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42.長い長い一日3

 

 ケン太は孤児院へ向かってパン七を預かっていることを話した。そして、狐七も預かるので呼ぶよう言う。


「それがその、」

 パン七に付き添った職員から、冒険者ギルドではぐれたことを聞いていた孤児院の責任者である施設長は口ごもる。ケン太がパン七を預かっているというのなら、あれこれ聞いているのだろうと見当をつけているのだろう。ケン太はそう読み取りながら、さらに追及する。

「いないんですか?」

「実は先ほどから姿が見えないんです」

 監督不行き届きを咎められないかと施設長は上目遣いになる。


 ケン太は大口寄付の工房の者だ。そして、彼らはようやく思い出したのだ。狐七もパン七も、その大口寄付者が連れてきたことを。邪険に扱って告げ口されれば大変だ。

「捜しているのですか?」

「は、はい、もちろん!」

 これは捨て置かれていたな、と思いつつ、ケン太は狐七が見つかったら連絡をくれと言って孤児院を出た。


 ケン太は孤児院の正門を中心になにか手がかりが残されていないか探した。

「あれ、これ、」

 孤児院の外壁をたどって角を曲がった際、石か何かでひっかいたような跡が残っている。

 ケン太はにやりと笑う。


 にゃん太が残した暗号を見つけた。それは文字をひとつずつずらして書くというものだった。文字を習いはじめたころ、ほかの者よりも進みが遅れがちになるケン太に、にゃん太が遊びを混ぜたら覚えやすかろうと言っていっしょに編み出したのある。


「なになに、ええと、パン七を呼びに来た獣人が、」

 ケン太は息を呑んだ。




「にゃん太と狐七を連れて行った獣人が<吸臭石>を持っていたと書いてあったのね?」

「そうなんだよ!」


 ケン太が工房に駆け込むと、たま絵はすでに戻っていた。錬金術師組合と薬師組合へ行った後、父にい也を探したが会うことは出来ず、冒険者ギルドに伝言を残してきたという。カン七はまだ帰ってきていない。


 ケン太から事情を聞いた面々は、孤児院の対応の杜撰ずさんさに渋面となる。

「パン七が話した特徴からして、下町の生活に困っていそうな獣人たちだと推測されるわ」

「そんな獣人たちが<吸臭石>を手にする機会はそう多くはないでしょう」

 たま絵が言わんとすることを汲み取ってハム助がうなずく。

「それって、カン七さんの隣家に放火した獣人と似ていますね」

「だろう? 俺もそう考えてさ!」

 みい子が考えながら言うのに、ケン太が勢いづく。


「以前、リス緒から聞いたんだけれど、放火犯たちは日々の暮らしですらかつかつの者たちだったそうよ。だからこそ、<吸臭石>のような高価なアイテムを持ってみたかったんですって」

