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第四十三話

「こんのボケ共! さっさとこの縄解けやっ!! タダじゃおかんからなぁ!!」


 動力の充電のために着水した飛空船の甲板にて男の喚き声が上がる。

 ミラの一撃によって沈められた侵入者は武器を取り上げられ手足を縛られた状態で甲板に転がされ囲まれてもなお気勢を落とすことなく喚き散らしていた。


 もう騒ぐな。お前の手足切り落として達磨にしてもいいんだぞ。


「なんじゃとぉ……というかお前はなんでワシの横で正座しとんねん」


 罰、ですかねぇ……


「で、お前は何でこの船に侵入してきたんだ? エルロンの仲間か?」

「えるろん? 誰じゃそいつは?」


 ふむ……この反応、エルロンの仲間というわけではなさそうだ。


「というか理由なんぞお前らがワシらのシマを荒らしたからに決まっとるじゃろ!!」


 そういえばさっきもそんなこと言っていたな。シマっていうと……縄張り? 海賊か?


「誰が賊じゃあ!?」

「やってる事は賊だろ」

「先に仕掛けてきたんはお前らじゃろぉが!!」

「仕掛けた?」

「とぼけても無駄じゃ!」


 とぼけるも何も知らんのだが……何のことだ?


「お前らがこの空飛ぶ船でコヤミの住処に攻撃したってのは聞いとるんじゃ! その上でその空飛ぶ船が海神の住処に向かってったんをワシは見とるんじゃ!! お前ら何を企んどる!?」

「────!!」


 予想外にもここに来てエルロンの飛空船の目撃情報が出てきた。しかもコイツの口ぶりから直近の情報だ。


「俺達とそのコヤミを襲った奴とは別だ。むしろそいつらを追ってここまで来たんだ」

「ほぉ、つまり…………別動隊ってことか!?」

「違う。端的に言えばそいつらは俺達にとって敵だ」

「ならあれか? 外の国じゃこないな空飛ぶ船が溢れてるっちゅーことか? いくらワシらが閉鎖的言うてもそんなわけないって事くらいはわかるわい!」

「確かに飛空船は世界的に見ても数は少ない。だがキミが見たという飛空船は先史文明の遺物であり、この船がボクによって新たに作られた船だという違いは一目瞭然だと思うけど?」

「んなもんわかるかい!!」

「それはそう」


 しかしコイツが見た飛空船はエルロン一派の物で俺達とは別勢力なので全くの誤解ではあるのには間違いないのだ。だが勘違いするコイツの言い分もわからなくはない。何も知らなかったら同じような空飛ぶ船で行動している集団がいたら同一視してしまうのも仕方ない。

 しかしそれにしてもこちらの話を聞かなすぎる。これでは交渉の余地が生まれない。さてどうしたものか……

 そうやって俺や他の頭脳派連中が頭を悩ませていると、アルは軽くこう言い放った。





「わかった。なら縄を解こう」





「……どういうつもりじゃ?」


 まさかの発言に周囲の俺達だけでなく縛られている本人からも訝し気な目で見られるが、その視線をさほど気にすることなくアルは投げかけられた問い掛けに答える。


「俺達はお前たちここに住む人たちと敵対するつもりはない。それをわかってもらうのに縛られた状態だとうまくいかないだろ。さすがに武器は返せないけど」

「武器がなけりゃワシがなんもできんと思っとるんか?」

「いや。だけどここまで譲歩したにもかかわらず話も聞かずに暴れるっていうなら、もう容赦はしない。それだけの話さ」


 アルの様子を見るにどうやら決意は固いようなので、隣で正座をしていた俺はそのアルの言葉に従ってナイフで男を縛る縄を切った。

 男は縛られていた手足の調子を見ながらも俺を始めとして周囲に警戒を緩めず、アルに鋭い視線を向け続ける。いざとなればこの状況を実力行使で突破する事も辞さない様子なのは目に見えていた。


