40.長い長い一日1
作業場は広く天井も高い。炉をいくつも置いているのに、舌を出してはあはあ息が出るほどの暑さにならないのは、魔道具によって温度調整をしているからだと言っていた。
いくつもある窓から光が差し込むから十分に明るい。特に作業をする台には魔力ランプがいくつも置かれている。
窓から差し込む陽光がいろんなものの輪郭を浮かび上がらせていた。じいちゃんのひげもふわふわと輝いていた。それをじっと見ていたらじいちゃんがにっこりする。
「にゃん太や、錬金術師の弱点とはどんなものか、分かるかのう」
とうとつにそんな風にたずねられ、にゃん太は両前脚を組んで首をひねる勢いで考えた。
「それはの、」
じいちゃんが答えたのは至極もっともなことだった。そして、錬金術師にとってどうしようもない事柄に思えた。
「そんなの、どうすれば良いの?」
「なんにでも、やりようはあるのじゃよ」
じいちゃんは弾むように喉の奥で笑った。
豊かな国ユールの地方都市ティーアでは人や獣人族がいっしょに暮している。獣人族は人と動物の両方の特性を持つ。二足歩行し、器用に前足を操ることができ、言葉も交わす。
大通りには馬車や荷車が通り、商品が並ぶ店や工房が連なる。そこから一本入った筋をさらに進んで角を曲がった先に錬金術師の工房がある。たどり着く前にパンや果物といった身近なものを売る日常使いする店がある。
一番賑やかな場所から少し離れているから、敷地は広く、裏手に畑を持つ。
そこは猫の錬金術師の工房だ。
工房の持ち主の猫族のにゃん太は茶トラ白だ。ぴんと先がとがった三角耳、鼻筋と腹や足が白い茶トラ柄だ。肉球や鼻の色がピンクなので「可愛い」と言われることはあっても格好良いと言われることはないのがやや不満である。最近では「可愛い猫の錬金術師さん」と言われることも少なくなったが、当の本人は気づいていない。
錬金術工房は露地沿いの正面玄関を入れば、客対応するためのカウンターと棚のある店となっている。その奥の部屋は大きな間取りとなっているが、錬金釜や台、炉、すり鉢やすり棒、ふるいなどといったさまざまな器具が置かれているので、広さは感じられない。
にゃん太は火にかけた釜に溶液や薬草、鉱物を入れて薬を作っている。台の上のまな板には刻まれた薬草の残りが、すり鉢にはすり潰した鉱物の半分が入っている。
この工房は元は人間の持ち物で、それを譲り受けた。だから、人間サイズで設計されている。猫族でも標準の体長であるにゃん太は台の上に乗ることになる。
にゃん太は朝食を済ませ、店の棚に並ぶ薬を補充しにかかった。
他の者たちは早く出かけないのかとそわそわ見守る。しかし、薬作成はこちらでやっておくから、ということは言わなかった。工房を引き継ぐ前の水準には及ばないまでも、薬の品質を上げようと努力していたことを知っている。
「あれ、なんだ、まだいたの?」
畑仕事がひと段落ついたケン太が作業場に顔を出し、にゃん太が台の前で作業するのを見て目を丸くする。
「まだいたの、ってものすごい言い草だな」
長い付き合いのケン太はそんな言葉にはごまかされない。作業場に入り込むと背もたれのない椅子にどっかりと座る。ときに腰掛けに、ときに物置きに、ときに踏み台に早変わりする代物だ。
「にゃん太ぁ、先延ばしにすると、行きにくくなるぞ」
ケン太に図星を指され、にゃん太はへの字口をもごもごさせるも、そこからはなにも出てこない。作業場にいた他の面々のうち、口を開こうとするたま絵をすかさずカン七が引っ張って行き、強制退場させ、ハム助は知らぬ顔でにゃん太が作った薬を店の方へ運んで行く。息の合った連携である。ちなみに、みい子は店番をしているので、にゃん太は存分に往生際が悪く粘っていられたのだ。
「分かったよ、行ってくる」
台の上を見渡し、やることを終えたことに気づいたにゃん太は不承不承、そう言った。
