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47.長い長い一日8

 

 外の喧噪にかたくなに門扉を閉ざしていた館で、動きがあった。象族の行進が止まったことを察し、打って出ようというのだろう。疲弊した今ならばこそというのか、それとも、彼らの切り札を切るつもりなのか。


「来るぞ」

「やれやれ、予定したのとずいぶん違ってしまったなあ」

「おい、誰か、隙を見て潜り込んでフェレ人も助け出して来い」

「にい也さんがにゃん太のついでに行ってくれれば、」

 猛獣人族たちはようやく出番だとばかりにのっそりと前へ出る。


 弱そうだと見て取った狐吾郎に、武器を突き付ける私兵を、トラ平が横手から蹴り付ける。

「あんたたちは下がっていな」

「わ、わたしは今日のこのことを記事にする義務があるんです!」

「へえ、そりゃあ、良い。じゃあ、お前、この嬢ちゃんが良く見えるように抱えていてやりな」

 トラ平は勝手に決めつける。狐吾郎が不平を言おうも、すでに違う私兵と切り結んでいる。確かに、足元をちょろちょろされては、邪魔になるだろう、と狐吾郎はリス族を抱え上げる。


 リス緒は狐吾郎が子供の面倒を見ていたことから、小柄な獣人の扱いに長けているのを良いことに、あっちこっちへ移動させながら、しっかりと見聞きした。


 象族は勇ましく、長い鼻を振り回す。太い両前足をぐわと高く掲げると、巨体がのしかかってくるようで、人族は大いに怯んだ。


 集まった多様な獣人たちのうち、幾人かがなにかをしようとしているのを察したにい也は、素早くヒョウ華に耳打ちする。ヒョウ華はその名のごとく艶やかに微笑んで館の外壁に炎華の魔法を放つ。

 猛獣人族たちの憧憬を一身に集めるヒョウ華の魔法は強烈だ。侵入者を堅固に寄せ付けない効果を発揮していた高性能の魔道具が焼失する。にい也が侵入したときには有刺鉄線が張り巡らされていたが、ずいぶん金をかけたものだ。それも、ヒョウ華の魔法一閃で薙ぎ払われた。


 どれほどいるのか、開いた門扉から、後から後から出てくる人族の私兵に、象族も猛獣人族も戦闘に展開する。

 その隙に、と外壁に近づこうとしていた羊彦、熊五郎、うさ吉は突然炎の魔法がさく裂したのに驚いたが、にい也が行け、とばかりに片前足で指し示すのに、頷いた。





 さすがのケン太も消耗が激しい。【遠くまで香るクローブ】の植木鉢を抱えて、ぜいぜいと荒い息を繰り返す。毛並みも汚れ、骨折はないものの、あちこち打撲はある。今はまだ興奮状態にあるためか、痛みは感じない。


「行けるか? ハム助さん」

「もちろんです」

 実は、<パンジャ>に内蔵された魔石はそこそこ消耗している。けれど、これは使用者の魔力を通しても使える魔道具だ。いざとなれば、自身の魔力を遣えば良い。


 路地にそのままへたりこむケン太に、よろよろとカン七が近づく。

「お互い、よく生きていたわね」

「本当だよな。な、カン七さん、俺、ちゃんと脚は四本ある?」

「あるわよお。これからもケン太ちゃんはしっかり珍しい植物を育てていくんだからねっ」

「カン七さん、それ、自分が育ててほしいってだけじゃないの?」

「ケン太ちゃんと畑の主なら、どんなものでも育てられるもの。ああん、夢が広がるわあ」

 こんな騒動に巻き込まれてなお、あれこれ夢想してはうふうふ笑っていられるカン七の肝の太さに驚かされる。おまけに、アルルーンの名前を出さずにいるくらい余裕がある。

 いや、夢ではない。現実味を帯びた未来の出来事だ。


 ケン太とカン七が話すのを背中で聞きながら、ハム助は猛獣人族と館の私兵との争いに巻き込まれないように、慎重に<パンジャ>を操り、内部へ潜り込めそうな場所を探した。門扉はもっとも激しい戦いが繰り広げられている。


