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第四十二話

 エドワードに見送られ聖都を後に飛び立ったスカルフォーザの中で俺達は先程までの教皇との会談について話し合う。


「思ってたより教皇さんやさしかったな」

「そうね。教皇聖下が温和な方だとは知っていたけど、あそこまでとは予想外だったわ」


 口調の件もそうだが初手で頭を下げてきたのは本当に予想外だった。その後の会談も基本物腰穏やかで敵意のようなものは一切感じなかった。教会という一大組織を取りまとめているトップとは思えないほどに。

 まああれが本性を隠すための対外的な物という可能性は十分にあるのだが……もしそうなら本性がどんなものか、どれだけ腹に黒い物を抱えているのか怖くなる。

 枢機卿のランスはこちらを警戒しているようだったが、それも教皇との『飴と鞭』的な懐柔策かもしれない。


「でもエドワードが味方になってくれたのはよかったよな」


 まあ向こうも何らかの思惑がある可能性があるが……その辺りは許容しないとどうにもならないか。全てを疑って敵認定してても何も始まらない。


「ですね。清濁併せ呑む気概で行くべきです」


 で、会談中は口数の少なかったアルは何か気になった事はあるか? 言葉遣いに気をやって喋れなかったってわけでもないんだろう?


「いやー……なんというか、聖都にいる間変な感じがして……特に会談中」

「変な感じ?」

「なんて表現していいのかわからないんだけど……うーん、耳元でずっと雑音聞かされているような……?」

「雑音、ですか?」

「そんな音してたかしら?」

「いや実際に音がしてたわけじゃないんだけど……説明が難しいな」


 うーん、一気にきな臭くなってきたな。エドワードの言った事に信憑性が一気に増した。


「お師匠はどう考えているんですか?」


 全体的に怪しさはまだ残っているかな。そもそもランス卿とやらはこっちを疑いの目で見てたし。

 とはいえどこまでがクロなのかは相変わらずわからない。最悪は教会丸ごとクロのパターンだが……エドワードの言っていた通り、少なくとも教会内にエルロン一派が潜んでいると考えておくべきだろう。


「結局教会の関与の具合に関してはわからなかったな……」


 とはいえ収穫が全くないというわけではない。表向き教会が味方について支援してくれるようになったりエドワードという協力者ができた。そしてそれだけではなく、エルロンに関わる手掛かりに繋がるかもしれない情報が手に入った…………言葉にするとエルロンまではまだ遠いな。


「それでも手掛かりは手掛かりだろ」


 だな。とりあえずは王国のササンカの近くにあるという件の遺跡が直近の目的地になる。その前にまずはクロード陛下に詳しい場所やら許可やら貰っておいた方がいいだろう。


「そうですね。現在の遺跡の状況も聞いて置いてもいいかもしれません」

「というかそっちは王国に調査を任せてもいいかもしれないわね。いざというときの機動力はこっちの方が高いわけだし」


 その辺りは王国側の専門家が付近にいるかどうかにも関わってくるから協議してから決めてもいいかもしれない。向こうが仕掛けた罠の可能性もゼロではないが、それでも王国側でできるならそれに越したことはないしな。モーティス辺りは駄々こねそうだが。


 と、これからについて軽く話しているとスカルフォーザに設置された通信機から音が鳴り始めたのでボタンを押して通話状態へと切り替える。


『あー、あー、スカルフォーザ聞こえるかい? こちら魔導都市のモーティスだヨ』


 噂をすればというべきか、通信相手はモーティスだった。


「爺さん? どうしたんだ?」

『ああよかった。教皇様との会談が終わったならこっちと合流してほしいんだよネ』

「何かあったんですか?」

『ライン商会からの情報だ。奴さんの飛空船を目撃したそうだヨ』



 ◆



「────というわけだ」


 聖都を後にし飛空船に合流して状況を確認した所によると、たまたまゴッフ率いるライン商会が訪れていた場所にエルロン達の飛空船が攻撃をしかけてきたそうだ。幸いとしてゴッフ達の被害はそこまで大した事はなかったそうだが、その街への被害はそれなりに出ているようでその復興作業を手伝う予定なのだそうだ。


