第五十三話
村の近くの空き地に着陸したアルたちは、突如として結界に閉じ込めれた。そしてそれを成したのは、エルロンとの繋がりを疑われているアルの養父、トム神父その人であった。
「親父……!」
覚悟はしていたが信じたくなかった光景に、アルの胸中に名状しがたい不快な感情が湧き上がってきた。
信頼していた養父が、倒すべき敵だったことは、想定していた以上に自身の心境に影響を与えたようだった。
何はともあれ、まずはこの結界を何とかする所から始めなければ、とアルは考えを巡らせながら養父を睨みつけた。
「……? なんだ、アルでしたか、驚かせないでくださいよ、もう……」
その養父はというと、そう言いながらあっさりと結界を解いた。
「は……?」
「久しぶりだね。元気そうで何より」
「お、親父……?」
「どうしたんだい? まるで鳩が豆を食らったようだよ」
「いや、親父は敵なんじゃ……?」
「敵って……お前は仮にも自分の父親を何だと思っているんです?」
「いやだって、いきなり結界に閉じ込めてきたし」
「村の上空に変な物体が飛んできたのが見えたら警戒くらいするでしょう」
「変な物体って……」
養父の言い分にアルは呆れてしまうが、確かに先史文明の遺産であるスカルフォーザは確かに変な物体と言えるかもしれない。それが空を飛んでいたとなればなおさらだ。
「しかしあんなものどうやって手に入れたんだい? いくら外が村よりも発展しているとはいえ、あんなものがそこかしこに飛び交っているわけじゃないだろうに」
「それは……色々あって……」
「それにそちらのお嬢さんたちは友達かい? というか彼の姿が見えないけどどうしたんだ?」
「…………そのことで話があるんだ、親父」
養父の口にした『彼』という言葉に、アルはここに来た理由を思い出した。確かに養父は誤解があったと言って結界を解いたものの、それで養父への容疑が完全に晴れたというわけではないのだ。
「親父は、教会のエルロンって奴について知っているか?」
「エルロン…………同じ人物かはわからないけれど、かつてエルロンという知り合いはいたよ。とはいえ、私はこの二十年近く村から出ていないからね。今彼がどうしているかまでは知らないよ」
アルの問いに養父はそう答えた。
おそらく嘘は言っていないだろう。だが当り障りのない所しか語ってもいない。明確な根拠はないが、どちらにせよこれだけでは白黒は付けられない。そう判断したアルは
「じゃあトーマスって名前に聞き覚えは?」
「………………どこでその名を」
この養父の反応に、察してしまったアルは苦虫を嚙み潰したように表情を歪めてしまった。
「二十年くらい前にササンカの街の近くの遺跡で瘴気を溢れさせる事件を起こしたのが、トーマスだ。親父がそのトーマスなんじゃないのか」
「…………」
「答えてくれ親父。場合によっちゃ、俺は親父を、殴らなきゃいけない」
「何を、物騒なことを……冗談でも言うものじゃないよ」
「冗談なものか!」
この期に及んではっきりと答えようとしない養父に、今まで抑えていたアルの感情が爆発する。
「親父が関わったかもしれないことで、世界が、多くの人が……いや、それよりも、アイツは……アイツは、死んだんだぞ……!」
「────っ!?」
その一言に、これ以上ない程にアルの想いが込められていた。
世界中の人々に被害が及んでいる事にも心が痛むのは当然のことだが、アルにとって親友で、相棒で、幼馴染で、かけがえのない存在が命を落としたことこそ、何よりも許せなかったのだ。
「……話に付いていけない。理解が追い付かない。ただ、途轍もないことが起こっているという事だけはわかったよ」
そして目の前の養父にもそのアルの想いが伝わったのだろう。先ほどまでの困惑を一呼吸とともに落ち着かせ、真剣な面持ちでアルに向き合った。
「……いいでしょう。私に答えられることなら答えましょう」
「……! 親父……!」
「ただし、条件がある」
そう言うと同時に、アルの周囲に新たに結界が張られた。
「この結界をお前の天恵だけで破壊する事ができたなら、だ」
「……! 親父、こんな事やってる場合じゃないんだって。結界を解いて、知っている事を話してくれ……!」
「それができないなら話しても無駄だという事だよ」
「……っ! わかったよ、壊せばいいんだろ、壊せばっ!!」
己を囲う結界を破壊するべく、アルは雷を放つ。
しかし炸裂した雷は結界に傷つけることもできずにそのまま宙に霧散した。
「なっ……」
「……その程度の威力でこの結界を壊せると思わないことだ。私は先に教会で待っているよ」
その様子を見た養父はアルに背を向け、その場を立ち去ろうとする。
「それで、我らが大人しく見逃すとでも?」
しかしすでにミラは弓に矢を番え、神父へと狙いを定めていた。指を放せばたちまち矢は神父を射貫くことだろう。
「……ここでただ待っているのも手持無沙汰でしょうし、よければお嬢さん方はついてきてください。お茶ぐらいは出しますよ」
そんな状況にもかかわらず、神父は笑みを浮かべてお茶会の誘いをかけたのだった。
◆
