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35.愛玩獣人愛好家6

 

 歩くときは右足から出す。そう決めている。とにかく、一歩片足を出せば、次の一歩は勝手に出る。交互に足を動かせば、進む。行きたくはなかったが、呼び出されたのだから、仕方がない。ここで無視を決め込む選択肢は、ポチ丸にはなかった。


 下町を抜け、路地を経るたびに街並みは小奇麗になっていく。ちょっと歩けばこんなに劇的に変化する。なのに、そこには見えない強固な壁が立ちはだかっている。だから、下町の者はほとんどこの界隈にやって来ない。


 なにがどう違うのか説明するのは難しいが、とにかく、しゃれていて豪華な感じがする建物にたどり着いた。正面の門ではなく、裏門から入る。


 強面こわもての使用人に頭のてっぺんからつま先まで何往復も観察された後、仕方がないとばかりに嫌々連れて行かれる。だったら、呼ばなければ良いのに、と思う。ようはポチ丸の格好がみすぼらしく汚らしいと言いたいのだ。この館に見合う姿ではないというのだ。相応しい物を与えてくれるわけでもなし、勝手にやらせておけばいい。単にさげすみたいだけなのだから。


 連れて行かれた部屋で大分待たされた。イスとテーブルは一脚ずつしかなく、ポチ丸を呼び出した者が使用するから、立っているしかない。だというのに、けたたましい音で扉を開け、「遅い!」と言った。待たされたのはこっちだ、という文句を呑みこむ。彼らからしたら、ポチ丸は走狗でしかないのだ。


 でっぷり膨らんだ腹で、大儀そうに椅子に収まる。主の後から付き従う使用人と護衛は、椅子の後ろに立ち、ポチ丸を嫌な目で睨みつける。いつもの通りだった。


 この部屋に通されたことから、ポチ丸を顎で使う主がやって来るのだと察していた。呼び出されて指示を受ける相手はまちまちで、この主であったり主の使用人であったりする。別の館に呼ばれれば、その館の持ち主である別の主であったり、その使用人であったりする。館が変わっても大体、同じだ。主はポチ丸に文句を言って当たり散らし、使用人は侮蔑を隠さない。そして、命令をするだけして、さっさと帰れという。


「それで、どうなんだ。その獣人は手に入ったのか?」

 主がいらいらとした口調で問いただす。使用人も護衛も、主がいるときはほとんど言葉を発しない。

「それが、なかなか外出することがないです。出てくるときにはずっと誰かがついているです」

 ポチ丸はいっしょうけんめい口を動かして、使い慣れない敬語を使う。心内では語彙はとても豊富だが、口の外に出そうとすると、とたんに鈍くなる。


「たかが獣人風情ではないか! ええい、ならば、その同行者といっしょくたに捕らえてしまえば良い」

 自分は指一本動かさずに簡単に言ってくれるものである。

「往来では人目につくので、」

「ちっ、使えないやつめ!」

 無茶を言い、思い通りにならなければ、相手のせいにする。


 おそらく、別の館の同じ嗜好の者たちも、似たり寄ったりの状況なのだろう。

 彼らは苛立っている。


 彼らは獣人族をさげすみながら、愛らしい見た目の獣人たちを愛玩する嗜好の人間だ。自制がきかない。食べるものも着るものも、欲しいと思えば手に入れた。少々強引な手を使ってでも、得た。取るに足りないと思っている獣人も対象に入るのは当然のことだった。獣人たちに取って運が悪いことに、彼らは富や地位を持っていた。


 そこで、他者を使って、自分たちのお眼鏡に合う愛玩獣人たちをさらわせた。力のある彼らが、取るに足りない獣人たちを好きにするのは、犯罪でもなんでもないと思っていた。それどころか、獣人たち全ては生活に困窮しているのだから、立派な人間である自分たちに保護され、可愛がられるのは愛玩獣人たちにとっても良いことだと思っていた。


 獣人たちが自身の行動を阻害され自由を奪われることをなにより嫌うことを、主らは知らない。下の者の事情などどうでもいいことなのだ。


 そうやって捕らえた獣人たちがいつごろからか、煙のように消え去るようになった。逃げ出したのかと警護を厚くしたが、立て続けに失った。せっかく手に入れたものを、飽きる前に失うのは業腹だった。どんなに警備の数を増やしてもほんのわずかな隙に、いなくなる。ポチ丸は隙を作られているんだろうな、と考えたが、彼らは自分たちの手落ちを認めない。