「じゃあ話をしようか。あ、自己紹介がまだだったな。俺はアルフォンス。みんなからはアルって呼ばれてる。アンタの名前は?」


 一番の警戒を向けられているアルはというと、そんなものなど気にもせずに笑みを浮かべて男にそのように訊ねながら腰に携えた剣を外して武装を解除して甲板に座り込んだ。

 そのアルの様子を見て、男は毒気を抜かれたようにその臨戦態勢が崩れていった。


「……これは、肝が据わっとるんか、あるいはとんでもない大馬鹿か……」


 どっちもだゾ。


「…………はぁぁ……どっちにせよ、これで完全に気が削がれたワシの負けじゃの……すまんかった! 頭に血ィ昇って冷静になれとらんかった」

「何はともあれちゃんと話を聞いてくれる気になってよかったぜ。それじゃお前の事はなんて呼べばいい?」

「ワシはカジキ。ワダツミのカジキじゃ」


 こうして俺達は謎の襲撃者カジキと和解したのだった。



 ◆



 船の襲撃者がグントーでの第一村人となったので、ひとまずカジキの住処であるワダツミという島の集落の桟橋へと飛空船を停泊させる。


「ふむ……木造での建築、衣服は着物、そして魚とはいえ刀を使うサムライ……ここが極東だった……? でも東じゃないはず……うぅむ?」


 首を傾げながら集落を見渡すモーティスに追従するようにワダツミの集落の様子を眺める。

 モーティスの言う通り、麻の布あたりで作られた着物を身に着けた人々が、木材で建てられた住居の襖のような引き戸から出入りしている。

 浜辺には魚や海藻などを干物にしたり、漁で使われるだろう網や銛などの道具を手入れしていたり、少し離れた場所では塩田らしき場所の近くで火にかけた釜をかき混ぜていたり、漁業が盛んそうないかにもな漁村という風景が広がっていた……いや塩田は漁村らしさとは違うかぁ。

 かといって木々がないわけではなく、海とは別方向にある山はその肌を青々と茂らせていた。

 さらにカジキによれば海から少し離れた場所には主食である米を育てる田んぼまであるという。

 これはモーティスが主に考察スレで語られる『極東』なのではと考えるのも仕方ないように思える……そもそもその極東概念が多分この世界には実在しないという事を知らなければ。

 さすがのモーティスもその概念自体が転生者によって広められたという可能性には至らないようだ。至ったらむしろ怖いのだが……

 しかしこのワダツミひいてはグントーの生活スタイルが転生者由来なのか、それともたまたま『噂の極東』と似た物になったのかまではわからない。どっちもあり得るんだよなぁ。


「なぁ~にが『サムライ』じゃ。ワシらは一度たりともそんな名乗りをしたことはない。ワシら『ワダツミ』に対する侮辱じゃぞ」


 ちなみに『ワダツミ』というのはグントーにある島の名であると同時にそこに住む勇士・戦士を指す言葉らしい。

 漁業が主な産業であり、海の民を称する彼らは、太刀魚を始めとした潮風に晒されても問題のない特殊な武器とその武器を扱うための技術を身に着けており、海上での戦闘に特に秀でた海戦のスペシャリスト集団……つまり周囲を海に囲まれている島国グントーにおける最大戦力とも言える集団というわけだ。


「別に『サムライ』って蔑称ではないと思うけど」

「『サムライ』って名前自体が悪いとは言うとらん。ただ関係のない呼称でワシらの誇りを塗りつぶされる事自体が侮辱じゃ言うとるんじゃ」

「ふむ、一理あるな」


 成程なー。確かに俺だって『お義母様』みたいな関係ない呼び方されたら否定するし。


「例えおかしいじゃろ。どうやってもお前とお義母様は結びつかんじゃろ」


 そうだな、俺だってそう思う。目を逸らすクリスを見ながらそう返した。


 そんな他愛のない話をしていたら、こちらの様子を窺っていた村民が何かに……というかカジキに気付いたらしく、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。


「っと、出迎えじゃな。戻ったぞお前ら!!」

「わ、若ッ!? よくぞご無事で!!」

「あの船は……いや、それよりも空飛ぶ船に忍び込むのやめたんですか……!?」

「いや忍び込んだんじゃが、色々とあっての。話してみたらワシの勘違いじゃったんがわかったから、詫びも含めて連れてきたんじゃ」


 若、という呼ばれ方からして集落のお偉いさんの息子っぽいな。にしては勘違いだったとはいえ単身敵船に乗り込むとか向こう見ずすぎる。相手の言い方的に制止を振り切って乗り込んだようだし、そういう意味ではアルよりも無鉄砲である。


