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第四十一話

 大聖堂にある一室にて、俺達は教会のトップである教皇と対面していた。


「ようこそ。私が教皇のグレゴリウスです。座ったままの出迎えで申し訳ありませんが、この通り足が悪く……ご容赦ください」

「いえ、お気になさらないでください。本日はお招きいただき誠に感謝いたします。そちらは……」

「ああ、彼はランス卿。私のサポートをしてくれている枢機卿の一人です」

「ランスと申します。お見知りおきを」

「俺、あ、私はアルフォンスだ、です」

「……聖女殿下、付き合う相手は考えた方がよろしいのでは?」

「考えた上での付き合いですよ、猊下」


 アルの拙い敬語に御付きのランス卿の鋭い目つきがさらに鋭くなった。うーん、ランス卿にはあんまり歓迎されていないようだ。


「ほっほっほっ。固くならないでください。何でしたら普段の言葉遣いで構いませんよ」

「え、本当に?」

「な、何を仰られるのです聖下!?」

「公の場ではないのだから構わないでしょう。今回の会談の本質をこのような事で損なう必要はありません。さあ、おかけくださいな」


 アルとクリスが教皇と机を挟んで向かい合うようにソファに座り、俺とアンナはその後ろに立ったまま控える。ここまで案内をしてくれたエドワードも扉を閉めた後、教皇の傍に控えるように移動していた。


「ではまずは改めて我々の教会の立ち位置をはっきりさせておきましょうか」


 まず口火を切ったのは教皇であった。


「我々星光教会としても、貴方がた【アルカンシエル】のエルロンに対する活動に全面的に協力させていただきたいと思っております。また、この度は我らの信徒、それも枢機卿という立場の者が貴方がたや王国に多大な迷惑をかけてしまった事お詫びいたします」

「聖下!?」

「あ、頭をお上げください!」


 これは驚いた。スタンスの表明はともかく、初手でいきなり教皇が頭を下げてくるのは予想外だ。


「とはいえ、この老いぼれが頭を下げた所で事態が良くなるわけでもありません。せめて貴方がたの知りたい事について答えさせていただきましょう。何が知りたいですか?」


 教会、というか教皇としては本当に可能な限り答えてくれそうな雰囲気だ。それだけ今回の事態を重く見ているという事だろうが…………踏み込みすぎても少し怖い所はある。

 とはいえ今回俺は立場的にしゃしゃり出る必要はない。さて、クリスはどう出るのやら……


「では……まずはエルロンという男について、詳しく教えていただけませんか?」


 ふむ、確かにそこは俺も聞いて置きたかった所だ。

 現状、俺達はエルロンの行方に繋がる明確な手掛かりを得られていない。龍神伝説や先史文明遺跡、ついでにエルロン一派を自称する野盗を手当たり次第に叩いているだけで時間を無為に過ごしていると言っても過言ではないだろう。


「王国での行いが露見してからのエルロン卿は、私の知っていた人物像とは大きく違っていました。それこそ成り代わりを疑うほどに。そしてエルフ大森林で再び遭遇した際に、彼は今までの振る舞いは演技だったと言っていました」

「それが本当であるならば、エルロンはいつ頃からその演技を始めていたのか、というのが重要になってくるかもしれないと」


 日常から常に演技をしていてそれをやめた、ということはその始まりと終わりには何かの理由ときっかけがあったはずだ。やめたきっかけは俺達に王の成り代わりがバレた事だろう。理由の核心としては世界を敵に回した事な気がするが、偽王の存在が露見した事でそれが早まったのは確かだろう。

 では逆に演技を始めたきっかけは何か? それこそがエルロンの演技を始めた理由、そして真の目的に繋がる可能性が高い。


「そうですね……かつてのエルロンは清貧を好み鍛錬に勤しむ修験者のような男でした」

「なんと。私の知るエルロン卿とは正反対ですね」

「清貧かはともかく、確かにエルフの森でのエルロンは少し鍛えられていたな」

「それがあのような贅沢を好むようになったのはいつ頃だったか……確かあれは、十年……いやもう二十年近くも経ちますかね」


 二十年近くとなると、俺達も生まれているかどうかといったくらいには昔である。それだけ長い間本性を隠し続けていたのか……


「当時、エルロンと同じく若くして枢機卿の候補として選ばれていた者がいたのです。その者の名はトーマス。その者が王国に存在した先史文明の遺跡において溜まっていた【穢れの瘴気】を溢れ出させたのです」


