19.小さくて大変!2
さて、アルルーンに協力を仰ぐに当たり、どういうものを作成したいのかと分かってもらうために、手押し車にアルルーンをのっけて、移動してみることにした。
「ふんぬぬぬぬ。お、重いな、これ!」
手押し車にひと株、ふた株と入れるうちに、なんだなんだとアルルーンたちが興味津々に近寄ってきたため、アルルーンでこんもりしている。その分、重い。
「代わるよ、にゃん太」
いつも農作業に精を出すケン太は腰を入れて手押し車を押す。一旦、動き出すと、車輪と踏みしめる後ろ足二本とでがっちりバランスを取って動いて行く。
次第に早くなる移動速度に、アルルーンが楽し気にわっさわっさと緑の葉を振る。
「な? こんな風にすいすい移動できたら、小柄な獣人もずいぶん不便が減ると思うんだ」
アルルーンとしては手押し車の方が転がり出ずに済むが、逆にハム助であれば、移動配膳台のような形の方が便利だと話す。
「それでさ、これを魔石を内蔵させてそれを動力にして動かそうと思うんだけれど、」
アルルーンたちは腕組みするように根っこ二本を絡ませ、わっさと大きく頷いた。
頼もしい限りである。
「魔力を通すんじゃなくて、魔石を組み込むタイプか」
「両方作るのでも良いんだけれど、魔力を常に流すのは大変だろうからなあ」
ケン太ににゃん太が答える。魔石はその名の通り、魔力を有する石のことである。アルルーンの素材はその植物版の一種である。
「だったら、両方どちらでも使えるものにしたら?」
「そっか、そうだな。魔力を温存したいときには魔石を使うっていう風に選択肢がある方が使い勝手が良いよな!」
たま絵の発案に、にゃん太が目を輝かせる。その足元でアルルーンがなるほど、そんな風なのかと頷いている。
それを見たみい子がふと、以前、アルルーンがにゃん太に抱えられて書架の本を指示していたことを思い出す。
「移動だけじゃなくて、高くなったら、もっと便利でしょうねえ」
みながばっと音がするほどの勢いでみい子を見やる。
「え、あ、あの?」
「それだ!」
「みい子さん、ナイスアイディア!」
戸惑うみい子に、ケン太とたま絵が飛びつくように言う。
「そうだよ。なんで移動ばっかりにこだわっていたんだろう。高低の調節ができたら、ハム助さんはより一層便利になる!」
「でも、そんなにたくさんの機能をつけるのは難しいのでは」
興奮するにゃん太に、ハム助がおずおずと言う。
「そうだな。でも、これも選択肢だよ。まずは移動。その後、できれば高低も!」
にゃん太が弾ける笑顔で言うのに、ハム助もそうですね、と微笑む。この貪欲さは素晴らしい。そして、にゃん太の貪欲さは錬金術に関して発揮される。そういう点ではまさに天職であると言えた。
そして、ハム助もこの工房で働く一員だ。いっしょになってどうすれば実現できるか知恵を絞る。
「蛇腹を縦にするのはどうです?」
「なるほど。ふだんは折りたたんでおいて、高さが必要になったら、伸びあがる感じだな」
「おお、良いんじゃないか?」
ハム助の言葉を、にゃん太はすぐに正確に理解し、ケン太が肯定する。
たいていケン太は容認の言葉を放つ。これが場を明るくする。発案者としても、その意見が結局は取り入れられなかったとしても、一旦は肯定されるので、嫌な気分になることはない。だから、みなが積極的に意見を出そうという気持ちになるのだった。
大まかな形は決まったが、これを自走させることが難しい。この点は錬金術の分野となる。
「だったらさ、まずは羊彦さんとうさ吉さんに話しておこうぜ」
木工職人と鍛冶職人にも彼らの仕事のスケジュールがあるから、余裕を持って取り掛かることができるように前もって相談しておこうという。
そこで、にゃん太はうさ吉を伴って羊彦の働く木工工房を訪ねた。
「ついて来てもらって悪いな」
「いや、俺もこの工房とは取引があるから、久々に顔を出す機会になるよ。それに、今噂の猫の錬金術師の次の新作に噛ませてもらえるんだからな」
うさ吉は可愛い外見を裏切って気風の良い獣人である。
事前に連絡を入れておいた羊彦を交えて話したところ、ふたりは目を輝かせた。
「なんだ、それ! 面白そうだな!」
「移動が楽になって高低も! 素晴らしい! ものすごい発明です! ぜひとも完成させてうちのフェレ人にも!」
「羊彦さんはそう言うと思っていたけれど」
