第三十六話
ロリー婆の要望によって飛空船で向かった先は公国の首都にある城、つまりは公国の重鎮である大公たちがいる場所であった。
さすがに城に直接飛空船で乗り込むわけにもいかないので開けた場所にて着陸し、飛空船を警戒してきた哨戒してきた公国兵に連れられる形で首都へと向かい、『森へ入っていった姫巫女一行とハイエルフが飛行船に乗ってきた』という最低限にも関わらず濃い情報を知らされたであろう大公と大臣と急遽面会する事となった。
重要ではあるものの量の足りない情報のせいで混乱する中、こちらに対して何か物言いたげな大公たちを尻目に真っ先に発したロリー婆の第一声が、これだ。
「おお、大公殿! 此度は貴方が遣わしてくださった客人たちのおかげで助かりましたぞ!」
これには大公も大臣も言葉を失った。俺達も言葉を失った。
それと同時にこうも思った。成程、この手があったか、と。
現状の公国側の視点を考えれば、各国で散発的なテロ行為を繰り返しているらしい飛空船から降りてきた俺達クリス一行とエルフのロリー婆はかなり怪しい立場に見られている。
とはいえ旧交の深いエルフに対してはまだ疑惑の域を超えない程度だろう。互いの文化を知りあっている以上、エルフの技術で飛空船を生み出すのは無理だというのは公国としても理解していると思われる。
問題としては俺達、姫巫女一行と飛空船できた魔導都市組だろう。
俺達は暗に勝手に森に入るなよと言われていたのに、合法的にとはいえエルフ大森林に入っていったわけであるし、アンナ達に至っては明確に不法入国してしまっている。さらに俺達は纏めて公国と関係が悪くなっていた王国の関係者として見られているので公国からしたら疑惑を通り越してかなり黒い。
なので公国としては俺達を糾弾するなり、ロリー婆に対して説明を求めたりなどの行動が予測できたのだが、その前にされたロリー婆のこの発言によって公国にとっての状況が変化した。
ロリー婆のこの発言によって『エルフが何らかの危機に苛まれた被害者』であり、そのエルフにとって『俺達が公国が寄越してくれた恩人』であると公国側は認識した。
エルフが被害者なのはあっているが、もちろん俺達は公国関係なくエルフと接触したし当然ロリー婆もそれを知っている。だが重要なのはそこではない。
重要なのは、今のこの発言によって『エルフは公国と敵対する意思はなく』、『そのエルフの危機を救ったのが俺達一行であり』、『俺達を派遣したのが公国であるとエルフが認識している』事が明示された事である。
これに対して公国が否定するのは簡単だ。なんせ俺達の行動に公国が関与していなかったのは事実なのだから『そんな事実はない』とこの場で口にすればいいだけのことだ。
だが公国がこれを否定して俺達やアンナ達を捕まえようとした場合、『え? じゃあお前たちは森の危機に何してたの?』ということになり、さらに言えばエルフの恩人を罪人扱いする事になり、エルフからの公国の評価はダダ下がりとなるだろう。
公国が今の貿易大国となれているのは少なからずエルフの森の恩恵があるからであり、そこを管理するエルフとの関係が悪化する事は避けたい。
もっといえばロリー婆の言葉を肯定した所で公国が損をすることはないのだ。特に労力を割かずにエルフに恩を売れ、何だったら不法入国した王国へも恩を売れる。むしろ公国としてプラスでしかない。
強いてデメリットをあげれば、王国側の人間に見える俺達に好き勝手にされたのにそれを黙認するしかないくらいだが、それも王国に貸しを作れたと思えば許容範囲だろう。
その辺りを瞬時に判断したであろう大臣が大公に耳打ちし、ロリー婆の発言に乗っかる形で俺達が心配していた点は何事もなく解決し、スムーズに話は進んでいった。
正直面倒だと思っていた公国との問題はこれで万事解決したのだった。
さすがロリー婆、老獪を自称する合法幼女は伊達ではなかった。
◆
さて、公国との問題が終わり、公国も対エルロン一派のために力を貸してもらえる事となったのでその旨を王国のクロード王子に伝えるべく俺達は飛空船を使って一度魔導都市に戻る事となった。
その前にロリー婆をエルフの森へと送り届ける必要があったので再び世界樹跡へと飛空船を停泊したのだが、
