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4.新商品開発

 

 豊かな国ユールの地方都市ティーアでは人や獣人族がいっしょに暮している。獣人族は人と動物の両方の特性を持つ。二足歩行し、器用に前足を操ることができ、言葉も交わす。


 大通りには馬車や荷車が通り、商品が並ぶ店や工房が連なる。そこから一本入った筋をさらに進んで角を曲がった先に錬金術師の工房がある。たどり着く前に良い匂いのするパン屋やつやつやした果物を売る店があって目移りする。


 一番賑やかな場所から少し離れているから、敷地は広く、裏手に畑を持つ。

 そこは猫の錬金術師の工房だ。


 工房の持ち主の猫族のにゃん太は茶トラ白だ。ぴんと先がとがった三角耳、鼻筋と腹や足が白い茶トラ柄だ。肉球や鼻の色がピンクなので「可愛い」と言われることはあっても格好良いと言われることはないのがやや不満である。


 錬金術工房は露地沿いの正面玄関を入れば、客対応するためのカウンターと棚のある店となっている。その奥の部屋は大きな間取りとなっているが、錬金釜や台、炉、すり鉢やすり棒、ふるいなどといったさまざまな器具が置かれているので、広さは感じられない。


 にゃん太は火にかけた釜の前に置いた台の上に乗って、柄杓の柄を掴んで中身をかき混ぜていた。

 新しい従業員である姉のたま絵が客をさばき、手が空いたら掃除をし、さらには錬金術に用いる素材の処理まで手伝ってくれるので、にゃん太の作業はどんどん進んだ。


 工房の台の上にまな板が置かれ、包丁がリズミカルに音をたてる。料理上手のたま絵は危なげなく刻んで行った。

 棚から必要な素材を取り出そうと台の傍を通りかかったにゃん太は、思わず声を上げる。

「姉ちゃん、すごいな! 速い」

 しかも、刻まれた植物素材は均等な太さである。にゃん太が処理する時間よりも短い時間でみるみるうちに処理されていくのに、目を見張る。


「まあね、こういう作業は料理と同じだからね」

 にゃん太が素直に感心して見せたのに気を良くしたたま絵は、にゃふふんと鼻息を漏らす。包丁が奏でる音が加速する。


「あ、姉ちゃん、こっちのは太めに切ってな。んで、こっちのはみじん切り。こっちのはすり潰して」

 にゃん太は錬金術師のじいちゃんが遺してくれた錬金術のレシピ帳を見ながら、素材ごとに細かく指示を出す。


「良いか、にゃん太や。こういう細かい処理をおろそかにしたらいかんぞ。丁寧にきちんと手順を踏んできっちり時間を守ってやれば、ちゃあんと薬が出来上がるんじゃ」

 じいちゃんは白いながいあごひげをなでながらそんな風に言っていたものだ。人間の文字を読むことができなかったにゃん太が必死になって覚えたのも、レシピ帳を読むためだ。じいちゃんも根気よく教えてくれた。そのじいちゃんは自分の発言通り、丁寧な文字を書き綴っていたため、手書きのレシピ帳はにゃん太でもなんとか読むことができる。前に他の人間の走り書きを見たことがあるが、なんて書いてあるのかさっぱり分からなかった。


「潰すのはどれでやるの?」

「これ!」

 にゃん太が棚から出してきた器具を見てたま絵は目を丸くする。

「すり鉢とすりこ木じゃない。本当に料理の器具と同じなのね」

「な。面白いよな」


 にゃん太はふだんから料理をするたま絵に手伝わされていたので、じいちゃんの錬金術の手伝いもすんなりすることができた。

 じいちゃんは「にゃん太は手際が良いのお」とにこにこ笑って褒めてくれた。にゃん太も褒めて伸ばす指導をするじいちゃんのことが好きだった。


「ちょっとぉ、このすり鉢、なにか粉っぽいのが残っているわよ。こういうのはよくないわ!」

 たま絵の吊り目がさらに吊り上がる。じいちゃんも同じようなことを言っていた。

「あ、うん、ごめん」

「洗って拭いて乾かしてから使おう」

 そう言って、たま絵は先にすり鉢をきれいにしてしまおうと洗い場へ向かう。きびきびと段取りよく作業を進めていくのを頼もしく思いながら、にゃん太も自分の仕事に取り掛かる。


 にゃん太とたま絵は店に置いているハーブクッキーがなかなか好評なので、次のステップに進もうとしていた。

「やっぱりさあ、錬金術師工房に置くものだから、ちょっと特別なものが良いよな」

「そうね。これはどんな効能があるんですか、って聞くお客さんもいたわ」

「アルルーンたちにやる栄養剤みたいに、「元気になる」とかの効果なら、レシピに心当たりがあるんだ」

「いいじゃない! あと、「リラックスする」とかの効果はつかないかしら?」

「うん、多分、大丈夫だと思う」


「ケン太の他にも、味見要員は確保できるわよ」

 さらっと勝手にケン太を味見係りに加えているたま絵に、にゃん太は目を細める。ケン太はともかく、他の者たちに無理強いしては大変だ。

「姉ちゃん、あんまり他の者に迷惑かけるなよ」

「あら、失礼ね! わたしの新作料理を味見したいという者はたくさんいるのよ」

 たま絵はにゃふふんと胸を張ったものだ。




 にゃん太が顔の中で目や耳が大きな割合を占めていたころ、友だちになったばかりのケン太も幼い子犬だった。まだ耳の先は尖らず丸っこく顔も身体つきもドングリ眼と似たり寄ったりの丸っこさだった。今でこそすらりとした四肢をしているが、その頃は短く太かった。