 ここで重要になってくるのが、それを知らせてくれたのが他でもない現場にいたゴッフ達という点だ。


 今までであればエルロンの出現情報が俺達まで届いた時点ですでに時間がだいぶ経っている事ばかりだったが、今回は違う。

 ゴッフの船はシド工房製の実験船で俺達も使っている魔導式の通信機が搭載されている。ゴッフ達が襲われてからどのタイミングで連絡を入れたにしても、情報の伝達速度に関しては今までの比じゃないくらいに早い。


「つまり、エルロン達の尻尾を掴めるチャンスってわけだ」

「ひとまずはゴッフ達がいたっていうグントーっていう島国の首都のコヤミからエルロンの飛空船が飛んで行ったらしい方角を捜索していこう」

「首都には行かないのか?」


 グントー国は点在する島々を一纏めにした連合国で、周囲が海に囲まれている関係で海外との情報のやり取りが少ない上に教会の影響力も少ない。もしかすると俺達の事どころかエルロン一派の事すら把握していなかった可能性がある。そんな中で飛空船に襲われた直後にまた飛空船がやってきたら無駄に警戒されてしまうだろう。


「それに首都も襲撃の被害が出ていて私たちの相手をしている暇もないでしょうし」

「一応ゴッフとやらが首都で復興の手伝いをしているようだしまた首都に襲ってきたらすぐにでも連絡してくるだろう」

「もどかしいなぁ」


 だが今までで一番奴らに近づいているはずだ。飛空船が去っていったらしい方角の辺りに集落でもあればさらに目撃情報も探れるんだが……交流が少ないせいかグントー諸島の地図は大雑把なものしかないんだよなぁ。


「しかもその大雑把な地図を見た限り、広い平地が少ないから飛空船を着陸させるスペースが確保できないかもしれない」

「え? ならどうするんだ? 飛びっぱなしってわけにもいかないだろ?」

「どうするも何も海に着水して錨を下ろすだけさ。何せコイツは飛空『船』だからね」


 いざとなればこの飛空船は普通の船としても使えるらしい。それを聞いた時は正直空海両用できても空飛べるんならそれだけでよくない……? と思っていたがこういう場面で役に立つんだな。

 だがグントー諸島は『魔の海域』がすぐ近くにあるから海上で停泊できると言っても完全に安心はできない。


「なんだその『魔の森』みたいな名前の海?」

「なんだその『魔の森』とは?」

「あっ……」


『魔の海域』とは、端的に言えばそれこそ『魔の森』の海版みたいなもので、ここを通る船や人が高確率で行方不明になると有名な海域だ。原因としては通常では考えられないような異常な海流だったり強大な海の魔物の住処だったりと多くの推論があげられるが真偽は不明だ。ちなみに三角形ではない。あと『魔の森』については……今は割愛する。ミラの疑いの視線が強くなっているが今は関係ないので割愛するったらするのだ。


「そろそろグントー諸島の海域に入るだろうけど、さすがに急すぎて飛空船のエネルギーが心許ないから一度着水して充電しておこう。アルは動力室まで来てくれ」

「わかった」

「じゃあその充電が終わるまで小休止としようかネ」

「クリスもしっかり休んでおきなさい。結構な強行軍だったし」

「それはアンナも同じですよ」


 それじゃ俺も運転で疲れたし、ちょっとばかし休むとするかな~


「それよりも『魔の森』についてしっかりとだな……」


 肩を掴むのやめてくだしあ。他の人に聞いてくだしあ。



 ◆



 俺達を乗せた飛空船はグントー諸島の海域に入って充電のために着水した。

 皆が思い思いに過ごす中で俺はというと、ミラに、やーいお前のふるさと魔の森~(意訳)と伝えて追いかけっこが始まり何とか撒いた後、休む前に何か軽く腹に入れようと食糧庫を漁っている時であった。



「────う、うわああああ!?」



 突如として絹を裂くような悲鳴が船内に響き渡った。

 今の悲鳴は……テルの声! しかも近いぞ……!