「俺、ついて行こうか?」
つい先ほど、憎まれ口をたたいたケン太が心配そうに言うのに、にゃん太が吹き出す。こうだから、この幼馴染は憎めないのだ。家族とは違った風に頼りにしている。
「大丈夫だよ。子供じゃないんだし、今さら逃げないよ」
そう言うと、にゃん太はケン太に火が入った炉を頼んだ。カン七が使うかもしれないから、ひとつだけ火を消さずに置いていた。
ケン太は後からにゃん太がなんと言おうともついて行くべきだったと後悔した。だが、そのときは、安全設計されているとはいえ、火の傍に誰もついていないのは危険だろうと判断したのだ。
そうして、ながいながい一日が始まる。
ケン太に大見得を切ったものの、にゃん太の足取りは工房を離れるにつれてどんどん重くなった。
「父ちゃん、怒っているかなあ。ううん、とても傷つけたんだから、まずはしっかり謝って、というか、あれは見当違いな言葉だったんだって言って、」
そんな風に考え出したら、どんどんなんと言えば良いのか分からなくなってきた。冒険者ギルドへ向かう足取りが重くなる。
ふと、この道を真っすぐ行けばギルドだが、右へ曲がれば孤児院へ行くことができるなという考えが浮かんだ。
「狐七とパン七、元気にしているかなあ」
様子を見に行こうとした。正確に言うと、ふたりの元気を分けてもらおうとしたのだ。
孤児院の門が見えてきた際、にゃん太は注意深く歩みを緩めた。唐突に立ち止まることは避け、関係のない通行人よろしく通り過ぎ、角を曲がったところで少し歩いてから背後の様子を伺う。慎重に角まで戻り、門の方の気配を探る。
そこにはうす汚れた獣人がおり、中の様子を見ていた。
用事があるなら門をくぐって入っていくだろう。ならば、なにをやっているのか。
「ああ、あんた、ここにパンダ族の子供はいるかい?」
「パン七ちゃんのこと? いるよ!」
「そうそう、パン七だったかな。呼んで来てくれる?」
「分かった!」
孤児院の敷地内で門の近くを通りかかった子供に声をかけるのが聞こえてきた。そのやり取りの内容から、にゃん太はにわかに不安を覚えた。
この獣人は明らかにパンダ族の子供のことは知っていても、それがパン七だとは知らなかった。それとも、それ以前の名前ならば知っているのだろうか。
どうするか。
にゃん太はとっさに小石を拾って壁に走り書きをした。うっすらと傷を残すが、風雨ですぐに消えてしまいそうだ。少し考え、生えていた雑草をその脇にこすりつける。草が潰されて青苦い臭いがかすかにただよう。
そうしているうちにも、門の方では動きがあった。
「おじさん、パンダ族の子供に用事があるの?」
聞き覚えのある声がした。にゃん太はそっと角から顔を出す。やはり、狐七だ。
「そうだよ。呼んできてくれって頼んだんだけれど、」
期待した者とは別の獣人の子供が出てきたので、落胆と苛立ちがかすかに混じった声がする。にゃん太は目を凝らす。
「あれ、もしかして、」
獣人が片前足に紐で巻き付けているものをよく見ようと集中する。
「やっぱりそうだ」
にゃん太は小石で追加事項を壁に書き記した。
「その子、今、出かけているんだ。俺が代わりに用件を聞くよ」
さすがは狐七だ。いっぱしの物言いをする。
「いや、パン七に用事があるんだよ」
お前は関係ないとすげない答えにも、狐七はしらりと返す。
「そう? 小パンダじゃなく?」
「小パンダなんか知らない。パン七を出せよ!」
そこで、狐七もおかしいと気づいた。パン七という名前がついたのはごく最近だ。その間に知り合う者は限られている。ほぼ、孤児院で過ごすパン七のことを、この獣人が知り得るのは不可能だと判断した。
「あ、俺も施設長に呼ばれているんだった。じゃあ、行くね」
うまい。これ以上相手にせず、狐七はすぐに切り上げて安全な敷地内の奥に逃げ込む。さすがは狐七である。
「待てよ! おい、こらっ!」