 そしてそのきっかけになったかもしれないのがトーマスというエルロンが摘発した枢機卿候補か。


「その際にいち早くそのことに気付いたエルロンは誰よりも早く周辺地域への避難勧告を始めとした瘴気への対処を行ない、多くの人々を救いました。そちらを優先したためにその瘴気を溢れさせたトーマスを逃がしてしまい捕らえる事はできなかったようですが……」

「そのことがきっかけで王国はエルロンに謝辞を送り、そこからクロリシア王家とエルロンの関係は強固なモノとなりました。そして、そんなエルロンの功績に肖ろうとする者たちが彼へと集まり、甘い蜜の味を知った結果贅を凝らすようになった……そうかと思っていましたが……」

「今思えば、トーマスはエルロンに嵌められたのか、あるいは二人の間には何らかの繋がりがあったのかもしれませんな」

「そのトーマスさんの足取りは掴めていないのですか?」

「わかりません。彼は我々が【穢れの瘴気】の対応に追われている間に完全に姿を消しました。おそらく自身の状況がどうしようもないものだと感じ取ったのでしょう」

「私はトーマスやエルロンとはそのころからの知己であったから言えますが、トーマスは野心家で自己に対する危機察知能力が高かった故、すぐに逃げの一手を打ったのだと判断していました」


 その野心家のトーマスがエルロンと繋がりがあったのか、それとも嵌められただけなのか、どちらにせよ、その遺跡に何かがあった可能性は高そうだ。そこを調査する価値はある。


「その遺跡の場所がどこか教えていただいてもよろしいですか?」

「確か王国のササンカという街の近くだったはずです」

「えっ」

「おや、何か気になる所でも?」

「あ、いや大したことじゃないんだけど、俺の故郷の近くだなーっと思って……」


 それは俺も思った。まあ近いと言っても獣道下った後に二日くらい歩かないといけない距離ではあるのだが。だが確かにササンカ近くの遺跡は昔に何か事故があって今でも危険が多いという事で国によって封鎖されているという話は聞いたことがある。


「詳しい場所については王国内の地図で見てもらった方がより正確にわかるでしょう。あれはかなり瘴気の被害地域が広かった事件ですから王国の記録にも残っているかと思います」

「場合によっては調査に国の許可がいるかもしれません。お兄様に相談してみましょう」



 ◆



 その後もこれからの協力体制や連絡手段など様々な事を話し合い、気付けば結構な時間が経っていた。


「ひとまずはこのぐらいでしょうか……」

「少しでもお役に立てたのならば何よりです」

「聖下、そろそろお時間が……」

「ああ、あと少しだけなら大丈夫でしょう? それに私としてもあの【アルカンシエル】の面々ともう少し話をしたいと」

「あの、というと、教皇さんも俺達の噂を知ってたのか?」

「ええ。貴方がた【アルカンシエル】の活躍はこの老いぼれの耳にも入ってきておりますよ。確か『浄化の姫巫女』『幻想の魔導師』『血濡れの狩人』そして……『雷光の勇者』でしたか」

「……? なんですかそれ?」

「貴方がたの最近の活躍によってついた貴方たちの二つ名ですよ」


 どうやらエルロン捜索の際に行っていた野盗狩りが俺達が思っていた以上に巷で評判になっており、それに伴っていつの間にか二つ名なんてものまでついていたらしい。

『浄化の聖女』は言わずもがなクリスの事で、『幻想の魔導師』は非公式ではあるがアンナの魔導師としての二つ名、『雷光の勇者』は当然アルの事だ。『血濡れの狩人』は多分ミラの事だろう…………俺はぁ?


「ああ、そういえば貴方がたの中に『法を護る断罪の銀光』を使える者がいると聞きました」

「ふぇ?」

「『銀光』っていうと……」


 教皇の言葉にあの場にいなかったクリスを除いた二人の視線が俺へと向けられる。おい、こっちを見るんじゃあない。


「もしよろしければこの場で見させていただいてもよろしいですか?」


 二人の視線を追った教皇は確信をもって俺に対してお願いしてくる。

 そもそも銀光が使えるだなんて一体どこから漏れたのだろうか? 特別隠しているわけではないがアンナとこの話をしてからはバレたら面倒事になると思って気をつけていたというのに…………まあ見せて減るものでもないし断る理由はないので祝詞を唱えて発動させる。はいはい銀光銀光。


