第四十九話
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
感情のままに天恵を放った俺の身体に、天から射す日の光が降り注ぐ。
荒れ狂う感情を思うがままに吐き出した事で、頭に昇った血が引いていき冷静さを取り戻していくのを実感する。
しかし、アイツの首が斬り飛ばされる光景が、焼き付いた脳裏から浮かび上がってきた。
「────ぁぁ、ぁぁあああッ!!」
その光景に、落ち着いたはずの心が再び乱れていく。荒ぶる感情が再び身体の奥底からチカラを沸き立たせる。
「────アル!」
その時、俺を呼ぶ声とともに体が誰かの腕の中に包まれた。
「お願い、落ち着いて……! お願い……! エルロンはもういません……!」
漏れ出す天恵に襲われているだろうに、その声はしっかりと芯を持って俺へと語り掛けてくる。
「今すべきは、お師匠や他の皆さんの無事を確認する事……そうでしょう……!」
その声と、体から伝わる心地よい熱が、荒れ狂っていた俺を正気へと戻していく。そして、気付けば抑えきれずに溢れていた天恵が治まっていた。
「ごめん、クリス……俺……」
そう言って俯く俺の頭を、火傷だらけのクリスの指が優しく撫でる。
「いいんです……それより今は……」
「ああ……やるべきことをやろう」
そうだ。今は意味もなくただ感情を爆発させている場合じゃない。まずは仲間の皆の安否確認と合流だ。
だが闇雲に施設内を走り回ったとしても、他の皆を見つけるのは難しいだろう。
だったらまずは使えるものを使ってみるとしよう。そう思って映像を映していた光る板を再び確認する。
これでみんなが無事なのか、どこにいるのかが目途だけでも付けられたらいいし、もしこの映像自体がでっち上げだとしたらアイツの死体の映像も……そんな期待もあったのは確かだ。
そう考えて光る板があった場所に目を向けたのだが、先程の天恵の解放によって半分以上消し飛んでしまっていた。
「くそ……! やっちまった……!」
「で、でもまだ映像が映っている板もありますよ! もしかしたらこっちに別の映像を映せるかも……!」
「なるほど……! でもこれどうやって操作するんだ……!?」
クリスの提案に、とりあえずエルロンが弄っていたらしき場所を適当に押してみるが、思ったような反応が起きない。ならばとさらに色々と触ってみるが……あるボタンを押したときに何やら警報のような音が鳴り始めた。
「えっ」
「ふぇっ?」
さらに先程までどこかの風景を映していた板に何やら数字らしき文字が表示され、それが瞬く間に変化していく。
「今のボタン、まさか……自爆装置……!?」
「ど、どうしましょう……!?」
けたたましい警報が鳴り響く中、考える。
アイツの、他のみんなの安否すらもわからないまま、自分たちだけ逃げ出す……それは仲間を見捨てる事と同義だ。
だがここに居座って、皆の安否や他の情報を引き出せるのか……引き出せなければ時間を無駄にし下手すれば無駄死にする事になる。
どうするべきか……短い時間ではあるが悩みに悩んで悩みぬいて────俺は結論を出した。
「……………………戻ろう、飛空船に」
後ろ髪引かれる思いはある。だがここで一番してはいけないことは無為に時間を過ごす事だと自身に言い聞かせて、断腸の思いで俺達は来た道を引き返していった。
◆
警報が鳴り響く中で来た道を戻っていく。揺れは激しくなっていくが幸い道が崩れているという事はなく、何とか飛空船まで戻ってこられた。
撤退を選んだ理由の一つに、飛空船を守ってくれているみんなの事が俺達が戻らない事でここに居続けるのではないかという懸念があった。
あるいは他の皆が一足先に飛空船に戻ってきている\かもという期待もあった。
だが戻った先にあったのは、そんな懸念や期待すらも吹き飛ばす程に無惨な光景であった。
煙が上がり、そこら中に穴が開き、所々に焦げ跡を刻まれた、半壊した飛空船。
その傍らに、四肢が捥げ、頑丈だった装甲すらもボロボロに拉げた、見覚えのある大鎧が横たわっていた。
「そ、そんな……!?」
「に、ニア……!?」
「────ああぁぁもう! 今度はなんだ!? 次から次へと!! ……なんだアルたちじゃないか。戻ってきたのか」
そう叫びながら飛空船の影から、椅子から腕と足が生えたかのような変な装置を装備したニアが顔を出した。
「ニア! 無事だったのか!」
「無事なものか! この壊れ具合を見てどうして無事だと言える!? 飛空船も鎧もボロボロだぞ! 何とか飛べるようにとようやく応急処置が終わった所だ!」
捥げたかと思われた鎧の四肢は、どうやらニアの装置として再利用されていたらしい。あるいは中身だけ抜き出したのかもしれない。どちらにせよ無事でよかった……!