 食糧庫から飛び出し、悲鳴の聞こえた方へと駆け出す。悲鳴の場所に辿り着くのにそう時間がかからなかった。


 悲鳴の主であるテルは廊下にて壁際に追い詰められており、その視線の先には見覚えのない一人の男の姿があった。


「────おう、お前ら、どこ行くつもりやったんじゃ? こないな空飛ぶ船でよぉ……?」


 その男は日に焼けた肌を隠す気がないようで短パンらしきものだけを身に着け、鍛え上げられただろう肉体を晒していた。全身が濡れているのを見るに、おそらく海から着水した飛空船によじ登ってきたのだろう。

 そしてその手には鍔もない抜き身の刀が握られており、その刃はテルに向けられていた。


「ワシらのシマ荒らして、ただで帰れると思うたかぁ!」


 そう言って侵入者の男はテルに向かってその手に持った凶刃を振り下ろ────される前に咄嗟に二人の間に入りその凶刃を受け止め、力を込めて振り切って無理やり距離を取らせる。


「ぬっ! 新手か!」


 無事かテル。腰抜かしている所悪いが何とか距離取ってくれ。


「わ、悪い……!」

「ほう、ワシの一撃を防ぐか……? なんじゃそれ……木刀か?」


 ふっふっふっ……咄嗟すぎて愛用の武器ではなく手に持ったままだったコイツで防いでしまったが、運がよかった。

 そう、一見木刀のように見えるコイツは、当然そんなやわな物ではない。

 海の凶器とも一部では恐れられる太刀魚。それは生死問わず食用に向かず活用方法が限られている存在だが、特殊な技法によって乾物とする事で堅すぎる太刀魚の骨身から旨味を煮出す事が可能となった。


 それがこの、かつお節ならぬ太刀魚節────『武士節』である!


 刀身のようにぎらついてたその身は、まるで黒檀でできた木刀と見間違うほどに変貌し、さらに身が引き締まったとでもいうのか更なる堅さすらも付与されている。

 珍味を取り扱う店で手に入れたこれでまさに出汁を取るか悩んでいた所だったからついそのまま持ってきてしまった。が、敵の攻撃を防ぎそして殴り倒すには十分すぎる得物だ。そんじょそこらの鈍らじゃ武士節の堅さには太刀打ちできない。


「仮にも食い物を振り回すなよ!」


 大丈夫だ。あとでちゃんと食材として使うから。武士節はこの後乗組員(スタッフ)がおいしくいただきました。


「振る舞うな!!」

「成程のぉ、道理で堅いわけじゃ。じゃがのぉっ!」


 男の振るう刀と幾度か打ち合うが、得物がぶつかり合うたびに何か薄い紙の様なものが宙を舞う。ほのかに旨味が凝縮されたかのような香りがその場に広がったのを感じ取った時、ようやくその正体に思い至る。

 まさか……っ!? 武士節が削れている!? 普通の刃物じゃ削れなくて絶望してたこの武士節を……!? 一体どんな切れ味の刃物を……?


「ガハハハッ!! ワシの愛刀をそこらの鈍らと一緒にしてもらったら困るわい!!」


 ……いや待て。海でむき出しの刀を使うのに違和感があったが、よく見たらコイツの刀、金属じゃないぞ……!

 それはまさか…………太刀魚!?


「たちうお……太刀魚……? 魚……!?」

「ほう、よう気付いたな! そう、コイツは太刀魚の中でも秋刀と恐れられた内の一匹から加工された業物中の業物、その名も────快刀・斬真(ザンマ)じゃ!!」


 太刀魚を独自の方法で加工する事で武器として扱うという『海サムライ』……まさか本当に存在したのか!?


