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12.薬の臭いをなんとかしたい2

 

 アルルーンの栄養剤の調合を間違えた一件で、アルルーンたちはにゃん太に対して怒りはしなかった。それよりも自分たちがもっとにゃん太を支えなければ、と奮い立った。


 こういう他者から「なにかしてあげよう」という気持ちを向けられる点において、にゃん太は非常に恵まれていた。愛情を一心に受けて育ち、それを注がれることを真っすぐに受け止め、自身も他者にそうすることができる。それは案外、難しいことだ。


 アルルーンたちは魔力を持ち自在に動くことができる植物だ。それがじいちゃんに育てられることによって、自我を持つに至った。工房の畑にいるアルルーンは野のアルルーンと劇的に違い、明確な動きによって意思を伝えるにいたった。


 そこへ、にゃん太が現れ、じいちゃんの錬金術に興味を持ち、教わるようになった。レシピ帳を読めるように文字も習った。アルルーンたちはじいちゃんと同じく、にゃん太を好んだ。だから、にゃん太が訪ねて来ると、いそいそと畑から出てくる。そして、にゃん太がじいちゃんに教わることをアルルーンも学んだ。そうして、文字が読めるようになり、錬金術のことも知り、にゃん太がじいちゃんに教わったことのうち、あまり使わないようなことやちょっとばかり難しいことを忘れても、アルルーンはしっかりと覚えていた。


 つまりは、にゃん太と同じくじいちゃんの弟子でもあったのだ。じいちゃんもまた、常識にとらわれることなく、アルルーンを追い払うことなく、乞われるがままにあれこれ教えた。そして、土の中の領域について、アルルーンは詳しかった。アルルーンの魔力がそれを可能にした。大地は繋がっている。海にもぐってもずっと続いて別大陸へ至るのだ。


 にゃん太の話を聞いていたアルルーンたちが息ぴったりにわっさとうなずき合い、根っこでつんつんとつつく。

「うん? なんだ?」


 別のひと株が広げたレシピ帳を根っこでせっせと指し示す。

「これを作ってみろと言っているんじゃないか?」

 ケン太はにゃん太以外では一番アルルーンと接する機会が多い。ふだんから水をやったりしているものだから、いかな貴重な植物とはいえ、おくすることなく近づく。


「あ、これなら、薬の品質を上げるのに役に立つかも」

 じいちゃんも使っていた、というのに、みなは沸き立った。しかし、にゃん太がそれを知りつつ、自身が使わなかったのには理由がある。


「ただ、この素材、見たことないや」

「あー」


 錬金術の難しさはここにある。どれほど才能があっても、必要な効力を発揮する素材がなければ、行使することができないのだ。知識があり、腕の良い者であれば、別の素材から同じ結果が得られる成分を抽出し、用いることができる。そうするには、膨大な知識量と相当の腕前、そして経験となにより度胸と根気強さが必要だ。茫漠とした多種多様な事象から見出さなければならない。


 にゃん太は知識量と経験が決定的に不足していた。

 そして、同時に、にゃん太には協力してくれる者たちがいた。彼らはにゃん太の不足を補ってくれる。


 アルルーンのひと株が<錬金術素材一覧>をぱらぱらとめくり、目当てのページを開いて見せる。

「うん? これを使えって言うのか?」

「これを使ってどんなものを作るの?」

 ケン太とたま絵が口々に言う。みい子とハム助は遠慮が勝つが、それでも興味をそそられている。


 アルルーンは本棚のところへ行き、あれ、あれ、と根っこで指示して見せる。自分で取らないのは、上の棚にあるからだ。にゃん太が抱き上げると、根っこで本を指し示す。

「これ?」

 わっさ。

 アルルーンが頷いた。


 じいちゃんのレシピ帳を抜き出して台の上に置いてみんなでのぞき込む。アルルーンが開いたページの一部を指し示す。

「植物の栄養剤だな。特別な香りを発するようになるのか」

 にゃん太は概略や効能、作り方を順々に読み上げて行く。

「昆虫?」

「あら、これって?」

「これか!」




【遠くまで香るクローブ】

 鎮痛、防腐、殺菌作用がある。

 遠くまで香るという百里香という別名がある。

 バニラのような甘くもったりした香りと言う者もいれば、スパイシーな鼻腔を刺激する香りという者もいる。……正反対である。



<錬金術素材一覧>にそう説明されている【遠くまで香るクローブ】に、じいちゃんのレシピ帳に載っている栄養剤を使えば、特定の昆虫を誘引する香りを発するようになるとあった。