 たま絵の言葉に、面々はうなる。


「誰かが報酬の一部として渡したのかもしれませんね」

「まさか、孤児院に盗みに入ることはないわよね。金目の物はなさそうだもの」

「どうだろうなあ。寄付金があるということが噂になっているかもしれないけれど」

「パンダ族の子供を求めてやって来たそうですが、なにか別の思惑があるかもしれません」

 ハム助、たま絵、ケン太、みい子の順であれこれ話すも、結局は憶測の域を出ない。


「カン七を待ちましょう。父さんが伝言を聞いて動いてくれるかもしれないし」

「にい也さんがにゃん太が連れ去られたって聞いたら、荒れるだろうなあ」

「あら、でも、スピード解決するかもしれないわよ?」

 ケン太が後頭部で両前足を組むと、たま絵がしらりと言う。


「それにしても、にゃん太さんはとっさによく情報を残していくことが出来ましたね」

「ひみつの暗号なんて、子供じみているかなと思ったけれど、これを理解しようとしたのが、案外文字を覚えるのに役に立ったよ」

 ハム助にケン太は笑顔を向ける。晴れやかな表情のケン太がいるのに、ここににゃん太がいないのが妙に不思議な気持ちになって、みい子が口を開く。

「にゃん太さん、絶対に探し出しましょうね」

 みなの視線がみい子に向く。半瞬間、うろたえ後じさりしそうになったみい子は踏みとどまる。


「そうだな!」

「もちろんですとも」

「まったく、いつまでたっても手がかかるんだから」

 みなはそれぞれの言葉でみい子に同意する。


 その時、店の呼び鈴が鳴らされていると魔道具が知らせた。対応に立とうとするみい子に代わってケン太が店へ向かう。

「ごめんください! 誰かいませんか?」

 慌てた声には聞き覚えがある。


「リス緒さん?」

「ああ、良かった! お店が閉まっているから、にゃん太さん捜索に出払っているのかと思いました」

「ということは、カン七さんから事情は聞いたんだな?」

 しかし、リス緒はひとりで、カン七の姿はない。

「実は、」

「中へ入って」

 リス緒は相当慌てているのか、往来にいながらにして話し出そうとし、ケン太は遮った。


 みながいる作業場へ連れて行くと、たま絵が茶を淹れていた。

「気持ちが落ち着くお茶よ」

「でも、急いでいて、」

「話しやすくするためよ。ひと口だけでも飲んで」

 重ねて言うたま絵に、リス緒は仕方がなしにカップに口をつける。温かい茶は喉を通って身体の内部に流れて行くのが分かる。飲んでみると、喉の渇きを思い出し、もうひと口嚥下する。


 ケン太はたま絵とリス緒がそんなやり取りをしている隙に、工房がいつもとは違う雰囲気に包まれているのを察し、様子を見に来ていたアルルーンを抱き上げ、そっと棚に置く。

「ここでじっとしていろよ」

 わっさ。

 アルルーンも心得ていて、かすかに葉を揺らして見せる。

 木を隠すなら森の中。素材たちの間にうまく紛れるだろう。





 新聞社にはいろんな者が出入りする。珍しい来訪者に目を丸くしたリス緒は、戸口で焦った様子のカン七に悠長にしていられたのもわずかな間のことだ。かいつまんだ事情を聞いたリス緒は血相を変えた。

「なにか心当たりがあるのね」

「はい。わたしが以前から独自で調べていたことと重なるところが多くて。もしかすると、」

 言い差して、リス緒は周囲を見渡す。編集部内はもちろん、廊下も人通りが多い。

 リス緒は編集長に断り、新聞社を出て社屋前の小さな広場のベンチへカン七を連れて行った。


「どんなことでもいいわ。教えてちょうだい。にゃん太ちゃんが危ないかもしれないの」

「もちろんです」

 カン七が意外そうな顔つきになる。

「わたしも小柄な獣人ですから。<パンジャ>は憧れの魔道具です。お金を貯めていつかきっと手に入れます」

「あらあ、そうなの。そうよねえ、うちの工房でもハム助ちゃんの使いこなし振りを見ていたら、やっぱり大きな違いがあると思うわあ」

「そうなんですよ。移動ももちろんですが、上下に伸縮して色んな高さで固定することができるんですよね」

 そんな画期的な、そしてリス緒のような小柄な獣人にとって希望となる魔道具を開発した錬金術師だ。

「だから、にゃん太さんには個人的にも感謝しているんです。それに、獣人として、猫の錬金術師さんを助けるのは当然のことです」


 そして、リス緒は語った。以前から獣人の子供の誘拐を調べていた事柄だ。

「獣人が犯人だと突き止めました」

 カン七が息を呑む。にい也から聞いた話を思い出す。つい先ほど、工房のみなで導き出した結論だ。


「「愛玩獣人愛好家」」

 カン七とリス緒の声が重なる。


「ご存知だったんですか?」

「ええ。ただ、にゃん太ちゃんが巻き込まれるなんて想像だにしなかったわ。下町の困窮した獣人が誘拐の実行犯なのよね」

「そうです。それで、獣人たちは気を許してしまい、結果、掴まってしまうのだと推測しています」

 リス緒が語るのはにい也が言っていたことと同じだ。カン七はその調査力に舌を巻く。


「実行犯は指示されているだけで、首謀者がいます」

「獣人を監禁している者ね」

「そうです。でも、候補者は財力も権力もあって、」

 リス緒はうなだれる。嗅ぎまわっていた情報屋は路地で冷たくなっていた。

 震えるリス緒の片前足に温かいものが触れる。カン七の片前足だ。


「いいのよ。自分の身を守るのは当然のことですもの」

「いいえ、」

 リス緒は決然と顔を上げる。

「にゃん太さんが連れて行かれたのなら、もう一刻の猶予もありません」

「にい也さんがいるわ。それに、錬金術師組合も薬師組合もね」


 カン七の言うとおりだ。にゃん太の父は実力のある猫族冒険者だ。それに、アルルーンを育てる錬金術師ならば、組合が放ってはおかないだろう。任せておけば良い。しかし、それでも、なにかしたい。もし、取りこぼしがあったら。にい也や錬金術師組合ですら、手出しできない局面に立たされたら。

