第三十四話
鉄の棺桶と化したスカイ(略)から軟着陸した飛空船の甲板に降り立った俺達を出迎えたのは見覚えのある二人であった。
「アンナ! それにニアも! どうしてここに!?」
「この船は……? 彼奴等の一味ではないのか……?」
二人と面識のないミラが警戒しているが、どうしてここに謎の飛空船に乗ってきた二人がいるのかの方が気になる。
「アタシは王都でのゴタゴタが何とかなる目途が付いたからアンタたちと合流しようと魔導都市に行ったのよ。そしたら滞在してるっていうシド工房にいないわ公国に旅立ったって聞くわでどうしようかと思ったわ……」
「そこで独自で飛空船を製造して試運転がしたかったボクと利害が一致したわけさ」
「ニアは工房から離れてよかったのか? 親方なんだろ?」
「工房なら拿捕された飛空船の噂を聞いてふらっと戻ってきた両親に押し付け……任せてきた。今まで散々放置してきたんだ。これくらいは許されるだろうさ」
今はただの一個人さ、というがただの一個人がこんな飛空船なんてものをどうこうできるはずないんだがなぁ……なんて思っていたら大鎧姿のニアのその手が俺の頭を掴んだ。ひょっ?
「それより……バイクを乗り捨てるとは聞いていたけど、海の中にとは聞いていなかったなぁ?」
あたたたたたっ潰れる潰れる頭が潰れるやめてやめて!!
「何で! アタシが! 魔導都市に! 着く前に! 行動! 起こしてんのよ! どうせ! アンタの! 入れ知恵! でしょ!」
違う違うむしろ俺止めた側だからって便乗して脛蹴るのやめてイタイイタイ!
「ふむ……空飛ぶ船ではあるがどうやらあのエルロンとかいう奴の一味ではないようだな」
ミラは俺が暴力受けているのを見てどうして彼らが味方だって納得したんですかねぇ……!?
と、ここで二人の気が済んだのか脛蹴りとアイアンクローから解放された。影の功労者になんてことを……
「ふう……ところで、あの空飛んでた奴って攻撃してよかったのよね……?」
「この空飛ぶ乗り物を回収するためだ。間違いだとしても必要な犠牲だったさ」
こ、コイツ、完全に私欲のために攻撃させてやがった……! 今回俺達の助けになったのはたまたまでもし敵が乗ってたら強奪する気満々だったぞ……!
『あー、感動の再会の所悪いけど、まだ危機は去ってないみたいだヨ』
拡声器から聞こえてくるこの胡散臭い声は……モーティス!? どうしてここに!?
「船を動かす人手が足りなかったから引っ張ってきた。それより危機が去ってないってどういう……?」
「……っ!? ────大気よ集え────渦巻き防げ────エアウォール────!」
アンナが魔法を展開した直後、飛空船の下から突き上げるような振動とともに船体の周囲に沿うように汚泥の様なエネルギーの塊が無数に空へと昇って行った。
「────■■■■■■■■■■ッ!!」
その光跡を追うように雄叫びを上げながら飛空船の前に現れたのは、先ほどアンナが放っただろう獄炎に巻かれたはずのドラゴンゾンビであった。
「そんな!? 獄炎魔法が搔き消されたっていうの……!?」
あれ食らって消し炭にならないのか……!? もう一発だ、アンナ!
