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23.窃盗犯1

 

 豊かな国ユールの地方都市ティーアでは人や獣人族がいっしょに暮している。獣人族は人と動物の両方の特性を持つ。二足歩行し、器用に前足を操ることができ、言葉も交わす。


 街道と大河によって、人や物が多く出入りし、交流は技術向上につながり、多種多様な工房や店が建つ。にぎわう大通りから一本入った筋をさらに進んで角を曲がった先に錬金術師の工房がある。

 国内外を驚かす発明を立て続けにした猫の錬金術師の工房だ。


 大通りから少し離れているからこそ、敷地は広く、裏手に畑を持つ。錬金術の素材にもなる不思議な植物がたくさん植えられている。中でも極め付けなのがアルルーンだ。貴重な魔力をふんだんに持つ不思議植物だ。


 工房の主のにゃん太は茶トラ白だ。ぴんと先がとがった三角耳、鼻筋と腹や足が白い茶トラ柄だ。肉球や鼻の色がピンクなので「可愛い」と言われることはあっても格好良いと言われることはないのがやや不満である。


 露地沿いの錬金術工房の正面玄関を入れば、看板娘の猫族みい子が客を迎える。その奥の部屋の錬金術の作業場では、にゃん太の姉たま絵とハムスター族のハム助がせっせと作業をしている。いくつもの炉、錬金釜といった定番錬金術アイテムの他、台やはけ、ヘラなどといったさまざまな器具、壁一面の棚には素材が所狭しと置かれている。


 犬族のケン太が広くなった畑で不思議な植物の世話にいそしんでいる。

 にゃん太はその畑へカンガルー族のカンを案内していた。薬師として工房でいっしょに働くことにしたものの、結局新たな看板を出すのは見送ることにした。錬金術師組合が口を挟んでくる可能性を考えてのことだ。組合が神経質になる理由であるアルルーンを紹介する。

「街中なのに、広い畑ねえ」

 カン七が細い垂れ目をさらに細める。向こうで鍬を持つケン太が小さく見える。


「ここだよ。アルルーンだ。アルルーン、カンガルー族のカン七さんだ」

 にゃん太が声を掛けると、濃いつややかな緑の葉を茂らせていた植物がずぼりと土から這い出て来る。

「あらあ、コロンとしていて可愛い!」

 アルルーンたちはカン七の高揚した声にぴゃっと跳びあがり、にゃん太の後ろに隠れる。

「あら、ごめんなさいねえ。驚かせちゃったかしら」

 カン七は慌てて声のトーンを下げる。


「ほら、みんな、可愛いって」

 にゃん太がアルルーンたちの傍らにしゃがみ込むと、わさわさと葉を小刻みに揺らしたり、根っこ二本の先を突き合したりした。

「仕草も可愛いわねえ」

 カン七は少し離れたところでにゃん太と同じようにしゃがみこんでアルルーンたちを眺める。


「カン七さんはな、昔、薬師工房に務めていて、免許も取ったんだ。美容商品を自分で開発していたんだよ。薬草にも詳しいんだ」

「ここの畑はすごいわねえ。こんなところ、見たことないわ」

「そうなの?」

「ええ。アタシ、仕入れであちこちの畑に直接足を運んで実物を見るようにしているのよ。品質を知るにはその植物が育っている状況を見るのが一番だからねえ。でも、こんなに多種多様な植物が一か所に育っているなんて。しかも、わりかし、季節感を無視しているわあ」

「あー、それはその、アルルーンたちのお陰なんだ」

 カン七に一見して見破られ、にゃん太は言いにくそうに話した。


「あら、この可愛い子ちゃんたちの?」

 可愛い猫の錬金術師さんが育てると、植物も可愛くなるのかしら、などとカン七は妙なことを言う。

 そのころにはカン七に慣れてきたアルルーンたちは、自分たちやにゃん太を褒めてくれるのが嬉しい様子でしきりに葉をわさわさと揺らしている。


 にゃん太はカン七に、アルルーンは土の領域についてはお手の物で、畑の植物は良く育ち、なおかつ成長も早いのだと説明する。

「だから、鉱物にも詳しいんだ」

「え、やだ、ちょっと、とんでもない秘密をさらっと言うのね」

 さすがのカン七もにゃん太の語る内容に驚きを隠せない。しかし、序の口だ。


「それでその、俺がじいちゃんに文字を教わっているのを見て覚えたらしくてさ」

「えぇー! 文字まで分かるの?!」

 カン七が声を潜めたまま悲鳴を上げるという器用なことをする。

 相当な高度知能が備わっていると言える。アルルーンは伝説とまで言われた植物だ。とんでもないことやあり得ないことも、「神秘」のひと言で受け入れられてしまう存在である。


