第四十七話
「さて、念のために聞いておこう。君達は何故ここに来た?」
部屋の中で俺達を一人待ち構えていたエルロンが語り掛けてきた。
ヤツからは初めて王城で見た時のような守られる側の雰囲気は一切感じられず、その佇まいからは強者特有の威圧感だけでなく精神的な余裕すらも感じられる。
だがこちらとて場数は踏んできているのだ。この程度で怯むほどヤワではないのだ。
「決まってる。お前を止めるためだ!」
「私を止める、か。では君達は私の目的が何か知っているかね?」
「それは……」
エルロンの問いかけに思わず言葉が詰まる。
先史文明に関係しているのか、あるいは龍神に関係しているのか、はたまた単純に力を手に入れそれを振るいたいだけなのか……どうせ碌でもないものだと予想はしているが、具体的にヤツが何を目的にしているのかはいまだにわかっていないのも確かだ。
コイツがしでかした事は許される事ではないが、何のためにこのような騒動を起こしているのかは把握する必要があるかもしれない。
「ふふ。前にも言ったが、私の同志になる気はないかな? 君達にはその資格がある。ああ、もちろん目的について話せる事であればいくらでも話そうとも。目的も話さない者の正義など信じられないのだろう?」
こちらの心情を知ってか知らずか、エルロンは前回の問答を踏まえて、同じような問答を投げかけてきた。
あの時は頭に血が昇って会話を打ち切ってしまったが、少しでもエルロンの目的に探りを入れるべきかもしれない。時間稼ぎの可能性もあるが、こちらも仲間がここに駆け付ける可能性もある。
「……世界中を攻撃し平和を荒らす貴方に、私たちが賛同できる正義があるとでも?」
「客観的に見れば私の行ないが悪だと言われる事だとは理解しているさ。だがそんなものはどうでもいいのだよ。誰に何と言われようと私の行為は必要なものであり、いつか正しき歴史となり、神話の一部となるだろう。それが我が使命であり、世界の為の行ないであり、そして何より、私の望みである」
「そのためにどれだけの人が被害にあったと思ってる……!?」
「必要な犠牲だよ。この誤った世界を正すためには避けようのない犠牲だ」
その言葉を聞いて、俺の腹は完全に決まった。これ以上聞く必要はない。答えはあの時と変わらない。やはり、コイツとは相容れない。
「……お前の目的が何なのか俺は知らない。だけど、それを聞くまでもなく、やっぱりお前の主張を俺は受け入れられない」
「ほう、何故かね?」
俺の返答に対し不思議そうな表情を浮かべるエルロンに、俺は先程の言葉から感じた思いをそのまま叩きつけた。
「前にも言ったはずだぞ。『必要な犠牲』みたいなセリフは、犠牲を強いる側が上から目線で言っていい物じゃない!! お前の『正義』は軽いんだよ!!」
コイツは、よりにもよって父親を殺されたクリスの前で、その行為を必要なものだと断言した。何も恥じる物はないとでもいうような表情で、さも当たり前であるかのように。
この時点でコイツの言う『正義』に、他人を思い遣る意味合いはないのだと理解した。
故に俺は感情のままに剣を抜き、その切先をエルロンに向ける。
「都合のいい言い訳はもううんざりだ! 力尽くで止めさせてもらうぞ!」
「ふむ。交渉は決裂というわけか。君になら理解してもらえるかもと思ったが……残念だ」
切先を向ける俺に対し、エルロンは無手のまま拳を握り構えを取る。
「────では言葉ではなく、力を以って語るとしよう」
◆
俺にもしアルのような天恵があれば……そう考えた事は幾度となくあった。
あるいはアンナのような強力な攻撃魔法があれば、クリスのような治癒魔法があれば、ミラのような身体能力があれば、ニアのような機械知識があれば、カジキのような剣技があれば…………考えても考えてもきりがない。
だが、そんなものはない。俺には何一つとしてそんな飛び抜けた才能なんてなかった。
俺自身、世界的に見ても上位の実力者であると自負している。そこらの腕自慢程度であれば何とでもできるだろう。
だが世界にはそれでも届きようもない差というモノが存在し、俺はそれを痛感させられ続けてきた。
