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第七話

「で、こっからどうする? クェスの街に戻るか?」


 食事を終えた後、そう切り出したのはアルだった。


 それがいいだろう。たださすがに今から出発するのはやめておこう。

 少し前まで倒れていたアンナ嬢の事はもちろんだが、俺たちも少なからず疲弊している。そんな状態で夜の移動はできれば避けたい。

 お姫様の無事と領主の乱心を伝えるのは早い方がいいだろうが、無理して街に辿り着けませんでしたでは意味がない。

 ……お姫様たちもクェスの街に戻るって事でよかっただろうか? 


「はい、そのつもりです。クェスはこの遺跡に一番近い街ですから」

「まあ行きは馬に乗ってきたんだけど……」


 馬は蟹の餌食になったのか……いや蟹の速度を考えれば逃げた可能性の方が高いか。まあどちらにせよ馬は戻ってこない事に変わりはないが。

 とりあえず夜が明けたら出発するという事でいいだろうか。


「ああ、二人もいいよな?」

「私は構いません」

「別にいいんだけど…………当たり前のように四人で街に戻る話になってるけど、アンタたちはいいの?」

「……? いいって、何が?」

「何がって……」


 アンナ嬢が、コイツ本気で言ってるの? と目で訴えかけてくるが、俺が言える事は二つである。

 アルは俺ほど上流階級の事情に通じていないから何の事を言っているのか本当にわかっていない。そして何だったらお姫様も首を傾げている。


「クリスはわかってなさい!」

「ふぇっ!?」

「で、アンナさんは何の話をしてるんだ?」


 アンナ嬢は俺たちに『厄介事に巻き込まれている彼女たちと一緒に行動しても問題ないのか』と言っている。

 今回の事件……敢えて『事件』と表するが、目的はわからないが領主であるクチーダが王女を害そうとした以上、貴族の一部が王家に反旗を翻したと認定される可能性は十二分にある。

 最低でもクチーダの一族には何らかの処分が下されるだろうし、芋蔓式にクチーダと繋がりのあった貴族たちも処罰されるかもしれない。領地が丸々一つ空くわけだからそれを巡って争いになる可能性もあるし、これ幸いと別件に飛び火していく事になるかもしれない。

 なんだったらこれを切っ掛けにしてこの国を割る内乱が起きる可能性だってなくはない。


「長い。簡潔に言ってくれ」


 程度の差はあれど、国内の権力争いが起きる。最悪戦争案件だ。


「なるほど……?」

「……さすがに大雑把すぎない?」


 大丈夫だ、問題ない。ここはまだ本題じゃないから大雑把でもいいのだ。


 それでそんな火種になり得る案件に、被害者であるお姫様とその侍従以外にどこの馬の骨かもしれない平民が二人関わっているわけだが、権力闘争の当事者たちの目から見たらそれがどう映るのか……見方はそれぞれ変わってくるだろうが、面倒事に巻き込まれるのは火を見るよりも明らかだ。もしかしたらどこかの貴族から命を狙われるようになる可能性もなきにしもあらず。