しかし、計算外だったのは相手がとても焦っていたということだ。
なかなか指定の獣人を「保護」することができなく、そのことで、亀之進がせっつかれるのを見ていた。とても胸を痛めていた。亀之進は自分たち獣人を責めない。頭を下げて、これは必要なことなのだ、小さな犠牲によって多くの者たちを救う立派なことなのだと話す。
彼らは、立派な行いなのであれば、頭を下げる必要はないという矛盾に、気づいていなかった。
狐七が悲鳴を上げる。獣人の子の悲痛な叫びは胸を抉った。にい也はこれを聞いていたから、怒ることこの上なかったのだ。
にゃん太は咄嗟に飛びだした。
「やめろ!」
「なんだ、こいつ! おい、来てくれ!」
にゃん太は自分の迂闊さをのろった。相手はひとりではなかったのだ。そして、錬金術師である強み、便利な魔道具を所持していない。
それでも、にゃん太は身軽な猫族だ。そして、身のこなしの処し方は幼いころにひと通りにい也から学んでいる。逃げ出すくらいなら簡単だった。ひとりだったのなら。
「止まれ! こいつがどうなっても良いのか!」
「ぐうっ」
後ろ首を掴まれて宙づりになった狐七が苦し気にうめく。
冷静な判断としては、逃げられるのならそうして、助けを呼ぶ方が良い。けれど、さまざまな事象が入り混じる中、最善を選び出すのは難しい。下町に住む獣人の子供として今まで散々な目に遭って来た狐七を目の前で見捨てること、激昂した獣人が勢いに任せて加減を誤ってしまうのではないか、もともと狐七が目的ではなかったのだから、いっしょにいた方が狐七の生存率が上がるのではないか、そんな様々な考えが一斉に大挙した。
そして、にゃん太は足を止めた。振り向いた先に狐七を宙づりにした獣人は勝ち誇る様子はなく、困り切ってすがりつく目つきをしていた。
フェレット族は非常に俊敏である。長い身体に比して四肢は短いが、それでいてなお駆ける速度は速い。そして、柔軟な身体は鼻先が後ろ足につくほどに丸まる。その細長く柔らかい身体でもって狭い隙間を縫う。
フェレ人はその特性を活かしてとある館に潜り込んだ。
にい也を始めとする猛獣人族が総力を挙げて攻略に取り組む、愛玩獣人愛好家の主要人物の持ち家だ。フェレ人は陽動として内部で騒動を起こす前、見つかるまでの間に不正の証拠をつかんでおくよう言われていた。
「主寝室の隣部屋が怪しい」
「どうしてですか?」
「何度か忍び込んで探り回ったとき、壁をくりぬいた隠し金庫があった」
その前に書架を置いて隠してあるのだという。
「———そこまで調べていたんですね」
それを暴くのは決定的な打撃を与えるときだと考えていたのだろう。
そこで、フェレ人はにい也から教わった見取り図を思い出しながら、館内に忍び込んだ。気配を殺し、人目を忍んでじりじりと目的の部屋に近づく。
話に聞いていた通りに進むだけで良かった。フェレ人はこの任を請け負った際、ヒョウ次から錠前開けの技術を伝授されていた。
「問題は金庫の鍵だな」
ダイヤル式で錠前開けの技術とともに開錠の番号が必要となる。
「少々時間がかかるが、総当たりで番号を回してみるしかないか。その人族の情報があれば、関連する数字の候補が分かるんだが」
「いや、その必要はない」
両前脚を組むヒョウ次ににい也が言う。
「金庫を開けるのを見ていたから番号は分かる」
「えっ?!」
「さっすがは、にい也さん!」
フェレ人は絶句し、トラ平は口笛を吹く。
「変えられていなければ、それで開く。フェレ人はヒョウ次から錠前開けをしっかり学んでおけ」
「は、はい」
どうやってとか、すごすぎるだろう、とか様々な感情が入り混じりつつ、フェレ人は頷いた。
誰も、にい也が潜入した方が良いのではないかとは言わなかった。にい也は外からその姿を見せつけつつ、堂々と踏み込む必要がある。いわば、旗頭である。
ともあれ、フェレ人は易々と目的の部屋に入り込み、教わった番号でダイヤルを回し、錠前開けの技術を駆使して開錠に成功した。
