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49.長い長い一日10

 

 ティーア市を揺るがす騒動に駆け付けた警邏から、にゃん太やにゃん太を救出しようと動いた獣人の面々は事情聴取を受けた。


 フェレ人ははたと思い出し、隠しておいた背負い袋を探す。果たして、人族に発見されることなく、下生えに横たわっていた。にい也に袋ごと渡すと、中身をちらりと見て、フェレ人を大いに労った。フェレ人はそこでようやく、様々なハプニングがあって当初の予定とは大幅に異なったものの、依頼を完遂することができたのだという気持ちになった。


 警邏に事情を話す間にも、大勢の人族が捕縛されて行くのを見た。獣人族が連行されなかったのは、にゃん太が警邏にアルルーンともども誘拐されたと話したからだ。アルルーンを小脇に抱えての発言は信ぴょう性があった。駆け付けてそれらを見聞きした錬金術師組合と薬師組合たちが激怒した。必ずや、ユール中枢に働きかけると息巻いた。それで、獣人族たちはにゃん太救出に動いた功労者たちだという雰囲気になった。


 蛇朗は人族に無理やり連れて来られた被害者であることを猛獣人族の重鎮たちが保証し、いったん彼ら預かりとなる。

 なんとか無罪放免を勝ち取った獣人たちの間に弛緩した雰囲気と達成感、そしてなにより疲労感が押し寄せる。事態が目まぐるしく動いている間には忘れ去っていたのが、落ち着いたとたん、どっとやって来る。



 にゃん太は象族の獣人たちに礼を言い、怪我の有無を尋ねた。

「少々の怪我など、そのうち治りますよ」

「象族の皮膚は頑丈です」

「でも、大きな身体を支えているんだから、四肢の捻挫や打撲があったら大変だよ」

 そう言って、にゃん太は翌日にでも軟膏を届けると言った。わざわざ来てもらうのは気が引けるから、と一度工房を訪ねたことがあるパオ蔵が取りに行くことになった。

 象士郎が象族の群れを引き連れて去って行くのを見送り、パオ蔵とともに工房へ戻ることにした。


「蛇朗もいっしょにおいで。行くところがないんだろう?」

 にゃん太の言葉に、蛇朗は嬉しそうにこっくりと頷いた。そして、狐吾郎の傍にいる狐七を振り返って不思議そうな顔をする。

「狐七、どうしたの? 行かないの?」

「俺は行かないよ。にゃん太といっしょに住んでいないんだ」

「え、そうなの?」

 蛇朗は鎌首をせわしなく振ってにゃん太と狐七を見比べる。意識が明瞭になってから、ずっといっしょにいたふたりだ。三人で行けないのかと、にわかに不安がこみ上げてきて、鎌首を下げる。


「みんな、疲れているし、満身創痍だ。いったん、にゃん太ちゃんのところへ行こうや」

 トラ平がぼふ、と両前足を打ち合わせる。

 パオ蔵を除く象族がいなくなったとはいえ、多くの、そして多種の獣人族が残っていた。みなで成し遂げたという気持ちを、達成感を、一体感をもう少し共有していたい。そんな気持ちがあったからだ。だから、トラ平の言葉に、じゃあ、そうするか、という雰囲気が流れた。


