第四十六話
「────発射!!」
飛空船のアンカー射出によって既に破損していた外壁をさらに壊し、何とか浮遊要塞内部に侵入することに成功した。
「何とか侵入はできたな」
「他にも何艇か船が停まっているな。どうやらここは飛空船の発着場のようだ」
なるほど。元々発着場で開閉する箇所だったから外装も薄くアンカーで破壊できたわけか。
そして今の破壊音で敵が誰も来ないのを見るにあの飛空船はもともとこの要塞にあったもので奴らの手もまだこの辺りまでは来ていないのだろう。
とはいえこの要塞の支配権が奴らの手にある事は間違いないので、この派手な侵入を感知した敵がこの場に殺到してくる可能性はゼロではない。
「そうなると、帰りの足を守る事も考えないとマズイよな」
その通りである。敵の頭を潰しに向かう突入班と飛空船を守る留守班とで別れた方がよさそうだ。ただできるだけ見つからないように動く必要のある突入班は少数精鋭と考えると、いざという時にすぐに飛空船を動かせるようにするためにクルーの面々にはそのまま残ってもらった方がいいだろう。
もしも敵がここに攻めてきた場合でも、飛空船のクルーはその多くがもともと王国の兵士だったりするので最低でも自衛程度は問題ない。それ以外で残るとしたら非戦闘員といえるメンバーだろうが……
「さすがに足手纏いになるのが見えるし僕は残るよ。とりあえずいくつか薬を渡しておく」
その内の一人であるテルが船に残る事を自ら口にした。
エルフ由来の調薬技術に魔導都市の知識を組み合わせたテル特製のクスリは効果もばっちりなのはよく知っている。何だったら閃光玉のような体内に服用しない薬剤を使った道具も作れる辺り薬剤師あるいは研究者として優秀なのは間違いない。だが戦闘はできないので本人も言うように飛空船で留守番してもらうのがいいだろう。
あと留守番組の候補が二人程いるのだが……
「じゃあ早速行くとしようか。ふふ、早く中枢部もバラシてみたいな!」
「ふっふっふっ、歴史を紐解くのって知的好奇心が湧いてくるよネ」
……どう考えてもその二人が行く気満々なんだが、どうしたもんか……
「いや、ニアと爺さんは居残りだろ」
「は? なんで?」
「またまた~、ご冗談を~」
ニアは大鎧を装着している時は戦えるのは戦えるが、やはりそれが本職ではない。それ以上にいざと言うときに飛空船を何とかするのに彼女がいるのといないのとでは安心感が段違いだ。
そしてモーティスに至っては戦闘能力皆無って自身で言っていたくらいだ。正直突入組で守りながら進むのは無理だぞ。
「いやだいやだ! この浮遊物体を端から端までバラしながら解析するんだ!!」
「ヤダヤダヤダ! 遺跡の保全をしながら内部調査するんだい!!」
中身が少女とはいえかなりデカい鎧と初老のおっさんが駄々捏ねる姿が並ぶとなかなかキツイものがある。
というかこの二人駄々捏ねているのは同じだけどそれぞれやりたい事は真逆なんだよな……
「調べるって言っても、この施設はどっちにせよ壊すつもりだぞ」
「そんなっ!?」
「それは勿体ないヨ!?」
勿体ないとか言っている場合じゃないんだよなぁ。下手に残すとコレの所有権を握ったヤツの世界征服もできてしまう程の力があるのだ。後顧の憂いを断つためにはそれしかない。とはいえ壊し方はわからんのだが……自爆装置を探すにしても巻き込まれないようにしないといけないし……
「そもそも自爆装置なんてあるの?」
きっとある。これだけの施設なのだ。ロマンを考えれば自爆装置は必須だろう。
「わかる」
「うんうん、自爆はロマンだよね」
「わからないわ」
女性陣にはこのロマン志向がわからないようだ。
「アンタたちのその自爆装置に対する執着はわからないけど、その辺りも含めてこの遺物の破壊方法を調べるならエルロン達をなんとかしてからでもいいんじゃない? 二人にしてもそっちの方が集中して調査できるでしょ?」
ふむ。確かにこの要塞を安全に解体するためにはニアにきちんと調べてもらった方がいいというのは間違いない。モーティスにしたって突入しながら急かされるよりはゆっくりじっくり調べた方が調査も充実するのは目に見える。
「ふむ、アンナの言うことも一理ある、か…………うぅぅぅ、絶対ボクに解体させろよ、絶対だぞ!」
「仕方ないネ、僕としても調べられるなら構わないヨ」
ということで大きな駄々っ子二人の説得に何とか成功し、少数精鋭の突入班の人員が決まった。
「ワシは行くぞ! ここの親玉を切り捨てんと気が済まんのじゃ!」
「私もだ。エルフの森を踏み荒らした報い、今度こそ受けさせる……!」
「エルロンの野望をここで終わらせるわよ」
「はい。これ以上犠牲者が出る前に……!」
「行こう!」
ああ、エルロンとの因縁も、ここで断ち切る……!