「できるか!! そんな気軽にポンポン撃てる術じゃないわよ!!」
「それに今この船の防御は主にアンナの魔法によって行われている。無理はさせられない」
コイツ、人の事酷使しすぎではないか? とはいえここでアンナの魔法を防御に割かないといけないのも確かだ。奴は完全にこっちを狙っているようにしか見えない。
「この船の武装は何かあるのか!?」
「あるさ。それもとっておきのがね。総員、撃ち込み準備!!」
ニアのその号令とともになぜか船首の両脇に設置されていた二つの錨が、その切先を一定の距離を保ちながらこちらを虎視眈々と見据えているドラゴンゾンビへと向けられた。
『照準合わせ完了。いつでもいけるヨ』
「よろしい────アンガーアンカー!! 発射!!」
その号令とともに二つの錨が魔力で編まれただろう光る鎖を伴って船体から発射され、ドラゴンゾンビの胴体へと見事に撃ち込まれた。
「これこそこの船の唯一の武装であり、敵の飛空船に無理やり連結して鹵獲するための装備さ」
うわぁ。この幼女、敵船を奪うつもり満々だったよ。試験運用とか言いながら自由にできる新しい飛空船を手に入れる気だったんだ。
「む? 連結するということはつまり、相手もこの船に乗り込めるということではないのか? この船の白兵戦力はどの程度あるのだ?」
『戦力がないわけじゃないけど、それも基本船を動かすために動員されているから皆無だね』
「だからお蔵入りになっていたのさ」
ダメじゃねーか。というかそれを打ち込んだってことはつまり……
「アレから逃げられないってことじゃない!!」
『このままじゃ向こうに鎖ごと船が引っ張られて振り回されかねないけど、どうするね?』
「その前に振り回すための鎖を巻き取ってしまえ!」
振り回せるだけの距離をなくしてしまおうっていうのはわかるんだが、それって……なんて思っていたら案の定、錨が抜けないまま鎖が巻き取られた結果、飛空船がドラゴンゾンビのどてっ腹に突っ込む形となりそれでもなお錨が刺さったままのドラゴンの上半身が甲板へと乗り上がった。
「ダメじゃない!!」
「────いや、それでいい!」
こちらに遠距離からの有効打がない以上、距離を取られたらどうしようもない。
それならば飛空船を足場にできる状況で近接戦を仕掛ける方がまだ可能性はある。
俺にはあの巨体に対して有効的な攻撃手段がないのだが、いの一番に駆け出して行ったアルであれば問題はない。
「────纏まり集い穿て! 雷光の大槍、二連────!!」
アルの両手から放たれた二条の雷光が、こちらに振るわれようとしていたドラゴンゾンビの両腕を消し飛ばした。
ゾンビ化して腐って脆くなっているというのもあるだろうが、アルの天恵の威力も随分上がっているようにも見える。使用頻度が増えていて結果として練度が上がったのだろう。
「■■■■■ッ!? ■■■■■■■ッ!!」
両腕を失った痛みに耐えるかのように藻掻きながら叫びをあげたかと思えば、そのまま息を吸うように汚泥のようなエネルギーが口腔に溜まっていくのが目に見える。
おそらく先程アンナが防いだ攻撃だろう。それをここで放たれたなら俺達は成す術もなく全滅することは想像に難くない。
「────さすがにそれは見過ごせないなぁ!!」
それを見越した大鎧姿のニアにより振り上げられた巨大なハンマーがドラゴンゾンビの顎をカチ上げ、まさにドラゴンブレスのように吐き出されんとしていたエネルギーは無理やり閉じられた口腔の中で暴発し、ドラゴンゾンビからさらなる苦悶の叫びが上がる。
「■■■■■■■■■■ッ!?」
「もう一発! ────雷光の槍よ、集いて貫け────!!」
そこにアルが追撃をかけるが、何かの拍子に体に刺さった錨が抜けたのかドラゴンゾンビが飛空船から飛び立ち再び距離を取った事で雷光を回避された。
「くっそ、逃げられた……!」
『船の被害的にはありがたいんだけどね』
「ボクの船がこれくらいで壊れるわけないだろう」
そんなわけないだろいい加減にしろ!