 蛇朗は首を傾げるように鎌首を斜めにする。

「もしかして、トラ平?」

「おうよ。俺のこともにゃん太ちゃんから聞いていたのか?」

 先ほど、自分の名前だけ呼ばれなかったトラ平は、待ってましたとばかりに目を輝かせる。しかし、待っていたのは「お約束」だった。


「うん! トラ平、いっつも虎太郎おじちゃんに怒られている!」

 どっと笑いに包まれる。


「そんなあ、ひどいぜ、にゃん太ちゃん! どんな風に話したんだよ。俺、ベテラン冒険者だぜ?!」

 トラ平の情けない声に、一層笑いが高まる。そこへ、ぽんと肩に片前足がかかる。

「ほう、ベテラン冒険者か。だからと言って、うちの息子をちゃん付けにして呼ぶなんて、いい度胸だな」

「ひいっ、にい也さん! しまった!」


「トラ平はあれだな、事が収まった安堵でいつものうっかりが出たな」

 トラ平が大仰に飛びのくのを眺めながら、両前脚を組んだ虎太郎がやれやれとばかりになる。


「トラ平、にゃん太の父ちゃんにも怒られている!」

「おお、よく分かっているじゃないか」

 聞いていた話はこれか、と楽しげな声を上げる蛇朗に、ヒョウ次が莞爾かんじとなる。


「うん。にゃん太がね、いろいろ教えてくれたの。ヒョウ次おじちゃんの虫歯のこととか」

「うむ、あれは大変だったぞ。容赦ない」

「うん。にゃん太、治療のときは怖いもんね」

 あの逃げることができない空間で、歯の治療の話を聞き、にゃん太は優しいものの、治療に関しては妥協はないのだと思い知らされた。だから、服薬は嫌だったが、従わざるを得なかった。

 そして、似たような目に遭ったというヒョウ次にシンパシーを抱いていた。

 ヒョウ次と蛇朗が大きく頷き合う。なし崩しでおじちゃん呼ばわりされても、こちらは寛大に受け止めた。


 なお、蛇朗はトラ平を呼び捨てにしているが、にゃん太はさん付けで呼んでいた。なぜか、抜け落ちて覚えてしまった蛇朗である。


「ほらほら、しゃべっていないで、移動するよ」

 ヒョウ華の号令一下、獣人たちがぞろぞろと歩く。



「ふう、なんとかなって良かったわあ」

 へたり込んでいたケン太とカン七もようやく回復して合流する。

「やったな、ハム助さん」

「はい。でも、わたしが考えた計画は穴だらけでした」

 まず、塀の上に侵入者避けの魔道具があったこと、<パンジャ>のジャッキを最大限伸ばして塀を上ったとしても、そこからアルルーンを抱えてどうやって下に降りるか。人族に見つからずにどうやってにゃん太と狐七を見つけ出すか。万一発見しても、アルルーンを渡すことができなかったかもしれない。


「みなさんがいなければ、ひとりでも欠けていれば成功しませんでした」

「でも、成功したわ」

<パンジャ>のテーブルの上で項垂れるハム助に、割り込んだのはカン七だ。

「そうですよ」

「つまり、みんなでやり遂げたってことだな!」

 リス緒とうさ吉が続く。

 見れば、熊五郎がフェレ人と彼の<パンジャ>をそれぞれ両脇に抱えて歩き、その傍らを羊彦が心配そうに付き添っている。


「狐七もいっしょにおいで」

「うん!」

 にゃん太に誘われ、狐七は狐吾郎と片前足を繋ぎながら歩き出す。狐七に引っ張られるようにして、狐吾郎も歩き出した。


 そこへ、カン七の兄弟たちも集まって来た。

「兄ちゃん!」

「無事だったのねえ」

 さほど心配していなかったものの、カン七はとりあえずそう言う。

「まあな。常日頃から鍛えている筋肉の賜物だ!」

「カン三郎は筋肉が落ちたんじゃないか?」

「カン七よ!」

「カン七さんの兄弟らしいなあ」

「いい獣人たちなんだけれどねえ。いかんせん、暑苦しいのよねえ」

 そんな風に話しつつ、いつの間にか錬金術師工房を目指す一行に加わっている。


 この中の誰かひとりでも欠けたら、上手くいかなかったかもしれない。にゃん太が捕まっていたところが半地下ではなく、明り取りの窓が格子にさえぎられた空気の入れ替えをするタイプのものでなければ、アルルーンを届けることができなかったかもしれない。

