第三十八話
「急に呼び出してすまない。今日みんなに集まってもらったのは改めて確認しておきたいことがあったからなんだ」
公国から魔導都市に戻ってきてから数日、シド工房の一室に集まった俺達にアルはそう話を切り出した。
「俺達はこれから本格的にエルロン達と敵対する。今までみたいに仲間が危険だからってだけじゃない。あいつを放置できないって俺自身が強く思ったからだ」
今までアルがエルロン一派に敵対していたのはクリスや王国を助けるためだった。もちろんそれは今も変わらないが、そこにアル自身エルロンを捨て置くわけにはいかないという思いが加わったことで、奴らを止めなければならないという使命感はさらに強固なものとなっていた。
「その上で改めて聞いておきたい。みんなは俺達に協力してくれるか?」
だからこそ今一度仲間の意思を確認すべきだと考えたようだ。エルロンたちが何をやろうとしているのかはいまだわからないが、それでも想像以上にスケールのデカい事をしようとしているのは確実である以上、それを最前線で止めようとしている俺達も命の危機に頻繁に見舞われることになる可能性もある。成り行きで付き合ってくれているのであればここで抜ける事も選択肢としてはありだろう。
「もちろん。付き合わせてください」
「何をいまさら……って、アンタたちもこういう気持ちだったわけね」
「愚問だな。我らはエルフを代表して貴様達に協力するためにここに来ている」
「その使命だけじゃなくてお前たちの力になりたいと思ってるさ」
「そもそも飛空船はボクのだよ。ボクが協力しなきゃ始まらないさ」
「君達についていけば先史文明の遺跡を巡れるだろうから僕にとっても十分な理由になるネ」
まっすぐで迷いのない言葉を口にしたクリスを始めとして、この場に集まった六人はアルとともにエルロンを止めるために協力すると肯定の意を示した。一部は自身の趣味も含まれてそうだが、それでもみんなの信頼が感じられた気がした。
「みんな、ありがとう」
……って、おい。俺には聞かんのか?
「え、お前は来るだろ?」
いや、まあそうなのだが……そこは様式美というものがだな……
「様式美とか今はいいから」
「さて、みんなの意思も確認したところで、今後の予定というか方針を決めるためにもみんなの現状とか意見とかを聞いてもいいか? ちなみに俺はニアの実験とやらに付き合わされてた」
「おかげで現状やりたいことの半分くらいは形にできそうだ」
どうやらニアは充実した研究生活を送れているようだ。というか飛空船のメンテとかもしているのにそんなことしている暇があるのか……?
「私はこの街の医療機関とやらで身体の状態を診られている。こちらの技術でもダークエルフの侵された跡は治す技術はないようだが……しばらく検診で時間を取られるとのことだ」
「僕もその関連で薬学ってのを学ぶ事になりそうかな。こっちで手に入れられる薬草でエルフの薬が再現できるかも確認しておきたいし」
魔導都市の力を以ってしてもミラの身体を改善することはできないようだが、現状悪化する様子もないのでひとまずは様子見という所らしい。本人としては身体を鈍らせないためにどういう訓練をするかの方が悩み所なのだとか。
テルも自身の知識と新たな知識のすり合わせだけでもだいぶ時間がかかりそうとのこと。
「私はお兄様を通じて教会の上層部から話を聞けないか働きかけています。まだ時間はかかりそうですが……」
「いつの間に」
「伊達にお説教くらったわけではありません」
「威張る事ではないな」
どうやらクリスは帰還時とはまた別でクロード王に説教を喰らっていたようだがそれは仕方ないとして、教会のお偉方との面会はいろんな意味でしておいた方がいい。今後俺達と協調できればいうことなし、最悪エルロンについての話は聞いておきたい。
「そういえばアンナはもう魔導師になれたのか?」
「いや…………その…………」
そしてアルの問いかけに対して気まずそうに目を逸らすアンナの姿はその答えを雄弁に表していた。
「ま、まあ魔導師試練なんて合格するまで何年もかかる事なんてざららしいですし」
「仕方ないといえば仕方ないのか……」
でもアンナなら何でもない顔ですぐに魔導師になるかと思ってたのは俺だけではないはずだ。
「で、そういう貴様は何をしていたのだ?」
俺? 俺はスレで義賊ハットーリ複数人説の是非に関する議論にいそしんでいた。
「よくわからんが貴様が時を無為に過ごしていた事は理解した」
スレ云々が何か理解している数人が俺に非難の目を向けてくる。ちゃ、ちゃんと情報収集もしてたから……(震え声)
そ、それより! そんな目でこっちを見てくるモーティスはさぞ有意義な時間の使い方をしてたんだろうなァ!?
