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36.愛玩獣人愛好家7

 

 フェレ人はその打診を聞いて思案した。

「大蛇というのは?」

「実在するらしい」

 なるほどと頷き、視線で先を促す。にい也のことだ。ろくろく調べもせずに話を持ち込むこともなかろうと思ったが、図に当たっていたらしい。

「胴体の一番太いところは一抱えもあり、たぶん、全長は三十メートルを超す」

「鎌首をもたげたら、建物の何階分になるんでしょうね」


 にい也はフェレ人に潜入捜査を依頼をした。

 愛玩獣人愛好家に捕まったふりをして、内側から破滅へ追いやる。同時に外からも呼応するが、非常に危険だ。


 フェレ人はフェレット族という種族の特色から、連れ去り、誘拐、かどわかし、言葉の違いはあれど、似たような危険は常に付きまとった。フェレット族は非常に俊敏で、身体が柔らかいため、なんとか逃げおおせることができた。

 今、ようやく戦う術を手に入れた。逃げるのではなく、戦うことができる。

 フェレ人はよくぞ自分に潜入役を持ち込んでくれたと感謝したいくらいだった。


 武器はオーダーメイドでようやっと借金返済ができたところだ。<パンジャ>にいたってはフェレ人の所有物ではなく、テスターをとして貸与されている。便宜上、所有者登録が必要だからしているだけだ。

「武器も<パンジャ>も置いて行かなくては」

 どちらもフェレ人の大事なものである。


「いや、どんな危険があるか分からない。武器も<パンジャ>も後から俺が補てんするから、持って行ってくれ」

「ですが、取り上げられたら同じでしょう?」

「<パンジャ>はユール国だけじゃなく国外からも注目を浴びている。これ幸いと取られるだろうな」

「だったら、」


 フェレ人は<パンジャ>を使いこなすことに関して、誰よりも抜きんでているという自負があった。そうでなければ、テスターだとは言えないとも思っている。同時に、<パンジャ>を大切にしていた。それを奪われると知っていて、持ち込むことなどできない。


「武器も魔道具だと見るやつが見たらわかるだろう。ということは、粗略に扱わない。ひと所にいっしょに置いておくことはないだろうが、いきなり破損させられることはない」

 言って、にい也はにやりと笑った。にい也は分かっていない。合理的な思考をしない者がいることを。怜悧なにい也は不合理な考え方をする者がいるということは知っていたが、限度がある。想像を大きく外れる者もいるのだ。


「なるほど。掴まった後、逃げ出す際に取り戻せと言うことですね?」

「武器も<パンジャ>もあった方が、フェレット族のフェレ人はより強くなるだろう?」

 フェレ人は絶句した。

「あの」にい也にここまで言われて、奮い立たない冒険者がいるだろうか。


 分かっている。にい也はあからさまに煽っている。

 しかし、ここで臆病風に吹かれているようでは、にい也の隣に肩を並べることなどできようはずもない。なにより、前もって、破損すれば、武器も<パンジャ>も補てんすると言われている。そこまで提示されているのだ。


「分かりました」

 フェレ人の決意を、にい也はひとつ頷くだけで受け止めた。


「大蛇を撃破し、内部崩壊が目的ですね」

「そうだ。二度とこんな阿呆あほうなことを考えないように、徹底的にやる」

 その炯眼に、フェレ人は冷徹のにい也の呼び名を思い出さずにはいらない。


「しかし、権力者なのでしょう? 獣人たちに良いようにされたとあっては、他の人族が黙っていません」

「俺はな、フェレ人、長年、冒険者をやっているから、それなりに伝手を持っている」

 猫族は獣人族の中でも比較的人族に好まれやすい種族だ。フェレ人はさもありなんと首肯する。


 にい也は自身の持つ伝手の中でも、人族の上層部とのつながりに、働きかけたのだという。

「どこそこの誰かがあくどい儲け方をして商人に恨まれているとか、他の輩は正規の支払いをせずに、価値があるんだかないんだかわからない美術品を代金だと押し付けるとか、姻戚だからと言ってあちこちで勝手に名前を使って好き勝手やっているとかいう事実を知らせてやったんだ」