金庫の中にはぎっしり貨幣と宝石、書類が納められている。その紙束を掴みだし、背負い袋に押し込む。扉を閉め、書架を元通りの位置に移動させておく。
そして、部屋を出た。後は敷地内の隅に隠しておいた<パンジャ>と武器を回収し、ひと騒動を起こせば———「おい、なにをしている」
好事魔多し。
順調に物事が進んでいるときこそ、慎重になるべきだった。あまりにもとんとん拍子に進みすぎていたから油断したのだ。
「獣人がどうしてこんなところに? ああ、お前、新入りか?」
「それにしちゃあ、大きいな。あいつら、見てくれが可愛いからってこんなデカいのを連れてきやがって」
「まあ、良いじゃないか。ご主人さまは待ちくたびれていつ爆発するか分からない。とりあえず、連れて行こう」
手許に武器はない。複数の人族を相手にするよりは、そのご主人様とやらを人質にして逃げ出した方が得策か、と素早く算段を付ける。
前後を挟まれて廊下を歩き、部屋に連れて行かれた。そこはどの部屋よりも豪奢な家具が並べられていた。中にいたでっぷり太った人族もまた、目の覚めるような色合いで、ごてごてした飾りがついた服を着ていた。
「新入りをお連れしました」
「なんだあ、ずいぶん大きいな。育ちすぎだ。ふふん、まあ、容姿は良いな」
のんきな会話の傍ら、フェレ人はタイミングを見計らっていた。そして、フェレ人を連れてきたふたりの人族の腰に下げた武器、短剣をそれぞれから奪い取り、両前足に掴む。素早く、着飾った人族の後ろに回り込んで片方の剣を背後から突き付け、もう片方の剣の切っ先を部下たちに向ける。電光石火の早業だ。こういうのは迷いがあってはいけない。
「ひっ?!」
「動くな」
驚いて慌てふためく着飾った人族に、フェレ人は短く告げる。
「な、なにを、お、おい、なんとかしろ、」
危険にさらされていることは分かるものの、動揺してどう振る舞えば良いのかわからないでいる人族は部下たちに命じる。
「う、動かないでください。じっとして、怪我しますよ」
部下の言うとおり、フェレ人は獣人であり、人族よりも身長が低い。着飾った人族は人間の中ではそう高くはない部類だが、それでも、フェレ人よりも身長があり、横幅はよりいっそうあった。
部下たちは主に下手に動かれると、自分たちが連れてきた獣人に怪我をさせられる、と恐れおののく。しかも、ふたりとも武器を奪われている。
フェレ人は振り向いて部屋の奥へ片方の短剣を投げつけた。そこには窓があった。ガラスが破壊されるけたたましい音がする。着飾った人族は驚きに跳びあがる。実際には体重がありすぎて、踵が浮いた程度である。フェレ人はその機会を捉え、背中に体当たりする。人族はつんのめる。
それに部下ふたりが気を取られている隙に、フェレ人は窓へ向かって駆ける。踏み切り、大きく跳躍する。離れた場所にあった樹の幹に残った剣を突き立て、柄を両前足で掴む。剣の刃はガガガッと音を立てながら幹に溝を掘りこみ、途中で折れた。飛びついた勢いを剣で殺すことに成功したフェレ人は、残りの高さを身軽に幹を何度か蹴りつけて地面に到着した。
「ええい、小癪な! こんなことをしてただで済むと思うなよ! あいつを、デカブツを出せ! あの獣人を踏みつぶしてしまえ!」
窓から見下ろしながら、喚く言葉に、フェレ人は身を翻して走る。敷地内の隅の下生えから<パンジャ>と武器を引っ張り出すと、代わりに背負っていた袋を隠す。にい也は高価な魔道具と特別仕様の武器ならば破壊されないだろうとは言ったものの、もしそうなったら自分が弁償すると言っていた。だから、存分に力をふるってこい、と背中を押された。
冒険者稼業は儲かるかというと必ずしもそうではない。自分の特性に見合う武器防具を手に入れ、その補修を行い、消費アイテムを購入すると、依頼を達成した報酬よりも高額になることはままあるのだ。にい也はそれを保証した。それだけ、フェレ人の腕を買っているということだ。