あのドラゴンゾンビが藻掻く揺れだけでも正直立っているのも厳しいくらいだった。転覆しなかったのが幸運だったと言ってもいい。天恵や魔法の使用で疲れているだろうクリスやアンナも攻撃手段のなかったミラと俺でそれぞれ支えていなかったら船外に放り出されていてもおかしくなかったくらいだ。当然飛空船自体へのダメージもシャレにならない。船体の事を考えれば離れてくれてよかったと言わざるを得ない。
……なのだが、ヤツとの戦闘を考えれば逃げられたのは少々どころではなく手痛い所だ。
向こうもまた同じ目に合うのは嫌がるだろうから距離を取っての攻撃が中心になってくるだろう。
だからここからは遠距離からの撃ち合いにならざるを得ない。長期戦は不利だしアンナやアルや船の負担がデカいので避けたいのが本音だが……仕方ない。
「────あの! もう一度、あの龍をここに繋ぎ止める事はできませんか!?」
誰もがそう考えていた時に声を上げたのは、疲れ切っていただろうクリスであった。
「クリス……?」
「私が……私が終わらせます……だから!」
「終わらせるって……アンタ疲れ切っているじゃない! 何をするつもりなのかわかんないけど無茶よ!」
アンナの言うように目に見えてふらふらな状態ではあるが、クリスのその目から確固とした決意を感じ取れた。
そしてそれを感じ取ったのは俺だけではなかったようだ。
「いいだろう。アンガーアンカー、もう一回発射だ! いけるな!」
クリスの決意を読み取ったのか、ニアが再び号令をかけ、再び二機の錨が発射体制へと移った。
「二回目だしヤツも警戒しているだろうからしっかり狙え! 照準が付き次第発射だ!」
ニアの言葉通り、錨がドラゴンゾンビへと向けられ微調整をした後、すぐさま魔法の鎖を伴って射出された。
先程と同様にドラゴンゾンビの胴体部へと命中する軌道を描いていき、そして……
「……っ!? なんか、マズイか……!?」
急にアルが雷の槍を投擲した直後、それは起こった。
「────■■■■■■■■■────」
突如としてドラゴンゾンビを中心として、一瞬黒い何かが放射線状に周囲へと広がった。
その黒い何かに触れた錨が、鎖が、音もなく崩れていった。
まるで圧し固めていた砂が解けてバラバラになっていくかのように。跡形もなく、欠片すら残さず消え去ったのだ。
「なん、だ……今の……!?」
「……破壊の、波動……」
破壊の波動……成程、今の攻撃にぴったりの表現だ。今の一撃であの質量の錨と魔法で編まれた鎖も含めて跡形もなく破壊したわけか。
おそらくだが、アンナのあの獄炎魔法を掻き消したのもこの破壊の波動だろう。
幸いというべきか、その範囲はそう広いものではないようだ。この船が崩壊した錨と同じようになっていないのはもちろんだが、アルが放り投げた雷槍で軌道を変えられたもう一方の錨は消滅していないことからもわかる。
「でもよく気付いたわね」
「なんか嫌な予感がして咄嗟にな……さすがにあんなヤバいのだとは思わなかったけど」
「そのおかげでまだ一発は錨を撃てる」
だが船と取っ組み合いになっている時にあの波動を出されたらどうしようもない。
何だったらこっちの遠距離からの攻撃も波動で破壊されて無効化されるとなると、打つ手がないんだが……
「……なんでさっきアレをしなかったんだ?」
と、ここでアルがポツリと疑問を零した。
「今見てた感じ直前に嫌な予感はしたけどブレスみたいに溜めの動作はなかった。なのに俺達が滅多打ちにしてた時とか何なら最初に錨をぶち込んだ時には使わなかった。なんでだ?」
確かに。あの時にあの波動を使われていたなら俺達は終わっていたはずだ。わざわざ離れる必要もない。だがアレを撃たなかった理由が何なのか……
……考えられるとすれば、あの波動は一度使うと次使うのにある程度時間が、つまりインターバルを挟まないといけないのではないか?