 ティーア市で好き放題行っている者たちは、自身の身内を国の中枢の家に持参金をつけて押し込み、縁戚を結んでいる。ところが、それで安心して、その実、送り込んだ者たちにしっかりした教育もしていない。押し込まれた方は方々で粗相を働く者たちにうんざりしていた。そこへ、実情を明かしてやったのだという。


「今後、なにかしら事が起きたとき、切り離すきっかけになるという返事だった」

 怖い獣人だとフェレ人は青くなる。


 にい也は獣人でありながら、ユールの中枢とのつながりを持っているのだ。彼らが欲していた情報を、必要なときに開示され、にい也の思惑を知りつつ飛びついたのだ。そうせざるを得なかった。いずれ家門に泥を塗るどころか、泥船に乗せられかねない者たちだ。機会があれば切り捨てる。にい也のもたらした情報は彼らの憂いを晴らす朗報であったのだろう。


 にい也は事態がここに至るまで、待っていたのだ。その間、情報を集め、必要な伝手を作り、誘拐された獣人たちを救い出し、誘拐者たちを翻弄し続けた。

 素晴らしい胆力、知力、精神力である。


 フェレ人が感心すると、にい也は肩をすくめる。

「不確定要素はたくさんあったんだがな。いろんなことが上手く作用してくれた」

 もちろん、そうなるように仕向けたし、さまざまな事象を読み切る必要があった。

「愛玩獣人愛好家たちが自制がきかなかったからこそ、その縁故者から見放された」

 しかし、ここに至るまでに犠牲者が少なからずいた。にい也ひとりでは取りこぼしがあった。舞台が整いつつあったことから、それに、愛好家たちのたがが外れそうだったから、抑止力になるようににい也は自身の存在をちらつかせた。


「問題は俺の家族の警護だ」

 敵対者がにい也の弱点を突くことは容易に想像がつく。

「だから、他の手を借りる必要があった」


 そこで、にい也は知人の猛獣人族の重鎮たちに話を持ち掛けた。その会合の中で、虎族の長、虎太郎が象族にも話をしておかないかと提案したという。

「連中はにゃん太が発明した<吸臭石>に感銘を受けて、そりゃあもう猫の錬金術師さんを崇めているんだ。象族の一部はにゃん太を神聖視している。誘拐に対応する際、狙われる可能性があると話せば、力を貸してくれる」

「そりゃあ、いい。虎太郎の顔にあざを作らせることができる獣人だ」

 他の猛獣人族の重鎮たちもあっさりと受け入れた。彼らもまた、にゃん太ならば他の獣人たちから力を得られるだろうと考えているのだ。


 にい也では持ち得ない伝手を、にゃん太はいつの間にか得ていた。しかもそれは、誰かのためにしようと思い、実現させたことによる。気持ちとそれを形になしうる力や技術を持っているということだ。

「にゃん太は俺とは違う道でにゃん太らしい活躍をしているのさ」

 にい也は誇らしそうに言う。


 微笑まし気に見やるフェレ人に、にい也が意味ありげな視線を向けて来る。

「お前の保護者にも、いい加減、分からせないとな」

「兄さんですか?」

「そうだ。いつまで経っても保護下にあるんじゃない。フェレ人は腕っぷしの強さを猛獣人族に認めさせるフェレット族なんだってことをな」





 ティーア市の少しばかり変わった嗜好の持ち主たちは、自身の持つ財力や権力をいかんなく発揮し、不届き者たちを少々らしめることにした。


 まずは、市庁舎に働きかけ、獣人たちを抑制をすることで、彼らの立場を思い出させてやることにした。獣人族の冒険者や職人、商人へさまざまな名称で課税した。いっそ「獣人税」とでも名付けてやりたかったが、さすがにそれは、と止められた。


