第四話
ここで【天恵】について説明しよう。
天恵とは、一部の人間が生まれつき持っている才能あるいは異能の事を指す。
昔の人はこれを神様からの贈り物、天恵だと考えてギフトと名付けたらしい。呼び方は地域や国によって変わるようで、天恵、恩寵、加護、贈り物、異能、超能力……などなど多岐に渡るが、ここでは【天恵】に統一しておこう。
天恵は通常人に起こせない事象を手足を動かすように引き起こす事が出来る。
一説によれば現在広く使われている魔法も、元は天恵を解析して編み出された技術であるとも言われている。だからなのか、天恵持ちは魔法を修得しやすいなどとも言われている。
【天恵】は言ってみれば身体の一機能だ。本能的にどのように使えるのか、どういう効果が発生するのか、使い手は理解できる。
さらにいえば使い込んでいけば【天恵】は鍛えられるのだ。
決まった規格があり威力がそこまで個人によって変動しない魔法と比べ、天恵は同系統の使い手でもその練度によって威力は大幅に変化する。
とはいえ魔法が天恵に劣るというわけではない。鍛え上げられた天恵よりも上級魔法が勝るという事も少なくないし、魔法は規格が決まっているために指標として設定がしやすい。軍隊なんかの組織運用ならば天恵よりも魔法の方が向いているかもしれない。
簡単に言えば、天恵は感覚的な機能、魔法は理論的な技術と言った所だろうか。まあどちらも使えるという人もいるが、そんな認識で問題ないだろう。
どちらも一長一短あるという事だ。
さて、俺も天恵持ちであるが、そもそもとして天恵=戦闘力というわけではない。
戦闘に不向きな天恵も当然のようにあるし、何なら戦闘に使えない物だってあるし、使用条件が極めて限定的なものもある
俺の持つ天恵はその使用条件が限定的なものである。基本的に戦闘にしか使えないが、戦闘能力に直接関係するものではない。
だが、まったく使い物にならないという物でもない。
◆
「────そこまでだ!!」
天恵による電撃を周囲にまき散らし厄介なヤドカリどもを蹴散らしながら、フードで正体を隠したお姫様の支援魔法とともにアルは敵陣へと乗り込んだ。
「敵襲だと!? な、何奴っ!?」
「問答無用!」
「あれは……第三王女か!?」
お姫様の支援魔法もあり、アルは瞬く間にその場にいる連中を無力化していく。ゾンビもヤドカリも数は多いもののアルの敵ではない。
しかしその中の一人……おそらくこの集団のトップだろう男は意思が明確にあるようで、『人語を喋る』『第三王女』……奴が人間社会に精通しているのは間違いないようだ。しかもフードで顔が見えにくいはずのお姫様の正体を的確に見抜いた辺り、上流階級にも通じている……?
「くっ!? だ、だが好都合だ……!! 貴様ら侵入者を食い止めろ!!」
ここでおそらくこの場でのトップだろう男が動き始めた。向かう先は祭壇に繋がれた女────アンナ嬢だ。というかやはりあの男、魔物を従わせている。……一体どうやって……? っと、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「くそ、数が多い……!」
数多くいる敵の対処に追われているアルは男の動きを止められない。王女も【浄化】以外にも支援魔法を使えるものの距離のある男の足を止める術を持たない。
このままだとアンナ嬢を人質に取られてこちらの動きを封じられてしまう。
こういう時のために、敢えて俺は二人とは別に隠れて突入をしたのだ。
現状、俺は敵に気付かれていないため妨害を受けない上に、遠距離からの攻撃手段も持っている。
気配を隠したまま、弓に矢を番え、弦を引く。
放つ前に中る、なんて領域には至っていないし至れる気がしないので、狙いを定めて────放つ。
弦の撓る音とともに矢が空を切り裂き、そして────見事に命中する。
「…………あ?」
何が起こったのか理解できないのか、男はそんな間の抜けた声を出しながら、額から矢を生やして力なく地面に倒れ込んだ────────────人質の女の姿を見ていた。
「………………え?」
王女の声が、やけにその場に響いた。
その場にいた全員が、予測もしなかった事態に動きを止めてしまっていた。
そんな隙をついて俺は二射目を放ってリーダー格らしき男の心臓もぶち抜いた。
「……はっ!? 呆けてる場合じゃないよな!」
リーダー格らしき男が倒れたのを見てアルが最初に我を取り戻し、敵残党の掃討に取り掛かる。
ふむ、少々不安もあったが、見事に命中した。ヘッドショットとは我ながら見事なものだ。決してミスではない。ミスではない。
人質がいて手が出せない。ならどうするか。