 恐怖と怒りに駆られた彼らは高価な魔道具を導入した。それが示す事柄は「侵入者によって連れ去られた」ということだ。そこでようやく事実を認めるに至った。ほとんど同じ時期に、猫族冒険者のにい也が、獣人失踪事件を調べているという噂が流れた。館の主たちは警邏に鼻薬を効かせて誘拐を失踪ということにしている。にい也はすぐに失踪ではなく誘拐だと知るだろう。


 主らは震え上がった。冒険者の中でも折り紙付きの実力を持つ獣人だ。そんな者が自分たちを調べているという。

 まさか、にい也が獣人たちを連れ去っているのか。

 ようやくその考えにたどり着いたのかとポチ丸は呆れた。


 元をたどれば、発端は彼らの連れ去りだ。にい也は奪い返しただけだ。だが、彼らからしてみれば、すでに獣人たちは彼らの所有物であり、にい也は奪略者である。だったら、何度でも獣人を捕らえる。同時に強力な守護者を置き、にい也をも捕らえようとした。

 主らは本当に現実を知らない。誰があのにい也を捕らえることができるものか。


 いや、ポチ丸も、あのデカブツに引き合わされたときは噂のにい也もさすがに太刀打ちできないと思った。しかし、先だって、にい也を初めて目にした。あれは恐ろしい。誰も敵うまい。それでいて、妙に心くすぐられる。


 主らはデカブツを従わせることなどもちろんできなかったから、薬漬けにして正常な思考力を奪った。本当に罪深いやつらである。

 そうしてデカブツを意のままにした彼らは、舞台は整いつつあると考えている。大抵が、自分たちの都合のようにしか考えないのだ。


 しかし、舞台を完成させるための重要な部品が欠けている。ポチ丸はさっさとそれを手に入れろと急かされている。また、それとは別に、彼らのお楽しみのために見目良い獣人を手に入れろとも言われていた。実に強欲だ。しかも、思いついたら今すぐ実現しなければ焦れる。ポチ丸を犬扱いするのに、自分たちは「待て」ができないのだ。


 今もまた、さっさとしろとわめきちらす。

 彼らは我慢することができない。思い通りにならなく、制限を強いられることを嫌った。それでいて、獣人たちには不自由を強制した。その理屈が相反するとは理解が及ばない。なぜなら、自分たちは嫌だが、相手も嫌だと感じるとは考えないからだ。相手の事情などどうでも良い。自分たちさえ良ければ良いのだから。自分たちが好き勝手するのを、当然の権利であるとすら思っている。こういった考えは主らだけにとどまらず、多くの者が考えることだ。自分とその周辺、親しい者さえ良ければ良いのだ。周囲の有象無象の事情などどうでも良い。


「とにかく、やつに早くしろ、と言え。いつまで待たせるんだ!」

 とばっちりを受けそうになってポチ丸は慌てて飛びだしていく。後ろから主の舌打ちや、使用人の嘲笑が追いかけてきた。それらに捕まらないよう足を動かす。


 自分は右足から出して走り出しただろうか。逃げながらふと、思いつく。気になりだしたら止まらない。


 ちゃんと右足から出しただろうか? 左足じゃなかったか?

 だったら、きっと悪いことが起きる。そういうものなのだ。やばいのではないか。


 ポチ丸は不意に襲って来た不安に、居ても立っても居られない心地になる。時間を巻き戻して、ちゃんと初めからやり直したい。もちろん、そんなことはできないのを知っている。

 息が荒くなる。身体中をかきむしりたくなる。大声で叫びだし、しゃにむに走った。


 身体は道筋を覚えていたらしく、いつの間にか、誘拐の実行役に指示を出す者の館の近くに来ていた。

 獣人のくせに、主たちと同じ界隈にある良い場所に住んでいる。主たちはそれも面白くないのだ。


 みんながみんな、それぞれの思いで動いている。

 獣人が獣人を食い物にする。自分たちを迫害してきた人族に同族の自由を売り渡し、身柄を引き渡した。獣人にとって忌避する際たるもののひとつ、自由の侵害を強いた。自己を守るためにするのではない。生きるための欲求でもない。