「ティーア市の営みは獣人たちを抜きに考えられないのですよ?」

「ふん、畜生風情に権利など与えてやるから、人間様と同等だと思い込ませてしまったのではないか」

「な、なんてことを! 彼らは力だけではなく、知恵も技術もある。決して、人族に及ばないことはないのです」

 そんな風な世迷い言を言う者には睨みをきかせてやった。都市に住まわせてやっているだけ有り難いと思い、人様には常に頭を下げておかねばならない存在だというのに。

 こんな馬鹿なことを言う者に市政を任せておいて良いものか。後で上の者に退職勧告するように命じておかなければならない。


「課税だけでは生ぬるいな。そうだ。外出の制限を設けよう」

「外出制限?!」

 良い案を思いついたというのに、市庁舎の者は目を剥いた。声音に否定的な意味合いがありありと滲んでいる。


「夜間外出禁止令だ。彼奴らは夜目が利くというではないか。おお、怖ろしい。夜な夜な無辜むこの民を襲うかもしれぬ。いや、そうに違いない。そうならないように、夕刻以降に外出する獣人をことごとく捕らえてしまえ!」

 ケダモノのような者たちだ。きっとそうに違いない。聡明な人族としては、予防策を取る必要がある。


「し、しかし、そんな数を収容できる場所などありません!」

 なんとかして、抗おうとするのに、笑止千万とばかりに鼻をならす。

「ならば、即刻首をねてしまえば良いではないか」

「な、なんと仰せられますか。突然の外出禁止に背けば命はないと? 彼らには彼らの事情がありますでしょう」

「そんなもの、我ら人間には預かり知らぬこと。危険な存在なのだから、そのくらい制限をされるのは当然だ」


 そうだ。危険は遠ざけるべきだ。自分たちの利益や権利を侵されるくらいなら、少々の強硬手段も必要だ。先手必勝だ。

 そうすれば、例の猫族冒険者とやらもおいそれと街を歩けなくなるではないか。たとえば、夜陰に乗じて自分たちから獣人を盗み出すことなど、できなくなる。

 素晴らしい発案に悦に入る有力者は、市庁舎の職員の呆れ果てた冷たい視線に気づくことはなかった。


 市庁舎の者たちはティーア市の繁栄は、獣人たちの目覚ましい活躍によってもたらされていることを知っている。

 人にはない膂力、筋肉のばねによって戦い、踏破の難しい場所にも赴く冒険者。同じく悪路を物ともせずに旅する商人は、獣人族の集落から特産品や固有の植物といった希少品をもたらす。職人たちはさまざまな特性を活かした技能でもって素晴らしい品々を生み出す。


 特に、国内外でも注目されている希少植物アルルーンを育てる重要案件を引き継いだのが、獣人である。長らく錬金術師や薬師をけん引した錬金術師が高齢となったここ近年では、アルルーン育成をどうするかということが悩ましい限りだった。アルルーンは麟角鳳嘴りんかくほうし(※非常に珍しいもののたとえ)である。おいそれと手に入るものではない。育てることができる者など、他にいるとは考えられなかった。


 それを引き継ぐことができる者が現れたとあって、ティーア市はユール国だけではなく、他国にも注目されていた。

 ティーア市が自治を認められているのも、その存在感を示す錬金術師組合と薬師組合が上手く立ち回っていることも大きいのだ。このふたつの組合が国内外と渡り合えるのはひとえにアルルーンという存在があってこそだ。そして、それを安定供給しているのが、獣人なのだ。


 これを理解しない人族に、ティーア市の市庁舎はどれだけ頭を悩ませていることか。


 幸いなことに、錬金術師組合はアルルーンを育てる工房の獣人と非常に良い関係を結んでいるという。その獣人を擁護する構えを取っている。ティーア市としては、その錬金術師組合と薬師組合と足並みをそろえて行きたいところである。


 それを、金銭に明かせて獣人族を締め付けにかかってきた一派がいる。以前からなにかと問題を起こしては、警邏たちに鼻薬を効かせている頭の痛い連中だ。金をばらまいて方々に圧力をかけている。そのやり口にも嫌悪を感じる。