 ひとつひとつの要素が寄り集まり、なんとか成功することができたのだ。

 にゃん太はそれらの事象を見事に引き寄せる運の強さをも持っているのかもしれない。ハム助はそんな風に考えた。



「ああ、腹減ったなあ。たま絵さんの飯が食いたい」

「トラ平、そろそろ、うちの子たちへのぞんざいさについて話し合おうじゃないか」

「に、にい也さん、食べたいってだけで、俺は、その、」


「いいわよ、ご馳走してあげる」

 工房の前ではたま絵が仁王立ちしていた。


「たま絵!」

 にい也が駆け寄るも、たま絵はするりと躱して工房の面々の方へ向かう。


「にゃん太、無事だったのね。狐七は? あら、大きな蛇族ね。カン七もケン太もハム助さんも無事ね? フェレ人さん、怪我しているの? じゃあ、食事の前に治療しましょう。カン七、薬師の仕事よ。にゃん太はその子を戻しがてら畑へ顔を出してきなさい。みんな心配しているわ。ケン太とハム助さんは作業場の物を隅に寄せてちょうだい。みんなをそこに通すから」

 たま絵がてきぱきと差配する。


「ああ、帰ってきたって感じがするなあ」

「身が引き締まるというか、懐かしい感じがするというか」

「たま絵ぇ、帰って来てそうそう、こき使わないでちょうだい!」

 ケン太が悟りきった表情になり、ハム助は慣れ親しんだ空気感を思い出し、カン七が筋肉疲労がどうのと悲鳴を上げる。

 しかし、やるべきことを順序立てて言われれば、後は動くばかりだ。


「みなさん、お帰りなさい。ご無事で良かったです。たま絵さんといっしょにたくさん料理を作っていたんですよ」

 みい子がふんわりと笑う。にゃん太だけでなく、他の者たちも疲れを癒された気分になる。

「ほら、動きが止まっているわよ!」

 たま絵の声にみなが動き出す。



 にゃん太は畑に行き、アルルーンを戻そうとした。だが、他の株が土からずぼりと出てきて、一斉に飛びついた。

「にゃわわっ」

 心配をかけたアルルーンたちをなだめるために、しばらくの時を要するのだった。



 カン七は店で全員の怪我の具合を診て、必要に応じて治療した。たま絵はその助手を務める。その間に、ケン太とハム助が作業場を片付ける。

 話を聞いて予想以上に集まったと知ったみい子が追加で料理を作り始める。


「俺、パン七と巨パンも呼んでくるよ。狐七のことを心配しているだろうしさ」

 ケン太が飛びだしていく。


 治療が済んだ者、軽傷の者が手伝って、厨房からできた料理を運び入れ、ふだんは薬や魔道具を作る作業台に並べて行く。

 パオ蔵は薬をもらうためについて来ただけだから、と遠慮したものの、引き留められて宴会に参加した。



 ケン太は気を回して、ひとっ走り孤児院も回って、狐七たちの兄弟分の獣人の子供たちも連れてきた。

「狐七っちゃん! 狐七っちゃん!」

「パン七!」

 自分の代わりに連れ去られた狐七に、パン七が跳びついた。


「ほら、狐吾郎に任せておけば大丈夫だって言っただろう?」

 巨パンはそう言って不安がるパン七をずっと宥めていたのだ。


「いや、俺はほとんどなんの役にも立たなかったよ」

 一度、忍び込んだことがある錬金術師工房の作業場に、こんな風にしてもう一度入るとは思いもよらなかった狐吾郎は、不思議な感慨を持って室内を見渡す。


 高い天井、広々とした空間は錬金術を行使するために様々な器具が置かれている。今はそれらは隅に追いやられ、大きな台だけが中央に残されている。そこに次々に料理が載せられていく。


 多くの獣人が集まっている。みな、この工房の猫の錬金術師を救い出すために集まった者たちだった。

 そして、自分もまた。本当は、他の者たちが猫の錬金術師のために動いたとしても、いっしょに捕らわれた狐七は捨て置かれることを危惧してもいた。蓋を開けてみれば、予想とは大きく違って、蛇族の獣人を含めて三人で錬金術を行使したのだという。


