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29.窃盗犯7

 

 寝ていたところを、騒々しい物音で跳び起きてきた面々のうち、カン七は自分はパンダ族の子供についているという。

 たま絵とみい子、ハム助もカン七の部屋で待機しているよう告げて、にゃん太とケン太は音が聞こえてきた作業場へ駆けつける。


「どうしたんだ?!」

「何事だ?!」

 にゃん太とケン太が作業場に飛び込んで灯をつけると、仁王立ちしながらへらやはけ、ふるいを持つアルルーンたちを見つけた。

「こんな夜中になにをやっているんだ?」


 アルルーンたちに引っ張られて店側の扉に行くと、ロープでぐるぐる巻きになってもがいているパンダ族と狐族の獣人がいた。

 妙な生き物に襲い掛かられて逃げるばかりのパンダ族も、さすがに子供を思う気持ちはきれいさっぱりどこかに飛んでいった。そこで、じいちゃんの仕掛けが作動して捕まえられたのだ。


「化け物屋敷だ!」

「化け物工房だ!」

 口々にそう叫ぶ。

「泥棒?!」

「化け物って……あっ!」

 ようやくアルルーンを隠すことを思いついたにゃん太はそそくさとアルルーンたちを向こうへ押しやる。得意げにすり鉢を葉っぱの上にのっけている者までいて、吹き出すのをこらえて棚に戻しておく。


 侵入者たちが身動きが取れないことを確認した後、にゃん太とケン太はあちこちを見回る。他に侵入者がいないことを確認した後、アルルーンたちを畑に戻しておく。そうして、たま絵たちに事情を話した。にゃん太とたま絵が侵入者を見張り、ケン太が警邏の下へ走って行く。


 警邏に連行される前に、彼らはアルルーン目当てで侵入したものの、化け物に襲われたと供述した。にゃん太たちは窃盗犯が見たものは「じいちゃんの守護の魔法が見せた」で押し通した。

 詳細は詰め所で聞くと言う警邏に連れて行かれた後、にゃん太はアルルーンたちの様子を見に行った。


 アルルーンたちはにゃん太に大いに労われ、感謝された後、叱られた。

「すごいな、よく頑張ってくれた。工房の危険を察知して守ろうとしてくれたんだな。ありがとう。でも、どさくさに紛れてひと株ふた株持ち去られることだってあり得たんだぞ。袋に入れて口をギュッと縛って箱に入れたらできないことはない。俺はお金や魔道具を持っていかれるより、そっちの方が嫌だ。だからな、こういうときは真っ先に俺たちの誰かに知らせて、後は侵入者に分からないように隠れてくれた方が良いんだ。俺はさ、アルルーンたちもこの工房で働く仲間だと思っているから。抜け落ちた葉や根っこは素材になるけれど———」


 たとえば、アルルーンたちが胴体を生きながらにして半分に切断されでもしたら、にゃん太は自分がそうされたように感じるだろう。

 しゃがんで目線の高さを近づけてひと株ひと株、葉や根を撫でながら言うにゃん太に、意気揚々だったアルルーンたちは次第にしおれた。そして、長々と続けたにゃん太が言葉を詰まらせたのに、一斉に飛びついた。

「にゃわわっ」

 尻餅をついたにゃん太の上に、アルルーンたちが乗っかり、こんもりとした。




 翌朝、狐族の子供がやって来た。

 朝食を食べていたパンダ族の子供を見て安堵する。そして、にゃん太たちに頭を下げた。

 自分がこの工房のことを話してしまったから、今回の事件が起きたのだと言う。


 泣き出した狐族の子供に、ケン太がそっと後頭部から背中にかけて撫でてやると、狐族の子供はぎゅっとしがみついて声を上げた。いつも頼りがいのある兄貴分の狐族の子供のそんな姿に、ぽかんと口を開けていたパンダ族の子供が食事をのどに詰まらせる。食べ物を咀嚼中だったのを、衝撃で忘れてしまったのだ。水だ、なんだとてんやわんやになって一旦話は中断する。お陰で、狐族の子供の涙も引っ込んだ。


 にゃん太たちは、狐族の子供のその泣き声とパンダ族の子供のあどけなさとで、彼らの心情がなんとなく分かった。ふたりの人となりが分かった。

 狐族の子供は心底申し訳ないと思っていること、そして、やりたくはなかったのだということが読み取れた。パンダ族の子供は狐族の子供よりも事態を呑みこめておらず、侵入者である狐族とパンダ族の獣人の指示に従っただけなのだ。それと、兄貴分の狐族の子供への信頼ぶりが分かる。