「幾ら同じ太刀魚とはいえそっちは所詮は食用の加工品! それが武器として昇華されたワシの斬真に切れん道理はないわぁ!!」


 その言葉とともに振るわれた一振りによって武士節が真っ二つに切り飛ばされた。


「ああ!? 武器がッ!?」





 ────ならばシド工房の逸品を味わうといい。





 その切り捨てられた武士節から手を放し、空いた両手で腰から鉈とナイフを引き抜き、切り付ける。


「────! ほう、鉈に小刀の二刀流……それがお前の本当の得物か!」


 不意を付いたはずのこちらの斬撃を返す刀で防いだ男は獰猛な笑みを浮かべながらひるむことなくその手の太刀魚を振るいこちらへと襲い掛かってきた。


 打ち合われる鉈と太刀魚、ナイフの応酬に火花が飛び散る。


 攻撃の手数はこちらの方が上だというのにそれを一本の太刀魚で全て防がれている。こちらも相手の攻撃を防げてはいるが少しでも気を抜けば防御を摺り抜けられるかそれごと切り捨てられる予感がしてならない。

 このままやり合ってもこちらが競り負ける。であれば何か手を打たなければならないが……!





「────これでも食らえ!!」





 ……不意に、俺達の間に手のひら大の球体が投げ込まれた。

 その球体の正体を知っていた俺は咄嗟に目を瞑り────瞬間、球体から閃光が放たれた。


「ぐっ、目晦まし……っ!?」


 球体から放たれたのは目を瞑ればやり過ごせる程度の光だが、それでも何も知らない状態で食らえば隙になる程の光量が俺達を襲う。

 以前テルが調合して作ったと実物と効果を見せてもらっていたから対処できたが、テルの投げた物の正体を知らなかったら俺も光の餌食になっていただろう。

 炸裂する瞬間に目を閉じていた俺は光の影響を最小限に抑えた状態で攻撃を仕掛ける。ここを逃せば勝ち目はない!


「────じゃが、目ェ潰した程度でワシが止まると思うたかぁ!!」


 しかし相手も然る者、視界が眩んだ状態で俺の攻撃が捌かれた。感覚をこちらに集中して対処しているのか、恐るべき実力者である。



 ────だがそれでも、こちらの勝ちだ。



「────成敗!!」

「がっ!?」


 俺への迎撃に集中していた男は後方から音もなく跳んできたミラの蹴りを後頭部にまともに食らい、床ペロする事となった。


「無事かテル!?」

「姉さん!? どうしてここに」

「お前の悲鳴が聞こえたから急いできたのだ。此奴が見知らぬ輩と戦っていたのでとりあえず蹴り飛ばした」


 やはりエルフは脳筋。はっきりわかんだね。

 とはいえこの男、相当な手練れだった……もしかすると、剣の腕だけならばアルよりも……正直閃光玉を投げ入れたテルのアシストとミラが来なかったらまずかった。


「少しでも役に立ったなら何よりだよ……」

「まずはこの輩を縛り上げよう。目が覚めて暴れられても厄介だ」


 それにしてもミラも思ったよりも魔の森の件で揶揄った俺への怒りが少ないみたいで驚いている。


「お前そんなことしてたのかよ」

「別に我らの故郷が『魔の森』と呼ばれていた事は構わない。外では実際にそう呼ばれていた時期があったのは事実なのだろう? それに貴様に怒りをぶつけるのはさすがに道理に合わない」


 成程。まあ確かにエルフ大森林が『魔の森』と呼ばれていたのは俺のせいではないしな。なんだ逃げ損だったか~。


「だが────それを此方を貶す言い方で侮辱してくる輩に怒りを抱くのは当然だとは思わないか、なぁ?」


 それは……………………そう。全く以ってその通り。仰る通りですね……はい。申し開きもございませんねぇ……


「……………………」


 …………申し訳ございませんでしたァ────ッ!?


 この後床ペロさせられた。

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新鮮な魚でレスリングとかやらかす阿呆とか居ないだろうな?(遠い目
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