アンナの獄炎魔法に一度使い、次に使えるようになったのがさっきだったと考えれば辻褄は合う。
獄炎魔法を食らってから今錨を破壊した辺りまでの時間をざっくり考えれば……あまり長くはないがあの波動を出すまで猶予はある。
「じゃあそれまでに繋ぎ止める事ができれば……!」
「なら善は急げだ! 再射出急げ!」
アルと俺の推測にニアが再び指示を出し、巻き取られた錨を再び発射するための号令をかけた。
『いや、ちょっと難しいネ』
が、ここで待ったをかける声が上がってきた。
「水を差すなよモーティス。まだ一発残っているだろう?」
『残念ながら、錨の射出機構がアル君のさっきの雷で逝かれたみたいだ。魔導連鎖は形成できるし巻き取りはさっきできたから刺さった後に引き戻して船に留める事は出来るだろうけど、その前に錨を空を飛ぶアレに何とか刺す必要があるよ』
「つまりこのバカでかい錨をあの空飛ぶドラゴンに投擲しろってことか!」
「で、誰が投げるんだい?」
どう考えても大鎧着てるニアしかいないんだが? なんで自分ではないと確信したように言っているのか。
「ふっ……自慢じゃないが、ボクはコントロールが悪いぞ。射撃ならまだしも投擲なんて当てられる気がしない」
本当に自慢じゃないな。ロケットパンチでもついてないのか? それならコントロール云々は演算してしまえばなんとかなるんじゃないか?
「ロケットパンチを使ったとしても出力が足りないだろうね」
「いやついてるのかよ」
「あくまで仮の話さ。つけてるのはワイヤーフィストだし」
ついてんじゃねーか。
しかし……それならアンナを酷使するしかもう……?
「────私が何とかしよう」
そんな決断をしようという考えを遮ったのはミラであった。
「何とかって言ったって……どうするんだ?」
「我ら呪霧に侵され生き残ったダークエルフには、もう呪霧によって変質しないという点以外にもう一つある能力を得る。これがそうだ……!」
錨の一つに手を添えたミラの呼吸音がここまで聞こえてくるほどに変化したと同時に、彼女の皮膚に帯の様な模様が浮かび上がった。
「抗帯呪法、起動────!!」
かと思えば、人力では持ち上げられそうにない錨を持ち上げ、狙いをつけるように投擲の構えを取った。
「ッッッ!!」
そして、その手から放たれた錨は、人の手で投げられたとは思えないほどの勢いで飛んでいき、空を舞うドラゴンゾンビの胴体部に深く突き刺さった。
「■■■■■■■■■■ッ!?」
錨に付随する光の鎖によって再び船へとドラゴンが引き寄せられるが、このまま先程と同様に甲板に縛り付けたとしても、そこからどうするかが問題である。
クリスが何とかすると言っていたモノの、【浄化】の天恵にしても、以前の変貌したクチーダ相手に使っても多少の効果はあったが浄化し切ることはできていなかった。時間をかけようにも破壊の波動のインターバルを考えると悠長にしている暇もない。
クリスはどうするつもりなのだろうか……?
「────禁忌に捕らわれた彼の者に、魂の救済を────」
クリスが祈りを捧げるかのように両手を握り、精神を集中させていく。浄化の光が周囲に満ち始める。ここまでは今まで通りだ。
「────これなる浄化の剣を以って、彼の者を魂の呪縛から解き放ち給え────」
そこから周囲に満ちていた光が一か所に固まっていく。その言葉の通り、巨大な十字架のような剣の形状に象られていた。
そして、その光の十字剣はこちらに引き寄せられてきたドラゴンゾンビへ向けて飛来し、突き刺さった。
その際に肉を裂くような音はなく、まるで摺り抜けたかのようにするりとその剣身を差し込まれたドラゴンゾンビはそのままピタリとその動きを止めた。
「────苛烈なる十字架────」
光の十字架が放つ光が強くなったかと思えば、その身の内側から光が漏れ出し、毒々しいその体が灰のように崩れていく。まさしく聖なる光によって不浄なる存在が灼かれていくかのようだった。
「────願わくば、この一撃が貴方にとっての救いとなりますよう」
クリスのその言葉とともに、ゾンビと化した龍は光へと還っていった。
最期の一瞬、ゾンビとなり光る物もなくなった龍の眼窩に、不思議と光が灯ったような、そんな気がした。