「なんと強烈な光……!!」

「信徒でもないただの一平民がこれだけの光を……!?」

「おお、素晴らしいですね。この魔法は一体誰から習ったのですか?」


 俺、なんかやっちゃいました~? という気持ちを胸の内で抑えつつ、知人の神父から習いましたと返答する。


「知人の神父……? 一体どこにそんな神職者が……?」

「ちなみにこの魔法がどういった魔法なのか理解していますか?」

「え? これって武器をただ光らせるだけの魔法じゃないのか?」

「何を馬鹿なことを! この魔法は神敵を討ち倒すための神の威光を宿す破邪の魔法! そのような安易な魔法ではない!」

「ちなみに一般的にはこの魔法が放つ光の強さは魔法の効力の強さでもあり信仰心の現れであると言われています。エドワード、試しに使ってみてください」

「はい」


 教皇の指示に従ってエドワードも銀光の魔法を発動するが、その光は俺が出したものよりも少し弱かった。言葉でその差を現すのは難しいが、彼の光が『ピカー』なら俺の光が『ビカーッ』くらいだろうか?


「ちなみに私のこの光量でも強い方で、他の修得者でももっと淡い光である者が多数のはずです」

「それを教会と縁も所縁もないただの平民が、選ばれた聖騎士よりも強い光を宿すなど……!!」

「では改めて、貴方はこの魔法がどのような魔法であると考えていますか?」


 ランス卿が憤慨しているが、教皇は変わらず笑みを浮かべてこちらに答えを促している。

 うーん……これ言っていいのだろうかとも思うのだが、ここでだんまりしていても碌な事にはならなさそうなので腹を括る事にする。


 ……この魔法は、よく言えば『正義を執行する』ための魔法。飾らず言えば『怒りをぶつける』あるいは『八つ当たりする』ための魔法です。


「貴様、何をたわけたことを!!」

「ランス卿、落ち着いてください」

「ふむ。怒りをぶつける、とは?」


 個人的な解釈にはなりますが、『怒り』というモノは自身の中にある『正義感』あるいは『正しさ』の基準に反した時に湧き出る感情だと考えています。

 自身の中にあるこれが正しい、これが通すべき筋、と考えているラインを越えた時に『怒り』という感情が湧き出てくる。


「それおかしくないか? 正しくない悪いヤツだって怒るだろ?」


 そういうヤツは自身の欲望を正しさの基準としているのだ。『自分の邪魔をする奴は悪』『自分の思い通りにならないのが悪い』という風に正当化して怒りを沸かしているわけだな。とはいえそれは善人だろうと悪人だろうと人である以上は当然の事だ。自らの生存・快楽を脅かす存在などその本人からすれば『正しくない』に違いない。


 その正しさの基準を越える相手に対して湧き出た怒りの力を叩きつけるための手段がこの魔法であり、その正しさの基準に『信仰』が置かれることが多いからこそこの魔法は神聖魔法としてカテゴリされている……のでしょう。


 つまり『銀光』は、『自らの内にある正しさの規範から逸脱した対象に対しての特攻効果を付与する』魔法です。


「すばらしい。概ねその解釈で間違っていません」

「聖下!?」

「とはいえ、その効果の範囲があいまいであればこの魔法の効果は十全に発揮されません。それだけ強い光を生み出せる貴方は正義感がありそして自身の軸がしっかりとあるのですね」


 いいえ、俺はただ『こういうヤツがどうしようもなく嫌い』っていう基準があるだけですよ。


「でもそれだったらあのダニーとかにもあの魔法は効いたんじゃないのか?」


 いや、多分だが効果はなかっただろう。おそらく俺の『銀光』の基準には入っていなかった。

 別に悪人や敵だからって全員効果が発揮するって魔法じゃないのだ。


「じゃあお前のはどんな基準なんだよ?」


 それは……うまく言語化できる気がしないからまた今度な。


 ……アルの問いにはそう答えたものの、実際に説明しようとすればできる。

 自分の言葉に責任を持たず、他人の受け売りをきちんと理解しないまま鵜呑みにし、それが他人のものだと自覚しないまま、己の主張こそが何より正しいと思い込み、安全圏から考えなしに石を投げ、いざ危険となっても他責するばかりで自分で何もしようとしないような輩……つまりは怠惰な民衆だ。俺自身でもある。

 そんなものに手を上げるのならば別にこんな魔法を使おうが使うまいが変わらない。むしろ労力が増える分損というものだ。

 だからこそ俺にとってこの魔法はただ光るだけの魔法である事に変わりはない。

 あと余談ではあるが俺がこの魔法をここまで光らせるようになったのは、シスターからアルパパと結婚すると聞いて脳破壊されつつもその場は何とか平静を装いお祝いの言葉をかけてその場を去った後なんやかんやして賢者タイムに突入した際に先の理屈を思いつき、それを効果の範囲として定義したからである。要は教皇相手に長々と話したものの大した理論ではないのだ。

