表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/60

15.勇気の対価

 


 組合で必要な素材を買いそろえたにゃん太は、カンやうさ吉のところにも顔を出したかったが、いろいろ話し込んで大分時間を使ってしまったので、今日は止めておくかどうか悩みつつ、通りを歩いていた。

 最近、ずっと工房にこもっていたから、顔を見せがてら、<吸臭石きゅうしゅうせき>のことなども相談に乗ってもらいたいと思っていたのだ。組合でもあれこれアドバイスをもらったが、同じ獣人族で工房を構える者としての意見も聞きたいところだ。


 そんなにゃん太の耳に嫌みったらしい声が聞こえてきた。

「なあ、あんたさ、男なのに女みたいにしゃべるんだなあ」

 ひとりだけではなく、同じような内容が別の声で続く。

「気持ち悪いやつだな! 女みたいに化粧品を使っているんだってな!」


 誰かが誰かに絡まれているのか、と思っていると、そんな科白も聞こえてくる。化粧品、という言葉に、反射的に目をやる。


「立派な筋肉を持っているってのによお、宝の持ち腐れってやつだな」

「お、おまえ、ちょっと賢いこと言いやがって」

 げらげら笑うのは獣人族だ。まだ若い猛獣人族が複数人が他の種族の獣人を囲んでいる。通りを歩く通行人は不快気に眉をひそめて通り過ぎる。

 にゃん太は思わず足を止めた。

 カン七だ。若い猛獣人族の真ん中にいるのは、にゃん太が知るカンガルー族だった。


 カン七をからかう者たちは獣人族の中でも猛獣と称される種族で、比較的若い者たちだ。にゃん太とて、他の通行人たちと同じく、目を逸らして足早に立ち去りたい。

 でも、ふとした拍子にこちらを見たカン七と目が合ってしまった。この場合、すぐにその場を離れを呼て、助けびに行くのが最善策だ。でも、目が合ったにもかかわらず、にゃん太がきびすを返せば、カン七は傷つく。そして、絶望するかもしれない。それに、あいつら、カン七のことを馬鹿にした。にゃん太はさんざん可愛いとか仔猫ちゃん呼ばわりされていて、そういったことがどれだけ嫌な気持ちにさせるか知っていた。

 だから、勇気を振り絞って一歩前へ出た。


「あんたたち、なにをやっているんだ」

「あぁ? なんだあ、お前。猫族のちびっ子が俺たちになんの用なんだよ」

「あんたたちに用はないけれど、そっちのカンガルー族にはあるんだ。カン七さん、ちょうど良かった。店に行こうと思っていたんだよ」

 前者を猛獣人族たちへ、後者をカン七に向けて言う。


「そ、そうなの? でも、それは後でも良いんじゃあ……」

「そうだぜ。俺たちが先に話していたんだ」

「なんだあ? 男オンナのお友達は可愛い仔猫ちゃんってのかあ?」

 猛獣人族たちは冒険者のようで、新人ではなくなったかな、くらいのこなれ感があった。


 猛獣人族たちはにゃん太をも小突きだした。良く無い兆候だなと事態を見て取っていたにゃん太は次第に激しくなるちょっかいを冷静に見極め、わき腹を強く突かれるのに合わせて身を引く。同時にうめき声をわざとあげ、その場にうずくまる。