「【遠くまで香るクローブ】なら畑にあるぞ」

 今やじいちゃんの畑の分布図を見なくてもなにがどこに植えられているか把握しているケン太が言う。ちなみに、にゃん太は分布図は把握していないが、その植えられている植物にどんな栄養剤を与えるかというメモ書きの方を覚えている。


 アルルーンは畑に植えられている薬草で解決策を示してくれたのだ。

 にゃん太はさっそく特別な香りを発する栄養剤を作って【遠くまで香るクローブ】にかけた。

「どのくらいで効果が出るかしらね」

 先程、急いてはいけないと言ったばかりのたま絵がため息をつく。


「待つ間に他のことをしようか」

 にゃん太がそう言うと、アルルーンが動き出した。横一列に整列して、根っこの先をそれぞれ繋ぎ合せ、緑の葉を左右に大きくゆっくり揺らす。

 わーっさ、わーっさ。


「なんだなんだ?」

 もうすっかりアルルーンに親しむケン太は彼らの引き起こす不思議事象を満喫する気満々だ。ハム助はおろおろとし、みい子は驚いて目を丸くする。


「止めた方が良いかしら?」

「ううん。そのままで。ここはアルルーンに任せる」

 たま絵の言葉を、アルルーンを見やりながらにゃん太は否定する。たま絵はそれ以上言わずに、同じく見守ることにした。


 植物はアルルーンに促されて、栄養剤をもとに特別な香りを分泌する。それらは風に乗り、辺りにただよう。

「あ、なんか匂いがする」

 真っ先に気づいたのはケン太だ。鼻をうごめかしながら顔をあちこちに向ける。

「本当だ」

 にゃん太もたま絵も、みい子も気づく。遅れてハム助も。


 アルルーンが葉を揺らすのを止めた。

「ありがとうな、アルルーン。これで、昆虫が来たら、それを捕まえて液をもらおう。お礼に植物の蜜を渡そうな」

 わっさ。

 アルルーンは大きく葉を揺らして頷いた。


「じゃあ、交代で昆虫が来るのを待つか」

「夜はわたしが担当しますよ。夜行性ですから」

「でも、ハム助さん、俺たちの生活に合わせてすっかり昼間に行動しているじゃないか」

 猫族は薄明薄暮性、つまり夕方や明け方に活発になるが、街で暮らすうち、すっかり昼間に行動するようになった。その方がなにかと便利が良いからだ。

 犬族も猫族と同じく夜目が利くし、もともと視覚よりも嗅覚の方が鋭敏だ。街暮らしをするにつれて、だんだん視覚も発達して行き、逆に嗅覚は雑多な臭いがたちこめる暮らしに慣らされてはいる。