簡単な事だ。人質の価値を失くしてしまえばいい。
そうすれば人質を気にする事なく戦える。
そもそも人質を盾にしようとした時点で敵がそれ以外に優位点が存在していないと主張しているようなものである。よしんば奥の手があったとしても人質を肉の盾として機能すると信頼しきっているという事になる。
つまりその盾がなくなればそこに隙が生まれ、瓦解させることは容易である。今回はトップらしき男を無力化しただけだが、指示役がいなくなった事でゾンビとヤドカリたちの動きはより単調となり制圧は容易になり、あっという間にアルが一人で敵勢力の制圧を完了させた。
その辺りでようやくお姫様が再起動したらしくこちらに詰め寄ってきた。
「あ、あなっ!? あなた!? な、なんてことを……ッ!?」
見事なヘッドショットである。成し遂げたぜ。
そう言ってお姫様に親指を立てる。
「あ────あなた! ご自身が何をしたのか理解しているのですか!?」
このお姫様は何を怒っているのだろうか? きちんとオーダーは守ったというのに……?
「いやそりゃ怒るだろうよ。友達の頭に矢をぶち込まれたんだし」
「アルフォンスさんも何でそんなに落ち着いているんですか!?」
「何でってそれは…………あ、そういえばクリスにお前の天恵の事説明してなかった」
ああ、成程。つまり人質になっていたアンナ嬢が死んでしまったと思い込んでいるのか。
「思い込んでいるも何も、頭に矢が……ッ!!」
心配ご無用、峰打ちでゴザル。
「……はっ?」
突然の台詞に、訳がわからないと呆けるお姫様が怒りで再起動する前に額から矢を生やしたアンナ嬢の手を握らせる。
「……えっ? 脈が、ある……?」
そう、彼女はまだ生きている。頭を矢で射抜かれてはいるが、適切な処置をすればその傷も治るだろう。何なら矢が刺さったままでも死にはしない。
「あ、頭に矢が刺さってるのに?」
心配ご無用、峰撃ちでゴザル。
「よしんば首を落としても?」
心配ご無用、峰打ちでゴザル。
これが俺の天恵『峰打ち』もとい【不殺】である。
俺が殺さないように意識すれば全力で攻撃して致命傷を与えたとしても、相手を殺さずにダメージを与えることができるのだ。
その際の攻撃手段は問わない。剣だろうが弓矢だろうが魔法だろうが罠だろうが、この天恵は適用される。
ダメージの程度も関係ない。たとえ内臓が吹き飛ぼうが矢が貫通しようがミンチになろうが、この天恵は適用される。
この天恵による負傷であれば適切な処置さえすれば治るのだ。逆にこの天恵は戦闘能力の上昇には全く結びつかない。致命傷を与える時に殺さないように効果を発揮するものなのだから当然である。
きっと生き物を殺す事に忌避感があるだろう俺に対する天恵なのだろう。
「いや、それはない」
そう推測する俺の意見をアルにバッサリと否定された。何を根拠に言うのか……。
「俺子供の時にお前の仕掛けた罠に故意にかけられて死にかけたんだけど」
あれは調子に乗っていたアルが悪いのだ。凡才である俺に純粋で残酷な天狗になっていた天災少年のアルを止めるにはああするしかなかった。
地力で完全に劣っていた俺にとって、大型の魔物用に作っておいた、丸太を吊るして破城槌みたくした『峰打ち』罠で天災少年アルをブッ飛ばすのが最善だった。アレの設置にとても苦労したが、当時の俺が当時のアルを止めるためには仕方なかった。思った以上にアルがバラバラに飛び散ったので集めるのに苦労したが。
「あれ、治癒魔法がなかったらそのまま死んでたぜ」
それはない。何故ならアレは峰打ちだからだ。あの時は確かにまるでポップコーンのように肉片が至る所に飛び散っていたが、それでも峰打ちである以上死なない。
「そうだな。死なないんじゃなくて死ねないんだよな……」
何やら遠い目をして虚空を見始めた。どうしたというのだろうか? 死ななきゃ安いだろうに。
「え……え……!?」
どうやらお姫様は未だに混乱していて現状を把握できていないようだ。仕方ないので実際に彼女の意識を取り戻してみよう。
持ち物から液体の回復薬を取り出してアンナ嬢の身体……主に頭部辺りに振りかける。さすがに瞬時に傷が塞がるようなことはないが、自己治癒力を促進して云々という効能がある事に加えて単純に液体を顔にかけられて失った意識を覚醒する一助にはなるだろう。
「あれ……クリス……?」
「アンナ!? 大丈夫!?」
「……ちょっと頭痛いけど、多分……」
額から矢を生やした女性が普通に会話をしている。その光景が何とも現実味がなく少しシュールで笑えてくる。そうは思わないだろうか。
「平然とそう言うお前に、引くわ」
えっ?