にゃん太もフェレ人のためにも、という考えがあった。しかし、うさ吉が予想以上に乗り気になったのは不思議だ。
「うさ吉さんも大賛成だとはな」
「いやあ、車輪ってのは奥が深いんだぜ? それを魔道具で動かす上に、蛇腹を縦に伸び縮みさせるって? 面白い!」
構造に非常に興味を抱いたようだ。
「ある程度の強度が必要ですよね。ジャッキのようなものかな?」
「あー、折り畳み式ってことは、パンタグラフタイプのジャッキが良いだろうなあ」
羊彦の言葉に、うさ吉が両前脚を組む。
「なるほど。そこにテーブルと車輪がつく、と」
さらに、羊彦が応える。矢継ぎ早に繰り広げられる会話に、にゃん太はついていけない。
「移動するんだったら、ホイールは強靭かつ自在に動くものじゃないとな」
段差や溝にも耐え得るものだ、とうさ吉は楽しそうだ。手押し車を操るケン太が同じことを言っていた。
「もしかして、もうすでになにか考えがおありでは?」
羊彦もうさ吉の様子に気づいて問うと、兎族の獣人はにやりと笑った。
「分かるか? 実はよ、大きなホイールの周囲にバレルを複数配置することを考えていたんだ」
どうも、うさ吉はホイールの奥深さに魅力を感じ、すでになんらかの着想を持っていたらしい。それが今回、にゃん太が持ち込んだ話に使えるのではないかとあって、それで高揚しているようだった。
「まあ、それを自在に動かすっていうところが難題なんだけれど」
「そこら辺は錬金術の領分ですからねえ」
「期待しているぜ、猫の錬金術師さんよ!」
「なう~ん」
にゃん太が肩を落とすと、羊彦が眦を下げ、うさ吉がからりと笑う。
その後、動力源として魔石を内蔵するが、魔力を通しても使えるようにする、回路には【魔鉄】や【魔銀】といった魔力を通しやすいものを使用する必要があるが、それではあまりに高額になるといった話をした。
「魔石と魔力の双方で使えるタイプ! 冒険者にとっても使い勝手が良さそうですね!」
「おう、こりゃあ、売れるぜ!」
「試作品を作るにしても、高額になるから、錬金術の方をきっちり仕上げておきたいんだよなあ」
志気の高いふたりを他所に、肝心かなめの錬金術の方が進んでいないにゃん太としては気ばかり焦るところである。
木工職人の羊彦と鍛冶職人のうさ吉とに相談したことで、これでもう後に引けなくなった。
【魔鉄】は高い上に希少だからそんなに大量に手に入らない。
だから、試作品をなんども駄目にすることはできなく、まずは理論を構築する必要があった。少なくとも、にゃん太はそう考えた。
うさ吉はひし形に折りたためる見事な「パンタグラフ式ジャッキ」を作り上げた。そこへ、木工職人の羊彦が木材を削りだしたテーブルを載せる。
「構造上はこのテーブルの下か、車輪がついた下部に魔石を内蔵することになるかな」
羊彦とうさ吉が早々に作り上げた部品をひとつひとつ説明しながら言う。
「強化ホイールの方はもうちょっと待ってくれ」
とはいうものの、方向性は決まっており、悩んでいるという風ではない。
「錬金術の方はどうですか?」
羊彦に水を向けられ、にゃん太は情けない気持ちでいっぱいになりながら、首を横に振った。
「そうか。まあ、ぼちぼちやってくれ」
「あまり根を詰めないでくださいね」
うさ吉と羊彦はそれぞれ言って、部品を置いて去って行った。
にゃん太だけでなく、工房の仲間総出でレシピ帳や錬金術素材一覧を繰って方法を探していた。その間にも、<吸臭石>の発注は入るし、定番商品を作る必要もある。
遅くまで工房に残っていたら、必ずと言って良いほど、たま絵がさっさと休めとやって来る。
時間がない。
「にゃうぅぅぅん」
にゃん太は唸った。
理論構築があやふやなまま、錬金術を行使しても失敗する。
「適当にやっても成功する者は成功するっていうのになあ」
にゃん太には「なんとなくこうな気がする」という閃きはいっかな降りてこない。
協力を呼びかけた羊彦とうさ吉は早々に試作品を持ち込み、さらには、左折右折がもっとスムーズになるように車輪を改良できないかと話していた。少々の段差にびくともしない頑丈な車輪を低コストで実現させる、などとも。
すごい者たちだ。できたらそれで終わりではなく、もっと良くなるのではないかという意欲がある。
なのに、にゃん太はまったく進んでいない。
焦燥が募る。
弟が小さい頃のことをよく覚えている。