「ちょ、ちょっと、止めなさいよ」

 慌ててカン七が間に入ろうにも、猛獣人族たちがはばむ。

「あぁん? 俺たちはなにもしていないだろうがよ」

「そうそう。ちょっと触れただけじゃん」

 にやにや笑いながら言う。


「おい、なにをやっているんだ!」

「おお、次から次へと。今度は誰だあ?」

「げっ、トラへいさん!」

 通りの向こうから猛スピードで駆け付けたのは猛獣人族の冒険者だ。カン七を囲む者たちよりも年上だ。無謀なにゃん太とは違って、誰かが知らせたのだろう。


「こんなところでもめ事を起こすなよ。おい、あんた、大丈夫か?」

「え、ええ、アタシはね。ただ、」

 カン七は助けがやって来たことに安堵して、にゃん太の傍に近寄って様子を見る。今度はトラ平がいるから、カン七の邪魔をしてこない。


「げっ、にゃん太ちゃんじゃねえか!」

「にゃん太ちゃん? トラ平さんの知り合いっすか?」

 トラ平の慌てた様子に猛獣人族の若者たちが一歩後退る。


「無事か?! 無事なのか? なあ、おい!」

「だ、大丈夫」

 にゃん太は両前足で腹を抱えながら顔を上げる。身を引いたことから、衝撃を最小限に抑えた。突いていた方もいたぶる快感に相手へのダメージがどんなものか、測り損ねていたのだから、冒険者としてもそうたいしたものではないだろう。


「良かったわあ」

「本当に、命拾いしたぜ」

「誰なんっすか、そいつ?」

 カン七がほっと息をつき、トラ平が冷や汗を拭い、猛獣人族の若者たちがけげんそうにする。


「ばっか、おまえら、誰に突っかかっていると思っているんだよ! にゃん太ちゃんだぞ! 特攻されるわ!」

「はあ? ……誰だよ」

 トラ平の勢いに気圧されつつも、けげんそうだ。


「いや、猛獣人族の上もにい也さんに加担するか。お前ら、自殺志願者なのか!」

 前半をひとりちて、後半を猛獣人族の若者たちに向けて言う。

「にい也さんって、あの?」

「そう、あの猫族の。んで、にゃん太ちゃんはにい也さんの息子だ!」

「……!」

 猛獣人族の若者たちはそろって絶句する。しかし、格好をつけようと踏ん張った。自分たちはもう新人冒険者ではないという誇りがあったのだ。

「ふ、ふん。父親の威を借りる弱虫め!」


「お前ら、本当になにも知らないんだな!」

「な、なんだよ」

 にい也は猛獣の獣人族でさえ一目置く有名冒険者だ。それ以外になにかあるのか、と目に恐怖が浮かぶ。


「にゃん太ちゃんは錬金術師だ」

「へん、戦う力がないんだな」

 強がる獣人に、こいつ、本当にどうしようもないな、とばかりにトラ平はため息をついた。


「にい也さんが溺愛しているから、他の獣人族の長やその家族とも面識がある。特に腕の良い獣人の錬金術師というのは貴重な存在だ。しかも、工房で下っ端じゃないんだぞ。これがどういうことを意味するのかわからないのか?」

 分からないらしい。獣人族の若者たちはきょとんと目を丸くしている。トラ平は面倒見良く懇切丁寧に説明してやることにした。軽はずみな行動をする者にはしっかり言い含めておかないと、今回のような暴挙はいつまで経っても減らない。これは中堅冒険者の役割だと自認している。


「どんなに強い獣人でも老いる。あるいは怪我をしたり病気になったりする。そういった困窮したときに足元見られて吹っ掛けられたり、無理難題を押し付けることがない錬金術師だってことだよ。下っ端じゃないから、にゃん太ちゃんの裁量でわざわざ症状に合わせた薬を作ってくれるんだぞ」

 既製の薬に頼ることなく、相手の具合を見ながら、処方する。

 にゃん太が錬金術師となる前からにい也を通じて既知を得ていた者もいれば、猫の錬金術師の噂を聞きつけて、にい也につなぎをつけてほしいと頼ってきた者もいる。

 そうして、にゃん太は獣人族の薬の処方をした。


「患者の中には長や前長もいる。虎太郎こたろうさんやヒョウさん、シシ雄さんなんか、めっちゃ可愛がっているんだぞ! あの人ら、にゃん太ちゃんの言葉なら聞くんだからな。だから、他の獣人たちなんて、あの人らの頑固さに困ったら、にゃん太ちゃんを頼ることもあるくらいなんだぞ!」