◆
「うらぁ!!」
「遅いわぁ!!」
「ぐはぁ!?」
幾度目かの襲撃、天恵によって炎を纏って突っ込んできた敵をカジキが太刀魚で切り伏せる。
留守番組と別れて突入してしばらく、何度か敵と遭遇して戦闘に入ったが、大体がカジキ無双状態である。索敵に関してもミラとアルがやってくれているので現状俺がやる事はほとんどない。良い事である。
「カジキのヤツ本当に強いな……多分俺より強いんじゃないか?」
天恵込みならまだアルの方が上だと思うが……正直真っ向勝負なら俺だと勝てないだろうな。
「何でもありなら話は別そうだけどね」
いやぁ何でもありでも強そうだぞ。
「それにしても思ったほど敵は来ないな」
「まだ我らが侵入したことに気付いていないのかもしれんな」
「それかこっちに手を回す程の人員がいないっていう可能性もあるわね」
「確かにこれだけの施設を動かすのにどれだけの人手がいるのか、想像もできないですしね」
動かすのは全自動でできる可能性もあるとはいえ、どれだけ時間があったのかはわからないが、まだ要塞内を掌握し切れていないという線もある。
「それにしてもこんなもんどうやって見つけたんだ……?」
「そりゃ海中にあったんじゃろうし海ン中潜って……ってそういう話じゃないわな」
「そもそもエルロン達はどうやって先史文明の遺産の場所を見つけているのかしら?」
確かに。世界樹の中に存在した禁忌の塔はエルフくらいしか知らなかっただろうし、この空中要塞に至っては一番身近だったワダツミの民ですら『海神の住処』と認知してたくらいで先史文明遺跡があるなんて伝承ですら伝わってなかった。
龍神伝説から逆算して封じられている先史文明遺跡の場所を割り出しているにしてもその伝説自体が眉唾の可能性も高く、そもそも先史文明遺跡が龍神に封じられているという色々と知った俺達視点でも推測の域を出ない情報を奴らがどこから仕入れたのもかも疑問だ。
奴らの情報源は一体……?
「────教えてやろうか? ただし────」
「──────―ッ!? 下がれっ!!」
その声とともにぱちんっ、という軽快な音が鳴ったかと思えば、いつの間にか防ぐように構えられたカジキの太刀魚から甲高い金属音がけたたましく鳴り響く。
「……ッ!! 今の攻撃……ッ!?」
「おっと、今のを防ぐか……思っていた以上にやるようだ。それに────」
男が再びぱちんと指を鳴らしたかと思えば、ミラが放った矢が真っ二つになり、勢いをなくして地に落ちた。
「────殺意も高い」
「ちっ……」
カジキの太刀魚から響いたあの金属音、さらに折れたと言うより切れたと言った方がしっくりくるミラの矢から推測できるあの男の能力……おそらく見えない斬撃を飛ばす天恵だ。
距離関係なく致命的なダメージを与えてくるのなら、多少のダメージを覚悟してでも早期に対処する必要がある。特にこういう強者ムーブするやつは、何かされる前に速攻で囲んで叩くに限る!!