羨ましいと思った事は幾度となくある。妬ましいと思った事も幾度となくある。
それでも人間、配られた手札で何とかするしかない。どれほど焦がれた所で他人の手札が自分の手中に収まる事はないのだ。だからこそ俺は自分に出来る事を最大限活かすために考えてきた。
置いて行かれないために。いつか追いつくために。
そんな思いが、脳裏に浮上してくる。まるで、一種の走馬灯のように。ああもう、縁起でもない。
だが現状そんな現実逃避の思考などに気をやる余裕はない。
それらは、機械人形という明確な危機を前に浮上してくるノイズでしかなく、互いの得物同士がぶつかり合い火花を散らしながら鳴り響く甲高い音によって掻き消されていく程度のものでしかないのだ。
両手に持った鉈とナイフで切りかかるが、相手はそれを両手の甲から指先まで覆うように展開された刃によって受け止め、切り返され、押し返される。
押し切られそうになるのを何とか受け流し、返す刃で斬りかかるが、それよりも一拍早く相手の追撃が振るわれ、こちらの出鼻を潰される。
さらに繰り出された鋭い蹴りを後方へ飛び退くように反射的に避け、そして後悔する。
先程まで猛威を振るっていた相手の刃が収納され、銃口へと変形した指先がすでにこちらへと向けられていた。
その指先から逃れるように斜め前へと跳べば、先ほどまでいた空間に銃弾がばら撒かれ、距離を詰めて鉈で斬りかかるも、再び銃口から変形して手に展開された刃によって受け止められて、再び甲高い音が鳴り響いた。
これが、遭遇した機械人形との戦いのワンシーンであり、まさに呼吸をする暇すらないと思える程に濃密な戦闘であり、さらにいえば似たような戦況を繰り返させられており、終始押されっぱなしであった。
そして何よりまずいのはこの戦闘の流れがすでに相手によって型に嵌められているという事だ。
振るわれる手刀を鉈やナイフで受け、切り裂くような足払いを後方へ跳び避け、指先からバラまかれる銃弾を銃口の向きから勘で予測してお祈りしながら走り回り、再び接近戦を仕掛ける。
そう、何かしくじれば一気に勝負の天秤が傾きかねない状況に押し込めれたのだ。そして俺はこのどうしようもない袋小路の戦況から打開する術を見つけられずにいた。
遮蔽物がないこの場において距離を取るのは悪手だ。蜂の巣にされる未来しか見えない。
故に距離を縮めて近接戦闘を仕掛けるしかないのだが、これもまた分が悪すぎる。
何せ単純な力は相手が上、武器の性能も相手が上、持久力も相手が上、機動力も相手が上と、俺が勝っている点がない。
会敵時に魔導銃が壊されたのが本当に痛い。あれがあれば遠距離からの狙撃という選択肢が増えたのに……
何とか会話で調子を崩せないか試してもみたが、効果はない。というか反応がない。完全に無視されている。
これまでの戦闘での行動パターンからして別にAIではないわけではないはずだが、こちらの問答を完全にシャットアウトしているというか、聞く耳持たないように命令でもされているのかもしれない。
つまりは口撃を仕掛けようとしても意味がないと言う事だ。何だったらこっちが口を動かす隙を突かれる所だった。
虎の子の炸裂弾も、すでに使い切ってしまっている。何度か敵から距離を取る際に炸裂弾を相手の懐に投げつけたりもしたが、そういったイレギュラーすらも即座に反応され対処されてしまった。
不幸中の幸いと言えるのは、相手に見た目でわからないような内蔵武装が指先からの銃撃くらいしかないことだ。他の攻撃方法は両手の甲部分から出してくるエネルギーの刃と鋭すぎる蹴りなどの四肢部を使ったものだけでまだ予測しやすい。また近接戦闘時に展開している刃と指先からの銃撃は同時には使えないのもこちらがまだ生き抜けている要因の一つだろう。
できれば一時撤退してアルたちと合流したいが、どこにいけばアルたちがいるのかもわからないし、逃げようにもこの遮蔽物がない場所では背中を銃弾で撃たれておしまいだ。
つまり、この場を切り抜けるには目の前の機械人形を倒すしかないわけだ。性能だけで見れば俺の完全上位互換と言っていいくらいの存在を一人で、だ。
これなんて無理ゲー?