「さて、これからどういうふうに王国と公国が協力し合うかはわからんが、恩人であるあんたたちにエルフとしてできる助力はしようと思う。ミラとテル、この二人を連れていくといい」
「はっ!?」
「ロリー婆!?」
「ミラは少し堅物な所はエルフの戦士の中でも最上位の腕前だ。テルもまだ未熟な所も多いが、頭を使う事なら役に立つ事も多いだろうさ」
ミラの実力は俺達もよく知る所であるし、テルも戦力にはならないがその地頭の良さから頭脳面や裏方で役に立ってくれるだろう。
ただもともと外に出たがっていたテルと違って真面目なミラがそれを素直に承諾するとは思えないのだが……実際食って掛かっているし。
「待て! 私はダークエルフだ! その役目を放棄するわけにはいかないだろう!?」
「役目と言っても神樹様も禁忌の塔もなくなっちまったんだ。ダークエルフの役割自体を見直す必要がある。ならあんたが森に居座り続ける理由もないわけだ」
「それは……そうだが……」
「それにエルフとしてもやられっぱなしで放置するのも癪に障るからね。一矢報いてきてくれ」
「……………………わかった。それが長の決定なら、従おう」
「テルもそれでいいかい?」
「まあ、僕は元々外に出たいと思ってたわけだから問題ないけど……」
「なら決まりだね。というわけだから二人をよろしく頼むよ」
「いやまあ、俺達としてはありがたいけど、いいのか? エルフだってこれから大変だろ?」
アルの言う通り、今回の件はエルフたちのこれからに少なからず影響を与える事だろう。
実質的な被害は少ないと言っても、今まで当たり前のように存在した信仰対象が消えてしまったのだ。
当たり前の常識が崩れてしまった事はエルフたちに心理的な衝撃を与えた事に違いはない。最悪エルフという民族が分解してしまってもおかしくはない。
そんな重要な局面でミラとテルをこちらに派遣しても大丈夫なのだろうか?
「そのくらいなんとかなるさ。これでも経験豊富だからね。それにこれからのエルフ族のためにも二人には外の世界で見聞を広めてほしいのさ」
そういう姿はどうみても幼女なのだが先程のやり口などを見ていると説得力が増してくるのが不思議である。
それにしてもどうやら二人は将来のエルフ族を率いる事を期待されているようだ。まあわからなくもない。
「……というわけだ。改めて、エルフの戦士ミラだ。よろしく頼む」
「同じくエルフのテル……です。姉さんと違って肉体労働は苦手だからそこはよろしく」
というわけでエルフ姉弟のミラとテルが仲間になった。
◆
こうして新たな仲間を迎えた俺達はエルフたちに見送られながら飛空船にて魔導都市へと飛び立った。
「……ところでクロードに報告するために戻るのになんで魔導都市に向かうんだ? 直接王都に向かわなくていいのか?」
「それはやめた方がいいわね。だってついこの間国王を害して成り代わっていた連中が奪った飛空船で逃げたのよ。そんな所にいきなり飛空船が来たらどうなると思う?」
どう考えても勘違いされて弓引かれるわな。多分まだニアが飛空船作った事も正式に報告してないだろうし。
「それにこの飛空船も本格的に修理しないといけない。森でしたのはあくまで応急処置にすぎないからね」
「直ってないのか?」
「直ってないわけではないさ。ただちゃんとした設備のある場所で点検はするべきだって話だよ。それにこの船はあくまで試作品だからね。工房内でこれの稼働データの共有もする必要がある」
成程、この飛空船はあくまで試作品の段階だ。ここから様々なデータを取ってさらに精度の高い船を作り上げていくのだろう。天災技術者といえど、そういう技術のフィードバックは大事にしているようでよかった。
「それにお前たちの乗ってきた小型の飛空船が気になる。詳しく調べたい所だ」
ああ、これ単純に興味の対象がスカイ・アルフォン・ギョクーザに移っただけだ。
「すか……何その奇天烈な名前?」
「ネーミングセンスを疑う」
なにおう! この機体ならこの名前しかないってくらいにピッタリだろう!
「せめて俺のじゃなくて自分の名前つけろよ」
俺だって自分の名前で付けたかったさ。だが語呂の良さで比べての苦渋の決断なんだよなぁ。
まあ束の間ではあるが新しい仲間と交友を深めつつも今世初めての気楽な空の旅を満喫するとしよう。
「初めてのって、大げさだなぁ」
大げさか? うーん……せやろか? ………………せやろか???