 確固たる信念で、あるいは熱意でもって、そうする。自分は正しいと思ってする。

 それが同じ獣人を害していると知っていてなお、「正義を行使」しようとする。


 とんでもないことだ。笑えない喜劇のようではないか。それとも、ポチ丸がこっそり潜り込んで覗いた劇場でかかっていた劇が出来が悪い代物だったのだろうか。

 獣人が同族を誘拐して引き渡す。自由を制限すると分かっていてそうする。ポチ丸を顎で使う人間たちとよりも、ある意味性質が悪い。


 そんな風に考えながら、こちらも裏口から入る。主たちの館とは違う嫌な目つきで迎えられる。嫌悪感だ。わずかに怯えも含まれている。構わず、ポチ丸は館の持ち主をせっつく。

 放火犯が捕まったことで、なんとか自分のところにまで捜査の手が及ばないように火の粉を払うのに精いっぱいというところだ。お笑い草だ。自分が指示を出したのだから、火の粉もなにもない。この獣人もまた、ポチ丸の主たちと同じように、現実が明確に認識できていないのだ。自分は悪いことをしているゴミ屑同然なのだと。


「言い訳はいい。とにかく、見た目の良い獣人を用意しろ。お前がするのはそれだ」

 ポチ丸は言い置いてさっさと出て行くことにする。今度は右足から踏み出すことをきちんと意識した。


 ポチ丸はポチ丸で忙しいのだ。重要な部品を早く手に入れなければならない。せっつかれているのは自分も同じだった。この獣人が誘拐を成功させるかどうかはポチ丸には関係ない。できなかった時のことは主が考えるだろう。


 館を出る前に、庭に配置された木立の影に、薄汚れた獣人を見かける。あれが、実行犯だ。皮肉なものだ。獣人が獣人を害する。しかし、その誘拐も上手くいっていない。ことごとく、邪魔されていると聞く。

 どうも、にい也だけでなく、他の獣人たちも動き出している様子だ。連携しているかどうかは分からない。しかし、あんないかにも困窮していますというような獣人たちには荷が重いだろう。


 同族を売ったツケはどんな風に支払わされることになるのか。せいぜい、高みの見物をしてやろう。ポチ丸は口を歪めた。





 虎太郎は路地で気配を殺すトラ平に交代を告げた。トラ平は工房から目を離さずに尋ねる。

「ヒョウ次さんはどうでした?」

「なお乃さんは自分も冒険者だから大丈夫だっていうから、じゃあ、勝手にこっちで警護につくわって言いきってきたらしい」

「ヒョウ次さんらしいや」


 にい也から話を聞いた際、虎太郎もまた、獣人たちの誘拐事件の増加に注目しつつあった。正確には、最近はその数が落ち着いていると聞いていたが、にい也が独自で動き、未然に防いでいたのだという。さらには、それ以前は連れ去られた場所から奪還してきたとも話した。


 その話を聞いたとき、虎太郎は唖然とした。相手は金も地位もある人族である。どれほど純粋な力があろうとも、それだけでは歯が立たない存在とはいるものだ。だが、にい也は平然としたものだった。


 そのなにものにも囚われない超然とした姿に、多くの獣人たちをして憧憬の念を向ける。実は、虎太郎もそのひとりだった。にい也は種族に関係なく、その自由を維持できる強さを持っている。羨ましい限りだ。


 そんなにい也が頼み事をしてきた。正しくは依頼だ。

「家族の身辺警護を頼みたい」


 にい也は獣人たちを誘拐する犯人たちに、自分が探りを入れていることをあからさまにすることで、抑止力になろうとした。そうしつつ、実際に情報を集め、未然に阻止し、連れ去られた者たちを奪い返した。


 相手は手に入れた獣人を奪われまいと警護を増やす。その次に取り得る方法として、にい也を狙うだろう。しかし、歯が立たないとなったらどうするか。諦めればそれで良いだろう。しかし、意地になった挙句、強硬手段に出られたら。にい也の弱点は家族だ。


 にい也は猛獣人族の知人たちを頼った。奇しくも、猛獣人族の重鎮たちばかりだ。にい也の苛烈さに耐え得る猛者ばかりとも言える。


「思えば、にい也だけでなく、あいつの家族は猛獣人族の中で人気があるなあ」


 虎族、豹族、ライオン族といった猛獣人族の長や重鎮たちは一も二もなく引き受けた。彼らは人海戦術を使った。

「事はすべての獣人にかかわる問題だ」

「報酬なんぞいらん」

「動かせる者はどれくらいだ?」

 にい也から獣人誘拐犯のことを聞いた獣人族たちはうなった。


 彼らは猛獣人族であるから、他の獣人たちよりも人族との差別を受けることは少ないが、それでも嫌な目で見られたり、すれ違うだけで唾を吐き捨てられることもあった。よくもまあ、見るからに力の多寡は明白なのにそんな態度を取れるものだと呆れる。


