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1.猫の錬金術師工房


「茶トラ白」「猫」「画像」で検索してみてください。

とても可愛いです。

このお話はそんな毛並みをした猫族の獣人のお話です。

 


⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜


  錬金術は世界の神秘を解き明かす学問だ。 

  錬金術師よ、忘れるな。

 「錬金術師の心意気」、「錬金術師の意地」そして、「錬金術師の誇り」を。



⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜




 豊かな国ユールの地方都市ティーアでは人や獣人族がいっしょに暮している。獣人族は人と動物の両方の特性を持つ。二足歩行し、器用に前足を操ることができ、言葉も交わす。


 大通りには馬車や荷車が通り、商品が並ぶ店や工房が連なる。そこから一本入った筋をさらに進んで角を曲がった先に錬金術師の工房がある。たどり着く前に良い匂いのするパン屋やつやつやした果物を売る店があって目移りする。


 一番賑やかな場所から少し離れているから、敷地は広く、裏手に畑を持つ。

 そこは猫の錬金術師の工房だ。


 工房の持ち主の猫族のにゃんは茶トラ白だ。ぴんと先がとがった三角耳、鼻筋と腹や足が白い茶トラ柄だ。肉球や鼻の色がピンクなので「可愛い」と言われることはあっても格好良いと言われることはないのがやや不満である。


 錬金術工房は露地沿いの正面玄関を入れば、客対応するためのカウンターと棚のある店となっている。その奥の部屋は大きな間取りとなっているが、錬金釜や台、炉、すり鉢やすり棒、ふるいなどといったさまざまな器具が置かれているので、広さは感じられない。

 

 にゃん太は火にかけた釜に溶液や薬草、鉱物を入れて薬を作っている。台の上のまな板には刻まれた薬草の残りが、すり鉢にはすり潰した鉱物の半分が入っている。


 この工房は元は人間の持ち物で、それを譲り受けた。だから、人間サイズで設計されている。猫族でも標準の体長であるにゃん太は台の上に乗ることになる。

 錬金釜を柄杓でかき混ぜながら、「んーにゃっにゃっ、んーにゃっにゃっ(ワルツ調)」と鼻歌を歌っている。


 裏手には前の工房の主が大切に育てていた畑があり、にゃん太の友だちである犬族のケンが手入れしている。鍬を土に突き立てながら、汗をぬぐったケン太はにゃん太ののんきなハミングを聞きながら苦笑する。

 ふだん、にゃん太は猫言葉が出てくるのを恥ずかしいと思っている様子だ。でも、感情が高ぶった時に出てきてしまう。誰も聞いていないよね、と左右を見回してほっとしているのを見かけると、ケン太はいつもにやにやする。


 にゃん太が錬金術師のじいちゃんから工房と共に受け継いだ畑にはハーブや薬草の他、不思議植物アルルーンが植えられている。そのアルルーンが濃い緑の葉を、にゃん太のハミングに合わせてわさわさと左右に揺らしている。育てるのが最上級難易度の植物アルルーンに、にゃん太のご機嫌さが伝染するのであれば、なるべく長く歌っていてほしいものである。


 ケン太はにゃん太の幼馴染だ。短毛で巻き上がった尾を持つ柴犬で、毛並みにトラ縞がないだけで色合いはにゃん太と似通っている。オレンジ色の毛に、口回りと腹、足先が白い。優し気な目にいつも微笑んでいるように唇の両端が吊り上がっている。


 近所に住む同年代の子供とあれば、種族が違っても接する機会は多くなる。これが人族だったら、親の教育方針で大きく左右されるが、同じ獣人である。

 しかし、にゃん太とケン太は顔を見あわせた当初、似たような名前なので名前のオリジナリティをかけて喧嘩した。

 姉のたまに言わせれば、「へなちょこのアンタが犬族に向かっていくなんて、無謀ねえ」というところだ。

 若気の至りというやつだ。にゃん太は今でも小僧っこ呼ばわりされているけれども。


 ともかく、フシャーっと毛を逆立てフゥフゥ息を吐き、団子状に揉み合った後、疲れ果てたふたりは夕暮れの河原で寝っ転がった。

 どちらからともなく、「やるな」「お前もな」と言い合った仲である。もちろん、空は暮れなずみ、茜色に染まっていた。そういうものなのだ。よくある若者の日常のひと幕だ。

 その日からふたりは無二の親友となった。


 にゃん太が錬金術師のじいちゃんの工房を引き継いだ時、畑の面倒も見ると約束した。にゃん太はじいちゃんから教わったので、錬金術はできる。じいちゃんは詳細なイラスト付きレシピ帳もたくさん残してくれた。だが、畑仕事はあまり得意ではないし、そこまで手が回らない。そこで、ケン太に声をかけた。悪友ケン太は穴掘りが大好きなのが高じてなぜか、畑づくりに関心がシフトしていた。