「おお、怖い怖い。さすがに一人でこの数は厳しいものがあるな。だから……」
「……っ! 来るぞ!!」
男のその言葉とともに両手の指が鳴らされるとともに無数の不可視の斬撃が俺達に降り注ぐ。
こちらに直撃しそうだった斬撃はカジキやアルによって防がれるが、それ以外の多くが俺達の周囲の床や壁を切り刻む。斬撃の数に対して不思議と俺達にケガはなく……いや、そもそも今の斬撃は俺達を狙ったものじゃなく……!
「────でぃすとーしょん」
幼い子供の声がその場に響く。
いつからか、あるいは最初からあの男の背後にいた、まだ幼い子供がこちらに────具体的に言えばそれぞれ俺とアンナ辺りに────指をさしていた。瞬間、周囲の空間がぐにゃりと歪んだように見えた。
「────じゃんぷっ」
そして続けて紡がれたその言葉とともに、多少の浮遊感を伴って視界が切り替わった。
目の前にいた男と幼女の姿はなく、周囲にいたアルたちの姿もなく、床や壁に先程つけられた切り傷すらもなくなり、ただ俺一人だけがそこにいた。
これは、分断された……!?
おそらくだが、あの幼女の天恵によって空間ごと別の場所に転移させられたのだろう。
今いる場所の床や壁を見るに、全く別の場所というわけではなく先ほどまでの要塞内であるのは変わらないようだ。
空間に干渉する天恵で、おそらく指さしやその前の男の攻撃など、転移のために何らかの条件があったと思われるが……今はじっくりと考察している場合ではない。
こうして分断させられたということは、敵はこちらを各個撃破するつもりなのだ。
他のみんなも心配だが、何よりまずいのは俺だ。
もし物量でせめてこられたなら、攻撃魔法も攻撃向けの天恵もない俺では圧し潰されてしまう。
俺と同じように幼女に指を指されていたように見えたアンナも前例がある以上心配だが、アンナの傍にはミラもいたはずなので一緒にいる可能性もある。まずは自分の身の安全が最優先だ。さっさと誰かと合流しないと……!
◆
「消えた……!? どこに……!?」
突如として現れた斬撃を飛ばしてくる男と会敵したかと思えば、瞬きする間もなくその姿が消えた。
姿を探し周囲を見渡すが、その場に自身とクリスしかいない事にアルはそこで初めて気づいた。
「な……、みんなもいない……!? まさか隔離された!?」
「そ、そんな……!?」
「……一旦、落ち着こう」
姿が消えた仲間の事も心配だが、まずは現状を把握するために周囲の気配を探る。敵意どころか自分たち以外の人の気配も感じ取れない事から、ひとまずは安全だと判断して改めて周囲の様子を見渡す。
壁や床には先程の男がばら撒いた斬撃による傷が残っている事から、自分たちが違う場所に移動したわけではない事は間違いない。かといって落とし穴などの物理的に移動させられた形跡は見当たらない。おそらくではあるが、自分たち以外がこの場から何らかの方法で飛ばされたのだ。
「おそらく、何らかの天恵によるものでしょう」
「あの男の斬撃も単なる技術や魔法じゃなさそうだったし天恵だったと考えると、男の後ろにいた子供の天恵か……?」
「物語で出てくるワープのような天恵と考えると、彼らが私たちの前に現れたのは、私たちを分断する事が目的だった……?」
「じゃあなんで俺達だけ残したんだ……?」
単純に位置取りの問題だったのか、敢えて残されたのか、それとも他に理由があったのか……その理由を考えるがこれといったものは思い浮かばない。
「……今考えててもしょうがない。まずは誰かと合流するためにも動こう」
「そう、ですね」
幸い、道は残されている。先ほど通ってきた道と先に進むための道が。
引き返せば時間はかかるが飛空船に戻って留守番組と合流できるだろう。しかしそれではこの遺産を何とかするという目的は達成できない。であればひとまず先に進むべきだと判断した。