「あの、一体、何があったんですか……?」
「ああ、それは……」
「悠長に話している場合か! 直ったならさっさと飛ぶぞ! お前らもさっさと乗れ!!」
「これ以上はマズいヨ! 明らかに非常事態な警報がなっていてから結構経っているから!!」
「くそっ、誰の仕業なんだ……! まだボクが遺跡を調べてないっていうのに……!!」
情報の共有をする間もなく、船の中にいるテルや爺さんから催促の声が飛んでくる。
それに文句を言うニアも脱出する事には異論はないようで、急かされるままに俺達を乗せた傷だらけの飛空船が空中要塞から再び空へと飛び出した。
「……慌てて出てきたはいいが、これま猶予があったんじゃないのか?」
「いや、それも時間の問題のようだネ。今のタイミングで出て正解だったようだ。見てみなヨ」
「うわ……要塞の上の方が抉れてるっていうか消し飛んでるぞ。何したらああなるんだよ……」
テルの言う通り、綺麗な球体だった空中要塞はその一部が大きく抉れるように欠けており、また所々で小規模な爆発が頻発しているのが目に見えた。そう長くは持たないだろう。
「でもお前らも無事でよかった……ってあれ、姉さんは?」
「というか二人だけ? 他の皆はどうしたんだい?」
「実は中で分断されてはぐれたままで……」
「はぁ!? 嘘だろ!?」
「その様子だと、こっちには誰も戻ってないのか……!?」
「ああ、キミ達が出て行ってから来たのは大量の警備ロボットだけだヨ」
くっ……もしかしたらはぐれたアンナ達が先に留守番組に合流しているかもしれないと期待していたが、そんな都合のいい展開はなかったようだ。ならまだみんなあの要塞の中にいる……!!
「い、急いで姉さんたちを助けに行かないと……!?」
「どうする? 戻るかい?」
「無理だ。この船は応急処置で何とか飛べているが、もう一度あの要塞に戻った所でもう一度飛び立てずに運命を共にするはめになるだけさ」
「えっ? もしかしてこの船、いつ落ちてもおかしくないのか……?」
「落ちないように直したさ。無理と無茶を押し通してはいるが……まあしばらく飛び続ける分にはボクが何とかしてやろう」
ニアの言い方として、だいぶ船に無理をさせているらしく、この船ではもう要塞には戻れないのは間違いないようだ。
だけど他の皆を見捨ててこの場を去るつもりはない。
「ならスカルフォーザは動かせるか?」
「確かにそっちは問題ないけど、誰が操縦する? ボクはこの船を離れられないけど」
「それは……」
ニアの返答に思わず声が詰まってしまう。
スカルフォーザの操縦ができるのはニアとアイツくらいだ。あとはアンナがやり方を習ってはいたが……肝心の当人がこの場にいない。
そして唯一この場で操縦できるニアは飛空船の維持でここから離れられない。手詰まりだ。
くっ、操縦方法を教わらなかったことを後悔する事になるなんて……!