「語気を強めて誤魔化そうとするな」
「僕はエルフの森で見た塔の残骸を始めとした今までの情報から先史文明について見解を纏めていたんだけど…………これからの僕らの活動にも関わってきそうだからその見解をここで話してもいいかな?」
まあどう考えてもエルロン達の目的が何であろうと先史文明が関わってくるのは確実だろう。であればその先史文明に関する情報を事前に手に入れる事は重要だろう。それがたとえ仮説レベルであろうとだ。
「じゃあ頼むよ」
「ではまず僕らの一般的な認識だと、超常的な技術を誇っていた先史文明は何らかの理由で滅びたとされている。滅亡の理由に関しては諸説あるもののどれも根拠に乏しいためいまだに不明だ。天変地異と言うべき災害が起きたっていうのが有力な説なんだけど、僕個人としては違うんじゃないかって思っていてね」
ほう、考古学の第一人者であるモーティス先生はどう考えているので?
「ずばり、戦争かなって」
「戦争……って、先史文明はかつて世界を統一してたんだろ? どこと戦争してたっていうんだよ?」
「そうなんだよネー。あくまで出土品が武器や兵器が多いなーって僕個人の印象であって確証となるものは何一つなかったんだよネ。だけど、先日のエルフの森での件やエルフに伝わる言い伝えによってこの個人の妄想もある程度明確な仮説となった」
「エルフの言い伝え?」
「大した話ではない。我らエルフの間でもその先史文明とやらの話は聞き及んでいるが、その詳しい実態などは一切わからん。だが、かつての文明が滅びた理由に関してはこのような伝承が残っている」
「────人は禁忌に手を出して、龍神たちの怒りに触れたのだと」
ふむ……今までなら龍なんて単なる伝説で、何かの天災とかの暗喩だろう、と切り捨てていたが……
「ゾンビとはいえ、実際に遭遇したわけだしなぁ」
「あれ、ワイバーンとは違うんだよね?」
「全くの別物だろ」
ワイバーンも竜分類なのでは? と思わなくもないのだが、あれは空飛ぶ爬虫類という感じでドラゴン的な存在感はない。いや一般兵士レベルの実力者にとっては十分脅威ではあるのだが、なんというかあのゾンビ化した龍から感じた威圧感とも表現できる感覚と比べれば存在の格が文字通り違う。
「まあともかく【龍】【龍神】という存在が実在したという前提を共通認識として持ってもらった上で結論を言うと────先史文明は、龍との戦争で滅んだと考えられる。仮にこれを【人龍戦争】と呼称するとしよう」
「【人龍戦争】……どれほどの規模の戦いだったのでしょう・……」
世界規模だったのは間違いない。何せ世界統一してたらしい先史文明がその詳細すらわからないほどに消し去られたわけだし。
「先史文明時点での人類と龍がどのような関係だったのかはわからないけれど、では、この【人龍戦争】は何が原因で起こったのか。人が手を出した禁忌とは一体何だったのか……」
「それに関してはボクは確信をもって言えるよ」
モーティスの疑問の言葉を引き継いだのは意外にもニアであった。
「結論を言えば、その禁忌とやらは【穢れの瘴気】の事だろうね」
まあ龍神が骸になってまで封じながら森に蔓延する瘴気を祓っていた事から考えればその結論になるのは当然だろう。
だがそれでも仮説の域を出ないはずだ。何故それをニアが確信をもって口にしたのだろうか?
「ボクの手元にいくつも物的証拠があるからね。例えば、キミたちがクェス近くの遺跡で手に入れた瘴気を操ったというペンダント。もう完全に壊れていたからどういう仕組みかはわからないが瘴気を操る道具がある時点で【穢れの瘴気】が先史文明と関わりがあったのは確実だろう」
現代の技術で再現できない以上、あのペンダントが先史文明の遺産だっていうのは自明の理だしな。
「極めつけは飛空船に『スカルフォーザ』だ」
「スカルフォーザ? 何それ?」
ご存知でない? 『スカ』イ・ア『ルフォ』ン・ギョク『ーザ』、略して『スカルフォーザ』だ。
俺が付けた渾身の名前をアルがどうしてもいやだというので仕方なく略称で呼ぶことを許可したんだ。
「そりゃいやだろ、自分の名前を変な名前に組み込まれるのは」
変とはなんだ。由緒正しき名称だぞ。
「由緒正しきの意味を調べてきなさい」
「話を戻すよ」
「状況証拠からの推測だけど十中八九、飛空船もスカルフォーザも動力は【穢れの瘴気】だよ」
は?