 そう思ったリス緒は口を開こうとした。


「おい、落ち着けって!」

「これが落ち着いていられるか!」

「あらあ、後ろが騒がしいわねえ」

 カン七の言うとおり、大きな樹木を囲むようにしておかれたベンチの後ろ側にいる者が騒いでいる様子だ。

 カン七と同じくリス緒も振り向いた。象族がふたりいて、片方がもう片方を宥めている様子だ。


「お前も聞いただろう! 聖獣人が連れ去られたんだぞ!」

「だからって、」

「愛玩獣人なんて! にゃん太さんをなんだと思っているんだ!」

「え? にゃん太ちゃん?」

 カン七が面食らう。


「そう言えば、一部象族の間ではにゃん太さんを神聖視して崇めていると聞いたことがあります」

「あらあ。———ということは、まずいところでまずい話をしちゃったのかしら」


 今にも、ティーア市の富裕層が集まる区画へ乗り込んで行きそうな象族を、仲間の象族がなんとか押しとどめている。片方の憤慨激しく、周囲への被害が及びそうになる。その原因がにゃん太にあると知ってしまったのだからとなし崩しに近い形でカン七も加勢に加わる。リス緒は助けを呼びに走った。


「早く、早くしてえ」

 振り回される長い鼻を頭を縮めてやり過ごすカン七に、リス緒は慌てて速度を上げる。




 カン七は怒れる象族を前にして、逃げだしたくてたまらなかった。

「こんなの、どうにかなんて、できるわけないじゃない!」


 でも、にゃん太は逃げなかった。カン七が街で猛獣人族に絡まれたとき、多くの者たちが知らぬ顔をして足早に通り過ぎていくのに、にゃん太だけは声を掛けてきた。そのころはまだ、姉の友だちであり、にゃん太自身とは取り引きを始めたばかりの仲だった。


「それにしたって、激高した象族なんて、性質たちが悪すぎるわよ。———アタシひとりじゃね!」

 ふたりいた象族のうち、冷静な方がもう片方の憤っている方をカン七とともに留めていた。

「すみません、我ら象族はふだんは温厚なのですが、」

 パオ蔵と名乗った象族はにゃん太と面識があるのだという。そのにゃん太の名前が聞こえて来て、うっかり耳をそばだててしまった。パオ蔵とともにた、今怒り狂っている象族は以前から都市の雑多な臭いに悩まされていて、不調が続いていたのだという。それがにゃん太が発明した<吸臭石>のお陰で随分軽減された。溌剌とし出して、これを購入するために稼ぐのだというほどだったという。


「しかも、その売り上げを困窮した獣人のために使うと聞きましてね」

「そりゃあ、聖獣人だと思っちゃうわよねえ」

 にゃん太は可愛い見てくれをしつつ、罪作りな獣人だとカン七はため息をつく。その頭上を、ぶんとにぶい音をたてて長い鼻が通り過ぎていく。あんなものに直撃されれば、ふっ飛ばされるだろう。


「カン三郎兄ちゃん!」

「カン七よ!」

 とっさに叫び返したが、弟のカン四郎が駆け付けてくるのを見て、カン七は安堵した。その後ろに、兄であるカン太郎とカン次郎もいる。

「あらあ、気が利くじゃない。リス緒ちゃん、全員呼んできてくれたのねえ」


「それで、俺たちはなにをするんだ?」

「筋肉? このもりもりの筋肉が役に立つのか?」

 カン太郎とカン次郎はカン七の前で見せつけるように筋肉を盛り上げるようにポーズを取る。

「ああ、もう! ええ、ええ、そうですとも。その立派な筋肉で、この暴れている象を止めてちょうだい!」

 いつも通りの兄ふたりに、カン七は、ままよとばかりに任せることにした。


「はあ?! 無茶言うなよ、兄ちゃん!」

 カン四郎が目を剥く。しかし、兄ふたりは違った意見を持つようだ。

「はっはっはあ! こりゃあ、やりがいがあるな!」

「筋肉が鳴るぜ!」

 腕が鳴らずに筋肉が鳴るらしい。


 訳も分からず駆け付けてきたカン七の兄弟たちは、それでも付き合い良く、象族をけん制する。カンガルー族は太く長い尾を持つ。その尾と二本の後ろ足とで、しっかりと三点支持を行い、バランスを取る。

