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17.恵み、あまねく2

 

 にゃん太はヒョウにあれこれ質問しながら、薬を処方した。

捻挫ねんざしているじゃないか!」

「このくらい、大したことないよ」

 痛みに強いのか、ヒョウ華は平然としたものだ。

「おばちゃん、医者に行きにくいってのなら、うちに来てよ。ちゃんと治療しないと、後々、不調が長引くよ?」

「そうだね。にゃん太の顔も見たいから、寄らせてもらおうかね」

「そうしてよ」

 言いながら、にゃん太は【ぬれぎぬのアルニカ】を処方する。アルニカの花に熱湯を注いでしばらく置いて漉す。冷ました浸出液を使ったパックを患部に当て、上から布を巻いて固定する。


「二時間くらいはこのままにしておいてね」

「手際が良いね」

 にゃん太は処方する間に、「これは【ぬれぎぬのアルニカ】と言って、高名な医者が毒草と取り違えたがために、長い間毒草だと思われてきたからその名がついたのだ」などと話した。ヒョウ華はにゃん太がしっかり知識を身に着け、実践で用いているのだと感心した。そうして、頭ごなしに言う通りにしておけば良いという医者とは違って、これこれこういう状態なので、こういう風に処置すると説明するにゃん太に、納得して身を任せることができた。


 その日の夕食はとても豪華だった。

 みい子だけでなく、ケン太やハム助にも手伝わせたたま絵はレッドボアを使ったシチューや香草焼き、甘辛いソースを絡めた焼き肉、蒸し焼き肉のサラダ、といった様々な料理を食卓に並べた。

 レッドボアは猪型の魔獣だ。猪肉は豚肉に比べて赤みがより赤い。それがレッドボアになるとさらに顕著けんちょになる。そして、脂肪が多くて風味が豊かだ。栄養価も高いと言われている。


「どれも美味しいね。短時間でこんなにいろいろ作れるなんて大したものだ。たま絵はまた料理の腕を上げたんじゃないか?」

「みい子さんやハム助さん、ケン太も手伝ってくれたんですよ」

 ヒョウ華に褒められて、たま絵がめずらしくはにかむ。


香草ハーブは畑で採れたやつを使いました」

「ヒョウ華様が持って来てくれた肉がとても上等だから」

「本当に、柔らかいですねえ」

 ケン太がしっかり畑のアピールをし、みい子がこんなに良い肉は初めて食べると言い、ハム助が目を細めて咀嚼そしゃくする。


「なあ、まさか、このレッドボアってヒョウ華おばちゃんが仕留めたの?」

「当り前だろう」

「さすがはおばちゃん! 強いなあ」

 特段、誇ることのないヒョウ華ににゃん太は改めて感心する。レッドボアは強い魔獣である。


「にい也も簡単に倒せるだろう?」

 子煩悩なにい也ならば、いくらでも狩ってきた獲物を差し入れしていそうなものなのに、とヒョウ華は不思議がる。

「父さんはよく差し入れしてくれていますよ」

 たま絵の言葉にヒョウ華はさもありなんとうなずく。目を丸くしたのはにゃん太だ。

「あれ、そうなの?」

「気づいていなかったのか、にゃん太」

 ケン太に言われて他の面々を見れば、みい子がおかしそうに口元を片前足で押さえ、ハム助は頬袋を膨らませながら、こくこくと頷く。

「あー、また、父ちゃんにフレーバー木の実や薬の差し入れを持って行くよ」

 決まり悪げににゃん太が頭をかく。

「あ、そうだ。<吸臭石>も持って行こう」


 そこでようやく気づいたにゃん太はヒョウ華にも水を向ける。

「ヒョウ華おばちゃん、俺たち、<吸臭石>というのを発明したんだ。使ってみてよ」

「もう持っているよ」

「え、そうなの?」

 トップクラスの冒険者に使用されているとあって、にゃん太はこっそり喜びをかみしめる。ヒョウ華は身内のようなものだから、それで興味を持ったのかもしれないけれど。

 ところが、ヒョウ華はトラへいを通してヒョウから<吸臭石>の売り上げを寄付していることも聞いているという。


「ヒョウ次兄さんも賛成しているし、すごいことだと言っているよ。もちろん、わたしもさ」

 そう言って、にゃん太を見つめる瞳は温かい。

「にゃん太はいっぱしになったんだねえ」

 トラ平が話した<吸臭石>の収益を慈善活動に使うということは、各族長たちに伝わっているという。


「中には甘っちょろいことを、という者もいるけれどね。にゃん太はそんな言葉に耳を貸す必要はない。胸を張ってしっかりおやり」

 獣人の中でも特に猛獣人族たちは力こそすべてという考えを持つ者は多い。だからこそ、力がない種族や特に小柄な獣人たちは暮らしにくい傾向にある。にゃん太はその者たちのためになることをしようと頑張っていた。