 子供たち二人が、短い間に二度ほど出会った際のにゃん太たちの優しさや本質に触れて、好ましく思うようになっていたのだろう。向けられる優しさを真っすぐに受け止めることができ、自分たちは不幸なのだからもっと寄越せと言わない謙虚さを持っていた。


 いっしょに食卓を囲み、食事を勧めたが、狐族の子供は手を付けずにぽつぽつと語った。彼らは血のつながりはないが、同族どうしが肩を寄せ合って下町で暮らしているのだという。

 侵入者の狐族は、狐吾郎という名で、同族の幼い子供たちを食べさせるために盗みをしていた。目星をつけた家に子供たちを送り込み、内情を探らせる。そして、親子のきずなが強いパンダ族の獣人は守護の魔法や侵入者避けの魔道具の効力を跳ね除けることができ、易々と押し入ることができたのだという。


 後に警邏から知らされたことであるが、カン七の隣家へも子供たちを送り込み、内情を探らせたのだという。ただし、放火犯は別にいて、火の手が上がったことから這う這うの体で子供たちを連れて逃げ出したのだという。


「わ、悪いことだと分かっていたんだ」

 狐七こしちと名乗った狐族の子供が口を震わせるように開閉した後、ようやっと声を出す。

狐七こしっちゃんは悪くないよ」

 声が湿り気を帯びる狐族の子供を、パンダ族の子が擁護する。

パンダ、違うんだ。俺たちが悪いんだよ」

 ようやく、ふたりの名前が判明したものの、にゃん太たちは別のことに気を取られた。


「え、待って、「小パンダ」って、大人になったらどうするのよ」

「今は良いけれどなあ」

「小さくて可愛らしいからつけたんでしょうねえ」

 たま絵にケン太も同意し、みい子が言うのに、他の面々が「やってしまったなあ」という表情をする。

 小さいからそう名付けた。成獣することを考えていない。

「刹那的なんですねえ」

「いや、本当に。もっと将来のことを考えてやれば良いのに」

 ハム助が目を細め、にゃん太も呆れる。


 なお、パンダ族の獣人はきょパンという名であるという。

「ああ、父ちゃんが大きいから、子供は小パンダという名前だったんだな」

「ま、まあ、分かりやすいっちゃあ、分かりやすいわな」


 にゃん太とケン太が小声でやり取りをする傍ら、カン七が小パンダと目線を合せる。

「ねえ、小パンダ君。その名前も良いけれど、大人になったら大きくなるんだから、ちょっと合わなくなるわ。いっそ、パンに改名しない?」

 カン七がそんなことを言い出した。父子で関連する名前であることや、唐突にそんなことを言われても、拒絶されるだろうと居合わせた者たちは考えた。ところが、小パンダはにゃん太たちの予想とは違う反応を見せた。

「狐七っちゃんとおそろい! カン七とも!」

 うっきうきの小パンダに、狐七はなんとも言えなくなる。


「おや、意外に乗り気なんですね」

「そうだよな。それに、カン七さんにずいぶん懐いたんだな」

 ハム助とケン太がひそひそと囁き合う。

「あら、カン七は辛抱強いし、力持ちだから子供に人気があるのよ」

「穏やかですしね」

 たま絵が我が事のように誇らしげに言い、みい子も笑顔になる。

「力持ちなのは子供の人気を左右するのか」

 にゃん太は不思議に思う。


「そうよお。弧七こしちちゃんにパン七ちゃんに、カン七! せっかくだから、あと四人は「七」がつく者を探してみましょうよ」

「えぇー、そんなにいるかなあ」

 カン七の提案に小パンダ改めパン七がけらけら笑う。


「パン七ちゃんか。可愛い名前だな」

「可愛いぃ?」

「いいじゃないか、お前にぴったりだよ」

「そうかあ」

 可愛いと言われて不満げになるも、狐七に褒められてまんざらでもなさそうだ。


「ほら、冷めちゃうから、早く食べちゃいなさい」

 名前の話題で盛り上がり、暗い雰囲気は払しょくされたのを見て取ったたま絵が子供たちに食事を勧める。今度こそ、おずおずと狐七は食べ始めた。

「美味しい!」

「この猫族の姉ちゃん、料理上手なんだって」

 昨晩夕食もごちそうになったパン七はそう答えつつ、狐七につられるようにして食事を再開する。しばらく、言葉もなく食べることに夢中になる子供たちに、にゃん太たちは視線だけで会話した。