「と、とりあえずお嬢を呼んで……!?」

「────カジキ兄……?」


 駆け寄ってきた村民の一人がそう言って踵を返そうとした時、この場に巫女のような装束を身に纏った少女が現れた。


「お、お嬢……!?」

「おうサンゴ! 今帰ったぞぉ!!」

「カジキ兄……カジキ兄ィ~~~ッ!!」

「はっはっはっ! なんじゃそんなにワシがおらんのが寂しかったんかぁ? 仕方のない妹じゃのぅ!」


 声を上げながら駆け寄ってくるサンゴと呼ばれた少女を、カジキは笑いながら両腕を広げて向かい入れようとして……


「────何やっとるんじゃ馬鹿兄ィィ!!」

「ぶふぅぅっ!?」


 走ってきた勢いをそのまま乗せた凄まじいまでのビンタがカジキの頬に炸裂した。


「空飛ぶ船に一人で突っ込んだって聞いてウチらがどれだけ心配した事か!? ワダツミの次期当主としての自覚あるんか!?」

「お、落ち着けや。次期当主言うてもワシはまだ候補じゃし、船の連中と切り合ったけどなんだかんだあってワシの勘違いじゃってわかって和解してこうして村に連れてきたんじゃ……!」

「なおさら何しとんじゃ馬鹿兄ィィィィ!!」

「ぐほぁッ!?」


 再びカジキにヤバそうなビンタが炸裂した。



 ◆



「この度は愚兄が大変なご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした!」

「いや、大丈夫だから頭を上げてくれ」


 カジキにビンタをかました少女────カジキの妹のサンゴは先程までの激しさとは打って変わって丁寧な謝罪の言葉とともに頭を下げていた。

 ちなみにその横で兄であるはずのカジキが彼女に土下座させられていた。


「一人で勝手に他人様の船に侵入して、刀向けた上で鎮圧されて、その上勘違いじゃったとか……恥を知れ!!」

「じゃ、じゃから話しがてら詫びにワシらのとっておきを馳走したろうと思ったんじゃろが……」

「とっておき?」

「おう、ワシらが信仰しとる海神の使徒の龍の肉じゃ」

「龍!?」


 ここでまさかの龍が出てくるとは……!


「というか信仰する神の使いを食っていいのかい?」

「言っとくがその肉はワシらが漁で獲ったもんとは違う。すでに死んだ遺骸が浜に流れ着いたもんじゃ。つまり海神からの贈り物っちゅうわけじゃ」

「なるほど、この地域ではそういう形の信仰なんだネ。ちなみにその海神や使徒とやらはこの島だけの信仰なのかな?」

「いえ、程度の差はあれどグントー諸島全体で信仰されとりますよ」

「龍の肉は食料に、脂は燃料に、皮は衣服に、鱗は鎧に、骨は武器に……その全てに使い道が存在する。ワシらは海神からの贈り物によってこれまでこの島で栄えてこられたと言っても過言やない」


 浜に流れ着くって辺り海の生物で、肉が食えて脂は燃料にできて他にも捨てる所がないって辺り、なんかクジラっぽいな。いや龍だから違うんだろうけど。


「見た目はクジラに似とりますよ。ウチらは鯨龍って呼んどるくらいですし」


 クジラだった。


「流れ着いた鯨龍は巫覡(ふげき)による儀式を行ない、その後『龍捌き』……肉やら皮やらに解体されます」

「ふげき?」

「巫女やらの神職っちゅうたらわかりやすいか? 神に感謝を捧げて神の使徒を糧とすることに許しを請うんじゃ。そんでそのまま捌いて使徒の成れの果てを神にも人にも見届けてもらうっちゅうわけじゃ」