「ま、まあ、結果オーライよね」

 しかし、安心するには早かった。


 リス緒は念には念を入れよとばかりに、象族の族長にも助けを求めに行ったのだ。そして、もちろん、なぜそんな風にその象族が激高したのかという事情を話した。リス緒の誤算は、象族の中でのにゃん太の位置づけだった。リス緒とて、象族が長年の苦難を救ってくれたにゃん太に感謝することこの上ないことを知っていた。しかし、記者の習性から、リス緒に取っ手得た情報は文章にするものであった。それが現実にどう作用するのかということにまで考えが及ばなかった。


「なんだと?!」

「聖獣人様が!」

「そんな得体のしれない者に引き渡されるなど、あってはならん!」

「これ、落ち着きなさい」

 象族は真っ二つに割れた。憤懣やるかたないとばかりに荒れ狂う一派と、それを押し留めようとする一派と。両者互いに譲らず、しまいにはじりじりと押し始めた。荒れ狂う一派が優勢だ。

 その強硬派にじりじりと押され、象族たちは移動して行く。リス緒もいっしょに流されて行く。


「カン七さん!」

「リス緒ちゃん、こっちはなんとかなりそう———」

 カン七は呼ぶ声に振り向いて、ぎょっと目を見開く。いつもはけだるげな糸目からは想像もつかない形相となる。

「なんじゃこりゃあ!」


「そ、それが、象族の長に話に行ったところ、他にも興奮した方々が、」

「だからって、みんな連れてきてどうするのよお! お馬鹿ァァァァァア!」

 リス緒のしどろもどろの言い訳に、カン七は両前足を頬に当て絶叫する。


 カン七は駄目でもともと、憤る象族の説得に当たる。こういうとき、たま絵がいてくれれば、と思う。しかし、彼女にはふたつの組合に働きかけ、さらにはにい也をも動かすという重要な役目があるのだ。なにより、暴走するかもしれないにい也を止められる数少ない逸材なのだから。

 となれば、カン七がここで踏ん張るしかない。


 しかし、心の声が漏れ出ていたらしい。

「ああん、もう、たま絵ぇぇぇ、なんでここにいないのよぉぉぉぉ!」

「わたし、たま絵さんたちに話してきます!」

「お願い、早くしてよね!」





 話し終えたリス緒は冷めた茶を喉を鳴らして飲み干した。

 象族が群れをなしてにゃん太救出に動いている。その事実を聞いて、工房の面々は声もなく、顔を見合わせた。

 その数と勢いが問題だ。とんでもない勢いだ。


「象族の大群が大挙する」

「踏みつぶされる」

「破壊しつくされる」

「粉砕される」

 危険極まりない。


「今、なんとか、象族の族長の象士郎さんを始めとする方々が抑えようとしています。わたしが掴んだ情報によると、象族は<吸臭石>のお陰で、とんでもなく暮らしが楽になったのだそうです。それを発明してくれた上、その収益を恵まれない獣人たちのために使うというにゃん太さんは、象族の中では聖獣人の扱いをされています」

 リス緒はそのことを知っていたのに、もっと自分が配慮して助けを呼ぶべきだったと今さらながらに後悔する。言い訳するならば、慌てていたからだ。冷静に周囲の状況を見なければならない。


「聖獣人」

 またぞろ、新しい言葉が出てきたものである。しかし、リス緒の表情を見るに、真剣だった。象族の様子を実際に目の当たりにしてきたリス緒の言葉だからこそ、信じないわけにはいかない。