三人が神父に連れられて辿り着いたのは、山中にある村の教会だった。
教会の正面……ではなく裏口から建物内に入ると、おそらく神父たち家族の生活スペースなのだろう、生活感はありながらもきれいに清掃された部屋へと通された。
神父が引いてくれた椅子に、少し悩んでから、腰を掛ける。
「さて、アルが帰ってくるまでの間、少し雑談でもしましょうか。あぁ、その前にお茶を入れますね」
「いえ、お構いなく」
「遠慮なさらずに。私の物を入れるついでです。話が長くなるかもしれませんのでね。あ、もちろん毒なんて入れませんよ。私も飲みますからね」
そう言って神父が席を離れお茶を淹れに行ったのを横目に、クリスたち三人は小声で相談を始める。
「言われるがままに付いてきましたが、大丈夫でしょうか?」
「少なくとも今の所、敵意は感じない。情報を引き出すくらいなら付き合っても構わないだろう」
「あのアルを閉じ込めた結界も、直接害を与えるものじゃなさそうだったしね」
「とはいえ、一般的な神父にあの結界を話の片手間で展開できるとは思えません。アルとの問答での反応も含めて考えると、完全に無関係ではないんでしょう」
結界に閉じ込められたアルのことは心配ではあるが、アルならば自力でなんとかできるだろうという判断の上、三人は神父についていくことにした。
今はあの神父から少しでも情報を引き出して置くことが重要だと考えた。もしもの時を考えればなおさらである。
「それと神父自身のことではないが、この村も何やら秘密がありそうだが」
「それは、まあ。村にも結界が張られてたものね……そういう村がないわけではないけど」
山奥に隠れるように存在するこの村だが、結界が張られていた。こちらはアルを閉じ込めたものとは違い、外部から見えなくするような効果の魔法結界だったが、これもただの村で使用するにしては高度なものだった。
「それにここに来るまでに会った村の方の様子も何かおかしくなかったですか?」
さらにいえば、ここに来るまでに神父と話をした村人の反応にもどこか違和感があった。
改めてその時の会話を思い返してみる。
「あら神父様、後ろの人達はどちらさんで?」
「ああ、息子のお友達です。先ほど息子が村の近くに寄ったとかで帰ってきましてね」
「おお、じゃあ彼も帰ってきたんですね!」
「いえ、彼は別件で来れなかったようなんです」
「え……あ、そう……ですか。そ、それで、その……息子さんはどちらに……?」
「少し用を頼みましてね。少ししたら戻ってくるでしょう」
「そ、そうですか……そ、それでは失礼しますね……」
その後村人はそのまま去っていったのだが、やはり何か変だった。
彼らが何かを隠している、とか、神父に隔意がある、とか、そういったものではない。もっと言えば、その違和感は神父や村人に対するものでなく……
「……とはいえ敵意や殺意を周到に隠しているだけという可能性もある。彼奴と話している間、私は周囲の警戒に集中する。情報を引き出すのはそちらに任せた」
「わかったわ」
そこまで話した所でトレイにコップとポットを乗せて神父が戻ってきた。
「お待たせしました。粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます」
机にトレイを置いた後、神父はポットからお茶を注いでいくが、最初にお茶を注がれたコップを早速ミラが手に取る。
ミラは茶を匂いを嗅ぎ、少しだけ口に含んだ。
「……少なくとも即効性の毒ではなさそうだな」
「だから毒なんて入れませんって」
迷うことなく毒見をしたミラのその言葉に神父は苦笑いを浮かべながら、他のコップにもお茶を注いでいく。そしてクリスとアンナ、そして自身の前へと、コップを置いていった。
「そういえば、ご家族はここにはいないんですか? 確か奥さんとお子さんもいるって聞きましたけど」
「ああ、家内なら子どもを連れて村の集会所に行っています。村の女性陣と話をするとかで……しばらくは戻ってこないかと」
「あれ、コップが一つ多いですけど……」
「ああ、これはアルの分です。また取りに行くのも面倒ですしね」
「……アルがあの結界を壊してくるって確信しているんですね」
「ええ。とはいえあれを壊せないのであれば話す必要はないというのも本心です」
「それで、わざわざアルだけを結界で隔離した理由は?」
「アルの覚悟を問う……という意味もありますが、何よりアルがいない内にお仲間の方々にお話しておきたい事がありましてね。とはいえ何からどう話したものか……」
そう神父は呟き、入れた茶を口に含む。そして何かを思いついたかのように「ああ、そうだ」と呟いた。
「この村には『悪鬼雷童』という昔話があります。皆さんは二人から聞いたことはありますか?」
「いえ、初耳です」
「簡単に纏めると、『雷を操る幼い悪鬼が勇者によって改心する』という話です」
「それが何か……?」
神父の言う『悪鬼雷童』というのは、細かい設定や内容に違いはあれど、大まかな流れとしては子どもに好まれるような、勧善懲悪のよくある昔話のようだ。だがその物語が今何の関係があるというのだろうか?