「……変な、夢を見たわ……魔物に捕まって、クリスが、物語に出てくる勇者みたいな人と……私を助けに来て……その過程で頭に、矢が刺さって死んじゃう、夢……」
「え……えっと、その……」
ふむ、お姫様が返答に困っている。だがどうやら命に別状がない事は理解してもらえたようで何よりだ。
感動の再会の所、申し訳ないがそれは夢ではない。アンナ嬢にも状況の説明をしたいのだが。
「え? アンタたちは……?」
「か、彼らは私を助けてくれた旅のお方です。彼らは私たちを助けてくれたんです、アンナ」
「助け……って、あれ……? そっちの人、夢で出てきた……?」
だから夢ではない。キミは魔物に攫われて、お姫様とアルがそこに助けに来て、首魁らしき男に人質にされかけて、俺の矢が頭に突き刺さった。紛れもない現実である。
確認したければ目線の上の辺りに手をやるといい。矢に触れる事ができる。なにせ現在進行形で刺さっているから。
「……えっ?」
アンナ嬢はまさに恐る恐るといった感じで震える手を自身の目の上、額の辺りに持っていき、そこから突き出ている矢に触れ、その出処を確認すると、顔色が一段と悪くなって声を上げた。
「────ああああああああッ!?!?」
女性の叫び声が辺りを響かせる。森に住む魔物なり動物なりがこの声で寄ってくるのは避けたい。
なのでひとまず落ち着いてほしい。何、死ぬことはない。何故ならそれは峰打ちだからだ。
「みねっ、峰打ちって!? フザケてるのアンタ!? 峰って矢のどこが峰なのよ!? というか突き刺さってたら峰あっても関係ないじゃない!!」
そういう天恵なのだ。何、命に別状はないし、脳に痛覚はないから大丈夫だ、安心してほしい。
「そういう問題じゃないでしょうがッ!! ええ!? 何これ何これ!?」
うーん、混乱しているようだ。どうも頭に突き刺さった矢というのが受け入れられないらしい。
ならとりあえず頭の矢を抜いておこう。
幸い鏃は頭を貫通して外に出ている。矢羽側を切り落としてから抜くとしよう。
「…………え?」
大丈夫。さっきも言ったが脳に痛覚はない。ちょっと経験がないのでどんな感触かはさすがにわからないが、再度天恵を使用しながら抜くので死にはしない。
王女様は矢を抜いた後に傷跡に治癒魔法をかけてほしい。さすがにこのまま治癒すると頭部と矢が一体化してしまう可能性がある。
「ちょ、ちょっと待って。普通こういうのって意識ない時にやるもんじゃないの……!?」
本来はそうなのだが、お姫様が頭に矢が刺さっているのに本当に生きているのか不安がっていたのでやむなく先に起こした次第だ。あのままだと理不尽に怒られることになっただろうから仕方なかったのだ。
「それは当たり前の反応よね!?」
「というか私のせいにされてませんか!?」
というか手順が逆になっただけで特に問題はない。一応暴れられないように手枷の鎖もまだ壊していないから大丈夫。
「手枷外してなかった理由ってそれ!?」
大丈夫、先っちょ、先っちょだけだから。
「や、やめ────」
────この後、声にならない声が響いた。