 ふいに、にゃん太はヒョウ華はこのことを言いに来たのではないかと思った。

 健康診断も、差し入れもついでだ。

 にゃん太が一念発起して手探りで行っていることを応援しに来てくれたのだ。外野は勝手なことを言う。それによってなんの責任も負おうとしないのに、言いたいことだけ口にして、自分だけすっきりして知らん顔するのだ。

 そんなことに負けるな。自分が良いと思ったことを貫け。にゃん太がやっていることは多くの者たちが評価している。

 そんな風に伝えるために、ヒョウ華はわざわざやって来たのだ。

 嬉しかった。


「うん、ありがとう、おばちゃん」

 胸がいっぱいになって、それだけ言うのが精いっぱいだった。ヒョウ華の励ましに応えるためにも、<吸臭石>を始めとする商品を丁寧に作って品質の良いものを作ろうと思う。


「あの、にゃん太さん、にい也さんも<吸臭石>を持っていると思いますよ」

 みい子がおずおずと言う。売り出された初日からいくつも買っていったのだという。

「へえ、複数買うなんて、さすがはトップレベルの冒険者だなあ」

 高額なのに、とにゃん太は感心する。


「わたしは買い占めなかったことに驚くよ」

「それがその、そうしたいけれども、他の者もほしがるだろうから、と言っていました」

 ヒョウ華が先程のにゃん太のように目を丸くし、みい子が遠慮がちに答える。豹族の英雄に話をすることすら恐れ多いという態である。

「にい也はにゃん太のためならいくらでも配慮する男だからねえ」

 なるほど、とヒョウ華はうなずく。


「もう持っているのかあ。じゃあ、お礼はなにが良いかなあ」

「いつもの通りで良いのではないですか? 定番アイテムやにゃん太さんが考案して作ったものなら、喜ばれると思いますよ」

 にゃううん、と頭を悩ませるにゃん太に、ハム助が助言する。


「そうかなあ。あ、でも、俺が考えて作ったんじゃなくて、みんなで作ったやつだからな」

 そんなもので対価となるのかと首をひねりつつ、ハム助の言葉を訂正する。

「そうか。にゃん太は良い仲間たちに恵まれたね」

 それを眺めていたヒョウ華がしみじみと頷く。

「うん、そうなんだ。アルルーンも含めて、みんなで工房を運営しているんだ」

 にゃん太のぴっかぴかの笑顔に、ヒョウ華は莞爾かんじとなった。

「そうだね。みんなで作ったすばらしいものをもらったら、にい也も安心するだろうさ」

 ヒョウ華のそんな言葉に、それもそうかとにゃん太は納得するのだった。

 遠回しにヒョウ華に褒められた他の面々は、面はゆそうに、あるいは誇らしげになった。そして、ヒョウ華に対してもふだん通りのにゃん太を改めてすごいと実感する。対するヒョウ華がそれを許容というよりは当たり前のように受け止めていることに、それぞれが感じ入った。


 ヒョウ華は食事の終盤、爆弾を落として行った。

「そうそう、にゃん太はライオン族のシシ姫と知り合いなのかい?」

「え? シシ姫?」

 知り合いではあるが、良く思われていない。もっとはっきり言うと、嫌われていて嫌がらせをされている。先だって、ウルシかぶれしたのに薬をやったが、その程度では感謝して態度を改めるには至らなかったのか、とにゃん太は警戒する。


「ええと、シシ姫は知っているけれど、どうかした?」

 にゃん太は恐る恐るヒョウ華に聞く。上目づかいになって、しきりに耳がぴくぴくと動く。ナイフとフォークを掴む両前足に知らず、力がこもる。

 ヒョウ華を気にしつつもごちそうを頬張っていたケン太も、食事を中断させて、耳を傾けている。ケン太はにゃん太のとばっちりを受けていたので、シシ姫に苦手意識を抱いていた。


「いいや、あちこちでにゃん太のことを聞いて回っていると聞いてね」

「お、俺のことを? なんで?!」

「さあ、それは知らないね」

 にゃん太が悲鳴じみた声を上げるのに、ヒョウ華は軽く肩をすくめて見せる。それが実に様になる。格好良い豹族である。

 見れば、みい子がほほをそめてヒョウ華を見ている。料理もそっちのけだ。

 ライバル出現か?!

