第三十一話
エルフたちと和解した俺達は、ミラを始めとしたダークエルフたちと苦楽を共に分かち合いながら集落からさらに移動して件の場所までやってきていた。
「あれが、世界樹────!」
まだまだ距離が離れているというのに目の前にあるかのような圧倒的な巨大さにして存在感はすさまじいものだ。
というか世界樹の周辺が見渡す限り開けているというか、木々どころか植物が全く生えていない不毛地帯なんだが……これはあれか、巨大すぎて周りの植物の育成を阻害しているのか……?
「違う。それが周囲に植物が生えていない理由ではない」
「……違うのか?」
「日照や大地の栄養状態が関係しているなら不毛地帯がもっと広範囲に広がっている」
確かに。何せ森の外のさらに海の上からでも目視ができるほどのデカさなのだ。その影の範囲も目に見えない根っこの範囲も相当なものであることは想像に難くない。
「命が育たない理由が別にある。ここは聖地ではあるが《《呪い》》の染み着いた忌地でもあるからだ」
呪い? 聖地なのに呪われているのか? おかしくない?
「その辺りの説明は後にしよう。今はまず連中に関してだ」
「あ、あれ見てください! 飛空船が何艇も世界樹の傍に停泊しています……!」
クリスの指摘通り、世界樹の傍に見えるだけで3艇の飛空船が着陸している。
森の真っ只中でどこに飛空船を着陸させているのかと思えば、世界樹の周りには何もないので停め放題とか、予想外にもほどがある。無断駐車とか許されざるよ。
「それで奴ら、世界樹に何してるんだ? 別に樹液吸ってるわけじゃないんだろ?」
樹液吸うって、虫じゃあるまいし……いや世界樹の樹液の効能知らないから完全否定できないけど。
ちょっと待ってろ。今ちょっと『遠視』の魔法で見てみるから…………うん?
「どうした? まさか本当に樹液吸ってたのか?」
樹液から離れろ…………奴らに関することじゃないんだが、普通に遠目から見ている分には気付かなかったが、『遠視』で拡大してみるとおかしな点に気付いた。
てっきり世界樹は一本の樹木が天に向かって真っすぐ生えているとばかり思っていたが……よくよく見てみるとそうじゃないように見える。
まるで巨大な樹木が、支柱のような何かに巻き付いているような……
「その通りだ。大本が一本の大樹であるのは間違いないが、それらが幾重にも巻き付いて今の形となっている」
つまり、俺たちが世界樹と呼んでいた物は、巻き付く大樹と支柱のような何かによって構成されている……?
「そしてその大樹こそが、我らエルフが神樹様と呼んで信仰している龍神ユグドラシル────その聖骸だ」
ふぁっ!? 龍神……!?
「え!? あの樹、ドラゴンなのか!? ドラゴンのイメージと全然違うんだけど!?」
「でも聖骸ってことは、もう亡くなって……?」
あ……、つまりテルが言ってた龍は実在するってのはそういうことか。
あれが本当に龍なのかは俺には判断できないが、エルフたちはあの大樹を龍の骸と見立てて神樹様と呼称して信仰の対象としているわけだ。ここまでデカい樹ならそういう見立ての対象になっても不思議じゃないし、何なら本当に龍だったとしてもおかしくはない。
……なら、そもそもとしてその龍が巻き付いているアレは一体何なんだよ……?
「我々も伝承でしか知らないが、かつて人々が禁忌を犯し、それを諫めるべく現れた龍神ユグドラシルがその身を挺して災厄を封じ込めたという。その災厄というのが、神樹様の陰に隠れている天を衝く塔の事を指すのだろう」
天を衝く塔……推定先史文明の遺産……軌道エレベーター的なものだろうか? 先史文明がそこまでの科学力があったかはわからないが、それくらいしか思い浮かばない……飛空船という前例もある以上十分にあり得る。
「故にこの地は、我らが崇める龍の骸のある聖地にして、人の罪禍を象徴する禁忌の塔のある地として忌避される禁足地なのだ」
はえー……信仰の対象と忌避すべき対象が絡み合って一体化しているとか、エルフの心境は複雑だろうな。
「でも骸ってことはもう特別な力とかはないんじゃないのか?」
「いや、骸となってなおかの神樹様の力は健在で、かつて草一つ生えない不毛の地だったというこの地も今や大森林と呼ばれる程の、多くの命が育まれる地となったという」
うーん、この辺りもファンタジーだな……だけど骸の状態でそんな力があるのならあの大樹が本当に龍のような超常の力を持った存在だったとしてもおかしくない。俺もあれが龍だと認識しておこう。
「ではエルロン殿の狙いはその龍神の力にあるんでしょうか?」
「いや、どうやら彼奴等の目的は神樹様ではないらしい。むしろ神樹様が封じている【罪禍の塔】の中に足を踏み入れている所を見ると、狙いは塔を始めとした遺物のようだが……かつての人の罪を再び掘り返そうなどと、罰当たりにも程がある」
確かにミラの言う通り、巻き付く大樹の隙間辺りに見張りが立っているのが見える。おそらくあの隙間から中に入ったのだろう。それを確認した後、ミラの顔を見るとまるで苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
まあ信仰の地に土足で入り込まれて災厄が封じていると伝えられている場所を荒らされているのだ。ケンカどころか戦争吹っ掛けられたようなものである。そんな顔になるのも仕方ない。
「ああそれと先程の説明に戻るが、この辺りは罪禍の塔の影響で【呪霧】も多く吹き出る。注意しろ」
待て待て。新情報が多すぎるんだが。なんだ【呪霧】って?