口回りがまだ華奢で、眼や耳の大きさが目立っていたときのころだ。とにかく、可愛かった。
今もあちこちで「可愛い猫の錬金術師さん」なんて呼ばれているようだが、「ねえちゃん、あそぼ?」と小首を傾げて大きなピンクの三角耳の角度を変える姿なんて、身もだえするくらい可愛かった。
そんなにゃん太はすくすく育ち、生意気になった。でも、可愛いのには変わりはない。
きっと、この工房の前の持ち主のじいちゃん錬金術師も、そんなにゃん太を可愛がったのだろう。
なにせ、ケン太が言う「育てるのがとんでもなく難しい」というアルルーンも、にゃん太のことが好きな様子だ。
じいちゃん亡き後、代わってそのアルルーンを守ってやるだなんて、なかなか立派ではないか。しかも、にゃん太が作る薬を欲しがる客がいるのだ。離れて行ってしまった客や取引き先がいるのは当然のことだが、にゃん太が作ったもので助けられた者がいる。
姉としてなんだか誇らしい気分になる。
そんなにゃん太の力になることができる。
たま絵は今の暮らしを気に入っていた。
にゃん太はみなでこの錬金術工房を運営しているのだという。自分が主であるのは単に免許を取得しているからだけだとも。
可愛い弟はいつの間にかしっかりと工房の主としての自覚を持つようになっていた。まさか、自分はとても恵まれた境遇にいるから、錬金術師という職を得ているのであって、他の困窮する獣人とどう違うのか、などと考えているとは思わなかった。だから、発明をして得た金銭を寄付している。
さらにまた、ハム助のような小柄な獣人の不便を解消しようと頑張っている。
だから、みなが手を貸そうとした。
難題にぶち当たってうんうん唸っているから、たま絵は励ました。追いつめられているのか、「他人事だからって勝手なことを」と怒られた。
いつまでもたま絵の庇護を必要としているのではないと言われたような気がした。そうかもしれない。
でも、どれほど立派になっても、にゃん太はたま絵の可愛い弟だ。
そしてきっと、今回もやり遂げるだろう。
「うぅん、この回路がこうなっているから、こっちがこうで、となると、【魔鉄】が魔力を通すのが逆に邪魔になるというか」
苦手な理論構築も、少しずつ飲みこんでいる。だが、どうしても解消できない問題が見えてきただけのような気もして、にゃん太は台の上に突っ伏した。作業場の台はいつもなら錬金術に使う器材や素材が乗っているが、今はレシピ帳や錬金術素材一覧の魔石のページが開かれている。
じいちゃんの言葉を思い出す。
「良いか、にゃん太や。魔石は不思議な模様を持つことが多いのじゃ。模様が複雑な様体を帯びてくると、比例して回路も入り組んでくるのじゃよ」
そう言って見せてくれた色とりどりの模様に見入ったものだった。その中のひとつに、目星をつけていた。
「【炎惑石】を使えばいけそうな気もするんだけれどなあ」
【炎惑石】は炎を閉じ込めたかのような魔石である。こっくりとした黒に近い深紅に、オレンジ、黄色にとろりと光る様が炎が燃え惑っているように見える。青や緑といった色もある。玉髄の粒状の凹凸をほかの鉱石が覆い、さらにその上に透明な玉髄がかぶさっている。玉髄の二層の凹凸が魔力を乱反射させ、複雑な回路を持つようになる。
【炎惑石】を眺めるにゃん太の足を突く者がいた。アルルーンだ。
「うん? どうしたんだ?」
にゃん太の様子を見ていたアルルーンたちが根っこでなにかを差し出して来る。
「これ、葉と根っこ?」
アルルーンの抜け落ちた葉と根っこは貴重な素材である。錬金術にも薬にも用いられる。
「これってもしかして、錬金術でなにかしろってことか?」
にゃん太に、アルルーンたちが葉を上下に動かす。
「ありがとうな」
にゃん太は受け取りつつ、ようやく思い至った。
アルルーンの素材は魔力をふんだんに有する。だからこそ、貴重な素材とされているのだ。そう、魔石に匹敵する植物素材なのである。
「つまり、これは魔石の代わりになる?」
わっさ。
見やれば、アルルーンが力強く一斉に葉を揺らしている。
「そっか、この上手くいかないところをアルルーンの素材で———!」
にゃん太は思わず立ち上がり両前足を固く握りしめた。ようやく見い出した一条の光に打ち震える!———というところで、またぞろ、足をつんつん突かれる。
「にゃにゃにゃー……今度はなんだ?」