 それがヒョウ華なんて、敵う気がしない。

 シシ姫が妙に関わって来ているという上に、切ない事実を突きつけられてにゃん太は消沈する。


 シシ姫に探られていると怯えるにゃん太に、たま絵が「わたしが今度さり気なく聞いてきてあげるわ」と言う。

「姉ちゃん、お願い!」

 ケン太がそんな風だから、みい子にアピールできないんだぞ、とこっそり思っていたとは露ほども知らずにいたにゃん太である。




「にゃ、にゃん太さん!」

 慌ててみい子が店から作業場に駆け込んできた。またヒョウ華が来たのかとのんびりしていられたのも、わずかの間のことだった。


虎太郎こたろうおじちゃん! どうしたんだ、その怪我!」

 店に顔を出したにゃん太は、みぎゃっとその場で飛びあがった。あやうく、扉にぶつかりそうになる。

 すさまじい恰好の虎族の長がいた。毛がところどころむしられ、あちこち逆立ったり乱れている。なにより、顔の一部が殴られたように青くなっている。それもどんな大きな鈍器でなぐられたのか、顔の右半分だ。


「すぐに手当てしましょう。にゃん太、準備を!」

 ただ事ならぬ様子に、後ろからついてきたたま絵もさっと顔色を変える。

「いや、大したことはない。それより、にゃん太、頼みがあるんだ」

「分かった。話を聞く間に手当をするよ」

 それならば、ということで虎太郎は大人しく作業場についていった。


「にゃん太、これを」

 手っ取り早く塗り薬の回復薬を使えと、<吸臭石>とともにたま絵が差し出す。

「ああ、<吸臭石>なら持っているぞ。にゃん太は本当にすごいものを発明したなあ」

 心の底からの感心する様に、にゃん太は緩みそうになる口元ににゃむっと力を入れる。


 虎太郎が語ったところによると、獣人族間でのいさかいがあったのだという。

「トラ平から聞いたんだが、にゃん太とカンガルー族にちょっかいをかけた若造どもさ」

「ああ、あいつらか」

「たま絵があいつらと親しくするものとは関わらないと言ったものだから、他の獣人たち、特に若い連中がやつらを避けるようになってね」

 それらは徐々に広く波及して行き、彼らは次第にどこからも締め出されるようになったのだという。


「姉ちゃん、なんてことを、」

「たま絵もそんなことになるとは思っていなかっただろうよ」

 いきがって悪ぶっても、自分たちが冷淡に扱われるのは気に入らない。行いを改めるどころか、粗暴さを増し、温厚な種族に絡んでいくようになったのだという。

「だんだん調子に乗って行って、ついには象族にまで手を出したんだ」

「はあ?!」

 沈痛な表情の虎太郎に、にゃん太は素っ頓狂な声を上げた。


 象は草食動物だが、陸上の哺乳類の中で最も身体が大きい。その象の特徴を持つ象族も、非常に強い力を持っていた。

 象族は熊族よりも大きい。蛇族の中でも長大な大蛇種がとぐろを巻いたのと同等の迫力の持ち主だ。なお、一般的な動物の象には、どんな蛇でも大きさで敵わない。だが、獣人族の中では蛇種はとんでもなく長大な種族がいるのだ。


 象族はその巨体で二足歩行するものだから、非常に動作がゆっくりしている。そのことと穏やかな性質により、人族は鈍重で愚かだと侮る。なお、二足歩行する獣人の多くは四つん這いになって走った方が速い。なので、緊急時にはそうする。人族はそれもまた、獣じみていると笑う。


 猛獣人族の若者たちは手ひどい反撃を食らったのだという。人族がするよりもよほど汚い言葉で罵ったらしく、象族たちはそれらは虎族の総意なのかと憤慨しており、収まりがつかないのだという。