 工房へ来る道すがら、狐七が興奮した様子で話した。

「にゃん太、すごいんだよ。錬金術は素材や器具がなければ使えないんだけれど、代わりのもので薬を作ったんだ」

 狐七と蛇朗もそれを手伝ったのだという。

 境遇のせいで、歳のわりに大人びて、だからこそどこかいろんなことを諦める風な狐七が、常になく浮ついていた。

 ああ、見つけたんだなと思った。こんな風に心躍らせるものを、狐七は見つけたのだ。



「そんなことはありませんよ。羊彦さんといっしょに敵の館の場所を突き止め、結果、象族を導いたのです。それに、わたしが騒動の中で踏み潰されないようにしてくれていました」

 いつの間に話を聞いていたのか、リス緒がぴょんぴょん跳ねながら言う。それが発奮しているせいか、身長差があるからかは判明しない。また盗み聞きか、とは言わずに、狐吾郎は工房の背もたれの無い椅子の上に抱え上げてやった。

「ほら、今みたいに」

 自分の手柄のような得意げな顔をして見せるリス緒に、狐吾郎は吹き出す。

「うちのちびたちと同じだな」

「なっ! わたしはもう成獣していますよ!」

 リス緒は椅子の上でも跳ねそうな風情である。



 隣では、ようやく落ち着いたパン七に、狐七が蛇朗を紹介してる。大蛇に怯えたものの、蛇朗の方は話に聞いていたパン七に屈託なく話しかけ、徐々に打ち解けだした。ケン太が孤児院から連れてきた狐族の獣人の子供たちも加わって、お喋りに花を咲かせる。


 そこへ、最後の料理が運ばれてきて、食事が開始される。たま絵は抜かりなく、隣近所から食器やカトラリーを借りて来ていた。

 あちこちで、美味しい美味しいという声が上がる。

 大立ち回りをしたことから、みな空腹で、空っぽの腹にどんどん料理が納められて行く。

 空腹が満たされた後は徐々に会話が増え出した。



「父さん、にゃん太と顔を合わせづらくて、ぐずぐずしていたんじゃないの?」

 事の経緯を聞いたたま絵がうろんな視線をにい也に送る。

「だって、心の準備が!」


 少し離れた場所にいたトラ平が噴き出し、口の中にあった食べ物のカスが散る。虎太郎にいやな顔をされ、にい也が「だって」などと言うから、と弁解する。


「そんなもの! しているうちににゃん太になにかあったら、どうするのよ!」

「そうなる前に助け出していたさ!」

 にい也は言い返すも、たま絵の追及に押され気味である。


 もちろん、にい也はにい也で多角的に考えて判断した。にゃん太が愛玩獣人愛好家の守備範囲から外れていること、たま絵の伝言に錬金術師組合と薬師組合に掛け合うとあったこと、それに自身で綿密に準備してきたユール中枢への働きかけと愛玩獣人愛好家の不正とを重ね合わせれば、完全に追い込むことができると。


 それに、にい也はにゃん太が連れて行かれたとしても、すぐにはどうこうすまいと踏んだ。それよりも、館の外で騒ぎを起こすことで揺さぶりをかけることになる。そうすれば、こちら側に意識を向けさせ、にゃん太から注意を逸らすことができると考えたのだ。


 焦燥に駆られることなく、冷静に対応することができることが仇となり、にゃん太救出に突っ走ることはなかったとも言える。


 たま絵の猛攻に防戦一方のにい也ではあったが、パン七の憧れの猫族冒険者である。ケン太やカン七の後ろに隠れてじっと熱い視線を送っていた。

「あらあ、こんなところにもにい也さんのファンが! 話しかけなくても良いの?」

「そ、そんな、いいよ。こんなに近くで見ることができただけで胸いっぱいだよ」

「じゃあ、お腹もいっぱいになりましょうね」

 そう言って、カン七はパン七といっしょにあれこれ食べ始める。そこへカン七の兄弟が加わり、パン七が楽しそうにその発達した筋肉に触らせてもらっていた。他の獣人の子供たちも集まって来て、カン七兄弟の力こぶを作った腕にぶら下がったりしてはしゃいだ。