「うん。よくアドバイスをくれるんだよ」

「なるほどねえ。この工房の重要戦力なのね」

 カン七は驚いたものの、呑み込みは早い。


「そうなんだよ。でも、これは錬金術師組合には秘密にしているんだ」

「そうした方が良いわねえ。でも、アタシに話しても良かったの?」

「うん。だって、カン七さんはこの工房で働くんだしさ。他のみんなも知っているよ」

「あのね、にゃん太ちゃん、これはとんでもないことだから、もう一度、みんなに秘密厳守を徹底しておいた方が良いわよ」

 カン七は外で思わせぶりなことを言ったり、におわせることも駄目だという。どこでどう話が広まっていくか分からない。

 薬師にとっても神秘の植物アルルーンは貴重で希少なものだ。


「じゃあ、改めて、よろしくお願いします。アタシにもいろいろ教えてね」

 アルルーンたちはにゃん太の影からカン七を見上げながら、わっさと一斉に緑の葉を揺らした。

「うふん。本当に可愛いわあ。それに、とんでもなくたくさんの薬草の種類があるし。あれって【あわてんぼうのメリッサ】じゃない? これは【ぶっきらぼうのミント】。あら、【ハツラツのミント】は店で売っているクッキーに使っているのね。こんな風に育つのねえ。生きているうちにこの目で見られるなんて!」

 カン七はあちこちで目につく薬草に感激しきりで、興奮した声を上げる。


「カン七さんも文字を読めるだろう? 錬金術の方も手伝ってもらうから、じいちゃんのレシピ帳を見てよ。あと、薬師組合の一員だったら、そっちの組合と錬金術師組合に挨拶にいかなくちゃな」

 カン七は薬師の免許を持っている。薬師工房に務めていた際に取得し、独立して独自開発した美容商品を販売していたのだ。


 にゃん太の言葉にカン七の目がギラリと光る。

「任せておいて! かの高名な錬金術師のレシピ帳を見られるまたとない機会よ! ゼッタイに薬師組合を口説き落として見せるわ!」

 カン七はしゃがんだまま力こぶをつくる。アルルーンひと株がぴょいとジャンプして根っこでその腕にぶら下がる。

「あらあ。面白いわねえ」

 こういうとき、怒らないで感心するのがカン七だ。度量が広い。

 おまけにカン七はアルルーンの重要性を知っている。


「曲がりなりにも、薬師工房で働いた上に、美容商品の店を持っていたくらいだもの」

 身体に影響を与えるものは薬の他に、作用がおだやかな医薬部外品や化粧品などがある。カン七が取り扱っていた美容商品は、医薬部外品や化粧品である。


「カン七さん、力持ちだから、畑仕事も頼んじゃおうかな」

「もちろんやるわ! 素材を自分の手で育てて薬を作成するなんて、夢のようだわあ」

 今までは小さな店を持つのが精いっぱいだったが、ここでならば素材から携わることができるとあって、カン七は高揚しっぱなしである。


 文字も読めるので、即戦力である。すぐに薬を作る助手となった。

「給金をもうちょっと上げなきゃなあ」

 作業場に戻って来ながら、にゃん太が言う。

「食事に住まいまで提供されているのに、十分よお。それに、珍しい植物に貴重な資料を読めるのよ? お金があったら出したいくらいだわ」

 焼け出されたため、ほとんど財産を失ったという。

「お店につぎ込んだからねえ」


 カン七がもらい火した火災は、獣人が犯人の可能性も浮上しているという。

「獣人が?!」

「そうなの。うちのお隣さんも獣人のお店だったでしょう? だから、当初は人族の嫌がらせじゃないかっていう話だったんだけれどねえ」

 カン七があの手この手で警邏から聞き出したところ、どうもそうらしいのだという。


「たしか、窃盗犯の仕業じゃないかって言っていたよな。じゃあ、そっちも獣人が犯人なのかな」

「どうかしら。でも、そんな話が出るってことは、可能性はなきにしもあらずね。ただ、なんだか、お隣さんの口が重かったのは、獣人が犯人かもしれないってことが理由だったみたいね」