やはりアルルーンである。それは良いから、これを見ろとばかりに、広げたじいちゃんのレシピ帳を指し示している。なお、突いたのとレシピ帳を示している株は違う。その他、たくさんのアルルーンたちが畑を抜け出してきていた。
「ちょっとくらい、ひたらせてくれたっていいじゃないか」
ぶつぶつと文句を言っていられるのもそのときまでだった。
「あれ、これ、じいちゃんがアルルーンの素材を実験していた記録じゃないか!」
目を丸くするにゃん太に、アルルーンたちは一斉に頷きかけて、するすると台の上に乗り上がり、さささーっとばかりに横一列になる。根っこで仁王立ちする。
「なんだ?」
根っこ二本を絡め合わせて腕組みのような恰好をして、わっさと頷く。一斉に行われる動作は見事なものであった。観客のにゃん太としては悔しいことに。
「むう。俺のは中断させたくせに自分たちばっかり」
とはいえ、アルルーンのアドバイスによって、難関をクリアできそうなのである。
じいちゃんのレシピ帳のアルルーンの素材実験結果を、片っ端から目を通していく。
「こっちは違うかなあ。ううん、そっちは、」
じいちゃんの示すアルルーンの素材の用い方、その効力を読み解く。はじめはぴんとこなかったが、ヒントが隠されていた。
まず、アルルーンの素材は一般的に、豊富な魔力を有するだけでなく、魔力伝導体としての役割を果たすと思われている。つまり、よく魔力を流す物体だということだ。しかし、じいちゃんの記述には用い方によっては半導体になったり絶縁体になったりする、とある。
「そんな、これって———」
ひとつの素材が千変する効果を持つ。まるで、【万能石】のようではないか。【万能石】とは<万能薬>の素材だともされている。その名の通り、さまざまな効能がある石であり、哲学者の石とも称される。
「あ、これ、アルルーンの素材を鉱物に作用させた結果報告だ」
そこには、【水揺石】という鉱物について書かれてあった。
【水揺石】は上面と下面で回路が違う。この回路に魔力が通ると、互いの反射光が干渉し合う。特定の波長の光が際立つ。回路が複雑になるにつれ、上面と下面の厚みが変化し、強調される波長が異なり、色が変わって見える。
「これと【炎惑石】を使えば———!」
じいちゃんのレシピにある錬金術の術式のどれとどれを組み合わせて、不要箇所を削除していくか、どんどん考えが湧いて来る。
にゃん太はすぐに試してみたくなって、夢中になって必要な素材を処置した。そして、気合を入れて錬金術に臨んだ。しかし、結果は失敗に終わった。
「にゃは~~っ」
期待が大きかっただけに、落胆も大きい。
落ち込むにゃん太は何度やっても駄目な気がしてくる。
アルルーンの素材の他にも、うさ吉や羊彦の部品を無駄にしてしまったこともまた、気落ちさせる。
「【魔鉄】も【炎惑石】も高いっていうのになあ」
材料もそうだが、みなの頑張りや気持ちを無駄にしてしまったように思えた。
そう考えると食欲もなくなって、工房の面々を心配させてしまった。
「にゃん太、もっとリラックスしろよ」
「そんなの、できないよ」
見かねたケン太が言うも、そうそうそんな風に気持ちを切り替えることはできない。
「あのな、アルルーンたちはさ、にゃん太のハミングに合わせて揺れ動いているんだよ」
「えっ、そうなの?!」
初めて聞くことに、にゃん太は驚いて顔を上げる。にやにや笑っているかとばかり思っていたケン太は真剣な表情をしている。
「それってさ、きっとにゃん太が錬金術を心から楽しむ気持ちがアルルーンたちに伝わっているんだよ。だからさ、そのいつもの気持ちになったら、アルルーンに伝わったように、少なくともアルルーンの素材には伝わるよ」
そして、アルルーンの素材ならば、応えてくれるだろうという。たぶん。
「たぶんってなんだよ」
そこは断言してよ、と思わずにゃん太は吹き出した。
笑ったら、重い気持ちも外に出たみたいに、心が軽くなった。
我ながら単純だな、と思う。でも、それがにゃん太なのだとも思う。
そして、にゃん太は錬金術を成功させた。
錬金術は技術や知識だけでなく、精神力も必要なのだ。そのためには経験が必要だが、それを得るには膨大な時間が必要だ。ならば、集中することや、楽しむことに努めれば良い。
それを、ケン太やアルルーン、その他、みなが教えてくれたのだ。