「実はこの話は多少の脚色はされているものの実話なんですよ」
「……昔話なのだから実話ベースだったとしてもおかしくはないのでは?」
「言い方を変えましょうか。『悪鬼雷童』に出てくる悪鬼とはアルフォンスの事です」
「…………ふぇ?」
「……冗談でしょう?」
神父の言葉に三人は驚きを隠せずにいた。あの正義感の強いアルと『悪鬼』という言葉が結びつかなかった。
「今でこそアルは正義感の強い好青年に育ちましたが、幼い頃は控えめに言ってそれは手の付けられない悪童だったんですよ」
「控えめに言って……?」
「はい、控えめに言って、です。当時のアルは自身の持つ力に酔って好き勝手暴れていて、大人たちからすら恐れられ手を付けられなかったんです。まだ子供だったがゆえに子供らしい癇癪ではありましたが、その癇癪が下手すれば人を容易に殺しかねない程のもので、裏ではアルを村からの追放すべき、あるいは殺害すべきなどという話が上がり、同時にそれを誰が実行するのかと揉めに揉めていたくらいです」
「子ども相手にそこまで……!?」
「それ程までにアルの振るっていた力は強大なものだったのです。そちらの貴女は先ほどアルに破壊するように課した結界術についてご存知のようでしたね」
「あ、はい。あの結界術は『隔絶聖域』ですよね。教会に伝わる神聖魔法の中でも個人で使えるものとしては最上級のもので、個人が力尽くで壊すのは不可能と言われている……」
「ですね。私が使える中でも最高の防御手段でもあります。しかし当時のアルはアレを容易に破壊していました」
「ふぇ?」
「は……?」
「……今のアルが壊せなかった結界を、子どもの頃のアルは容易く破壊していたと?」
「ええ。こと天恵に関していえば、アルは幼い頃の方がはるかに強力だったのです。コントロールをする気がなかったとも言うのですが、今は極端に制限しすぎている。恐れていると言ってもいい」
その言葉にクリスが思い浮かべたのは、エルロンを倒した時に激情のままに放たれた【雷光】だ。あの時の雷光はエルロンの身体だけでなくあの要塞の一部を跡形もなく消し飛ばす程の威力があった。
それと比べると、かつてクェスの近くの遺跡で瘴気に侵され膨張し続けていたクチーダを消し飛ばす際にアルが集中して放った雷光は、今考えてみると規模が小さすぎた。
あの時から成長したと考えるのが順当なのかもしれないが、そう表現するにはその成長幅はさすがに大きすぎた。
「……少し話が逸れましたね。そんなわけで、当時からしてアルを止められる大人は私を含めいませんでした。アルはさらに自らの力に溺れていき、村はそんなアルへの恐怖と緊張感で正常とは言えなかった。いつ決定的な過ちが起きてもおかしくない、そんな時でした。アルを止めようとする『勇者』が現れたのです」
「『勇者』?」
「そんな都合よく」
「貴方がたもよく知る『彼』ですよ」
「彼って……」
アルを除く村の関係者で三人が知っている人物といえば一人しかいない。『勇者』と表現するには少々疑問を呈したくなるが、今は亡きアルの相棒のあの男ことで間違いないだろう。
「当時は色んな意味で驚きましたよ。夜遅く彼が全身に酷い火傷を負った状態で教会にやってきた事も、彼の引く荷車にアルの残骸が纏められていた事も、そんな状態になってなお生きていた事も……」
「うわぁ……」
神父の言う『残骸』という表現にアルがどのような状態で連れてこられたのか、具体的にではないがある程度察せてしまった。
だが当時、彼が一人でアルを止めようとした時に、そこまでしなければ止められなかったのだと考えれば、当時のアルがどれだけ危険だったのかというのも理解できる。
「ですがその一件以来、アルは変わりました。力に任せて我が儘を通そうとしていたのが、徐々に人の輪を重んじるようになっていき、人としての善性を貴ぶようになりました」
「あやつに受けた仕打ちがそれだけトラウマになっただけでは?」
「人が思ってても言わなかったことを……」
「それが全くないとは言いませんが……それだけではないのはアルの態度からして間違いないでしょう」
確かに、ただトラウマを抱いているだけの相手に、あれだけの全幅の信頼をおくとは考えにくい。