 あれこれ言い合っているうちに、問題は解決した。


「あ」

「来た」

「網、網! 捕まえろ!」

 アルルーンが相当頑張ったのか、その励ましに植物が応えたのか、目当ての昆虫が飛んできた。性急なたま絵もびっくりな短期解決である。


 そうして、【遠くまで香るクローブ】に栄養剤を与えて特別な香りを発せさせ、その匂いにつられてやってきた昆虫が分泌する液を手に入れるに至った。


「これが薬効を向上させるのかあ」

 にゃん太が液を用いて早速薬を作りに取り掛かる。

「アルルーンは植物だけじゃなく、虫についても詳しいんだな」

「植物と虫は密接な関係がありますからね」

 ケン太とハム助が労いの蜜を昆虫にやる。


「アルルーン様々ね」

「本当に。こんなにとんとん拍子に進むなんて」

 たま絵とみい子は薬作成に必要な素材の処理を手伝う。


「アルルーンたちはにゃん太が大好きだからなあ」

「にゃん太さんの人徳ですね」

「アルルーンたちに支えられているのね」

「アルルーンって栽培に成功しているのはここだけなんですよね?」

 ケン太が腕組みし、ハム助が目を細め、たま絵は片前足をほほに当て、みい子がすごいことだと両前足の肉球を合せる。


 ハム助が後で、「こんなに優しい場所で過ごせるなんて。がんばってティーア市を目指して本当に良かったです」と言っていた。

 戦う術を持たず、小さい部類の獣人であるハム助からしてみたら、ティーア市に至る道のりは遠く険しく、それこそ命がけだった。

 にゃん太の心にそのことがずっと引っかかっていた。ハム助は工房で自分の特性を活かして活躍している。だったら、他のハムスター族もそうできるはずだ。




 アルルーンの指示に従って動くうち、ふとにゃん太は以前、同じようなことをしたなと思い出す。

「そういえばさ、アルルーンに言われて畑のハーブに<ハツラツのミントの栄養剤>を使ったよな」

「<ハツラツのミントの栄養剤>をかけたハーブは成長が早かったぞ!」

 後で畑を見に行くと、ケン太が言っていた通り、株分けが進み、たくさん育っていた。さらに後日、それらを使って錬金術を行使してみたところ、品質もワンランク上のものができあがった。


「そうそう、その前には【あわてんぼうのメリッサ】と【ぶっきらぼうのミント】にも、<頑固なホップの栄養剤>と<にやけたホップの栄養剤>をかけた。あれはどうなんたんだ?」

 にゃん太に、アルルーンたちはもじもじと根っこ二本の端をつつき合わせたり、葉をわさわさと揺らした。


「あ、もしかして。お前たちの好きな栄養剤の素材になるんじゃないか?」

 ケン太の言葉に、アルルーンたちは一斉にわっさと緑の葉を上下させた。

「ははは、ちゃっかりしてらあ」

「いや、でも、自分の好みを分かっていて、それをどうやったら作れるのか知っているのはすごいことですよ」

 ケン太が朗らかに笑い、ハム助は感心して見せる。

「まあな。それで元気になってくれるんなら、ありがたいことだよ」


 羊彦は幼いフェレ人の好き嫌いに手を焼いたと言っていた。にゃん太はアルルーンを守り育てるとじいちゃんに約束した。アルルーンが自ら必要な物を教えてくれるのだから、手が掛からないと言えよう。


「よし、じゃあ、そっちの方も様子を見て、栄養剤を作っちゃおう」

 にゃん太がそう言うと、アルルーンたちは嬉しそうに葉を揺らした。

 自分たちのために動く。そのために知識を身に着ける。

 ケン太はにゃん太とアルルーンとのやりとりを見て、羨ましく思う。

「俺もじいちゃんの畑の分布図の文字が読めるようになったけれど、レシピ帳や素材一覧とか読めるようになりたいな」

 ケン太の言葉に、ハム助がもぞもぞ身体を動かし、みい子がそわそわする。

「もしかして、ハム助さんやみい子さんも?」

「でも、貴重なものでしょうし」

 ケン太に、ハム助がそんな大それた望みは、と慌てる。


「いや、いいよ。工房はみんなでやっているんだもの。それに、こんなにたくさんあったら、俺だけじゃあ探しきれないよ」

「そうよね。ひとりで覚えなくても、他の人がなにかそれらしいことがあったなと思いだすことができて、そのページを見られれば良いんだもの」

 ちょうど、アルルーンがそうやったように。たま絵も自分もにゃん太の役に立ちたいと思った。

 にゃん太ひとりで抱え込まずに、みんなで手分けしようというたま絵に、他の面々が頷く。


「じゃあ、文字を勉強して、みんなで読もう」

 じいちゃんのレシピ帳は錬金術師にとっては黄金にも等しい貴重なものだ。けれど、工房はみんなで運営するのだ。だから、にゃん太はそう宣言した。

 ハム助もみい子も、貴重な資料を読むことができるとあって、意気盛んだ。


 にゃん太は引き続き、今度は薬の臭いをなんとかする方策を探さなければならないので、文字を教えるのはたま絵が行うことになった。


 ケン太は複雑だった。

 じいちゃんのレシピ帳を読めば、植物についていろいろ知ることができる。けれど、あこがれのたま絵に自分ができないことを教えてもらうのは格好悪い。それでもたま絵といっしょに過ごすことができる。そういったさまざまな感情がケン太の心の中でせめぎ合う。