 虎太郎は虎族の長で、ヒョウ次は豹族の前長、シシ雄はライオン族の長だ。さんざんからかってきた猛獣人族の若者たちの中には虎族もいれば豹族も、ライオン族もいる。傍若無人な彼らも、長には敬意を払う。


「……!!」

 猛獣人族の若者たちは言葉もない。彼らも腕に自信はあるが、目の前のトラ平はもちろん、虎太郎やヒョウ次、シシ雄の足元にも及ばない。


「それだけじゃない」

 トラ平は言葉を切って真剣な顔をする。

「ヒョウ様もにゃん太ちゃんがお気に入りだ」

「……っ!!」

 ヒョウ華はヒョウ次の妹で、現役の冒険者であり、多くの獣人冒険者の憧れである。信奉者も多い。

 自分たちがどんな獣人にちょっかいをかけたのか、ようやく悟り、青ざめた。そして、一目散に逃げ出した。その背中に、トラ平はこれだけは、と主張しておいた。

「お前ら、俺はにい也さんからかばえないからなー!」

 トラ平も命は惜しい。


「にゃん太、虎太郎さんたちの名前を出せば、あいつらもすぐに引き下がっただろうに、どうしてしなかったんだ? まあ、ヒョウ華様の名前は出しにくいだろうけれどさあ」

 ようやく立ち上がったにゃん太に、トラ平が聞く。にゃん太がいないところでは「ちゃん」づけなんだなあ、と微妙な気持ちになる。


「にゃん太ちゃん、そんな上層部の獣人たちと知り合いなの?」

 一方、カン七は面と向かって「ちゃん」づけである。初め聞いたときはぎょっとしたものの、それを許してしまえるおおらかな雰囲気があった。カン七のおおらかさは相手に伝染すると思っていたのだが、先ほどの獣人族には通用しなかったらしい。

 そのカン七は助けられた礼を述べつつも、驚いている。


「うん、父ちゃんを通してね。でもさ、そんなすごい獣人の名前を借りるなんて、ちょっと格好悪いもん」

「いや、出せよ。出さなくてにゃん太が怪我でもしたら、にい也さんが怖いわ。全面戦争だわ。虎太郎さんたちもにい也さんに加担するわ」

 一大勢力である。一体、なにと戦うというのか。ドラゴンか。


「え、やだ、怖い、にゃん太ちゃん、意地を張らないで、安全に過ごしましょうよ」

 カン七は怯えて後ろ足に比べて短い両前脚を震わせる。

「う、うん」


 ともあれ、同じ猛獣人族としての詫びだと言って、トラ平がにゃん太とカン七に食事をごちそうしてくれた。

「あいつらは改めてきつく締めあげておくからな」

 料理店で向かい合って座るトラ平が言うのに、それを断って、代わりに協力してほしいことがあると持ち掛けた。

「いいが、なにをするんだ?」


 カン七も同席していることだしちょうど良いとばかりに、にゃん太は<吸臭石>のモニターを頼む。試作品をいくつか渡し、使い心地や改善点があれば教えてほしいと話した。トラ平は予想外の反応をした。

「そうか! できたのか!」

「え? どうしてトラ平さんが知っているんだ?」

 つい先ほど、錬金術師組合で<吸臭石>の取り扱いに注意するように言われたにゃん太だったから、警戒が心に湧く。


「フェレ人っていうフェレット族がそんなことを言っていたんだ」

「トラ平さん、フェレ人さんを知っているの?」

 そういえば、にゃん太がフェレ人や羊彦に回復薬や解毒薬の臭いをなんとかしたいと話したのだ。秘密というのはこうやって何気ない言葉が伝わっていくことで、易々と露見してしまうものなのだと身をもって知る。