「本当のところさあ、にい也さんひとりでなんとかなったんじゃないかって思う」

 ケン太がたま絵とにい也が言い争うのを聞きながらそんな風に言う。

「せめて、アルルーンを運び込むという計画を知っていれば、また違ったやり方を取られた可能性はありますね」

 ハム助も頷く。


 たとえ、そうだとしても、ふたりはにゃん太のために奔走しただろう。とにかく居ても立っても居られず、なにかしようと動いた。だから、今回はこれで良かったのだ。自分たちも解決のために多少の役に立った。そう思えば、再会後の食事のなんと美味しいことか。

 象族の大行進に並走してそれを止めたケン太とハム助は、何度目かの乾杯をした。



 フェレ人は食事そっちのけで<パンジャ>がなんとかならないかと具合をみていた。

「フェレ人、ずっと食べていないだろう? ほら、これ、食べな」

 皿に盛った料理を羊彦が差し出す。


「フェレ人、もうそれは諦めろ。俺がもっと頑丈なジャッキを作ってやるから」

「物を大切にするのは良いことだが、フェレ人も冒険者なら、あきらめが必要なことも知っているだろう?」

 うさ吉と熊五郎が良いことを言うが、口に料理を詰め込んだままなので、不明瞭で感動度合いは半減だ。


 フェレ人が<パンジャ>から顔を上げてピンク色のへの字口をきゅっと急角度にし、潤んだつぶらな瞳を向けると、羊彦たちはうっと詰まる。

「フェ、フェレ人、大丈夫、大丈夫だからな」

「すぐに作ってやるからな」

「俺も、軽くて頑丈な木材を持ってくるから」

 三人がかりで宥め、ようやっと気持ちを持ち直したフェレ人は久方ぶりの食事にありついた。目を細めて美味しそうに食べる様子に、羊彦たちは安堵するのだった。




「え、じゃあ、蛇朗、おうちがどこか分からないの?」

「うん、覚えていないんだ」

「どうやって来たかも?」

「うん」

 しょげる蛇朗に、狐七が表情を曇らせる。

 蛇朗は故郷のことを覚えていない。薬の弊害である。分からないのだから、帰してやることはできない。


 重い雰囲気を察して、パン七や子供たちが寄って来る。

「蛇朗も孤児院でいっしょに住む?」

「蛇朗って大きいけれど、成獣じゃないの?」

 獣人の子供たちもあれこれ言い、蛇朗の行く末について語り合う。


 狐七が意を決して、ある程度の裁量権を持つだろうと予測をつけた者たち、つまり猛獣人族の長たちに近づいた。

「あ、あの、」

「うん? なんだ?」

「楽しんでいるか?」

「たくさんお食べ」

 恐る恐る近寄って来た狐七に、猛獣人族の重鎮たちは子供にかける一般的な声をそれぞれ発した。


「はい。あの、蛇朗のことなんですが、なんとかティーア市で暮らせるようにならないでしょうか」

 いっしょうけんめい、人族に連れて来られたものの、元いた場所がどこか分からず、なんとか暮らしていけるようにしてもらえないかと頼み込む。


 悪いことをするように強いられていたのだ。薬で自我を奪われており、蛇朗の意思でしたのではない。その薬の影響で、ティーア市に連れて来られる前のことをほとんど覚えていないのだ。狐七はいっしょうけんめいそう話した。