「にゃん太さんご本人の言葉なら、耳を貸すかもしれません。けれど、」

 そのにゃん太が掴まっているのだ。しかも、安否は確認できていない。もし、怪我をしていたり、最悪の事態が起きていたら。

「暴動が起きます」

 それこそ、ティーア市は壊滅しかねない。


「にゃん太になにかあったのなら、まずまっさきに父さんが怒り狂うわ」

 たま絵が言葉に、居並ぶ者たちの脳裏に激高するにい也と象族の群れが荒れ狂う姿が浮かぶ。

 今日は世界滅亡の日なのか。


 重い空気を打破したのは、やはりケン太であった。

「あー、実は、犬族の中でも、にゃん太への感謝は高まっているよ」

 言うべき言葉が見つからず、ケン太がとりあえず話題を変えると、ハム助も続ける。

「ハムスター族やネズミ族もそうですよ」

 こちらは<パンジャ>の恩恵にあずかっているものたちだ。強気の価格である<吸臭石>よりもさらに高額なものであるが、借金してでも手に入れたいとされている。使いこなすことができれば、他の獣人たちとそん色なく働くことができるとあって期待が高まっているのだ。特に、発明した猫の錬金術師工房の一員であるハムスター族が使っているというのも注目を集めている。


「誘拐犯たちもとんでもない獣人を誘拐したものね」

「本当に。にゃん太さんを傷つければ、獣人の多くを敵に回すことになります」

 たま絵がため息をつくと、みい子がぱふと片前足を頬に当てる。

 ケン太は視界の端、素材の棚でアルルーンが身じろぎするのを捉えた。


「とにかく、リス緒さんは危険だから、象族の方はカン七さんに任せよう」

「でも、」

 ケン太の言葉に、リス緒は食い下がる。リス族もまた小柄な獣人だ。それこそ、象族に踏み潰されかねない。そのケン太の気持ちを読み取るも、素直に従うことはできなかった。ここでもまた、小柄であることが足を引っ張るのだ。


「リス緒さんにはリス緒さんにしかできないことがあるわ」

 たま絵の科白に、すがるような視線を向ける。

「にゃん太が掴まっている場所を探し出すことよ」

「そうか。要は、にゃん太さんが無事に帰ってくればすべて解決しますものね」

 たま絵の言葉にみい子が頷く。つられて、リス緒も首肯する。言われた言葉にじわじわと理解が及んでくる。そうすると、だんだん、自分がすべきことが分かって来る。乱雑にかき乱されていた心が落ち着いて来る。


「愛玩獣人愛好家の本丸よ。こちらはこちらでとても危険だわ」

「やります。大丈夫です。大体の目星はついているんです」

 たま絵に、リス緒は必死に言い募る。今までこつこつと調べていたことが功を奏した。いや、まだだ。まだひとつに絞り切れていない。


「必ず、慎重に行動してね。決して無茶をしては駄目よ」

「分かりました!」

 そうして、リス緒は跳びだしていった。その様子を見送った面々は顔を見あわせる。


「にゃん太は、みんなに心配されているんだなあ」

「にゃん太さんはみんなのために、いろんなことをしてきましたから」

 リス緒しかり、象族しかり、錬金術師組合しかり、薬師組合しかり。もちろん、錬金術師工房の者たちもだ。


 彼らは知らないが、他の獣人たちも独自に動いていた。象族の騒動を聞きつけたうさ吉はにゃん太が連れ去られたと知り、職人仲間に声をかけ、鍛冶屋ギルドやその他の職人ギルドに働きかけてくれるように動く。熊五郎も同じことをしていた。多方面から働きかけられては、ギルドも知らん顔していることができず、重い腰を上げる。


 みながみな、自分の思惑を持つ。自分のために動く。

 けれど、ちょっとしたことで人助けになるのなら、という者は案外多い。自分の生活を左右しない善行は積みたい。

 そんな中、大なり小なり関わりのあるにゃん太のために、と動いた。小さな力が集まれば、大きな力になる。

 多くの者が「にゃん太を助けよう」と動いた。それこそが、にゃん太の力だった。にゃん太はそうされるだけのことを、やってきたのだ。それを今、返すのだ。それらの力は大きなうねりとなってティーア市を動かし、ユールの闇を暴く。



 一方で、シシ姫からにい也や猛獣人族に、にゃん太が誘拐されたという話が伝わった。

 すでにフェレ人の潜入捜査は開始している。そこへ飛び込んできたとんでもない情報により、混乱が生じ、計画が遅れる。


「ちょうど良い、にゃん太も奪還だ」

 にい也は冷たく笑う。傍にいた猛獣人族が震え上がった。





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