 解体ショーかな? いや一応は信仰が絡む神聖な儀式の一部なわけだし違うんだろうが。


「『龍捌き』はウチらの娯楽でもあります」


 解体ショーだった。


「ただ鯨龍は誰でも捌けるわけじゃありません。鱗を剥ぐんも皮を剝ぐんも、骨と肉を切り分けるんも並の腕前や道具じゃ歯が立たんのです。じゃからこそ鯨龍を捌く役目は一番の強者に任せられ、その者が当主かその候補として選ばれるわけです」

「そういえば貴様の太刀魚の鞘替わりに巻いていたあの布のような物はもしや……」

「おう、鯨龍の皮を加工したもんじゃ。そんじょそこらの鞘には斬魔は納まらんからのぅ」


 そういえばさっきカジキが当主の最有力候補って言っていたが、今の話と合わせると……


「そうじゃ。龍捌きができるモンは他にも何人かおるが、ワシがその中でも一番の腕前なわけじゃな」

「愚兄ながら現当主である父上とも勝るとも劣らないと言われとります」


 成程。道理で腕が立つわけだ。ワダツミにカジキ以上の凄腕がうじゃうじゃいたらどうしようかと思ったぞ。


「ワダツミの背景については一旦置いといて、そろそろ詳しい話を聞かない?」

「そうだな。カジキの話したい事ってのも気になるし」

「そも話が逸れてきていないか?」

「えー、僕としてはこの土着の信仰の話はとても興味深いんだけどなぁ」


 俺は鯨龍の肉が気になるんだが。


「おい」

「まあ急かすんもわかるが、この話には鯨龍も関係しとるんじゃ。とはいえさわりくらいは軽く話しとくか。実はの……」








「────大変じゃあ! 浜にまた鯨龍が……!!」







 と、満を持して話し始めようとしたカジキを遮るように集落の若者の声がその場に響いた。


「なんじゃと!? 案内せい!!」

「ちょっ、カジキ兄!」

「俺達も行こう!」


 その言葉を聞いたカジキがすぐさま駆け出し、それに俺達も追従するように駆け出した。


「鯨龍ってさっき話してたやつだよな」

「ものすごく慌てていましたね」

「神の使徒が流れ着くというのはそれだけ大事なのだろう」


 そして追いかけていった先の砂浜には、想像以上の巨体────鯨龍が横たわっていた。


「でっけぇ……!」


 浜に流れ着いたという鯨龍とやらを見るが、龍を冠する鯨というだけあってだいぶデカい。

 見た目は巨大なクジラだが、よく見れば体表を鱗が覆っていたり、胸鰭の先に爪のような物が生えていたりと、少なくともただのクジラではなさそうな特徴を有していた。

 そしてその身体には鋭く大きな切り傷が刻まれており、すでにその瞳から光は消えていた。


「この切り口……またじゃ」


 その傍でいち早く駆け出していたカジキは鯨龍の傷を観察していた。

 そこに息を切らせたサンゴが駆け寄り、何やら声をかけていた。


「カジキ兄……、思うところがあるんはわかるけど……、この鯨龍を運ばせるから、龍捌きの準備を……」

「いや、今回ワシはやらん。やる事があるからの。別のヤツにやらせぇ」

「ちょっ……! 自分が何言うてるんかわかっとるんか!」

「ワシ以外でもできる奴はおる。親父もまだまだ現役じゃろ」

「馬鹿兄……! こっちは真面目な話をしとるんじゃ! ふざけた事言うとるんちゃうぞ!」

「こっちも真面目な話じゃ。ワシにはやらんとあかん事がある」

「カジキ兄!!」


 声を荒げるサンゴを気にすることなくカジキは鯨龍の傍を離れてこちらへに話しかけてきた。


「悪いのぅお前ら、馳走は後回しじゃ。まずは話の続きをすんぞ」

「それはいいんだけど、いいのか? 龍捌きってのをしなくて」

「構わん。ワシはこの前やったしの」

「この前って……あの鯨龍ってのはそんな頻繁に流れ着くのか?」

「いや……とりあえず場所を変えるぞ。お前らの船がええ」


 これ以上ごちゃごちゃ口出されるんも勘弁じゃ、とそう言い残してカジキはこの場から離れていった。

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