◆
そんなこんなで無事魔導都市のシド工房に到着した俺達は、ニアたち飛空船技術班+モーティスが何らかの作業を始めるのを尻目に今回の顛末をクロード王子に報告するために通信手段を持っている領主殿を訪ねたのだったのだが……
「まさか留守とは……」
「タイミングが悪かったみたいですね」
「相手はこの街の長なんだろ? なら忙しく飛び回っててもおかしくないだろ」
どこかの研究所へ視察へ行っているらしく留守であった。
予定ではもうすぐ戻ってくる予定なので領主殿の執務室で待たせてもらうことになったのだが……
「えーっと……あったあった。じゃあ通信するわよ」
「えー……領主さん戻ってきてないのにいいのか?」
「普通に部屋を漁っていたが外ではこれが普通なのか……?」
それは違うよ、とエルフ組を諭している間にも、部屋の主がいない状況で部屋を漁って魔道具を探り出したアンナは、そのままクロード殿下……もう陛下だったか……に連絡を取るべく通信を開始した。
まあ早く連絡する分にはいいだろう。無断で部屋を漁るのはどうかと思うが。いくらアルが物語の勇者っぽいからといっても勇者じゃないし、よしんば勇者だとしても現実で許されるわけでもあるまいし……。
クロード陛下との通信は問題なく繋がり、勝手に魔導都市を飛び出したクリスへの説教から始まり、互いの状況説明へと続いた。
『……頭が痛い……結果的にとはいえ、クリスが先んじて公国へ向かった事は正解だったわけか……』
行動目的がいまだにつかみきれないエルロン一派に対抗するために公国を始めとした諸外国との交渉を考えているのだろう。それに対してどう動くか、そしてどう動かすべきかもわからないクリスを始めとした俺達の扱いにも悩んでいそうだ。
……というか真面目に俺達の扱いはどうなるのだろうか? 今はクリスの御付きみたいな感じで誤魔化せてるだろうが、公国やら諸外国まで関わってくるとなるとその辺りの所属に関して明確にしておかないと面倒なことになりえる。
アルやクリスは気にしないだろうが、絶対に水面下で国同士の小競り合いが出てくる。現状ほぼほぼ王国関係者で固まっているが、他の国が人員を送り込んできたりするかもしれない。ミラやテルみたいな実力も性格も理解し合えているのならともかく自国の利益第一な奴が来られると困るし、逆に引き抜き行為が始まっても面倒だし…………
………………うん、そういうのはアンナに任せよう。俺は考えるのをやめた。
『ひとまずクリス達はそこで魔導都市を味方に付けるよう動いてほしい。他の動きをするのならできれば相談、最低でも報告を頼む』
「わかった!」
このアルの返事……これはわかってないな。
そう思いながらも心の内に留めた俺は、通信を終えて陛下の姿が消えるのを見送った。
「さて、用も済んだしさっさと拠点に帰りましょうか」
「何? いいのか? ここの長と話していかなくて?」
「いいのよ。忙しいみたいだし無駄に居座る必要もないでしょ」
えぇ……? いや確かにここに来た用件は済んだわけだが。というかまさか俺と同じく常識人寄りのアンナの口からそんな提案が出るとは思わなかった。
「────連れないなぁ。私とも話していっていいじゃないか」
そんなことを思っていたら、部屋の扉が開きこの部屋の主である領主殿が現れた。
「領主さん、いつからそこに……?」
「今入ってきたばかりだよ」
つまり部屋の外にはいたんですね、わかります。
「そんなことより、だ」
その言葉とともに真剣な目つきに変わった領主殿の視線がアンナへと向けられた。そして……
「────アンナちゃーん!! 無事でよかったよ~!!」
突如として領主殿がアンナに飛びつくように抱き着いた…………うん?
「はぁ~……そんなくっつかないで。暑苦しい」
「そんなこと言わないでほしいなぁ。こうして会えたのも久しぶりだし、色々と心配したんだからさ~」
「は・な・れ・て!!」
抱き着かれたアンナに嫌そうな引きはがされそうになるもそれに嬉しそうに抵抗するという、普段の領主殿の姿からは予想だにしない光景が目の前に展開されていた。
これは……事案かな?
「憲兵呼んできた方がいい?」
「この場で射殺すべきでは?」
「……あれ、言ってませんでしたっけ?」
領主殿の奇行に思わず通報を考える俺達を見たクリスの反応に、なんとなく察してしまった。
いやまあ魔導研究の総本山みたいな場所だ。天災魔法使いのアンナも無関係ではないと思ってはいたのだが……
「あ、改めまして、アンナちゃんのパパです」
「……いい加減、離れて!!」
さすがにこれは予想外なのだが……?