 その頃は猫族犬族の違いがあれど、にゃん太もケン太も身体の大きさは同じくらいだった。そんなふたりがじゃれあい、ひと塊になって転がる姿は見ていて微笑ましい。


「ねえちゃん、おなかすいたよう」

「おなかすいた!」

 遊びの延長線上で転がり寄ってきて、鳥の雛のようにぴぃぴぃ訴えてきた。それで、たま絵はせっせと料理に励んだ。


 自分が作った料理を一心不乱にはぐはぐと食べる姿を見るのも好きだった。

「おいしいね」

「おいしいね」

 目を細めてせっせと咀嚼そしゃくするふたりに、もっと美味しいものを食べさせてやろうと自然と思えた。

 そんな風に思ったからこそ、たま絵の料理の腕は上がったのだ。


 そのたま絵の料理ににゃん太が錬金術で付加価値をつける。そうして客を喜ばせる。なんだか、ちょっと、すごいことだと思う。


 たま絵はうずうずしながらすり鉢を洗った。知らず知らずのうちに、ハミングしていた。長い尾もゆらゆら揺れていて、それがまるきり畑のアルルーンが緑の葉を揺らしているのと同じだということに、気づかないでいた。




 たま絵としても、新作料理レシピを考案するのは楽しいのだろう。いつもよりちょっとばかり張り切っている様子だ。あれこれ話し合いながら、素材を処理する手際は迅速だ。おかげで、あれこれ試すのに使う素材はあっという間に処理済みの山を作って行く。


 にゃん太はじいちゃんのレシピ帳を見ながら、たま絵が処理した素材を錬金釜に放り込む。そこにはすでに【西方のハシバミ】という錬金術の素材を溶かす溶媒が火に掛けられていた。


 たま絵は【瑠璃蝶のロベリア】という錬金術の素材の混合剤ですら処方することができた。これは有毒で、取り扱いが難しいのだ。にゃん太がおっかなびっくり刻んでいると、「そんなんじゃ、指を切るわよ! 貸してみなさい」と言って包丁を奪い取った。にゃん太は慌てて、有毒であるため、特殊な処理を教えた。たま絵はすぐに飲みこんで、手際よくさくさく切っていった。


 その【瑠璃蝶のロベリア】が入った器を慎重に傾け、釜の中へ入れる。

 とたんに、ぐつぐつと作っては消えていた大小の泡が引っ込む。にゃん太は素早く柄杓の柄を操る。釜の縁から内側に掛けて渦を描くように混ぜていく。少しずつ、材料が溶けてまじりあって行く。その様子を見るのが好きだった。