 良かった、カン七さんの突飛な改名案が効いたな、あらアタシは本気よ、もう早く食べないから目玉焼きが乾いちゃっているじゃない、よく食べますねえ、見ていて気持ちが良いですね———。


 食事が終わった後、にゃん太とケン太は子供たちを下町まで送って行き、いっしょに暮らす他の子供たちを連れて孤児院へ向かった。保護者である狐吾郎と巨パンが警邏に連れて行かれたのだから、暫定的に保護する施設へ預けるのが順当だと工房のみなで判断したのだ。


「<吸臭石>の売り上げを寄付に回していたのは正解だったな」

「うん。あの子たちがちゃんと食べることができるように、俺、もっとがんばるよ」

 ところが、孤児院の門前で、狐七やパン七はためらった。

「俺たちさ、前にあまりにも腹が減ったから、食べ物をもらえないかと思って来てみたんだけれど」

「バケツの真っ黒な水をぶっかけられそうになって逃げてきたんだ」

「ひどいことするなあ」

 他者に分けるほどの余裕はない、君たちに渡せば他の者が我も我もと来て、きりがないから無理なんだ、そんな風に説明すれば良いものを、問答無用で荒行に出たことに、ケン太が憤る。


 にゃん太はへの字口ににゃむっと力を入れる。

 もし、ここでまた門前払いをされても、錬金術師組合を通して保護を要求しようと思った。なにせ、組合は定期的に寄付をしているのだ。その寄付金を支払っているのはにゃん太たちである。少々融通をきかせてもらっても良いだろう。


 いつもなら、こんなときはたま絵やカン七、ハム助が対応に当たる。でも、いつまでも不得手だからと逃げ回っているわけにはいかない。

 そんな風に考えたにゃん太は、力みすぎるあまり両肩を妙に盛り上がらせながら、孤児院の敷地内へ入る。


「これはこれは、貴方様が噂の猫の錬金術師様ですか!」

 下にも置かぬ対応をされ、にゃん太は拍子抜けする。驚いたのは以前、冷たい対応をされた子供たちも同様だ。

 にゃん太が大口寄付をしている猫族の錬金術師だと知った孤児院側は子供の受け入れをこころよく引き受けた。


 そのやり取りを遠巻きに見ていた子供たちが驚く。

「ね、ねえ、あのお兄ちゃん、すごい獣人なの?」

「ふつうの猫族に見えるけれど、怖い獣人なの?」

 狐七とパン七は彼らよりもさらに幼い子供たちに不安そうに聞かれ、顔を見合わせ、揃って視線をケン太に向ける。

「そうだぞ! にゃん太はすごい錬金術師だ。みんなみたいな困っている獣人のために、って錬金術に励んでいるんだ。そうして、獣人たちのための発明をしたんだぞ」

「へえ! そうなんだ」

「お兄ちゃん、すごいんだねえ」

「さすがは、狐七っちゃんと小パンダちゃん! すごい獣人と知り合いなんだねえ」

 ケン太の説明に、子供たちは素直に目を輝かせる。そして、兄貴分たちに信頼しきった視線を向ける。


「いや、その、俺たちは、」

「迷惑をかけて、」

 盗みの片棒を担ごうとしていたとは言えずに視線をさまよわせる。彼らは、弟分たちの信頼を裏切るような真似をしていた罪悪感と、これから向き合わなければならない。


「そうだよ。狐七やパン七はみんなに食べ物をやろうといっしょうけんめい頑張っていたよ。だから、俺もケン太も、ハム助さんも、ううん、その他のみんなも、ふたりが大好きなんだよ」

 冷たい孤児院の者たちが恭しく接する猫族が、自分たちの兄貴分を認め、大好きだという。弟分たちは、ほほを紅潮させ、顔を見あわせてうふふと笑い合う。得意げで誇らしげであった。


 狐族の盗人は悪いやつだ。でも、彼らは子供たちの大切なものを守ろうと必死だったのだ。辛うじてそれは守り抜かれていたのだから、大したものだ。貧すれば鈍する。飢えは尊厳とか思いやりといったものを削り取っていく。狐七もまた、狐吾郎が守ろうとするものがなにかを知っていたからこそ、悪いことだと知りつつも、いやいやながらも手を貸していた。そうするしか、彼らは守る術を持たなかったのだ。