襲撃に警戒しながら二人で進んでいくが、不思議なほどに静かな道程であった。
行方知らずの仲間だけでなく、こちらを警戒しているはずの敵にすら遭遇する事なく、道中にあった扉とは違う、ひと際大きな扉の前まで辿り着いた。
まるで、ここまで誘導されたかのようだった。
「アル……」
「わかってる。でもここで退くのはなしだろ」
危険を承知でアルは扉を開くべく手を掛けようとすると手が触れる前に勝手に扉が壁の中に収納されていく。
開放されたその部屋の中には、様々な光景が映し出されている一枚の巨大な板とそれを支えるような何らかの装置が鎮座しており、その装置の前に一人の男がこちらを見据えて佇んでいた。
「────ようこそ空中要塞バロールへ。歓迎するよ、『雷光の勇者』殿」
「エルロン……!!」
そこでアルたちを待ち構えていたのは、以前見た時よりもさらに引き締まり鍛え上げられているのがカソック越しにもわかる程に体型が変化したエルロンだった。
◆
エッホエッホ、早く仲間と合流しないと、エッホエッホ。
「見つけたぞぉ!! 侵入者だぁ!!」
「ヒャッハー!!」
「三人に勝てるわけないだろ!!」
────先手必勝。通路の先でこちらを見つけてきた敵集団に、咄嗟にニアお手製である魔導銃の銃口を向け引き金を引く。
「ぐぅあああっ!?」
「なんだコイツぅ!?」
────見敵必殺。狙撃を掻い潜ってきた敵にエルフの森で培ったテルの薬剤知識を元に作られた炸裂弾を投擲し、爆破によって無力化する。
「ぎゃあああああっ!?」
無慈悲だと思われるかもしれないが、今の余裕がない状態だと問答無用でこうせざるを得ない。
まあ安心しろ、銃撃も炸裂弾もどちらも峰撃ちである。死にはしない。
「そ、それ矛盾してるってはっきりわかんッ!?」
まだ元気がありそうな輩に魔導銃による峰撃ちでとどめを刺す。これでもまだ生きている以上、敵としても放置できず労力を割かずにはいられないだろう。
正直ニアから貰った新しい魔導式の小銃やテルからもらった爆弾の類やがなかったらかなり危うかった。
銃の性能は前回の暴発から改善されていないらしいが、それでも敵を遠距離から撃ち抜けるのはものすごく助かるし、炸裂弾なども敵の数の利を崩すのにはこれ以上ないくらいに役に立っている。これらがなかったら敵の能力によっては遠距離から一方的にいいようにされたり数に頼った暴力によって圧殺されていた可能性もあった事を考えると、正直ぞっとする。
こうして何度か敵と遭遇して無力化して移動してを繰り返しているが、未だに仲間とは遭遇しない。テルからもらった爆弾の類も手持ちが少なくなってきて心許ないが、ただ敵との遭遇率も減っている気がするので状況はよくなっている、と思うことにしよう。早く仲間と合流しなければ────そう考えて、通路を駆けている時だった。
突如として鳴り響く破裂音とともに手に持っていた魔導銃から衝撃が伝わってくる。以前の経験が脳裏に過ぎり、咄嗟に魔導銃を手放しその場から距離を取ると、何か所かに穴の開いた魔導銃が魔力暴走を起こして爆発した。
何かの破裂音に衝撃に魔導銃に空いていた痕……まさか、今のは銃撃……!?
自身に当たらなかった幸運を噛みしめつつ弾が飛んできただろう方向に目を向けると、そこには一つの人影があった。
真っ白な長い髪を靡かせ、黒いバイザー越しにこちらを見つめてくるその姿だけみれば美少女と表現するのが適しているだろう。しかし服を纏わず露出したその金属のような光沢のある肌に球体のような接続部が見えている関節部、そしてこちらに向けられた銃口のように変形した指先が、目の前の少女が人間であることを否定していた。
一言で目の前の存在を言い表す言葉を俺は知っている────機械人形だ。
「────目標発見。駆除開始────」