 ハム助がこっそりと<パンジャ>に乗って館の外壁に近づくのを見ていた者がいた。

「手伝うぜ」

 すでに壁の向こうに羊彦とうさ吉を送り込んだ熊五郎だ。同じことをしようとしているのを見て取った熊五郎がまず、袋を抱えたハム助を壁の上に立たせ、そっとパンタグラフ式ジャッキを伸ばし切った<パンジャ>のテーブルを掴んで慎重に持ち上げ、壁の向こうへそろそろと下ろそうとする。しかし、外壁は熊五郎の身長よりも高い。そのため、内側を見ることはできない。


「大丈夫です。あまり高さはありませんからゆっくりそのまま下ろして前足を放して下さい」

 ハム助が壁の上で様子を確認しながら指示を出す。

「ありがとうございます」

「羊彦とうさ吉さんが先行している。気を付けてな」


 熊五郎の言葉が、ハム助の胸を衝いた。象族や猛獣人族だけでなく、様々な獣人たちがにゃん太のために動いていたのだ。


 そして、彼らの働きなくしては、ハム助は計画通り忍び込むことはできなかった。錬金術師工房でも強固な魔法が守っている。同じく、この館も守りの魔道具があったのだ。それだけでなく、物理的にハム助ひとりでは壁を乗り越えることが精いっぱいだっただろう。パンタグラフ式ジャッキを最大限伸ばして、後は壁をよじ登ろうと思っていた。けれど、それでは、アルルーンが入った袋を持ち込めない。


 実行可能だと思っていた計画には多くの穴があった。けれど、それらは、にゃん太のために集った者たちのお陰で、塞がった。

 あとは、ハム助自身が最善を尽くすのみである。


 ハム助は壁に添うようにして直立する<パンジャ>のテーブルめがけて、自分の身体よりも少し大きい袋を抱えたまま、壁から降りる。羊彦が身体が小さい獣人のために持ち上げた縁を掴んで、なんとか転がり落ちるのを食い止めた。

 これだけ四苦八苦するのだから、何度も誘拐された獣人を救いだしたというにい也のすごみが分かろうものだ。


 ジャッキをゆっくり折りたたみ、安定性を増した後、ハム助は<パンジャ>を走らせる。

 まずは、建物の壁に沿って一周巡って様子を伺うことにする。時折私兵をやり過ごす。甲冑のたてる騒がしい音を警報がわりにする。


 と、袋が動いた。

「こっちですか?」

 アルルーンに導かれ、ハム助は先を進む。奥まった場所に、地面に添うように壁が切り取られ、鉄格子が嵌っている。

 アルルーンはそこで大きな反応を見せる。


 ハム助は<パンジャ>を降り、中を覗き込んだ。いろんな物品があり、獣人の姿も見える。

「にゃん太さん! 狐七さんも! 無事でよかった、」

 思わず声を上げたハム助は、こみ上げてくる感情に、言葉が詰まる。今朝出かけて行ったにゃん太と、もう何日も会っていなかったかのような錯覚に陥る。


「ハム助さん?!」

「あ、本当だ。ハム助さんだ!」

 にゃん太と狐七がそろって見上げて来る。


「ふたりとも、お腹が空いたでしょう。これを。それと、アルルーンも、」

 ハム助が言いながら、鉄格子の隙間から、みい子が用意したサンドイッチが入った包みを落としいれる。同じ要領で竹筒の水筒も。


「えっ?! アルルーン?!」

 袋からするりと這い出したアルルーンに、にゃん太がぎょっと目を見開く。驚くにゃん太の代わりに、狐七が右往左往しながら、弁当と水筒を受け取る。


「ど、どうして、連れてきたんだ!」

「落ち着いて。まずは食べながら聞いてください」

 ふだん温厚なにゃん太が怒りを隠さない。ハム助は自分が気が急くがあまり、順序立てて話さなかったことを後悔する。ハム助はアルルーンが工房に侵入した泥棒に勇敢に立ち向かったことから、今回の件も大丈夫だろうと考えた。しかし、にゃん太はことアルルーンに関しては慎重になるということを失念していた。いや、慎重度合いを測り損ねた。