 もちろん褒賞やら名誉やらは貰えるだろうが、それ以上の政に関わる厄介事や柵に翻弄されることになるだろう。


「そんな……!?」


 アルは今驚きの声を上げたお姫様と異常に馴染んでいるが、俺たちは本来部外者だ。出会って一日も経ってない。

 面倒事を避けるためにこの遺跡で別れてもいいのに、そんな面倒事に巻き込まれてもいいのか……といった所だ。

 ……ところで、お姫様の理解具合が王族として少しマズイ気がするのだが、そこの所どうなのだろう。


「クリスは権力闘争とは縁遠い所にいたから……というかただの平民でそこまで頭が回るアンタもどうなのよ」

「……ああ、そうか! つまり……」


 少し遅れてようやく話を理解したアルが、この話の結論を口にした。



「────アンナさんは俺たちを心配してくれてるってことか」



 ────その通りである。


「違う!」

「えっ、違うの?」

「いや違わないけど、重要なのはそこじゃないでしょ!」

「え? じゃあ何を言いたいのかわからないんだが……?」

「今コイツが言ってたでしょ!? 面倒事に巻き込まれるのに一緒に行動してもいいのって!?」

「確かにアルさんたちに迷惑がかかるなら……」




「いや、面倒事が嫌だから誰かと行動しないって、おかしくないか?」




 当然のようにそう言ったアルの言葉に、アンナ嬢とお姫様の動きが止まった。


「俺は面倒事とか苦手だし厄介事もごめんだけどさ。そういう面倒がどうのっていうのでやりたいとかやるべきだと思った事をやめるのはちょっと違うと思うんだよ。アンナさんだってクリスと一緒に行動してるのは面倒事を避けたいから、みたいな理由じゃないだろ?」

「それ、は……そうだけど……」

「クリスだって、何だったら先に街に逃げていればよかったのに、アンナさんを助けようと危険を承知でここまで来たんだ。それは面倒事になるとかそういう理由じゃないだろ」

「もちろんです!」

「それと同じだよ。俺も同じようにお前たちの手助けがしたい。そう思ったからそうするつもりだ。面倒事がどうとか関係ないんだ」


 アルが言いたい事は正しい。だが言うのは簡単だが実際にするのは難しい事だ。

 自分が正しいと思った事でもうまくいきそうにないならやめておく、というのは一般的に行なわれている事である。

 正しい事だけやろうと思っても、実際にそうできることではない。

 だがこの男は当たり前のようにそれをやろうとする。そういう男なのだ。


「……で、アンタはどう考えてるの?」


 俺はアルならそういう結論になるだろうと思っていたので心構えくらいは出来ている。伊達に一緒に旅をしていない。というかそれが嫌ならそもそも君を助けていない。


「……アンタたち、お人好しにも程があるわよ……」

「ありがとうございます」


 とはいえ俺たちに出来る事といえば街まで一緒に行く事くらいだ。街までいけば後は衛兵……は念のため避けて教会に助けを求めればそれで大体解決するだろう。教会経由で王都まで連絡を付けるなり向かうなりすればそれで終わりだ。


「そういえばお二人はこの遺跡に何かの依頼で来られたと仰っていましたが、それはいいのですか?」


 ああ、俺たちの用事の計測器はさっき遺跡の安全確認をした時に回収済みなので問題ない。


「いつの間に……」

「手際良すぎない?」

「さすがだろ?」

「何でアナタが誇らしげなの……?」


 ちなみに武器も元兵士の剣を拝借している。まだ槍の方が使いやすいんだが残念ながら剣しか残ってなかった……まあない物ねだりは仕方ない。


「俺の剣も完全に溶けちまったからなぁ……とりあえずこれで代用するしかないよな」

「自分の攻撃で剣が溶けるって……やっぱり【天恵】持ちっておかしいわ」


 それ以上の火力持ちが何を言っているか……。


「ちなみに剣は苦手とおっしゃっていましたが、何が得意なんですか?」


 ナイフとか鉈とか鎌とか……あとは斧とか。弓もいけるぞ。


「何というか、その……」

「見栄えは悪いわよね。騎士には向いてないわ」


 実用的と言ってくれ。というか猟師の息子的には間違ってないのだ。あと弓は見栄えいいと思います。


「で、こっちは剣に盾にと騎士然としているわけよね」

「兜とかはしてないけどな」

「お二人は同郷なのですよね?」

「幼馴染だぞ」

「なんでこうも違うのかしら……?」


 故郷が同じだからといってそれで得手不得手は左右されないという証明だな。ちなみに受けた教育もそんなに変わらないはずだからその差でもないぞ。


「そうよね。こんなのがいっぱいいる村とか考えたくもないもの」


 おっと、アンナ嬢さすがにちょっと辛辣すぎませんかねぇ……? 