「慌てて仲裁に乗り出したんだがな」

 象族はふだん温厚だが、決してやられっぱなしではない。象は天敵という脅威から脱するために、身体を巨大化させ無敵となったのだから。

 いかな猛獣人族の虎族とはいえ、下手に手を出せない。もめ事が激化する前に早急に対処する必要があった。

 虎族の族長の虎太郎をして、こんな様子になるようなことがあったのか、とにゃん太は震え上がる。


「情報収集に奔走しているうちに、とある象族がにゃん太と知り合いだと聞いたものだからやって来たんだ。間に入ってもらえないかと思って」

「ああ、パオぞうさんのことかな」

 以前、食べ過ぎて腹痛を起こしてやって来た象族のことを思い出す。

「どうかな。俺が話して収まるかどうか分からないけれど」


 とにかく、わらにもすがりたいという態の虎太郎の処置を終え、にゃん太はパオ蔵を訪ねることにした。

 虎太郎はパオ蔵の居所も掴んでいた。

 その際、以前処方した胃腸の働きを助ける【ヘビも好むフェンネル】と胃もたれに効く【かおりとあまみのディル】のお茶を処方して持って行くことにした。


 象族の居住区は遠目からもすぐにそれと分かる。住まいは造りがすべてにおいて大きかった。その大きな扉は、虎太郎を前にしてぴくりとも動かない。

「なんだなんだ! 虎族がまた嫌がらせをしに来たのか」

「本当に申し訳ないことをした」

 虎太郎は象族の姿がないにもかかわらず、その場で深く頭を下げる。

「帰れ!」

 扉の向こうから声だけが飛んでくる。


「あの、すみません、俺、錬金術師の猫族のにゃん太という者ですが、パオ蔵さんはおられますか?」

 見ていられなくなって、にゃん太は進み出て声を掛ける。


「錬金術師ぃ?」

 不審げな声が上がるのに、駄目か、と落胆しかけたところへ、他の声がする。

「にゃん太、さんってティーア市獣人新聞に載っていた猫族じゃないか?」

 そのときになって、にゃん太は新聞の威力を実感する。そして、自分があずかり知らぬところで知られていることに少しばかり恐くなる。もちろん、ふだんから悪いことをするつもりはないが、いつどこで誰が見ていて、あれは新聞に出ていた猫族の錬金術師だと噂されるかもしれないのだ。


「おい、誰かパオ蔵を呼んで来い」

「こないだ腹痛を起こしたときに、」

 それでも、今回ばかりはパオ蔵という細い糸に繋がったのだから、良い様に転がったのだと思おうとした。


「ああ、本当だ。にゃん太さん」

 固く閉ざされていた扉が軋みを上げて開いた。そこからパオ蔵が姿を現す。にゃん太は懸命に言い募った。

「パオ蔵さん、この虎太郎おじちゃんは俺の昔からの知り合いで、その、図々しいお願いなんですが、話だけでも聞いてもらえないかと思って、あの、」


 パオ蔵はひとつ頷くと、大きな身体をずらして中へ促した。

「どうぞお入りください。他でもないにゃん太さんが言うのです。それに、嫌がらせをしたのとは別の虎族の方だそうですし」

「ありがたい」

 虎太郎はふたたび深々と頭を下げて、居ずまいを正した後はしっかり背筋を伸ばして堂々と歩いて行った。にゃん太はその後をおっかなびっくりついて行く。


 通された部屋は天井が高く、テーブルも椅子も大きいという他はふつうの応接室だった。椅子に飛び乗るかどうか迷っていたにゃん太は、パオ蔵が客用の小さめのものを持って来てくれたのに感謝した。