「みんなはここで暮らすんだ」

「みんないっしょ?」

「狐七っちゃんも、小パンダも?」

「そうだぞ」

 にゃん太が言うと、子供たちは不安そうにしたので、しっかりと保証しておく。


「それとな、小パンダはパン七って名前になったんだ」

「パン七?」

「どうして変わったの?」

 ケン太が言うのに、子供たちがきょとんとする。

「パン七もじきに大きくなる。そのとき、名前が小さいままだったら、変だろう?」

「へんー!」

「へん、へん!」

 ひとりが変だと言い出せば、他の者も真似してはしゃぐ。


「パン七かあ。可愛い名前だね」

 狐七のような物言いをする子もいる。憧れの兄貴分の模倣をしているのかもしれない。


「狐七とお揃いなんだぞ」

「わあ、良いなあ!」

 ケン太が言うと、とたんに子供たちはからかいから羨望へとてのひらを返す。パン七が胸を張る。やり方さえ呑みこめば、扱いやすい。


「パン七!」

「パン七ちゃん?」

「パン七ちゃんだ!」

 子供たちはきゃっきゃとはしゃぎまわる。


「狐七、パン七、環境が変わって初めは戸惑うこともたくさんあるかもしれない。なにか困ったことがあったら、うちへおいで。大したことはできないかもしれないけれど、みんなで解決法を考えよう」

 にゃん太はこれまでもそうやっていろんなことを乗り越えてきた。自分ひとりではできなかった。でも、みんながいたからやってこられた。


 にゃん太をよく知らない者が聞けば、自信がなさそうだ、頼りなさそうだとあなどるかもしれない。けれど、自分を大きく見せようとしない言葉に、狐七もパン七も非常に頼もしく感じた。

「ありがとう」

「なんで、俺たちにそんなにまでいろいろしてくれるの?」

 パン七は礼を言い、狐七はしゃくりあげる。他の小さな子供たちが目を丸くする。彼らの前ではずっと涙を見せることなくこらえてきたのだろう。


「さっきも言っただろう? 俺は、ううん、俺たちは君たちの努力をすごいって思っているんだ。そして、君たちが好きなんだよ」

 今朝ケン太がしたように、狐七を抱きしめてそっと背中をさすった。狐七もケン太にしたように、にゃん太にぎゅっとしがみついた。大声で泣くことはなかったけれど、しばらくそうしていた。




 狐七とパン七の弟分たちの無邪気な様子を工房の留守番組に話したところ、それだけ素直ですれていないのは、気心知れた兄貴分たちだからというのもあるが、狐吾郎や巨パンが汚い部分を全面的に引き受けていたのだろうと結論付けた。


 みなで考えた末、警邏にその旨を話し、刑罰を定める際に加味してほしいと願い出た。また、狐七たち子供らが孤児院で保護されることになったということも伝えてもらった。


 子供と引き離されて不安定になっていた巨パンはそう聞いて、すとんと冷静になり、一連の出来事を正直に話し出したという。狐吾郎も安心したものの、「狐七がついているんだから、あいつらの心配はしていなかった」と強がりを言いつつ、素直に語りだしたという。


 侵入者たちのうち、立案、指示は狐吾郎が行った。

 まずは獣人の子供をそそのかして動かし、狙いをつけた相手がどんなふうに対処するかを確認する。子供ならば相手の警戒心も緩み、簡単にそそのかすことができると思ったのだ。事が露見しても、彼らの困窮した事情を知れば、軽い処罰で済むだろうという目論見もあった。


 もちろん、子供たちから尻尾を掴まれる可能性もある。けれども、悪い可能性ばかりをあげつらっていても、食べ物は降ってわいたりしない。


 彼らは裁判にかけられ、罪を償うことになる。彼らが生きるために盗んだ先の者たちも、暮らしのために懸命に働いていたのだ。裕福そうに見えても、実情はそれぞれ違い、内部の者にしか分からないことがある。


 にゃん太たちは<吸臭石>を発明して売り上げを困窮する獣人たちのために使っている。けれど、根本的な解決にはほど遠い。


 一方、狐吾郎と巨パンは盗みを行ってはいたが、放火犯ではなかった。

 獣人冒険者たちが諦めずに調査を続けたお陰で、途切れた臭いを見つけ、後を追い、放火犯を捕まえた。

 複数の獣人たちだった。彼らは厳しい警邏の追及にも口を割らなかった。誰かをかばっていると警邏は見て取っている。


 放火犯たちは<吸臭石>も持っていた。こんな高価なものを、日々の食料にも困窮する彼らが持ち得るはずもない。

「これ、いちど使ってみたかったんだ」

 重い口は<吸臭石>について述べるときはなめらかに動いた。


「俺、冒険者になりたかったんだ。この<吸臭石>を使えるような冒険者に」

 防具どころか武器すら持てない者は街の外を歩くのは危険だ。雑用をするにも、きつい体臭を嫌われてろくに依頼を受けることができない。貧困な環境に生まれ育てば、そこから抜け出るのはなまなかなことではない。