 むしろ猟師の息子と神父の息子と考えるとアルの方が学があってもおかしくないはずなのだが……そこは触れないでおこう。



 ……話を戻そう。



 一先ずは俺たちもいたクェスの街に戻るのが一番だろう。ここから一番近い街なわけだし。


 問題があるとすれば、クェスを治める領主こそが今回の黒幕だったという点だ。もしかすると領主の手の者がまだあの街にいる可能性もあるが……これもそこまで深く考える必要はないだろう。


「それはどうして?」


 この国の王女の証言を覆せる程の信用を領主の協力者が持っているとは思えないからだ。


 こういう時は互いの信用勝負になるが、今回重要になってくるのは大きく分けると国、民衆、教会の三勢力になる。これらに如何に信用してもらうかで勝敗が決まってくる。


「勝敗? 俺たちは本当の事を言うだけなのにそういうのが必要なのか?」


 本当の事が真実になるとは限らない、という事だ。とはいえ今回のケースで言えば問題にならないだろう。


 領主側は、はっきり言うと領民からの信用度は高くない。保身に走りやすいという点から税をため込む傾向にあった彼はあまり領民にその恩恵を返す事はなかったらしい。いざという時にも頼りにならない領主というイメージが強いらしく民衆からの支持率はそこまで高くない。あとは仮にも領地を任されている貴族だが、第三王女という肩書にはかなわないし、親教会派という立ち位置も教会の巫女には遠く及ばないだろう。

 対してお姫様の信用度は途轍もなく高い。単純に第三王女というだけでなく、教会の巫女として今まで様々な慈善事業や浄化作業に従事してきた事もあって国民人気も高い。教会も巫女であるお姫様に付くと考えたらどうやっても負けはない。


「だからどうして裏事情まで知ってるの……?」


 信用さえ得られればこちらの言い分は簡単に通るだろう。あとは国の威信を掛けられた騎士やら貴族やらがこの事件の全貌を明かしてくれることだろう。俺たちはある程度今回の一件が解明されたら国から褒賞を貰ってお終いだ。その後の事はまたその時に考えればいい。


「ちょっと他力本願すぎないか?」


 だが俺たちに出来るのは事実そこまでだ。少し腕っぷしに自信のあるぐらいのただの平民にそれ以上を求められても困る。


「そうね…………そうよね?」


 何故そこで疑問形? ただの旅人にこれ以上を求められても困る。


 とはいえそこまで心配することはないだろう。俺たちも王都に同行を求められるかもしれないが、それくらいは何ら問題ない。これ以上の事は今の時点ではどうにも予測できない。


「むしろ平民でそこまで考え付くだけでも大したものよ」

「クリスわかった? 俺よくわかんなかったんだけど」

「言おうとしている事は。ただ、信用勝負、というのがよく……?」


 ……お姫様純粋すぎない? 大丈夫? 


「け、権力闘争とは縁遠いから……!」


 お姫様本人が縁遠くても向こうから絡みついてくると思うんですが……あっ、これわかってる顔だ。アンナ嬢が代わりに何とかする覚悟をしてる顔だ。幼馴染が王族だと大変だなぁ。



 ……ところで、お姫様のアルの呼び方が名前から愛称に代わっていたんだが、いつの間に……? 