 にゃん太は、「姉ちゃんはずっと弟扱いしていたんだから、今さら格好悪いのなんだのは考えなくて良いのに」と思ったことはそっと心の中に留めて置いた。


 さて、他の者たちが文字の勉強にいそしむ間、にゃん太は本丸に取り組んでいた。

 回復薬の飲むタイプは吸収力を上げる成分を含んでいるが、火急の際には塗り薬が必要だ。体内に入って内部から回復力を上げるよりも、患部に直接かける方が早く作用する。

 冒険者などは患部にあびせかけ、即座に戦闘に戻ることもある。この時、臭いがきついと、他の臭いを嗅ぎ分ける能力がにぶる。臭いで世界を認識する獣人にとっては文字通り痛手である。

 これが飲み薬ならば、羊彦がやったように、他の食べ物に混ぜ込むことも良いだろう。

 しかし、飲み薬は効き目が表れるのに時間がかかるのだ。喫緊の薬効を必要としている場合にはそぐわない。


「にゃぅぅん」

 にゃん太はうんうんうなりながら、片っ端からレシピ帳を繰って行く。

 台の上に乗ってきたアルルーンたちもそれぞれレシピ帳や錬金術素材一覧のページをめくる。

 そればかりをしているわけにもいかない。

<魔力ランプ>の在庫が少なくなり、錬金術に取り掛かる。



 【ふつふつ光る水滴石】

  水滴のようにふつふつと粒が集まったもの。暗いところで光る。

  魔道ランプに用いられる。


 【おちゃめなスライムの粘液】

  数多あるスライム種のなかでもとびきりおちゃめな種族が発する粘液。



【ふつふつ光る水滴石】を細かく砕き、ふるいにかけたものと【おちゃめなスライムの粘液】を乾燥させてこちらも粉末にしたものを溶媒と混合剤とで混ぜ合わせる。それを塗布した魔力伝導体に魔力を通すと、発光する。これを内蔵したのが<魔力ランプ>である。


 スライム粘液は単体では用いられることは少なく、他の素材と混合することで様々な用途に用いられる。【おちゃめなスライムの粘液】は【ふつふつ光る水滴石】の発光を助ける働きを持つ。<魔力ランプ>のような定番アイテムに使われるため、その用途で定着している。


 そんな風にして数日、試行錯誤をして過ごした。

 その日は夕食の後もなんだか気になって、工房に灯りをともした。

 アルルーンたちは畑に戻って行ったので、いまはにゃん太ひとりだ。

「薬効は上がったんだけれどなあ。肝心の臭いの方がなあ」

 そんな風にため息をつきながら、薬効を上げるにいたった【遠くまで香るクローブ】の説明をなんとはなしに読む。



 【遠くまで香るクローブ】

  鎮痛、防腐、殺菌作用がある。

  遠くまで香るという百里香という別名がある。

  バニラのような甘くもったりした香りと言う者もいれば、スパイシーな鼻腔を刺激する香りという者もいる。……正反対である。



「遠くまで香る、か。逆に臭いが留まるものってないかなあ」

 そう、【遠くまで香るクローブ】が正反対の香りを持つように。

「正反対……そうか、臭いを吸い込ませるのはどうだろう。それに、なにも薬自体の臭いを封じ込めなくても良いんだよ」

 臭いを吸い込ませる魔道具を作れば良い。なにも、錬金術師は薬だけを作るのではない。

「そうと決まれば!」

 にゃん太は臭いを吸収する魔道具やそういった役割を果たす素材を探した。





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