どうすればいいのかと葛藤していたその時、上空から船の甲板に何かが降ってきた。
「────ふむ、やはりこの船で正解だったな」
「し、死ぬかと思ったわ……」
それは、何かを背負ったミラと彼女に抱えられたアンナだった。
「ミラ! アンナ! 無事だったか!」
「どうして空から……!?」
「説明は後だ。まずは此奴を何とかしてやれ」
「って、カジキさん!?」
そしてミラに背負われていたのは血塗れのカジキであった。
「応急手当はしたが、傷が深い。早く治してやれ」
「わ、わかりました……!」
床に寝かされたカジキにクリスが治癒魔法をかけている間に、二人に声をかけ、確認する。
「無事でよかった。二人……というか三人だけか?」
「一人無事と言い難い状態だけどね……」
「とはいえ命があるだけ良しとしよう」
「それ……ワシが言う……セリフじゃ……ないんか……?」
「ああ! 無理して喋らないでください!」
カジキが重症を負ってはいるが、意識があり声も出せているし、クリスの治療を受ければ大丈夫そうだ。三人が無事で本当によかった。
だが、話を聞いてアンナ達もアイツと遭遇できていないことも確認できてしまった。
「でもそっちも無事でよかったわ」
「これで全員揃って……ってあれ? 三人だけ?」
「そうだけど……って、アイツはどうしたの?」
「お師匠は……その……」
「アイツは…………」
再び脳裏にあの光景が浮かび上がるが、それを振り切って前を向く。アイツがそう簡単に死ぬと思えない。信じたくない。
何ならアイツの死体を直接確認したわけじゃないんだ。あの映像が何かの間違いだった可能性に賭けてもいいはずだ。
「……俺はアイツを迎えに戻る。まだあの中にいるはずだ。アンナ、戻ってきてすぐで悪いんだけど、スカルフォーザの操縦頼めるか」
「え? アタシ? アタシは操縦方法を習っただけで実際にやったことはないんだけど……」
「構わない。頼む」
このまま何もせずに、あれが事実だったと決めつけるのだけは嫌だった。
「……わかったわ。どうなっても知らないからね!」
そうして決意したアンナともにスカルフォーザへと駆け込もうとした時の事だった。
「────────ッ!?」
空間全てに身体を圧し潰される……そう錯覚してしまうほどの、今までに感じた事もない威圧感ともいうべきプレッシャーに襲われた。
「なん、だ……!?」
「ひっ……!?」
「あ、あれは…………!?」
その強烈な謎の圧迫感に、俺だけではなく他の皆も反応していた。
その中で上空を見ながら声を漏らしたクリスの視線を追った先に、この威圧感の出所が存在していた。
「黒い、龍……!?」
刺々しい甲殻のような鱗に全身を覆われ、長い尾を持ち、巨大な翼を羽搏かせ上空から舞い降りるその姿は、一般的な『ドラゴン』のイメージに近しい姿をしていた。
その大きさにしても世界樹や海龍程の圧倒的な巨大さは持ち合わせていない。
しかし、そこにいるだけで放たれる龍神特有の威圧感は、今まで遭遇してきた他の龍神と呼ばれる存在とは桁違いに強烈なものだった。
「まさか、あれも龍神……!?」
「カジキ! あの龍はなんだ!? あれもこの辺りで信仰されている龍なのか!?」
「し、知らん……! あんな、龍の伝承……聞いたこと、ない……!」
戸惑い慌てふためく俺達だったが、事態は勝手に動いていく。
「遺跡からまた……!?」
「まだ動くのか……!?」
「マズイ! 海龍がやられた光線だ!」
突如として現れた存在にまず動いたのは、いつ崩壊してもおかしくない状態にあった要塞だった。
半壊している要塞に光が奔り、エネルギーが集束していくのが目に見える。自らの崩壊を加速させる事も気にも留めず、光線が放たれようとしていた。
標的は当然、空に新たに現れた黒龍。
あの巨大な海龍をブレスごと両断したその光が、それより遥かに小さい体躯を貫かんと放たれた。
それに対して黒龍は、口内から黒いエネルギーの球体のようなものを吐き出した。
吐き出された黒い球体は、放たれた光線を呑み込み、展開された障壁を容易に貫き、空中要塞に命中するとともに炸裂した。
その炸裂したエネルギーは要塞だけでなく海をも削り、呑み込み、そして霧散し…………その跡には塵一つとして残ってはいなかった。
「もうボロボロだったとはいえ、海龍の攻撃すらも弾いていたあの要塞を一撃……!?」
いや、それも驚くべき点だが、それ以上に、あの要塞にはまだアイツが……いたはずなのに……それが、跡形もなく消え去って……それは、つまり……アイツは……!?
「あ、あああああああああああッ!!」
八つ当たりだと言われてもいい。だがそれでも感情は抑えられなかった。
アイツの生存を、その可能性すらも消した、あの存在を……許せるものか……ッ!!
昂る感情のままに身を任せようとした瞬間、突如として後頭部に衝撃と痛みが走る。
「がっ────」
想定すらしていなかった一撃に、何が起こったのかすらわからないまま床に倒れ、そのまま、意識が暗闇へと落ちていった。
────世界を自由に巡る事を望み、大いなる希望を胸に故郷を旅立った少年は、その旅の中で多くの人々と触れ合い、その善性を以って行動し、世界の命運をかけた争いに巻き込まれていく事になる。
これはそんな勇者と称するに相応しい男の冒険物語────を、幼馴染兼相棒として見守ってきた、俺視点のお話である。
10/25『異世界転生したけどチートなかった~マイナースキルと戦略で無茶ぶりに対応してたら「何でもできる勇者の相棒」として世界の命運握ってました~』第一巻がオーバーラップ文庫様より発売します。よろしくお願いします。