 にゃん太がふらふらしている(と思われているが、実は錬金術見学をしに工房に通っていた)間にすでに農家に弟子入りして手伝っていたケン太は当然、渋った。しかし、にゃん太が錬金術で作った薬を使えば、風変わりな作物を育てることができると知って、今はそれを楽しんでいる。


 にゃん太としても、ケン太とあれこれ話し合って品種改良したり、新しい作物を作り出すことに意欲を感じる。

 更に有り難いことに、ケン太は採取にも付き合ってくれる。その際の鎌捌きは相当なもので、にゃん太としてはずいぶん助かっている。




 にゃん太はいっしょに遊んでいた悪友のケン太が土いじりがしたいという目的を持って農業に携わるようになったころ、ひとりであてどなくふらふらしていた。

 目標がなく、なにをすれば良いのか分からない不安の中にいた。

 ティーア市は地方都市だけれど、大きい街だ。いろんな種族がいる。


 その日、にゃん太は初めて歩く路地を好奇心半分、おっかなびっくり半分で進んでいた。

 と、木製の扉の下の隙間からころりとなにかが転がり出てきた。

 習性でつい前足が出たにゃん太は自分がなにかの植物を抱えていることを知った。

「あれ、なんだ、これ。動く黒い大根? いや、かぶかな?」


 ツヤツヤの濃い緑色の葉、ゴボウのように黒い、丸っこいフォルムの先にはいくつもの根が生えている。驚いたことに、その変わった姿かたちをした植物は、動いた。しげしげと眺めていると、殴りつけるような声がする。

「おい、そこの猫畜生! そいつをこっちへ寄越しな!」

「畜生」というのは獣人に対する蔑称べっしょうだ。つまり、悪意のある呼び方だ。


 見れば、人族の男がいた。にゃん太はあまり人族とは接する機会がないが、大柄で嫌な目つきをしていた。

 どうしようと考えるまでもなかった。にゃん太の腕の中で黒い蕪もどきがぶるぶる震えているのだ。

「こいつ、植物なのに動けるうえに、考えたり感情があったりするのか?」

 そんな風に不思議に思いつつ、にゃん太はしっかと黒い蕪もどきをしっかと抱きかかえながらじりじりと後退った。

 蕪もどきはおびえている。そして、人族の男は荒っぽそうで感じが悪い。ここは逃げの一手だ。


「てめえ、言っている意味が分からないのかよ? おい、人間様の言うことを聞けよ!」

「なあ、お前、この扉の向こうから出てきたよな? ここがお前の家なのか?」

 にゃん太は男から視線を外さないまま、腕の中の黒い蕪もどきに話しかけた。すると、頷くように、わさわさと緑の葉が上下する。

「おお、俺の言うことが分かるんだな」

 話しかけたものの、これほど顕著に意思疎通するとは思わなかった。そうなってくると、丸っこいフォルムが可愛く思えてくる。


「無視するな! いいから、寄越せよ!」

 にゃん太が感激して視線を腕の中に向けると、男が激昂する。慌てて目線を戻す。


「じゃあ、この家の中に戻せば良い?」

 黒い蕪もどきは先ほどよりも激しく葉を上下に振る。

「分かった!」

 了承の言葉を合図に、にゃん太は跳びあがった。同時に、男も飛び掛かって来る。ちょうど良いとばかりに、その頭を踏み台にして、にゃん太はひらりと扉の上に跳び乗った。内側には畑が広がっていた。その一角に、腕に抱えた黒い蕪もどきと同じかたちの濃い緑の葉が茂っている。