 そんな不穏な空気を察してか、アルルーンが格子の間からするりと飛び込む。

「にゃわわっ」

 にゃん太が慌てて両前脚を出して、アルルーンを受け止める。

「大丈夫か?」

 わっさと葉を揺らして根っこでにゃん太にしがみつく。にゃん太はやさしくその丸っこい胴体や緑の葉を撫でる。


 動く植物に、驚いて目を見張っていた狐七の腹がくうと鳴る。久しぶりの食べ物を前に、身体の方が反応したのだ。

「食べようか」

「う、うん、」

 ばつが悪そうな表情をする狐七に、にゃん太は笑いかけ、包みを開く。


 食事を始めたふたりに、ハム助はほっと安堵する。

 そして、愛玩獣人愛好家という度し難い者たちに逃れる術を徹底的に潰すため、「アルルーンを手に入れようと画策した」「アルルーンを育てる錬金術師ごと誘拐した」という筋書きを作り上げてはどうかと話す。


「ううん、父ちゃんでさえ、二の足を踏む相手だって言っていたからなあ」

 食事をして人心地ついたにゃん太が冷静さを取り戻す。

「警邏も頼りになりません。鼻薬を効かされています。ティーア市のどこにどう影響力を持つか分かりません」

 そうなれば、いち個人の問題ではなくなる。獣人だけの問題でもなくなるのだ。


「パン七みたいな仔がいつまで経っても安心して暮らせないのは、俺、嫌だなあ」

 ハム助の言葉に、狐七がしょんぼりとうなだれる。パン七を守ろうとし、勇敢かつ聡明に立ち回った狐七だ。

 今回の件がもみ消されれば、ほとぼりが冷めたらまた同じようなことを繰り返さないとも限らない。


 狐七の様子を見て取り、同じようなことを考えたにゃん太がため息をついた。どのみち、連れてきてしまった現実が目の前にある。ならば、上手く利用する方が良い。

「じゃあ、そういう風に証言するよ」

「お願いします。すぐに助けに行きますので、もう少しだけ、待っていてください」

「分かった。ハム助さんも無理しないでね。弁当もありがとう」


 ハム助が<パンジャ>に乗って行ってしまった後、にゃん太はアルルーンが部屋の中をうろつき回りながら、あれこれ興味津々であるのを見守る。

「にゃん太、あれ、植物なの?」

「そうだよ。あれがアルルーン。自分の意思で動くんだ。でも、これは秘密にしておいてな」

 にゃん太の言葉に、狐七は頷いた。先だってのにゃん太とハム助の会話からしても、このアルルーンが誘拐の抑止力となる重要な鍵となると分かったからだ。


 にゃん太はアルルーンが指し示すのに気を取られてそちらへ向かう。

「なんだ、これ? 植物? なんだろうな?」

 植物に話しかけているのは変なことであるが、その植物が自在に動く。さらには、にゃん太の声に応えるようにして、葉を揺らし、根っこを動かす。


「すごいなあ」

 狐七はそこにあるものを使って薬を作るというにゃん太の錬金術を見て、感心していた。そして、不思議植物と出会って、さらにその神秘な世界に魅せられていた。なにより、にゃん太は怖ろしい外見の蛇朗を助けようとした。閉じ込められても、当然のように錬金術を使って、頭が痛いという蛇朗のために薬を作った。蛇朗は話してみれば、気の好いやつだった。にゃん太は少々の困難があっても自分が好ましい相手を助ける力を持っているのだ。狐七はにゃん太に、自然と尊敬の念を抱くようになっていた。