 パオ蔵の後ろからはもうひとり、初老の象族が入って来た。

「こちらは象族の長、象士郎です」


 虎太郎は改めて象士郎に謝罪し、虎族としても他の猛獣人族としても、象族と事を構える意思はないことを伝えた。

「当事者の若造どもにはきっちりと罰を与えます」

「長、虎族の長もこうおっしゃっているのですし」

「うむ。まあ、そこら辺が落としどころじゃろうな」

 象族の長は一部の怒り心頭の者たちをなだめ言い含めておくと請け負ってくれた。


「え、よ、よろしいので?」

 今までの頑なさから一転、あっさりとした様子に、逆に虎太郎が拍子抜けする。

「俺たちが言えたことではないですが、理由をお聞きしても?」

「そりゃあ、そちらの猫の錬金術師さんを連れて来られてはな」

「え、俺?」

 象族の長だけでなく、パオ蔵や虎太郎にまで視線を向けられ、にゃん太は目を白黒する。


「にゃん太さんですな。改めまして、象族の象士郎ぞうしろうと申します」

「え、あ、ご丁寧に。にゃん太です」

 陸上動物で最大とも言われる象、その性質を持つ象族の長に頭を下げられてにゃん太はあたふたする。


「にゃん太さんはご存知ではないかもしれませんが、我ら象族は非常に嗅覚に優れています」

「数キロ先の水場の臭いを嗅ぎ分けることもできるんですよ」

「へえ、すごいな!」

 象士郎の言葉を、パオ蔵が補足し、にゃん太は目を丸くする。それを、象族の長がにこやかに眺める。


「そんな我らは街で生活するようになって、常に雑多な臭いに悩まされてきたのです」

「なるほど。犬族の友だちも同じようなことを言っていました」

 象士郎もパオ蔵もさもありなんと頷く。

「そんなところへ、にゃん太さんが<吸臭石>を発明された。これはとんでもないものです。我ら象族の希望の光とも言えるものです」

「そ、そんなに?!」

 にゃん太は驚いたものの、パオ蔵も象士郎を真剣な顔で首肯する。


「そうか。それで、門前払いの虎族の俺じゃなくて、にゃん太が歓迎されたってことか」

 そして、虎族の長はおまけでついてくることを許されたということだ。象族の長としても、他種族とのいさかいの落としどころを探していたのだろう。

「俺はパオ蔵さんと知り合いだったから、その縁で口添えしてもらえないかと言われて来たんです」

 そう言うにゃん太に、パオ蔵は<吸臭石>というすばらしい発明をしたと聞き、訪ねて行きたいものの控えていたので、来てくれてちょうど良かったという。


「わたしとしましても、にゃん太さんの偉業をお祝いしたい気持ちはありましたが、これは象族みんながそうでしてね。いわば、抜け駆けになってしまうので、控えていたんです」

「なんだ、そんなこと。以前の腹痛がぶり返したとかなんとかで来てくれたら良かったのに。あ、そうだ」

 そこで、【ヘビも好むフェンネル】と【かおりとあまみのディル】のお茶を持って来ていたことを思い出して差し出した。

「またぶり返したらいけないと思って。パオ蔵さんが使わなくても、他の象族に使って貰えば良いかなって」

「わざわざお気遣い、ありがとうございます」

 パオ蔵は象士郎を見やる。

「ね? にゃん太さんは素晴らしい錬金術師でしょう?」

「うむ。実に」

 にゃん太のことを伝えていた様子がうかがえる。パオ蔵はちょっぴり誇らしげにし、象士郎はそれをいかにも貫禄ある風情で受ける。


「このお茶は本当に香りが良くて」

「わしも後でいただこう」

 包みを解かなくても匂いをかぎ取ることができるらしく、象族の嗅覚の鋭さがうかがい知れる。


 象士郎は象族の希望となった<吸臭石>の収益を、慈善活動に用いるということにも大きな意味を見出していた。

「象族の中には、いわば神聖視する向きもありましてな」

「あ、あの、そんなにたいそうなことではないんです。俺はいろんな者に助けられていて、とても恵まれていると実感していて。同じ獣人族なのに、大変な思いをしている者とそう違わないはずなのに、って思って。それで、なにかできないかと考えたんです」

 つっかえつっかえ言うにゃん太の言葉を、象士郎だけでなく、パオ蔵も虎太郎までもが、うんうんと熱心に頷く。


「象族も協力しますよ。わしらは猛獣人族ではないものの、身体の大きさから強い力を持つことで、弱い立場の者たちの境遇にまで気が回らないところがあります」

「でも、今は違います<吸臭石>を発明したにゃん太さんがやっていることに、興味を持つ者は増えています。そして、見習おうという者も」

 正直なところ、にゃん太は困惑した。自分が思ったことを、実践して、いっしょうけんめい形にしようとしているところだ。それを褒められるのは嬉しい。けれど、自分がしたことに対して、様々な立場にある者や考え方をする者たちに影響を及ぼしている。


「あの、お気持ちはとても嬉しく思います。でも、正直なところ、他の種族の方々の多くに動いてもらって、なんていうかその、責任を負いかねるというか、」

「ああ、分かりますよ。もちろん、われらは自己責任の下で動きます。にゃん太さんの取り組みに感動した。そして、自分たちもなにかしたい。そう思って行動に出るだけです。にゃん太さんはそこに責任を感じることはありません」

 象士郎にそう請け負われて、ようやくにゃん太は安堵した。自分のあずかり知らぬところで事態が大きく動き、戸惑うばかりだ。自分がしたことに責任を負うので精いっぱいのにゃん太である。


「あと、できましたら、あまりその、神聖視? そういうのは抑え気味にしてほしいなって」

 にゃん太がおそるおそる言うと、象士郎は呵々大笑する。そして。

「いやあ、それは請け負いかねますな」

 あっさりと拒否したのである。

「そ、そんなあ~」

 にゃん太の情けない声に、他の者たちは朗らかに笑い声を上げた。



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