「エルフの森で敵の墜落した飛空船があっただろう? 世界樹の跡地近くで瘴気に侵された死体があった墜落船だ」
ああ、飛空船の応急措置用のパーツを剥ぎ取ったあの船だな。
「あの船は塔か樹の残骸にぶつかったことで墜落したと思われるが……もしそうだとするなら、乗員だった彼らが瘴気に侵されているのはおかしいんだ」
「おかしいって、何でだよ? あの時はそこら中瘴気に塗れていたじゃないか」
「いや、あの時瘴気が溢れていたのは神樹様の周囲のみ。外に広がろうとする瘴気は神樹様の御力やクリスの天恵で浄化されていた。その上で瘴気が溢れる事を知っている彼奴らがわざわざその場所に近寄るとは思えん」
「なら彼らを汚染した瘴気はどこにあったのか……と考えれば飛空船に瘴気があったと考えるしかない。そして墜落していた飛空船は肝心の動力部だろう箇所が潰れていた」
つまり、その動力部が潰れたことで中に充満していた【穢れの瘴気】が溢れ出して汚染されたと。
「それに急なタイミングでのスカルフォーザの燃料切れも合点がいく」
確かにスカルフォーザがエネルギー切れになったあの時、クリスが周囲を取り巻く瘴気を【浄化】していた。だから急にエネルギー切れになったのか。
「そもそもとして【罪禍の塔】は【穢れの瘴気】を生成する施設だったのかもしれない」
「昔の人はあんな危険なもんを動力にしてたって事になるよな」
「エネルギーなんてそんなものさ。大なり小なり危険性はある。それをいかに安全に使えるようにするかというのも技術の一つだよ」
確かにニアの言うことも尤もだ。火だろうが水だろうが雷だろうが、何なら人力すらも使い方を間違えれば害となる。
「簡単に纏めると……先史文明時代、人は【穢れの瘴気】を動力として使用し、それが龍神たちの逆鱗に触れて【人龍戦争】が勃発した。その結果、先史文明は崩壊した……といった所かな」
「では龍はどうなったのか」
「僕らはそれを目撃していたじゃないか」
龍神は【穢れの瘴気】を生成していただろう【罪禍の塔】に巻き付くように世界樹へと姿を変えていた……エルフたちが聖骸と呼んでいたことから力尽きて姿を変えていたと考えるべきか……?
「おそらく先史文明を滅ぼした龍神もただでは済まなかった。最低でも【穢れの瘴気】を完全に消し去る事ができないくらいには」
「実際、今まで人類で生きた龍神なんて存在発見されていないからね。世界樹もあくまで龍神の遺骸って話だし」
「だが逆に言えば神樹様と同じように姿を変えて今もなお存在している龍神が他にもいる可能性はあるわけだ」
「そしてそんな龍神がいる場所には先史文明の重要な遺跡がある可能性も高い」
「敵さんの狙いが先史文明の遺跡なのか、あるいは先史文明の敵だった龍神たちなのか絞り切れないが、どちらにせよ考察の材料にはなるんじゃないかな」
「つまり、龍の居場所を辿ればそこに重要な遺跡があるってことか」
真偽はともかく龍神伝説は少なからず世界各地に存在する。
エルロンの目的が奴らの敵だろう龍にあるのか、それとも遺跡自体にあるのかはわからないが、龍神伝説を追っていけばそのどちらにも当てはまる可能性があるというわけか……
やるべきことは明確になったが、調べる事が増えたお……
「頑張れ相棒!」
お前も調べるんだよ!
「目的地が定まるまでにボクは飛空船とスカルフォーザの改良に着手するとしよう」
……そういえば気になったんだが、ニアの飛空船って何で動いているんだ? さすがに【穢れの瘴気】ではないはずだが、それに近しい動力を今の技術でどう賄ったのだろうか?
「フフフ、それはね……雷光エネルギーさ」
ぬぅ! 雷光エネルギー!