 いっしょうけんめい頑張る者を馬鹿にしているではないか。


 ところが、金銭というこの世の物品やサービスを手に入れるための媒体は非常に魅力的だ。ティーア市の上層部はその魅力に惑ってしまったのである。





 獣人たちに新しく課税され、さらには夜間外出禁止令といった締め付けが行われた。

 当然、獣人たちから反発の声が上がる。正当な主張だが、人族はその迫力に怯え、獣人たちの抑制は必要ではないかという意見が人族から散見された。


 徐々に、人族との確執の緊張が高まって行く。いずれ、頂点に達することだろう。

 事態を重く見た錬金術師組合や薬師組合、その他の職業組合は調整に入ろうとした。

 彼らは獣人たちの力量をよくよく見知っていた。


「にゃん太さんの工房の畑はまさに、禾黍油油かしょうゆうゆう。アルルーンを始めとする、珍しい植物が見事に成長していました」

 にゃん太の工房の畑を見てきた査察係が熱心に言う。季節が入り混じったのかと思うほど、様々な植物が成長していたと力説する。


「ティーア市も獣人たちの支えがあってこそだと知っているはずなのに、どうしてまた、あんな悪法を制定してしまったのか」

「なんでも、困った一派がまたぞろ金をばらまいたそうですよ」

「あのご仁たちもなあ、ほどほどにしていれば良いものを」

 彼らは錬金術師組合や薬師組合を目の敵にしている。アルルーン素材のお陰で潤沢に資金を持つふたつの組合は鼻薬は効かないからだ。思うとおりにならないので、毛嫌いされている。


「薬師組合と連携を取って、ユールの中枢に働きかける」

 錬金術師組合長が宣言するのに、他の組合員が一斉に頷いた。

「うかうかしていると、獣人たちとの間に修復不可能な溝ができかねん」

 そうなったら困るのは錬金術師組合と薬師組合だ。そして、ティーア市もそれは同じなのだが、現実が良く見えていない様子だ。


「こういうときのために今まであれこれ画策してきたんだ。ぜひとも頑張ってもらわなくてはな」

「アルルーンたちは絶対ににゃん太さん側につくでしょうからね」

「ああ、そうだな。にゃん太さんごとアルルーンを取り込まれたらうちは破滅だ」

 一生に一度、その素材を扱うことができたら非常に幸運だと言われるほどだ。居並ぶ組合員たちは怖気をふるう。


 錬金術師組合は、アルルーンの希少性を十分に理解していたので、薬師組合と協力して以前から情報を集め、有力者を味方につけていた。アルルーンを生育できるのは生半のことではないということを何度となく言っているのに、獣人をさげすむがあまり、「自分たちは別だ」「他の誰かができるのだから、大丈夫だろう」という希望的観測を持っていた。欲がそうさせた。自分たちの見たいようにしか見ないのだ。

 早急に対応しようとなった。


「それで、後はなんだ?」

底野迦てりあかを作れないかというと合わせがありました」

 わざわざ議題に上がるということは、断りにくい相手から打診があったということだ。

「そんなものをなぜ?」

 底野迦は動物に咬まれた際の解毒薬とされている。万能薬に近いと目される薬で、用いられる素材も希少なものが多く、レシピも難しい。

「今は立て込んでいるから、代替品を提案するように」

「かしこまりました」


 錬金術師組合は薬師組合だけでなく、他の組合と連携し、ティーア市に働きかけ、獣人たちへの締め付けに反対した。

 ティーア市は各組合の強硬な姿勢に、課税及び夜間外出禁止令の撤回を余儀なくされた。

 愛玩獣人愛好家たちの優位が崩れる。


 ここにきて、希少生物アルルーンを育て、注目される発明を行った獣人錬金術師の存在感が増す。彼らは、伝手を使って猫の錬金術師の周囲から取り崩していこうと考えた。





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