母の詩集
母と一緒に
久方ぶりに伯母家族の住む
遠方の母の実家を訪れた際
いつの間にか書庫になっていた
納屋の二階で
母が若かりし日に
読んでいたという詩集を見つけた
母はしきりに
「懐かしい」と
目を細め
私は色褪せた
箱入りの本をそっと手に取った
ビニールのカバーで
覆われたその詩集は
捲ると
埃と日向の匂いがした
「昔、どうしても欲しくて買ってもらったのよ」
フランスの詩人のその本を
今は亡き祖父母に
母はねだったのだという
その話を聞いた夜
私は伯母に
詩集を譲ってほしいと願い出た
母の思い出ごと
家に持ち帰りたくなったのだ
伯母は
「もともとあなたのお母さんのものだから」
と、快諾してくれた
帰りの飛行機
すうすうと寝息をたてる
母の隣で
私は母の詩集を読んでいた
程よい静けさと
窓から射す
眩しいくらいの陽
詰まった字はほどかれ
次第に画となり
浮かび上がる──
小雨と牧草地
その間を
教会の鐘の音が
細く響き渡る
振り返る少女の
白い喉
愛と愛の終わりと
生と生の終わり
灰色の空に
飛び立つ鳥は
小さな黒い点となり
そして捧げる
祈り、そして祈り──
これを読んでいた
少女だった頃の母は
異国の景色を
夢みただろうか
葡萄や麦の穂を
異なる暮らしの放つ
芳香を
感じたのだろうか
眠るその瞼が
まだ薄く
ピンと張りつめていた頃の母は
雪深い土地から
母は嫁ぎ
海を越えて
遠い
丸きり知らない
暖かな地へ
根を下ろした
私は
母が時々語る
母の思い出話が好きだった
思い出は語られ
母の温度を持つ
私はじっと
耳をすます
より鮮明に
より近しく
母の鼓動を聞くために
小さくなった
母の肩が
私の肩にもたれかかる
閉じられた重たげな瞼が
ぴくりと震える
いつかの
母が追った文字を
時を経て
ひとつひとつ
拾い上げる
重なる行為に
違う景色をみる
くぐもった声の
機内放送は
シートベルトの装着を
呼び掛けている
窓から
青空を切る翼が
真っ直ぐに伸びる
詩集は今、私の手のなかにある