「おお、にゃん太が混ぜると具合良う混合していくわ」

 じいちゃんがそう言ったように、にゃん太はこの作業で失敗したことはない。その手前の刻んだり砕いたりふるったりするところで、ややもたつくことはあっても。


「「んーにゃっにゃっ、んーにゃっにゃっ(ワルツ調)」」


 にゃん太は炉の前の台の上で、たま絵は洗い場の前で、ハミングした。それはぴったり重なり合っていた。ふたりとも、無意識だったので、そうなっているとは分からない。


「おお、やっているやっている」

 そこへケン太が顔を出す。

「あ、ちょうど良かった。ケン太、たま絵姉ちゃんがすり鉢を使うのを手伝ってよ」

「分かった。じゃあ、姉ちゃん、すり鉢を支えておいてくれる?」

 ケン太はたま絵の手伝いをできるとあって、不平を言わずにいそいそと工房の中へ入って来る。


 そうやってすり上がった【ハツラツのミント】が入った器を受け取ったにゃん太は少しずつ釜の中の様子を見ながら入れていく。

「うーん、爽やかな香りね」

「ハツラツっていうくらいだから、元気になりそうだなあ」

 にゃん太の後ろから錬金釜を覗き込みながら、たま絵とケン太が言う。


「そうなんだけれどさ。入れすぎると辛くなるんだ」

 にゃん太は錬金釜から目を離さずに口を動かす。

「そうなると出来上がった薬品はどうなるの?」

「働き過ぎちゃうんだよ。それで、後は疲労たっぷりになる」

「せっかくの【ハツラツのミント】が疲れさせるのか」

 そうなると、あまりよくない品質だと言われる。そういった口づての評価というのは馬鹿にできない。評判が下がると、とたんに客足が鈍るのだ。


「これ、ちょっと持っていて」

【ハツラツのミント】を入れた器をケン太に渡すと、にゃん太は杖を構えた。錬金釜の中の溶液の表面に杖の先で文様を描いて行く。錬金術だ。


 はじめは、にゃん太はじいちゃんに教わったことを口に出してひとつずつ確認しながら行った。今はそらでできる。

 出来て良かった。じゃなければ、姉のたま絵や悪友のケン太という観客がいるのに、さぞかし格好がつかないこととなっただろう。


 最後まできっちりと描き切った文様はふわりと欠伸をするように淡い光を放った。

「わあ!」

「これが錬金術かあ」

 ここで、いつもなら、「にゃにゃにゃーん」と感激の声を思わずあげていただろう。今はふたりがいるので、「にゃふふん」というちょっとばかり誇らしい気持ちだ。


「にゃん太、あんた、本当に錬金術師になったのねえ」

 たま絵がしみじみと言う。


「なにを言っているんだよ、姉ちゃん。何人もお客さんが来て、俺が作った薬を買うのを、相手しているだろう?」

「でも、実際に錬金術を使っているのを初めてみたんだもの」

 目を細める姉に、にゃん太はなんだかきまり悪げになる。その傍らでケン太がにやにや笑っているのだから、余計にだ。


「と、とにかく、これで【ハツラツのミント】と<ハツラツのミントの栄養剤>ができたからさ」

 しゃっきりする効能がある。


「じゃあ、それをハーブと混ぜてクッキーを作ってみるわね」

「俺はその栄養剤を使ってハーブを育ててみるよ」

 たま絵とケン太はそれぞれの担当を請け負う。


 畑へ行ったケン太がすぐに戻って来る。

「なあ、にゃん太、この<ハツラツのミントの栄養剤>をさ、アルルーンたちも欲しがっているんだけれど、やっても良いか?」

「アルルーンが?」

 たま絵に注意される前に、片付けをしてから次の「リラックスする成分」を抽出しようと思っていたにゃん太は、結局器材を放り出して外へ出ていくこととなった。


 にゃん太がやって来ると、アルルーンたちが歓迎するようにわさわさと緑の葉を揺らす。

「アルルーン、この<ハツラツのミントの栄養剤>が欲しいのか?」

 わっさ、と一斉に大きく葉が動く。

「うーん、じいちゃんはこれをやったことがないんだけれどなあ」


 ひと株が土の中から根っこを二本引き抜く。その先を地面に置いて、ずぼりと身体を引き抜く。土の中からひょっこり出てきたアルルーンは、根っこでにゃん太の足にすがりつく。

 ねだるような姿に、ぐらぐらと心が揺れる。


「本人が欲しがっているのだから、やっちゃあ駄目なのか?」

 ことアルルーンに関しては、土いじりの経験者であるケン太もにゃん太に及ばない。貴重なこの不思議植物は錬金術師組合の管理下に置かれている。危険物を与えて枯死させたり凶暴化させてはいけないなどの禁止事項がいくつもあるのだ。もちろん、育てるとじいちゃんに約束したにゃん太はそれらを頭に叩き込んでいる。

「<ハツラツのミントの栄養剤>に使われている成分は禁止事項に入っていないから大丈夫だよ」

 とはいえ、初めてやるものだから、にゃん太は少しずつ与えることにした。


 にゃん太にくっついていたアルルーンを土の中に戻し、全体に少しずつ行き渡るように植わった土に栄養剤を染み渡らせていく。

 と、ふるふるふるっとアルルーンたちが根っこを土から引き出して震わせる。

「おー、効いている効いている」

「ははは。しゃっきりハツラツ~、って感じかな」

 にゃん太は注意深くアルルーンたちを観察する。より一層葉の緑を濃く艶めかせているのを見て、安堵する。

 ケン太といっしょにハーブに<ハツラツのミントの栄養剤>を撒いた。


 その日の夕食の後、たま絵が作った試作品のハーブクッキーを食べた。

 なお、工房で働くようになったたま絵もまた、住居部で住まうことになった。初めは工房で夕食を作って食べて実家に帰っていたのが、だんだん面倒になったのだ。おかげで、にゃん太とケン太は温かくできたての朝食と昼食にありつけるようになった。


「なあ、これさ、朝かせめて昼かおやつに食べるべきだよな」

「だな」

 後はもう寝るだけという時分にもかかわらず、ハツラツとしたにゃん太とケン太は、そういうことならば、と張り切ったたま絵に指示されて、掃除にいそしんだ。

 住居も工房も店も、きれいになったが、疲労困憊の三人は翌日寝坊してしまったのだった。


「にゃん太が言っていた、働きすぎて疲労いっぱいの状態だ~」

「にゃん太、【ハツラツのミント】の分量間違えたんじゃないの?」

「濡れ衣だ! 食べた時間が悪かったんだあ!」


 ともあれ、猫の錬金術師工房ではちょっとした特別な効果がある商品が並んだ。ただし、夜に食べるのは要注意、である。





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