 だがそれをこの場で答える必要はない。目の前の相手が敵ではないという保証はいまだにない以上、銀光の魔法が相手にとって有効な見せ札になる可能性があるのならそれに越したことはない。

 まあ杞憂ならばそれが一番なのだが……


「聖下、さすがにもうお時間が……」

「もうですか? 時間が経つのは早いですね」

「聖下、この度はお時間を割いていただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございました。では見送りを……」

「なりません、聖下。次のお勤めの時間が押しております」

「……という事なので、代わりといってはなんですがエドワード、彼らを見送って差し上げなさい」

「かしこまりました」



 こうして教皇との会談を終えた俺達は教皇とランス卿を残して部屋を後にし、エドワードとともに再びスカルフォーザの停泊場所へと歩みを進めていた。


「ふぃー……なんというか、優しい爺ちゃんって感じだったな」


 それは同意なのだがせめて聖都を出てから言ってくれないか? 不敬と取られかねない。


「ははは、確かに教皇聖下は人当たりがよくお人好しと称してもいいだろうね」


 そんなアルの言葉に笑みを浮かべてエドワードが付け加えるように答える。その口調に責める雰囲気はなく肯定の意を示していた。


「ただ、それ故に少々甘い所もある。身内を厳しく疑う事ができるのか、正直私は疑問に思っている。あるいはそれすらも自身の腹の底を隠すための擬態である可能性も……」

「えっ」

「……ここからは教会との話ではなく私個人との話として聞いてもらっても?」


 周囲を気にしてか少しばかり小さくなったエドワードのその言葉に俺達が無言で頷くと、彼は改めて自らの考えを語り出した。


「おそらくだが、教会内にエルロンの信派はまだ存在しているだろう」

「何だって?」


 ふむ、その根拠は?


「根拠らしい根拠はない。だが奴らは飛空船でテロリスト紛いな事をしている割には世情に通じているように感じる。世間に流れている情報をエルロンに渡している者がいるのは間違いないだろう。さらにいえばいくら飛空船があるとはいえ人である以上補給作業というものが必要だ。それも何艇もの飛空船とそれを動かす乗組員を考えれば相当量がだ。だが奴らのそういった補給行為が発覚した事は現状ない」

「略奪行為をしているとか?」

「そういった行為も含めてだ。奴らは攻撃を仕掛けてくることはあれど略奪行為を行なうことは不思議なほどにない」


 上空からの一方的な引き撃ち行為で万が一にでも飛空船にちょっかい出されるのを避けているんだろうが、略奪なしでそれができるっていうことは潤沢な補給が可能な本拠地がどこかに存在するという事だろう。

 そしてその本拠地という補給路を整える協力者も当然存在するということになるが、10挺近くもの飛空船を支えられる規模となると相当な立場や権力が必要になってくるのは想像に難くない。なんだったら……


「教会が持つ世界への影響力は大きい。エルロンが今までいた立場を考えれば教会内にそういった存在がいると考えるのが一番妥当だ。次点で元々奴が懇意にしていた王国内だが、そちらは王国の方ですでに手を打っているようだから問題はないだろう」

「クロードならその辺りはしっかりしていそうだな」

「正直どこまで根が深いのか想像もつかない。場合によってはあの聖下すらもエルロン側の可能性すらある」

「アナタは教皇様も怪しいと思っていると?」

「あんなに優しそうだったのにか?」

「可能性はある。ただの優しいお人好しに教皇という称号は担えない」


 確かに。世界中に教えが浸透しているということは逆にそれだけ多くの意思が教会内に介在すると言う事。それを纏め上げるにはどうしても清濁併せ吞む必要があるだろう。善意や優しさだけで忍び寄る数多の悪意には対抗できない。


「だからこそ教会という組織を内側から精査していく必要があると私は考える。逆に外側からしか見えない事もあるだろう。その擦り合わせを君たちと私で行なっていきたい」


 しかしもしも探っているのが気付かれたら立場や命も追われかねない危険な役目だが大丈夫か?


「大丈夫だ、問題ない。これでも私は聖騎士だ」

「わかった。それじゃ、無理しない程度に頼む」

「頼まれた。何かあればすぐに知らせよう」



 こうして新たに聖騎士エドワードという協力者ができたのであった。


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エドワードに、一番いいのを頼む。
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