◆
「少し、腹を割って話そうか」
頬に赤い紅葉を付けられて少し落ち着いた領主殿は、何事もなかったかのような表情でこちらへと話しかけてきた。
「君達は既に気付いていると思うが、このアトラシアにおいて完全に王国に対して協力的な歩調を取れていない理由の一端は私にある」
「どうしてですか?」
「王国が信用しきれないからさ」
王族であるクリスの問いかけに対して領主殿はその理由をバッサリと言い切った。
「一応断っておくけれど、クロード陛下を信用していないわけじゃないし、私とてエルロン一派に恭順すべきなんて事は言わないさ。彼らの目的が何なのかは未だにわからないが、それを放置するのは悪手であると考えている。世界のバランスの危機、そして何よりアンナちゃんに危害を加えた罪は重い」
急に親バカ出してこないでください。
「クロード陛下の手腕を疑うわけではないが、一国の王となると一つの問題に掛かり切りになってはいられない。外交内政問わずやる事はそれこそ山のようにある。そんな中で危機感の足りない貴族が足を引っ張るなんて可能性もある。宮廷における権力闘争なんて定番だしね」
実際に宮廷魔術師として権力闘争を操っていたと言われる人物が言うと説得力が増す。
「逆にクロード陛下は優秀すぎて今まで失敗らしい失敗をしてこなかったことも不安要素ではあるね」
「それは……いいことでは?」
「悪いことではないが、良しと言い切ることもできない。今まで成功体験しかしてこなかった才人が一度の失敗によって身を崩してしまうなんてことはそれほど腐るほどあるからね。クロード陛下がそうではないとは言い切れないだろう? まあこれに関しては屁理屈みたいなものだけれども」
まあ言わんとすることはわかる。失敗は成功の糧ともいうが、それを実際にできるかは人それぞれだ。そしてクロード陛下がそれを実践できる人かは全くの未知数なのもまた事実。糧にできればいいが、それができなければ被害を真っ先に食うのは現場の人間であるわけで…………まあそこを考えすぎてもどうしようもないわけだが。
「それらを踏まえた上で、私は君達を非常に高く評価しているんだよ」
「俺達……? そこまで評価されるような事したか?」
愛娘を救出した点が特に評価高いんですねわかります。
「茶々を入れずに黙って聞け」
イタイイタイ聞いているから俺の頭からそのゴリラハンドを放すんだ。
領主殿もハハハと笑ってみてないで止めてくれませんかねぇ。
「もちろんそれもあるが、実際君達がいなければ姫様は相手に拉致され、クロード陛下は未だ監禁されたまま、そして前王は敵に成り代わられたまま、そのまま王国は乗っ取られ、王国が武力で世界に侵攻を始めた上で、さらには巨大なドラゴンまで敵の手駒になっていたわけだ」
うわぁ、なんだかすごいことになっちゃってたぞ。箇条書きマジックがあるにしてもこれは評価しない理由がないな。
「自分で言うな……って言いたいけど、間違ってはないのよね」
というか領主殿が世界樹の事知っている辺りやっぱり部屋の外で盗み聞きしてたのは間違いないわけなのだがそのあたりは如何に?
「少し非情な言い方をするけど、私は君達の事をエルロン一派に対する最重要な戦力だと認識している。その戦力を王国の傘下に入れたとして、そんなつまらない事で君達の持ち味の一つであるフットワークの軽さを殺してしまうのは勿体ない」
あ、スルーされた。
「というわけで提案だ。君達、独立勢力にならないか?」
「独立勢力?」
つまり王国にも属さずにフリーの一集団として行動しろと……さすがに無理がない?
「別に王国の支援を受けるなとは言わないよ。ただ支援は受けても君達の目的を最優先に動けるようにと考えての提案だ」
それはそれで鎖になりそうな気がするが……生産性のない独立勢力なんて支援を切られたら終わるわけで、
「条件をクリアさえすれば魔導都市は全面的に君達の支援を行おう。それならばたとえ王国からの支援がなくなったとしても活動はできるだろう?」
それもその条件によっては魔導都市傘下と同じ事になりかねないんだが……
「で、その条件ってのは?」
「その前に一つ確認だ。アンナは彼らに付いていくつもりなのかい?」
「当たり前でしょ。エルロンたちを許せないっていうのもあるけど、クリスや仲間に任せて自分は安全な場所で待ってるなんて考えられないわ」
「親としては愛する娘にそんな危険な戦場に立ってほしくない……のだけど、娘の希望を感情論だけで否定するのも親としてはしたくない……嫌われたくないし」
最後のが本音では?
「というわけでアンナ、君には魔導師となってもらう」
それが君の参加と君達への支援のための条件だ、と領主殿は言った。