 しかし、向こう側へ着地しようにも、眼に見えない柔らかい壁に阻まれる。侵入者避けの魔法が掛けられているのだ。


「ううん、どうやら、俺はこの先には入れないらしい。仲間の方へ放っても大丈夫か?」

 わさわさと腕の中の黒い蕪が葉を揺らす。

「そっか。たぶん、あの人間の男も中には入れないだろうから、大丈夫だ。なるべく、畑の柔らかそうなところに下ろしてやるからな」

 こっくりと葉を上下に揺らした黒い蕪もどきは、最後にきゅっと根っこでにゃん太の前足を掴んだ。なんだか、きゅんとした。


 だからだろう、黒い蕪もどきを畑に戻して怒り心頭の男から逃げおおせたにゃん太は、後日、様子を見に来た。また扉か塀の上にでも飛び乗って様子を見てみようと思ったにゃん太は、その扉が開かれたから文字通り跳びあがった。

「おお、アルルーンが言っておったとおり、素晴らしい跳躍力じゃな」

 ふさふさの真っ白いあごひげと眉毛の人間の老人が顔を出した。


「アルルーンって?」

「そら、先だって、泥棒から助けてくれたじゃろう」

「あ、もしかして、黒っぽい蕪みたいなやつ?」

「そうじゃよ」

「あいつ、面白いな! こっちの言うことが分かるし、頷くし!」

 アルルーンという蕪もどきのことを聞き、人族への警戒が薄れる。

「そうかそうか。まあ、中へお入り」

 老人はそう言って、扉を大きく開いてにゃん太を誘った。

「え、いいのか?」

 侵入者避けの魔法が掛かっていたはずだ。

「お前さんはアルルーンを助けてくれたからな。特別じゃ」

 そうして、畑の持ち主であり、工房の主でもあるじいちゃんとの交流が始まった。




 じいちゃんは錬金術師で、畑の向こうの建物はその工房である。じいちゃんの住まいもある。

 工房にはいろんなものがあって、訪れるたびににゃん太の好奇心を刺激した。歓迎してくれるのを良いことに、しょっちゅう遊びに来ては、工房でじいちゃんが錬金術を使うのを眺めた。

「面白いかの?」

「うん! とっても!」

 満面の笑みで言うにゃん太に、じいちゃんはまなじりを下げた。


「なあ、じいちゃん、これはなにを作っているんだ?」

「これはの、アルルーンたちが育つための栄養剤じゃよ」

「ああ、動く不思議植物だもんなあ。栄養剤も特別製なんだな!」

「にゃん太は錬金術に興味があるのか。どれ、ちょっとやってごらん。これをかき混ぜておいてくれるかの」

「いいよ。こう?」

「そうそう。上手じゃぞ」


 じいちゃんはおじいちゃんだけれど、結構な力があって、すり鉢にこぶし大の鉱物を入れて、すりこ木でガッガッと押し砕くと、ゴリゴリとった。一片の迷いもない。

「じいちゃん、おじいちゃんなのに力があるね」

「錬金術も料理も腕力が必要じゃからな!」

「あ、それ、たま絵姉ちゃんもよく言っている」

 比べて見れば、じいちゃんの素材処理の迷いのなさは姉たま絵の調理の様子と似ている。


「ほう、にゃん太のお姉さんかな?」

「うん。めっちゃ怖い。料理は上手いんだけれど、よく手伝わされる。そんで、あんたは非力ね!って言いながら、ごっりごり、がっしがっしと作っている」

「料理をする擬音とは思えんなあ。じゃが、だからかの。にゃん太が錬金術の下処理が上手いのは」

「え、そ、そう?」

「ああ、慣れればもっと上達するじゃろう。こっちもやってみるか?」

「うん!」

 じいちゃんは褒めることで、姉のたま絵は恐怖でにゃん太をこき使った。いわゆる、飴とムチである。

 でも、にゃん太はじいちゃんの「にゃん太や」という呼びかけるおだやかな声のトーンが好きだった。


 じいちゃんは死ぬまでの間にあれこれにゃん太に教えてくれた。

 じいちゃんは自分の死期を悟っていた様子で、しきりに育てていた特別な植物のことを気にしていた。だから、にゃん太は、自分が定期的にここにきて面倒を見てやると言った。断られるかな、と思ったら、じいちゃんはとても喜んでくれた。