「こないだの大規模依頼のときに知り合ったんだ。にい也さんと話していてな」

 トラ平はまだ若く小柄であるにもかかわらず、フェレ人はすばらしい活躍をしたと話した。

「あらあ、すごいわねえ」

 カン七は感心するが、にゃん太は先ほど猛獣人族に突かれた以上の痛みを感じた。


 ハム助しかり、フェレ人しかり、すばらしい能力を持っているのに、身体の大きさというものがハンディキャップとなっている。特に、ハム助から聞いたことはずっと心に引っかかっていた。危急のときも逃げるのにもひと苦労だ。ハム助にとっては、工房も畑も広大なのだ。

 にゃん太がなにかしたいと思うのは、彼らがそんな不利に負けず、頑張っているからだ。頑張ったら相応のものを手にしてほしいではないか。


「任せておきな。そうだな、色んな種族で試した方が良いだろう。あと、経験の深い浅いが違う冒険者にもしておくな」

「あら、トラ平さんって顔が広いのねえ。すごいわあ。だったら、宣伝もいっしょにお願いしたいわね」

 カン七はおっとりとした話し方で褒めつつ、しっかり宣伝も頼む。にゃん太は心の中でその気遣いに感謝した。

「おう、任せておきな。なに、使ってみたら、みんなすごいすごいって言いふらすから、宣伝してくれって頼む必要もないだろうがな!」


 にゃん太は加えて、収益の用い方についても相談を持ち掛けた。世事に長けた有能な事業主であるカン七のアドバイスをもらうこともでき、にゃん太としては災難を超える収穫があった。


「おお、にゃん太、そんなことまで考えていたのか! そっちの方もまとめてみんなに話しておくわ。いやあ、ついこないだまで可愛い仔猫ちゃんだったにゃん太がねえ。大したもんだ!」

 トラ平がしきりに感心する。

「いや、そんな、俺ができることなんて、大したことじゃないんだけれど、」

 幼いころを知られている者に手放しで言われ、にゃん太はむにゃにゃと口ごもる。

「ううん、そんなことないわよお。本当にすごいわ。アタシも協力するからね」

「うん、ありがとう。頼りにしているよ、ふたりとも」

 にゃん太が感謝をこめてふたりを見ると、トラ平もカン七も笑顔で頷いた。


 さて、後日のことである。

 カン七とにゃん太に絡んだくだんの猛獣人族の若者冒険者たちは次第に精彩を欠きつつあった。どの店に行っても嫌がられ、同年代の獣人たちから顔をしかめられるのだ。

「あいつらって、」

「たま絵さんが、」


 トラ平はにい也や猛獣人族の上層部のことばかり気にしていたが、にゃん太が帰る家にはたま絵がいた。弟の腹の毛並みがえぐれていたこと、問い詰めても言いたくなさそうにしていたことから、独自で情報を集め、事実にたどり着いた。すばらしい情報収集能力である。


 友と弟の双方にちょっかいをかけた者たちに、たま絵は静かに怒った。そして、絡んだ猛獣人族たちと付き合う者とは自分は交流を持たないと宣言した。ただ、それだけだ。しかし、その宣言ひとつで、彼らは徐々に忌避され心理的に追い込まれていった。


「やりすぎないでよお」

「あら、わたしはひとこと言っただけよ」

「そうなんだけれど。———それよりも、にゃん太ちゃん、猛獣人族の腕に覚えがありそうなやつらに敢然と立ち向かってくれたわ。わたしなんて、震えてなにもできなかったのに。格好良かったわよお」

「にゃふふん。それでつつかれてうずくまっているようじゃあ、まだまだね」

 たま絵はそうは言うものの、弟が勇気を出して友を救おうとしたということに誇らしい気持ちでいっぱいだった。カン七はそんなたま絵の心が手に取るように分かったので、「仲の良い姉弟ねえ」とほほえましげに眺めていた。


 さて、今回の一件がにい也の耳に入ったかどうかは定かではない。ただ、ティーア市では今のところ大きなもめ事が勃発せず、平穏であることだけは分かっている。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