「知っているのか?」
知らん。
「紛らわしい反応をするな」
でも名前からなんとなく想像はつく。つくのだが、まさか……!
「そのまさかさ。度重なる実験の末、アルの天恵である【雷光】、それをエネルギーとして転用する事に成功したのさ」
コイツ、電気の概念すらまだ曖昧な世界で雷のエネルギー転用に成功しやがった……! 技術の階段を一足飛び、どころの話じゃないぞ……!
「これの利点はアルがいればエネルギー充填がいつでもできるという点であり、アルがいなければエネルギー充填ができないという点でもある」
「後者の言い方だと欠点ではないのか?」
あっ、そういう事か……!
「えっ、どういうことです?」
そもそも最初の飛空船は王国預かりになる予定だった。その王国預かりになった飛空船を俺達が乗り回す、というのを想定していたわけだが、そこで王国が意向を変えてしまう可能性もなくはなかった。
実際、クロード王としてはクリスはこの魔導都市に閉じ込めておきたい思惑があり、そのために飛空船を接収した上で王国軍だけで攻勢に出るという選択肢もあった……いや今もあるはずだ。
だが動力に雷が必要になる以上アル抜きで飛空船の運用はできない。充填さえすればしばらくは動かせるだろうが、それでもいつかはエネルギーが尽きる。そのたびに魔導都市に戻って充填しなければならないというのは欠点としてデカすぎる。なんだったらアルが魔導都市にいない可能性もあるから致命的だ。
つまり打倒エルロンという目的を考えれば飛空船にアルを乗せるしかなくなり、そうなれば軍的運用ができなくなるわけだ。
「何でアルを乗せたら軍的運用とやらができなくなるんだよ?」
「アル君に規律正しく命令が来るまで待機とかできないでしょ」
「ああ納得」
「ええっと、つまり……どういうことだ?」
「実質あの飛空船はアル専用の船だって事だ」
「スカルフォーザもそうする予定さ」
専用の飛空船だぞ。やったな、夢が一つ叶ったじゃないか。
「せっかくならもっと楽しい事で使いたかったぜ」
まあそれはそう。何が悲しくて念願の飛空船でヤロウのケツを追いかけなきゃならんのか……
「だったら嫌な事は早く片付けて楽しい事にも使いましょう。世界中を冒険するとかどうです?」
「ちょ、クリス何言ってんのよ!? いやまあ確かに楽しそうだけど……」
「ふむ、それは面白そうな事になりそうだし是非とも僕も一枚咬みたいネ」
「まずは彼奴らを何とかしてからだろうに、まったく……」
「とか言いつつ姉さんも興味あるんでしょ?」
「おいおい、そもそもボクの飛空船だからね。当然ボクも混ぜなよ」
クリスのポジティブな発言を皮切りに次々と乗り気な発言をしていく面々に思わず腕組み後方保護者面で笑みを浮かべてしまう。
「なんでそこでアンタが保護者面してんのよ」
「貴様はむしろ中心で馬鹿をやる側だろうに」
「変な事言って状況を引っ掻き回すのは得意だろう?」
なんかひどい言われようだな。そんなに変な事を言った事はないはずなのに……
よし、そこまで言うならちゃんとしたこと、このチームの名前を付けてやろう。例えば、そうだな……アトラシアに吹く熱風という意味を込めてサン…………
「却下」
おい。せめて最後まで言わせろよ。
「何かふざけた事を言うときの顔だったわ」
「然り」
ガーンだな……なら今度は真面目に考えるとしよう。とはいえいい感じの名前なんてすぐには思い浮かばないんだよなぁ……
「────だったら『アルカンシエル』ってのはどうだ?」
俺が悩み始めた時にその名前を提案してきたのは意外にもアルだった。
ほう、その心は?
「俺達はエルロンに対抗するために色んな国とか人とかを結びつける事になるわけだろ? それって言ってみれば架け橋みたいな役目だと思ったんだ」
ああ、だから『空の架け橋』ね。
「そうそう。なんか前にそんな感じの意味の言葉だって聞いたことがあってさ。飛空船も手に入れたわけだし意味合い的にも合ってるんじゃないか? あと語感もいいし」
『虹』という意味でもメンバーが色とりどりの個性で合致しているな……というか個性強すぎない?
「アンタもね」
「ちなみにチーム名に名前が含まれているのも……」
「それはたまたま」
────こうして俺達は正式にチーム【アルカンシエル】を結成したのだった。