 ◆



 夜が明けてからの街までの帰り道は平和そのものだった。魔物とも遭遇することなく俺たちはある種ピクニック気分で歩みを進めていた。


 あまりに平和すぎて、長旅の際の荷物の持ち歩きが大変という話から、空間収納系の天恵・魔法の研究が進んでほしいという願望、そこからさらに話が飛んで通称『青狸』と呼ばれてる童話の結末が地域によって違うという話にもなったのだが、本当に些細な話である。王都周辺での『相棒の独り立ちを見守り去っていく』エンドが『青狸』の王道展開なのだが、俺たちの地域での『ネズミに喰い殺される』エンドはあまり知られていないらしく二人に大層驚かれた…………転生者視点からしてもネズミエンドは異端なのだが。


「『青狸』にそんな結末があったなんて……」

「ああいう童話って大元だと残酷な描写が多いって言うし、もしかしたらそっちが原話なのかも……?」

「俺は『実は青狸は黄猫だった』エンドが好きなんだけどなぁ」

「あれは流石に突拍子なさすぎない?」


 そんな雑談をしている内に街道に出てあとは道なりに行けば街までもう少しという辺りで、どこかの商隊が野営の準備をしているのが見えてきた。


「……あれ、ゴッフさんじゃないか?」


 そのアルの言葉に目を凝らしてみると、確かに恰幅のいい小太りのチョビ髭のすごく見覚えのある男が野営の指揮を執っているのが見えた。間違いなくかつて世話になった商人のゴッフだった。


「ゴッフって確か最近力を付けてきているっていう商会の?」

「確か『ライン商会』でしたっけ?」

「有名人じゃないかゴッフさん」


 まあ客や目上の相手には別として基本態度は悪いのだが、悪い人ではない。むしろお人好しの部類だ。人呼んでお人好しのゴッフだ。


「先読みのゴッフじゃなくて?」

「敏腕のゴッフじゃなかったでしたか?」

「俺たち以外にその呼び方してるヤツ見た事ないぞ」


 丁度いい。一休みしたかった所であるし、扱いやすい武器もあったら融通してもらいたかった所だ。何だったら茶でも入れてもらおう。


「えっ、そんな扱い方でいいの?」


 という事で声を掛けることにした。


「ゴッフさん! お久しぶりです」

「むっ? ……なんだお前たちか。こんな所で奇遇だな。相も変わらず二人でふらふらとほっつき歩いているようだがいつまでもそんな気ままな生活ができると……………………人数増えてない?」


 目敏いさすがゴッフ目敏い。とはいえそれは置いておいて、ゴッフは今度はどこに商売に? 


「私たちは王都へ向かっている途中だ。そういうお前たちはクェスの街に向かっているのか?」

「ああ。できれば今日中に街に入りたいんだけど」

「……悪い事は言わん。もしあの街自体に行く理由がないのなら今はやめておいた方がいいぞ」


 本当に嫌そうな顔でゴッフは俺たちに忠告してくる。

 悪態付きだがお人好しのゴッフがわざわざこう言ってくるとは……何かあったのだろうか? 


「検問が酷くてな……おかげで街に入るのにも出てくるのにも大分時間を取らされたのだ。ちょっとした補給で寄っただけだというのに……! 合わせたら丸一日だぞ! おかげで道中捌いていく予定だった足の早い商品の一部を処分する事になった!」

「検問?」


 俺たちも先日あの街にいたが、入る時も出る時も何の問題もなく通れた。検問と言うほどの事はしてなかったように思うのだが……? 

 そもそも目敏いゴッフが時間の取られる検問を計算せずに足の早い商品を処分する羽目になるとは思えない。おそらく突発的に始まった事なのだろう。例えば何か事件が起きたとか……


「……とはいえ事情が事情なだけに文句も言えん」

「事情? 何か事件でもあったのか?」

「……詳しいことはわからんし、あまり大きな声で言えんのだが……」


 あまり言いふらす話でもないのか、ゴッフは周囲を気にしながら小さな声で教えてくれた。




「────何やらあそこの領主が殺されたらしい。その場にいた第三王女も重傷を負って聖都の治療院へと運ばれたとか……」




 ……ゴッフのその言葉に俺たちの視線は思わず一箇所に集まった。


「…………はい?」


 俺たちの視線の先で、負傷して聖都に運ばれたらしい第三王女が首を傾げていた。


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