<パンジャ>に乗って魔力を流す。
滑らかに走り出す。なるべく、背負い袋から引き離すために距離を稼ぐ。
館のあちこちから護衛たちが迫って来る。
<パンジャ>を操り、脇をすり抜けざまに武器を振るい、翻弄する。フェレ人の意思に従って、右側のメカナムホイールが浮かび上がる。左側のホールがギャリギャリと砂を嚙み、斜めに傾きながらも、猛スピードで回転する。フェレ人はテーブルの上で四つん這いになり、安定感を保たせつつ、樹の幹と幹の狭い隙間を縫い進みながらも急角度で曲がるという離れ業をやってのける。フェレ人専用の<パンジャ>は、武器をテーブル脇に取り付けられるようになっている特別使用だ。冒険者の武器に合せてカスタマイズするのだと羊彦が言っていた。
パンタグラフ式ジャッキが急速に伸びあがる。唐突に高くなったテーブルが最高値に達したタイミングでフェレ人は跳躍する。その両前足にはしっかと武器が掴まれている。
フェレ人はテーブルが跳ね上がった勢いを利用していつもより、高く、高く舞い上がる。居並ぶ者たちの視線を奪い、さらにはあまりの速度にその姿が一瞬見失われる。見る者の視界から消えたフェレ人は急降下しながらひと太刀、ふた太刀、左右に持つ剣をふるう。少し短めの両手で持つためにあつらえたフェレ人専用の武器だ。
と、なにか重いものが引きずられる音がした。どんどん近づいて来る。
愛玩獣人愛好家壊滅作戦に当たり、猛獣人族たちやフェレ人は敵の情報を集めた。その中には大蛇の情報もあった。断片的であったが、恐ろしい力を持つと聞いていた。尾の振り下ろしで建物を簡単に壊したという情報まであった。目撃者の恐怖により「そうできるのではないか」という言葉が「そうできる」に変化したのだろうとみなされていた。
しかし、建物の角からぬっと顔を出した大蛇に、本能的な恐怖を味わった。蛇は多種動物にとって天敵だ。中には毒を持つ者もいる。獣人たちも獣の特性に強く影響を受ける。
フェレ人は圧倒された。怯みが隙に繋がった。
いつの間にか至近距離まで近寄っていた尾が振り上げられる。
衝撃を感じた。<パンジャ>が宙に浮き、フェレ人はテーブルから放り出される。
頭がぐうん、ぐうんと揺さぶられる。お椀に入ったビー玉がすごい勢いで弧を描く。ぐうん、ぐうん。
引っ張られるようにして、身体も揺れる感覚がした。三半規管が正常に作動せず、目の前に火花が散る。視界がまばゆく白濁する。
そして、フェレ人は気を失った。
フェレ人が次に目が覚めた際、狭い物置のようなところに閉じ込められていた。身体のあちこちは痛むが、酷い怪我をしているようすはない。はっと気が付き、周囲を見渡すも、<パンジャ>も武器も見当たらない。潜入捜査を請け負った際、予想していたことだ。しかし、実際、愛用していた魔道具や武器を取り上げられ、ひどく落胆した。壊されていたら。そんな思いが焦燥につながり、しばらくしてやって来たあの着飾った人族は溜飲を下げた様子だ。生意気な獣人に辛い目に遭わせることができて、満足したという態である。
「獣人がどうやって<パンジャ>のような高価な魔道具を手に入れたんだ? うん?」
フェレ人はきゅっとへの字口を閉じていた。
「それなりに乗りこなしていたそうじゃないか。このまま死なせるには惜しいな。そのうち、なにかの役に立つだろう。生かしておけ」
そして、着飾った人族はなにかを蹴り付けた。それは物置の中でぐしゃりとつぶれた。
そうして、フェレ人は監禁されることとなった。
フェレ人は騒ぎを起こしたが、にい也たち猛獣人族は現れなかった。不測の事態が起きたのだ。
それでも、フェレ人は最期まであきらめない。絶対にだ。蹴り入れられる前から壊れていたのだろう<パンジャ>を抱えながら、フェレ人は涙をこらえた。