 窃盗犯の狐吾郎や巨パンもそうだったが、放火の実行役の獣人たちは考えが浅い。目の前のことしか見えない。単純な構造しか分からない。だから、簡単に犯罪に手を染める。

 実行犯を捕らえたことで、捜査はひとつの区切りを迎えた。




「じいちゃん、砂糖が固まっちゃっているよ!」

 ほら、とばかりに砂糖が入った容器を差し出す。

「水分が失われたからじゃの」

 じいちゃんはそう答えたものの、にゃん太は聞いていない。


「姉ちゃんにめっちゃ叱られる!」

 たま絵の料理を手伝わされることがあるにゃん太は、以前、うっかりして砂糖の入った容器をしっかり蓋をしなかったことがあり、こっぴどく怒られたことがある。


「食べ物を素持つにするなんて、生物せいぶつの風上にもおけないわね!」

 ダメな生物でごめんなさいと謝るしかなった。

 怒れる姉ちゃんの前では、獣人族や人族の区別などもはやない。生物のひとくくりにされてしまうのだ。


「どうしよう! じいちゃん、どうしよう!」

「にゃん太や、落ち着いて」

 慌てふためいておろおろするにゃん太に、さすがのじいちゃんもいつもの穏やかな「にゃん太や」ではなく、驚いて呼びかける。


「ダメな生物でごめんなさい!」

「だ、だめな生物?」

 なんだ、そりゃ。じいちゃんはそう思うものの、ともかく、にゃん太を落ち着かせることを優先した。


 結局、「これはじいちゃんのうっかりだから」でなんとか収まった。

 錬金術においては厳しいじいちゃんも、生活する上でのちょっとしたうっかりは、ままあるのだという。


 なお、騒動を察知したアルルーンがこっそり畑から抜け出して来ていた。いつものように作業場に入って来ず、戸口付近で窺っている。褐色の根っこ部分の半分を隠すものの、濃い緑色の葉は丸見えだ。


「砂糖に失った水分を与えてやれば良いのじゃよ」

 そう言って、じいちゃんは砂糖の容器にリンゴ一切れを入れて蓋を閉めた。しばらくしたら、水分を取り戻した砂糖はさらさらになっていた。リンゴの残りは、じいちゃんとにゃん太とで半分ずつ食べた。


「にゃん太や、錬金術では確かに諸々のことをきちんとせねばならん。なぜだかわかるか?」

「周囲に及ぼす被害が大きくなるから?」

「そうじゃよ」

「うん。俺、ちゃんとするよ。アルルーンが枯れちゃったら大変だものな」


 か、枯れる?!


 驚いたアルルーンがわっさと跳びあがり、すすす、と近づいて来たかと思うと、じいちゃんにしがみついてぶるぶる震える。葉がぶぶぶと細かな音をたてる。


 そんなことがあったというのに、じいちゃんにも言われていたし、にゃん太自身が気を付けると宣言した。にもかかわらず、恋にうつつを抜かして栄養剤のさじ加減を誤り、結果、アルルーンを暴走させてしまった。


「ちゃんとしなきゃな」

 にゃん太はいつまでも逃げ回っていはいられない、と決意した。


「みい子さん、ちょっと良いかな」

 そうして、そろそろ店を閉めようかというい時分、人気のない店内で告白した。

「俺、みい子さんが好きなんだ」


 差し込む陽光が、みい子の灰色の縞模様と白い毛並み一本一本をふわふわと輝かせているのを、にゃん太はじっと見つめた。





パンダはジャイアントパンダとレッサーパンダに分けられるそうです。

だから、巨パン。

パオ蔵に匹敵するアレな名づけですね。

本作はわたしのネームセンスのなさを前面に押し出していきました。

それにしても、酷いです。


ちなみに、じいちゃんはサルトスという名前ではありません。

いっそ、フラメルさんでいいんじゃないかと思うんですが、たぶん違うと思います。

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