 他の草食動物の特質を持つ種族、特に身体が小さい獣人はより顕著に毛嫌いされているだろう。からかい、いじめ、面白半分の暴行もあると聞く。

 自分たちの被害はそれほどないからと言って、看過して来た結果が、人族を助長させ、誘拐を跋扈ばっこさせるにいたった。

 にい也が今の今まで知人の猛獣人族を頼らなかったのも、そういった考えからだろう。


 なんとかしなければならない。

 にい也から話を聞いた猛獣人は、そう考えた。以前では持ち得なかった思考だ。そんな風に考えさせたのは、戦う力を持たない獣人が自身の技術と知識でもって、素晴らしい発明をして、他の獣人たちの困難を解消したことによる。自分が持つものによって、他者を助ける。そういう考えがあるのだと、行動によって示された。

 身体能力の高い猛獣人族はそれだけに、身体の不調というものは厄介だ。その不調を解消してくれる錬金術師のにゃん太には、常々好意を抱いていた。そのにゃん太がした行動だからこそ、素直に受け止め、感銘を受けた。プライドの高い猛獣人族たちに影響を与えることができる希少な存在なのだ。にい也という規格外の存在が可愛がっているとか、当の本人の気性が好ましいとか諸々の条件も揃っていたこともある。

 トラ平など、猛獣たちが可愛い仔猫ちゃんになついている、などと笑っていた。


「まさか、誘拐の実行犯に獣人が使われているなんてな」

「だから、ほいほい捕まったのか。そりゃあ、下町の腹を空かせていそうな獣人たちだったら、カツアゲの心配はしても、自分が捕まる類の警戒はせんわな」

「だが、問題は行きつく先よ。有力者の人族なんて、まあ、タチの悪いところに」

「そういう類のやつは飽き性だ。放り出されるのが早いんじゃないか?」

「そのときは次を必要とするだろうさ」

 ヒョウ華の言葉に、居並ぶ猛獣人族の重鎮たちの視線が集まる。

 そう、着地点をどこに置くかが問題だった。

 いつまでもにい也の家族の身辺に誰かつけておくことは難しい。にい也の取り組みを手分けして行うにしろ、あくまでも対症療法にすぎない。


「場当たり的なことじゃなく、根治が必要だね」

「ほう、ヒョウ華、にゃん太のようなことを言うじゃないか」

「ヒョウ次兄さん、また歯が痛むのかい? にゃん太に診てもらいなよ」

 妹をからかうヒョウ次は手痛い反撃を受ける。おとなしく揶揄されているままではないヒョウ華の気性を知っていてなお突く兄は、反撃を笑っていなすことができる数少ない獣人でもあった。


「なんだい、ヒョウ次さん、にゃん太に歯の治療をしてもらったことがあるのか?」

「そうなんだよ。歯痛ってのは、我慢できるもんじゃないからな。治してもらって良かったよ」

 虎太郎に、ヒョウ次は穏やかな表情で言う。


「兄さん、食べるたびに顔をしかめているんだからねえ。それが解消されて、にゃん太様々だって言って大きな魔石を治療代として渡そうとして断られてしょげていたんだよ」

「もらっておけば良いのに、律儀に相応しい対価しか受け取らないんだから」

 ヒョウ次が詰まらなさそうに口をひん曲げる。

「ヒョウ次さんの押しの強さに負けないなんて、にゃん太もやるなあ」

 ライオン族の長シシ雄が感心する。


「にゃん太の素晴らしさは俺が一番よく知っている。話を先に進めるぞ」

 にい也は猛獣人族の重鎮をして、ぞんざいな扱いだ。


「ヒョウ華の言うとおり、根本的解決が必要だ。うちの家族がこれ以上不自由を強いられるのは許せない」

 身辺警護はなお乃には知らせてあるが、たま絵とにゃん太には伏せている。怖がらせたくはないという配慮からだ。つまり、身辺警護に当たる者たちが労を費やしているだけであって、特にたま絵やにゃん太は行動制限をされていない。