 やりきれないとばかりに、カン七はため息をついた。大きすぎて、すり鉢に入った粉末がぶわりと舞い上がる。




 じいちゃんのレシピを見せたら、カン七は目をらんらんと光らせて鼻息を荒くした。

「まぁぁぁぁっ! これは本当にすごいわあ。黄金以上の価値があるわよ!」


「だろう? じいちゃん、絵も上手くてさ。わかりやすいようにイラストもつけてくれているんだ」

「すごいわよねえ。一目瞭然とはこのことよ。しかも、この詳細なメモ! こういうのって助かるわよねえ」

「だよな! 俺、メモも隅々まで一度読んでから取り掛かることにしているんだ」

 我が意を得たりとにゃん太が勢い込む。

 アドバイスに留まらず、所感や疑問点、あるいは自分はこう思うといった意見を添えてある。それを見れば、じいちゃんがどんなことを考えていたのか分かる。


「そういうのって重要よね。あらかじめ、コツを掴んで置くと段取りがしやすいものね」

 後で慌てなくて済むとカン七がうなずく。

「知らない落とし穴とかあるからさ。処置も省けるところとちゃんとしなくちゃいけないところとがあるんだって、じいちゃんが言っていたよ」


 にゃん太や、という穏やかに呼びかけるじいちゃんの声を今でも思い出せる。そうやっていろんな大切なことをひとつひとつにゃん太に教えてくれたのだ。


 カン七はしきりに、すごいわ、すごい、と繰り返してレシピ帳をめくっている。

「あらっ! これってこういうことだったのね。ねえ、にゃん太ちゃんはこの薬、作ったことがあるの?」

「これはないなあ。素材となる植物はうちの畑には植えていないし」


 わさわさわさっ。

 自分から畑から出て来て作業場にやってきたアルルーンを見たときには、カン七は驚いたものだ。そのアルルーンは今、台の上に乗り、錬金術素材一覧のとある箇所を根っこで指し示す。

「ああ、これで代用できるのか?」

 わっさ。

「あら、アルルーンちゃんたちってそんなことも分かるのね?」

「そうなんだよ。よくアドバイスをもらうんだ」

 にゃん太の言葉に、錬金術素材一覧やレシピ帳を覗き込んでいたアルルーンたちは身を起こして、根っこ二本を胴体の前で絡み合わせ、えっへんとばかり緑の葉を後ろに逸らせる。

「うふん。すごいわ。そして、仕草も可愛いわ」


 ケン太もまじえてどんな植物を畑で育てているのかを聞きながら、レシピ帳をめくっては質問していたカン七はなるほど、と合点がいく。

「にゃん太ちゃんはアルルーンちゃんたちの栄養剤を主として作っているのね。畑もその素材を育てるのを第一にしている」

「そうだよ。良く分かるね」

「あとは店に置いている薬の素材かしら。それから、にゃん太ちゃんたちが独自で色んな取り組みを着手しようとしているのね」

 流石は薬師であり、店を持っていたカン七は畑で育てている植物とレシピ帳とで工房の方針を掴んだようだ。


「アルルーンたちが自分たちに必要な栄養剤を教えてくれるからさ。じいちゃんが作っていなかった栄養剤も作るようになったんだ」

「なるほどねえ。にゃん太ちゃんはおじいちゃまとアルルーンちゃんのお弟子さんなのねえ」

 カン七にかかれば、じいちゃんもアルルーンも可愛い呼び名になる。すごい錬金術師と伝説とも称される植物なのだが、にゃん太にとってはそちらの方が親しみが持てる気もする。


「そうなんだよ。工房の主って言っても、まだまだ教わる立場なんだ」

「あらっ。にゃん太ちゃんはしっかり工房の主として働いているわよ。それに、工房の親方だとて、教わることはあるわ。親方であっても常に学ぶ姿勢を忘れるべからず、よ!」

「そっか。そうだよな。そうやって諦めずにいろいろ学んで行けば、今は大したことはなくても、いつかはじいちゃんがいた錬金術の領域に行けるかなあ」

 大分頑張らなくてはならないけれど、進化し続けることを諦めなければ、可能性はなくならない。


「にゃん太さんは別の道を行きつつ、相当進んでいると思うのですけれどねえ」

<パンジャ>で通りかかったハム助が言う。もちろん、<パンジャ>とそれを自在に操るハム助の様子に、カン七は見た当初興味津々だった。

「アタシもハム助ちゃんの言うとおりだと思うわ。ティーア市どころか国外からも注文が来るような発明をふたつも立て続けにしたっていうのに、大したことがないわけないじゃない!」

