行くと言い出したのも、同じような風に思っているからかもしれない。

 日常を取り戻したとはいえ、あの高揚感に似た感覚を共有したことから、連帯感が生まれていた。


「親方ー」

 職人が呼びに来る。

「お、来たかな」

 うさ吉の予想は当たり、羊彦とフェレ人が連れ立ってやって来た。


「熊五郎さんも来ていたんですね」

「ああ。納品がてら、うさ吉さんに手斧の調子を見てもらっていたんだ。羊彦さんはフェレ人の付き添いか?」

「いえ、わたしは新しい<パンジャ>の相談に」

「かこつけて、俺の武器の新調の打合せを見に来たんですよ」

 熊五郎に否定しかける羊彦の言葉の途中から、フェレ人が言う。


「にい也さんから、価格を気にすることなく、フェレ人の実力を最大限に引き出すことを優先しろと言われているんだよ」

 言い訳がましく羊彦が言うのに、熊五郎が思わず口笛を吹いた。フェレ人は複雑そうな表情を浮かべるものの、うさ吉は腕が鳴るとばかりに乗り気である。


 良い素材を使うとあれば、価格は比例して高くなる。そこら辺の兼ね合いで、使用者に見合う物を作ることができないこともある。制限がひとつ減るのであれば、存分に作れるというものである。


 一方、にい也から潜入捜査時の破損した武器や魔道具の補てんをあらかじめ保証されていたフェレ人ではあるが、予定していた働きをしたとは言えないと自認している。


「羊彦やうさ吉が助けに行く前から抜け出す算段はついていたんだろう? おかげであの場面でにゃん太を連れて来ることができた。ベストタイミングだった」

 そう言って、にい也はにやりと笑った。

「つまり、お前は十分に役割を果たしたってことさ」

 そうフェレ人を労ったにい也はいつの間にか、羊彦にまで話をつけ、当然の報酬だとばかりに、以前よりももっと見合う武器を作るように仕向けた。


 獣人は鋭い爪や牙を持つが、折れたり曲がったりすれば痛みを感じるし、そのままでは生活するにおいてなにかと不便だ。だから、それらを身を守るために使うのは、緊急時だ。戦うことがままある冒険者は武器を必要とする。種族の特徴に応じた、あるいは欠点をカバーするものである必要がある。そうでないものだと、とたんに、戦闘能力が落ちる。


 憧れの冒険者であるにい也に、状況に応じて最善を尽くしたのだと言われたフェレ人は面はゆく、その言葉だけでも十分な報酬であるように思われた。


「フェレット族は敏捷だし勇敢だが、いかんせん、四肢が短いからな」

 うさ吉はだから、武器は特殊なものになる、つまり、他の種族も使う汎用性のあるものではなくなるので、高額になるという意味で言った。


「それを補うものが<パンジャ>ですよ!」

 勢い込む羊彦は、そのフェレット族の欠点を補う魔道具が発明されたからこそ、今後、フェレット族が活躍するだろうと夢想している。しかも、その魔道具の作成に、自身も手を貸しているのだ。


「小柄な獣人もどんどん活躍の場ができていくだろう。ティーア市は変わって行くのだろうな」

 象族のおかげで獣人たちの地位向上したことから、熊五郎の取引先に人族の商人が加わった。これが良いことなのか悪いことなのか。

「うちの工房にも人族が来ましたよ」

 首を傾げる熊五郎に、羊彦が言う。

「なんだろうな? 象族の大行進で獣人たちを見下すのを止めて、どっちかというと、避けられると思っていたんだけれど」


「怒れる象族の群れ、ですか」

「<パンジャ>についてもにゃん太の工房に問い合わせが激増しているらしいぞ」

 フェレ人がティーア市で噂されたフレーズを口にし、うさ吉が両前脚を組む。


「人族には使えないでしょうが」

 もとよりそれを想定した設計ではないと羊彦が唸る。

「荷重重量を上げられないかとか、単純に全体的に大きくならないかだとさ」


 あまりの問い合わせの多さに、工房の主補佐が錬金術師組合に丸投げした。押し付けたとも言う。アルルーンと共に誘拐されたと聞いて、保護に動いた錬金術師組合だ。当然のことながら矢面に立っているという。


「にゃん太さんはなんと答えたのですか?」

 問うたのはフェレ人だが、羊彦も熊五郎も興味津々でうさ吉を見る。

 猫の錬金術師は錬金術師組合を通して、現在は当初の目的の範囲内での改良を重ねていると回答している。


「つまり、未来はどうなるかわからないということですね?」

「まあ、そう受け取る者もいるだろうな」

 うさ吉がにやりと笑う。


「作ってほしいだろうなあ」

「そうなりゃあ、ホイールもパンタグラフ式ジャッキも別物ってくらいに変えなくちゃあならないな」

 熊五郎にうさ吉が高揚して仕方がないとばかりに弾んだ声を出す。


「にゃん太さんはお弟子さんを取って忙しそうですからね」

 フェレ人がうさ吉を落ち着けようと発言する。


「また発明をするんだって言っていただろう?」

「そうなんですよ、合羽!」

 うさ吉の言葉に、羊彦が跳びつくように言う。


 そう、猫の錬金術師はまたぞろ新しいものを作りだそうとしていた。便利なものだ。獣人や人族が暮らすのに、少しばかり力を貸してくれるものだ。





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