 歳のわりにはしっかりした話しぶりに、猛獣人族たちは内心感心する。

 にゃん太も食事の手を止めて駆け寄り、いっしょに頭を下げる。


「ううん、そうだなあ、」

「人族の陣営にいたとはいえ、強制されていたんだろう?」

 だからこそ、警邏に連れて行かれず、猛獣人族の重鎮預かりとなったのだ。

 金で取り引きされて連れてこられ、薬で自我を奪われたのはあまりにもむごく、そうした愛玩獣人愛好家の非は大きい。


 そこで、狐吾郎が口をはさむ。狐七とずいぶん仲良くなったから、自分たちが引き取ると。

 これには猛獣人族たちが目をすがめた。彼らは聡明で礼儀正しい子供には優しい顔をするが、その性質は苛烈だ。


「もちろん、分かっています。俺たちは今、罪を償うための労務を行っている。でも、それが終わって晴れて自由の身となったら、同じような工事の下請けを仕事にできたらと考えていたんです」

 狐吾郎はそうやって、孤児院預かりとなった獣人の子供たちを引き取る算段を考えていたのだと言う。狐七ははっと狐吾郎を見上げる。


「パンダ族の獣人は力があるし、聞けば大蛇も力があるそうです。しかも、尾を器用に操るそうです」

 ならば、重い石を外から上階に運び積んでいくことができるのではないかと。


 熊五郎と争うようにして、皿を空にしていた巨パンも慌ててやって来ていっしょに頭を下げる。

 獣人の子供たちはまたみなでいっしょに暮らせる、その方法を見つけ出せたのだと知って喜んだ。

 しかし、狐七は純粋に嬉しく思うことができないでいた。


「狐七っちゃん、元気ない?」

 パン七が心配する。

「狐七、やりたいことがあるんなら、それをやればいいんだぞ」

 狐吾郎はある予想をつけてそう言う。巨パンは狐吾郎の心知らずで、軽い調子で乗っかる。

「そうそう。どのみち、いっしょに暮らすんなら、同じ場所で寝るんだしな」

 帰ってくる場所はいっしょだと言いたいのだろう。

「そうなの? 狐七っちゃん、なにかなりたいものがあるの?」

 パン七の問いに、狐七は逡巡した。


「うん、俺、錬金術師を目指す!」


 途中までは迷っていたが、言い切った後は腹が決まった。狐七はぐっと顔を上げる。迷いは吹っ切れていた。錬金術師になるにはどうすればいいのか分からないが、おいおい調べていけばよい。


 パン七たち年少組は蛇朗を含めて、わっと沸いた。

 狐吾郎は予想通りの回答に、落ち着く場所に落ち着いた気分になる。巨パンはいつの間にそんな風に考えるようになったのかと目を白黒させる。


 一方、にゃん太たちも驚いていた。

「え、そうなの?」

 驚きが落ち着けば、じわじわと喜びと賛同の気持ちがこみ上げてくる。


「いいんじゃないか? 狐七はしっかりしているし」

「そうですね。とても聡明ですし」

「にゃん太、狐七を弟子にしたら?」

「あらあ、これで後継者問題は解決ね!」

「狐七さんなら、アルルーンとも会っていますし」

 ケン太とハム助が賛同し、たま絵が提案し、カン七が弾んだ声を上げ、みい子が仲間内だけに聞こえるように小さく呟く。


 腹が決まったものの、受け入れ態勢万全の工房の面々の言葉に、狐七は面食らう。

「え、いいの?」

「もちろん。狐七がうちでもよければ」

「うん、俺、ここがいい!」

 狐七は必死に言った。


 その様子を見ていた猛獣人族の重鎮たちの動きは迅速だった。早速、各方面に働きかけ、蛇朗の無罪とティーア市の市民権を得た。ついでとばかりに、狐吾郎と巨パンの刑期を大幅に短縮させた。さらにおまけとばかりに、酒の肴に聞いていた建築作業現場の下請け業を運営する許可まで取り付けた。重い物を運ぶ事業者との兼ね合いがある。しかし、これらはほとんどが象族や熊族といった身体の大きい獣人の専売特許だった。寡占していた象族はにゃん太の縁者ならば、と快く受け入れた。




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