「にゃん太や、この工房はお前さんに残してやろうなあ」


 そして、じいちゃんに本格的に錬金術を学んだ。

「まずはなにを教えようかねえ」

「そりゃあ、もちろん、アルルーンの栄養剤だろう?」

 にゃん太はアルルーンという特別な植物の面倒を、じいちゃんの代わりにみると約束したのだから、当然である。

 じいちゃんは目を細めて「そうじゃなあ」と何度も頷いた。それがアルルーンの仕草と似ていて、ああ、アルルーンたちはじいちゃんからコミュニケーションを学んだのだなと分かった。

 後から知ったことだが、じいちゃんは錬金術師組合に工房譲渡や工房主変更登録まで済ませていた。


 じいちゃんは腕の良い錬金術師だった。

 畑ではアルルーンの他、薬草やハーブなどを育てていた。

 初めて錬金術を成功させたにゃん太は「にゃにゃにゃーん」と興奮して鳴き声を上げた。

 にゃん太が工房に来ては錬金術を「んーにゃっにゃっ、んーにゃっにゃっ(ワルツ調)」と楽しそうにハミングしながら見ていたのを知っているじいちゃんは驚きはしなかった。


 畑にいるアルルーンたちもまた、工房の窓から届いて来る楽し気な鳴き声を聞いていた。そのハミングに合わせて葉を揺らしたり根っこを震わせたりしていた。じいちゃんはそれを見ていたから、にゃん太にアルルーンたちを託すのに不安はなかった。貴重な薬草であり、育てるのが難しいアルルーンたちは、にゃん太を怖がることなく親しみを持って接していた。


 そして、じいちゃんは永遠に旅立った。

 寂しくないと言えば嘘になる。

 でも、にゃん太はアルルーンたちや畑、そして工房を引き継いだのだ。あの人族の男のようにアルルーンを奪おうとする者がまたいつ現れないとも限らない。


 にゃん太は錬金術は得意となったが、畑仕事までは手が回らない。そこで、悪友のケン太に声を掛けた。

「ええ、俺、食べられるものを育てるのが専門なんだけれど」

「いいじゃないか。食べられるものもいっしょに育てたら。そのついでに薬草も育ててくれよ」

「そんな簡単にはいかないよ」

「それでも、土いじりなんてしたことがない俺よりは全然良いよ。それに、俺、どうしてもじいちゃんが育てていた畑をだめにしたくないんだよ」

「まあな」

 たまににゃん太に連れられて遊びに来たケン太をも、じいちゃんは歓迎してくれた。ケン太愛用の魔獣を倒す鎌は、じいちゃんが錬金術で魔力付与した特別製である。おかげでじいちゃんが欲しがる素材採取に、ケン太もついてきてくれるようになった。


「そうだ。俺、いろんな薬を作るからさ。いっしょに新種の植物を育てようぜ」

「お、未知の世界へチャレンジか。それ、いいな!」

 にゃん太は幼馴染だからケン太の好みは手に取るように分かる。にゃん太の誘い文句にケン太は易々と乗った。


 そうして、ティーア市の猫の錬金術師工房は今日も開店している。裏の畑には世にも貴重な植物が元気に育ち、工房の煙突からはもくもくと煙が立ちあがっている。そして、楽し気な猫族や犬族の鳴き声が聞こえてくる。特別ではない、けれどとてもかけがえのない日々が繰り広げられていた。






「猫の錬金術師の特別じゃない日々」は「錬金術師姉妹、日々ほのぼの」という話から派出しました。

 本文中で出てきた「ネコの錬金術師!」という言葉が自分に突き刺さり、ずっと「猫の錬金術師」が心に残っており、形になりました。

 そのため、作中では「錬金術師姉妹、日々ほのぼの」で既出の錬金術の素材が出てきます。

 時と場合によって用途や効能が違うこともあります。ご了承下さい。


 猫の錬金術師に加えて、アルルーンを初手から出しました。

 こちらも「錬金術師姉妹、日々ほのぼの」に出てきます。不思議生物として、わっさわっさと動いています。


 小説紹介でも書きましたが、この先、いろんな種類の獣人が登場します。

 名前がことごとく、「にゃん太」のような感じなので、ご承知おきください。


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[良い点] かわいいーーっ!猫の錬金術師なんて最高に刺さります。ありがとうございます! 柴犬のお友達まで…クルンと巻いた尻尾にめろめろですありがとうございます!
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