 ハム助さんですら「ちゃん」づけなんだなあ、とにゃん太は呆れる。当のハム助は驚いたものの、嫌がっていない様子なので良しとする。




 さて、カン七は多くの錬金術師やなんなら薬師ですら渇望するレシピ帳を見せてもらったこと、扱ってみたいと思っていた植物が植えられている畑があることから、がぜんやる気になる。自分が預けたバラも順調に育っている。


「カン七さんも育ててみたい植物があったら、言ってよ」

「苗さえ手に入れば、アルルーンがいるから、育つからな」

 工房の主のにゃん太や、畑担当のケン太がそう言うのだ。しかも、アルルーンたちは任せろとばかりに根っこで仁王立ちしている。


 ふつうのアルルーン(と言っても希少な植物だが)ではこうまでも自由自在に動くことができないと言う。ジェスチャーで意志を伝えてくる上、育てることが難しい植物も面倒をみてくれるという。それだけでなく、鉱物のことにも詳しく、それらの知識を必要に応じて教えてくれるという。


 知識と情報、そして素材。薬師として必要なものすべてが揃っている。錬金術も薬を作成するから、使う器材も似たり寄ったりだ。処置が同じような手順を踏むからだ。

 自分の店という大切な宝物を失う羽目に陥ったが、思いもかけず、幸運が転がり込んできた。

 これ以上を望み得ないほどの環境であり、カン七としてはなんとしてでもここで薬師として働きたい。

 そのためには、役に立ってみせなくてはと奮い立つ。


 作業場をひと通り見せてもらい、器具も揃っていることに密かに喜ぶ。そこで、レシピ帳を拡げ、錬金術のことをひと通り教わっていると、ハム助が興味を惹かれる様子をみせる。

「ハム助ちゃんもいっしょに教わりましょうよ」

「え、でも、わたしは、」

<パンジャ>が後退する。実に自在に操っている。


「無理にとは言わないけれど、どんな風に処置をするのか、なにに気を付けなければいけないのか、知っておくとにゃん太ちゃんも指示を出しやすいんじゃないかしら。それとも、錬金術は秘密にしておかなくちゃいけないことがあるのかしら」

「いや、俺もじいちゃんの錬金術を見ていたし、釜の中身をかき混ぜたりして手伝っていたよ。ハム助さんも興味があるのなら、見てみる?」


 懐かしい。にゃん太が興味津々で眺めたり、あれこれ質問するのに嫌な顔をせず、じいちゃんはいろいろ教えてくれたものだ。アルルーンも加わって、錬金術の神秘をひとつひとつ伝授してくれた。


「は、はい。ぜひ!」

 ハム助が飛びつくようにして返事するのに、にゃん太も嬉しくなる。こうやって、じいちゃんの錬金術は色んな人に伝わって行くのだ。きっと、ハム助やカン七なら、にゃん太では気づかない錬金術の秘密を知ることだろう。どんな風な知識を得るのだろう。そう考えるとわくわくする。


「うふん。そうだと思った」

「そうなの?」

 カン七が言うのに、にゃん太は小首をかしげる。

「だって、作業場に入れて手伝わせているんだもの。もし秘密にするんなら、にゃん太ちゃんは別の場所で仕事するでしょうからね」


 なるほど、それもそうか、と合点がいく。じいちゃんも初めから隠し事をする気はなかったのだ。ハム助もやる気がある様子なので、もっと早いうちから錬金術のことを教えてやればよかったと思う。もしかしたら、ハム助も気になっていたが、遠慮して言い出せないでいたのかもしれない。気を回したカン七に心の中で感謝する。

 そして、それはにゃん太にも言えた。


「なあ、カン七さん、俺も薬師の薬の作り方や素材のことを教えてほしい」

「もちろんよ! そうでなくちゃ、アタシがここにいる甲斐がないからね」

 貪欲に知識を得ようとするにゃん太に、カン七は任せておけとばかりに胸を張る。


「わたしにも教えてください」

 にゃん太にハム助も続く。今度は自分から言い出した。この工房の雰囲気がそうすることを可能にした。

「ええ。いっしょに頑張りましょうね」

「はい」

 気遣いを無にせず、向上心を持つハム助に、カン七は目を細める。従業員にやる気がある工房は活気がある。


 カン七という新しい顔ぶれを得て、工房は一層賑やかになった。




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