 熊五郎の手を借り壁を越え、外の騒ぎに乗じてなんとか館内部に潜り込んだ羊彦とうさ吉の幸運はそこまでだった。少なくとも、ふたりはそう感じた。


 人族の私兵に見つかり、追いかけられる。この騒動に備えていたかのように、鎧を身に着け、武器を持っていた。

 荒事から遠ざかっていた羊彦や、端から争い事には近寄らないうさ吉は、精神的にも追いつめられていた。

 もはや、フェレ人やにゃん太を探すという目的よりも、逃げることだけが頭にあった。


 そんなふたりが行き過ぎた後、廊下の扉が勢いよく開き、追手に打ち付けられる。唐突に扉に強打された私兵はその場で気を失う。いきなりのことに、大分行き過ぎてから羊彦とうさ吉は振り返る。


 なにが起こったのかと思う間もなく、開いた扉の向こうの空間からフェレ人が顔を出す。

「フェレ人! 無事だったのか!」

 羊彦は夢中で駆け寄った。しかし、弟は現実的だった。


「兄さん、こいつを中に入れて縛って」

 今やるべきことをフェレ人が指示を飛ばす。

「猿ぐつわも必要だな」

 言いながら、うさ吉は羊彦が人族を部屋の内部へ引きずり入れるやいなや、扉を閉める。


「それにしても、俺たちが来たって分かったのか?」

「うん。馴染みのある足音を聞き分けられるよ。ふたりが追いかけられているのがわかったんだ」

 フェレ人がなんでもないことのように言うのに、思わず羊彦とうさ吉は顔を見あわせる。そんなふたりを他所に、フェレ人が尋ねる。

「うさ吉さんも、どうしてこんなところへ?」

 話しながらも、フェレ人は前足を忙しく動かす。


「俺はにゃん太救出のために来たんだが、途中で羊彦に会って、要救助者にフェレ人も加わったってわけさ」

「にゃん太さんも掴まっているの?!」

 驚いたフェレ人はさすがに前足が止まる。代わりに羊彦が手早く人族を縛り上げる。


「そうさ。それにしてもフェレ人、自力で逃げ出せたんじゃないか?」

 言いながら、うさ吉はカーテンを破り取って、人族の口を縛る。

「機を窺っていたんだよ。元々、にい也さんたちとタイミングを合わせて内部から騒動を起こすつもりだったんだ」


「フェレ人、これ、」

 人族を拘束し終えた羊彦が、破損した<パンジャ>が転がっているのに気づいて、息を呑んだ。

「潜入するときに見つかってね」

「気にするな、フェレ人。俺たちがまた、いや、もっとすごい性能の<パンジャ>を作ってやるからな」

「うん」

 うさ吉の言葉に、フェレ人の頷く声が湿り気を帯びる。羊彦はそんなフェレ人を抱き寄せる。

「良かった。無事で良かったよ」

「うん。ありがとう、兄さん。うさ吉さんも。助けに来てくれて」

「まあ、助けられたのは俺たちだけれどな」

 フェレ人の謝辞に、うさ吉が照れくさそうにそんな風に言う。


 フェレ人が武器を持っていないことに目ざとく気づいたうさ吉に、にい也が<パンジャ>と武器の再作成を保証していると話した。

「おお、にい也さんが代金を持つっていうんなら、前よりももっと性能が良いものを作ってやるからな!」

 頼もしく胸を片前足で叩くうさ吉に、フェレ人にようやく笑顔が戻る。

「性能の向上分の代金は俺が払うよ」

 にい也はそういった点で鷹揚かどうか分からないが、甘え過ぎたら見限られそうだ。


「じゃあ、次はにゃん太さんを助け出さないと」

「切り替えが早いなあ」

 するりと立ちあがるフェレ人に、羊彦が感心する。


「のんびりしていられる状況じゃなさそうだからね」

「ベテラン冒険者みたいななあ」

「いつまでもルーキーじゃあ、いられないから」

 うさ吉のからかいにも、さらりと受け流す。羊彦はふと、フェレ人はいっぱしの冒険者なのだと実感する。フェレ人は大丈夫。冒険に出ても、必ず自分の下に帰って来る。そう思うことができた。



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