「私はアルの父親と言われていますが、お恥ずかしい話、私が親として何かできた事はあまりありません。人としての倫理観や価値観をアルに教えたのは間違いなく彼なのですから」
「今でも当時を知っている村の大人たちの中にはアルの事をよく思っていない……いや、恐怖や嫌悪を抱いている者も多くいます。逆にそれを止めた彼の事を英雄視している者も」
その言葉で、先程の道中で抱いた違和感の正体に気付いた。
今までの旅の中でアルが大抵の人から好感を持たれていた。敵対した相手に関してはわからないが、少なくとも平時の振る舞いによって誰かに忌避されることはなかった。
だがここの村人は、アルを恐怖の対象として見ていたのだ。
かつて悪鬼として振る舞ったアルは未だに恐れられ、そんな悪鬼を更生させた男もまた未だに英雄視されている。
まさしく、過去は消えない、という事を体現していた。
「それで、どうしてわざわざこんな話を私たちに?」
「まさかアルは信用できないなどと、我らの分断を図ろうと?」
「違います。ただ私は知っておいてほしかったんです。アルたちが信頼している貴方たちに、かつてのアルの事を」
「それでアタシたちがアルの見る目が変わるとでも?」
「いいえ、むしろ変わらないと思ったからこそ、知っておいてほしかったのです。今でこそその面影はありませんが、『悪鬼雷童』と称された頃のアルも、今なおその心の奥底に存在しているでしょう。そのこと自体は悪い事ではありません。人は多くの顔を持つ生き物ですからね。しかしいつかそれと向き合わなければいけない時がきます。アルはそれを隠そうと独りで衝動を抑えようとするでしょう。ただ衝動を抑圧した所で、抑えきれずに暴走するのは目に見えています。そんな時にそれを知る仲間が傍にいれば、きっとアルも救われるでしょう」
「ならアルを隔離したのは……」
「自身の黒歴史とも言える過去を仲間に知られるのは仕方ないとしても、自分でわざわざ聞きたいとは思わないでしょうからね」
「あー……確かに好き好んで過去のやらかしを聞きたがる人はいないわね」
アルを置いてきた理由に三人が納得した所で、今まで語り手に徹していた神父は問いかける。
「では改めて伺いましょう。アルの過去を知って、貴女がたはどう思いましたか?」
その問い掛けに三人は顔を見合わせて、それぞれ答える。
「正直、意外だったけど……」
「それで今のアルが変わるわけではないな」
過去に何かをやらかしていたとしても、それはあくまで過去のことであり、今のアルが変わるわけではない。アンナとミラはそういう考えで一致していた。
ただクリスは少しだけ違ったようだ。
「今の話がどこまで本当なのか、疑い半分な所もありますが……でも、本当だとしたら、やはりアルはとてもやさしくて意志の強い、素晴らしい人だと思います」
「ふむ……?」
そのクリスの言葉に神父は少し疑問を覚えた。『本当だとしても』なら理解できる。先の二人と同じく、過去のやらかしがあったからといって今のアルが変わるわけではないという意味合いになるだろう。
だが『本当だとしたら』となると、それとはまた違った意味合いを含んでくるわけだが……
「それは、どうして……?」
「切っ掛けはどうあれ、アルは周囲を力でねじ伏せる過去の在り方よりも、人と手を取り合う今の在り方を理想としたわけですよね。それはとてもすごいことだと思うんです。力による解決が短絡的であると理解していても、効果がある事は実際に体験してきたのなら、なおさらです。それでも他人に力で訴えかけるのではなく、他人に手を差し出す生き方ができるのは、本当にすごいと思いますし……もっと好きになりました」
そう答えたクリスのその穏やかな微笑みを見て、今のは心からの言葉なのだと、その場にいた者は理解できた。
「ふーん、もっと好きに、ねぇ」
「あ……いや、違……! それはその、そういう意味じゃ……!!」
「違うのか? クリスはアルのことが好きなのだろう?」
「ふぇっ!?」
そしてその発言を揶揄う二人や赤面するクリスを見て、神父は笑みを浮かべながら一人呟いた。
「どうやら、息子はいい仲間に巡り合えたようですね」