 しかし、たま絵のファンは彼女を守ることができて満足であるし、にゃん太は猛獣人族の重鎮たちが率先して警護につこうとする。もし仮に、姿を見られてしまったら、近くまで来たから寄ったのだと言い逃れるつもりだ。なんなら、それを口実としてにゃん太に会えるというものだ。


「ふたりとも、工房の運営が忙しくてあまり外に出ない」

「あの工房の守護魔法は強固だしな」

 それで、工房の前で見張りを立てているだけで良いのだから、それほど大変なこともでもない。


「だが、さっさと決着をつけたい。必ず落ち着き先は必要だ」

「そうだな。ただ、権力を持つ相手が複数いる上、それなりにあちこちとつながりがあるからなあ」

「そのことは俺も気になって調べた」


 にい也が独自の手蔓で探ったところ、信頼関係で結ばれているのではなく、役得ずくのものばかりで、潰されればこれ幸いというつながりばかりだという。勝手なことばかりをする者は、他者から信頼を得るにいたらず、金銭や伝手くらいの関係性でしかない。

「さすがはにい也。そこまで調べがついているのか」

 シシ雄が口笛を吹く。


「ただし、「獣人が人族を破滅に導いた、それを粛正する」という口実にさせないよう、上手く立ち回る必要はある」

 どんなことでも、とっかかりにされて追い込まれることはあり得る。それが言い掛かりに近いことでも、大義名分になるのだ。主張を押し通されれば終わりだ。

 にい也の言葉に、猛獣人族の重鎮たちは頷いた。


「だから、徹底的に潰す。一か所で良い。それを見せしめにする。内部に精鋭を送り込み、外側の包囲網と呼応して当たる」

「定石通りだな」

 定石だからこそ、強い効力を発揮する。そして、シンプルで分かりやすく、はっきり言ってしまえば力で物を言わせる作戦は、猛獣人族の気性にかっちりとはまった。


「送り込む要員はうちから出そうか?」

 シシ雄が単身で潜り込める逸材の顔ぶれを思い描きながら言う。

「ライオン族の猛者を連中は欲しがらない。他の猛獣人族も同じだ」

 しかし、にい也は申し出をすげなく却下する。


「だったらどうするんだ?」

 付き合いの長い虎太郎はにい也に腹案があると踏んで訊ねた。案の定、にい也はにやりと笑う。

「すこぶるつきに可愛いのに腕っぷしが強いのを知っている。そいつの身内がうだうだしているから活をいれるのにちょうど良い」


 そう言ったにい也の表情を思い出した虎太郎は思わず身震いした。

「どうしたんです、長」

 錬金術師工房から視線を離さず、トラ平が問う。気さくなのをお調子者のように受け取る者もいるが、トラ平は中堅どころの虎族冒険者だ。経験を積んだ猛者であり、そんじょそこらの輩がかなう相手ではない。そんなトラ平は眼前の工房にいる獣人たちを警護することの重要性をしっかり理解していた。


 特に、にゃん太に至っては、彼になにかあれば、にい也や猛獣人族だけでなく、他の獣人一族が黙っていない。先だって、もめ事が起こった際、象族と仲立ちになってくれたら、あっさり解決したことは記憶に新しい。猛獣人族の代表とも言える虎族の長である自分でさえも、顔に青あざを作るほどだ。怒れる象族の恐ろしさは身に染みて知っている。にゃん太になにかあれば、象族だけでなく、多くの獣人たちが血相を変える。そのくらい、多くの獣人たちがにゃん太から恩恵を受けている。

 にゃん太はいつの間にか、そんな錬金術師に成長していたのだ。


「いや、にい也に見込まれたっていう可愛くて強い獣人冒険者のことが心配になっただけだ」

「なに言っているんですか。長も会っているでしょう?」

 トラ平が意味ありげにちらりと視線を向けて来る。

「俺も? ああ、まさか、あの?」

 そう言われてみれば、最近、にい也に引き合わされた獣人がいた。正確には、珍しくにい也と会話する獣人がおり、その輪の中に入った。その後、冒険者ギルドの集団依頼を受けた際、何度かいっしょに戦った。


「彼なら確かに、適任者だな」

「うかうかしていると、外の俺たちが追いつく前に殲滅せんめつしそうですね」

「違いない」

 にやりと顔を歪めるトラ平の笑みは捕食者のそれで、自分も似たり寄ったりの表情をしているだろう。




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