……だがそれでもやらなければどうしようもない以上、やるしかない。
相手は機械人形で、ただ闇雲に攻撃を当てたとしても効果は薄いだろう。であれば狙うべきは関節部。
だが現状攻勢に回る余裕がなく防ぐだけで精一杯だ。
何とか隙を作るにしても、機械人形の正確な演算能力を超えられるかと言われると厳しいと言わざるを得ない。
だが俺が勝利するためにはこの擦り殺されるような状況を打開する必要があり、そのためにはある程度無理を通す必要がある。ハイリスクローリターンの戦法を無理して通し続けるしかない。
そう考えれば、相手の隙を作るための方法はないわけではない。
テルから渡された身体能力増強の薬。脳のリミッターを外して普段以上の力を発揮できる上に痛みを鈍らせる効果があるモノだが、副作用として体へのダメージと痛みが効果が切れてから襲ってくるらしい。だが今それを気にしている余裕はない。可能性があるのであればそれに賭けるしかないのだ。
覚悟を決め、いざというときのために口内に仕込んでいたソレを、タイミングを見計らって嚙み砕き飲み込む。
「────ッ!?」
瞬間的に膂力が爆発的に上がった事で攻撃を弾かれた機械人形から動揺あるいは困惑に近いものを感じる。自らの予測から外れた結果がどうして発生したのか、計算を見直している、といった所だろうか。
だが俺にはそんなことは関係ない。このわずかな隙にこそ活路を見出さなければ俺の勝ちはないのだから。
まずはコイツの片腕を落とし、攻撃の手数を減らす。
ここしかない────! そう思える一瞬で、右手の鉈を振るう。
鉈の刃が、吸い込まれるように相手の腕関節へと吸い込まれていくようだった。
命中箇所、タイミング、力加減、それらすべて完璧と言えるものだった。
「────損傷、軽微────」
────誤算があったとすれば……敵の攻撃を受け続けた鉈の損耗具合が想定以上だった事に、鉈の刃が甲高い音を立てて宙へと跳ね上がるまで気付けなかった事だ。
予想外の出来事に思わず体が硬直してしまう。
その隙を見逃す相手ではなく、容赦なくこちらに手刀を突き刺してくる。
何とか躱すが、一拍遅れた影響は大きくその後の攻勢を防ぎきれない。予備の武器を取り出す暇すらなく、左手のナイフすらも弾かれた。
そのまま突き出された敵の手刀を、空いた左手を咄嗟に犠牲にして受け止める。
掌から前腕まで、刃が突き刺さり、血肉が抉られる痛みに声を上げそうになるが、それより先に相手の左手による追撃が振るわれそうになったのを察知して、咄嗟に右手で相手の左腕を掴む。薬の影響で上がった筋力によって何とか動きを抑え付ける事に成功したが、こちらも動きを封じられる事になる。
結果として膠着状態になったが、これはマズイ。この膠着状態にだけはなってはいけなかったのに……!
片手を串刺しにされながらもなんとか相手の手や腕を掴んで動きを止めてはいるが、だがそれも長くは続かないだろう。
今、力で相手に拮抗できているのは服用した薬のおかげだ。だがその効果もいつかは切れる。そうなったら押し切られてそのまま殺される。かといってこの膠着を解こうとすればその隙を目の前の敵が見逃すわけがなく押し切られて殺される。それに対抗する手札は既に俺にはない。何せ相手は先程までとそう変わらない性能だというのに、こちらは武器はなくなり、片手は負傷して使用できず、薬の効果だって長くは続かない。
かといってこのままこの体勢を維持していてもそう遠くない内に押し切られるだろう。
完全な詰みだ。
いやダメだ。諦めるな! まだ何かできるはずだ!
考えろ、考えろ……! 考えろ!!
……瞬間、脳裏に走馬灯のようなモノが溢れ出した。
────諦めたらそこで試合終了ですよ────
────答え①ハンサムの俺は突如反撃のアイデアがひらめく────
────答え②仲間がきて助けてくれる────
────答え③かわせない。現実は非情である。────
────ここからでも入れる保険があるんですか!? ────
────なんとかなれーッ! ────
────別に倒してしまっても構わんのだろう? ────
ああ……くそ、碌な走馬灯がない。走馬灯とは目の前の危機を乗り越えるための方策を今までの経験から探すために見るという話もあるというのに、何の役にも立たない光景しか浮かんでこない。
ああ、逆に怒りが湧いてきた。死に際にこんなクソみたいなことしか出てこない自身の脳みそに嫌気が差す。もっと出てくるべき光景があっただろう……!!
だからこそ、まだ生きる事は諦められない。こんな所で死んでられない。
だから────────