「あの罪禍の塔から漏れ出す呪いの霧だ。一度蝕まれればその在り方は歪められ、命を落とすか、異形の化物と化す。【呪霧】の発生は神樹様の御力によって抑えられているが、それでも完全ではない」
さっき言いかけてた世界樹の周りに植物が生えてない理由ってそれか。
「そうだ。この周辺の土地は【呪霧】によって汚染されている。我らエルフも役目である森の管理も、汚染された木々や生物の発見・駆除こそが主目的なのだ」
「それがエルフが森を管理する理由なのか……ん? あれ、その言い方だとこの周辺以外でもその【呪霧】ってのが発生するみたいに聞こえるんだけど」
「そうだ。罪禍の塔を中心に近いほどに森の大部分で発生する可能性が高くなる。この辺りは特にだが、森の全域で遭遇する可能性がある。確率は低いがな」
思っていた以上にこの森が危険地帯すぎて笑えないんだが……
「とはいえ、【呪霧】が頻発するこの周辺はともかく、頻度が少ない森や土地は龍神の御力によって徐々に除染されていく」
本当に神樹様様だな……信仰する理由もわかるわ。
「というかミラが俺達が来るの反対してた理由がちょっとわかったけど、ミラ達も危なくないか?」
「問題ない。我らダークエルフは既に一度【呪霧】に侵されている。少なくとも異形になることはない。だからこそ禁足地に立入を許可されているのだ」
そういえば、ゴリラパワーに気を取られて忘れてたけどミラは呪いに侵されているってテルが言ってたな。それがそういう意味だったとは……
「いや待てよ。侵されたら基本死ぬって言ってたのにどうやって助かったんだ?」
「エルフに伝わる秘薬がある。【呪霧】に侵された際にすぐにこれを服用すれば、運が良ければ助かる」
博打だなぁ……とはいえ避けられない死を博打にできるだけでも相当すごい代物なのだろうが。
つまり、あの世界樹の内側の塔に踏み入れるのはすでに呪いに侵されて敵性存在になる心配のない者だけで、それを『ダークエルフ』と呼称しているわけか。
そしてエルフはそうしてまであの塔に入らなければならない理由がある、と。
「いや、そこまでの理由はない」
ないんかい。
「確かに我らはあの塔にも踏み入るが、それは【呪霧】の発生源たるあの塔で明確な異常がないかどうか確認するためでそれ以上の理由はない。我らとてあの塔に関して殆ど知らぬのだ」
まあエルフとしては何か異変が起きてないか把握しておかないと森の管理にも関わってくるから仕方なく、といった所なのだろう。というか過去の罪に触れることもできるだけ避けたいというスタンスだったと予想できるし、知らない相手に吹聴するなんてこともなかったと思われる。
……逆に言えば、なんでエルロン一派はあの塔の事を知っていたのか、ということになるな。
こうして近くまで来ない限り世界樹の中心に先史文明の遺産が聳え立っているなんて気付きも思いもしないだろう。
だが奴らはこの場所に集結してきている。最初からそのつもりだったかのように。
そもそも先史文明に関しては最近になってようやく学問の最先端である魔導都市の考古学者であるモーティスによって解明され始めた所だ。世間一般どころかこの部門の最先端でも知りえないことをエルロンたちが知っているとなると、エルロン一派か教会の上層部、少なくともこのどちらかに秘匿された先史文明に関する情報が伝えられていると考えざるを得ないだろう。まぁた教会がクロくなってきたぞぉ……!
「……正直、私は貴様らがあの地に踏み入るのに賛成したわけではない。我らは最悪命を落とすだけだが、貴様らが呪いに侵されれば敵が増える可能性もある」
「ミラ達が命を落とすリスクもどうかと思うんだけど」
アルの言うことも尤もだが、ミラは俺達が【呪霧】に侵されて敵になることを危惧してるんだと思うぞ。アルの言うことも尤もだが。
それはさておき、ここで問答をした所で今から帰るわけにもいかない。かといってリラたちが納得しないままだと些細な所で躓くことになりかねない。納得は全てに優先するともいうし、何とかしたい所なのだが……
「────それに関しては大丈夫だと思います」
そんなミラの懸念に対して反論を挙げたのは、意外にもクリスであった。
ふむ? その心は?
「話を聞いた限りだとおそらくですが、その【呪霧】というのは【穢れの瘴気】と同じ物だと思います。そうであれば少なくとも侵される前なら私の【浄化】で無効化できるでしょう」
ああ、言われて見れば確かに。侵されれば命を落とす、あるいは異形化する、理性を失う……特徴は一致している。かつてクチーダが持っていたペンダントと同様の道具を他にも所持しているのなら【瘴気】の温床とも言える塔の中でも安全に行動できるだろうし、納得しかない。
「おそらくロリー殿もそれに気付いたからこそ、許可を出してくれたのでしょう」
「成程……それが事実だとするなら、あの【呪霧】を完全に防ぐことができると……【浄化】の天恵とは凄まじいのだな」
「私としてはエルフの薬の方が気になります。外では【瘴気】に侵された時点で基本どうしようもないのが実態ですから」
ふむ、どうやらミラの納得を得られたようで何よりである。
しかし【呪霧】と【穢れの瘴気】が同じ物だとすると、何故この罪禍の塔とやらがその発生源になっているのだろうか?
この塔が【瘴気】の発生源だとするなら、全国で発生する【瘴気】はここから出ているのか? あるいはまた別の発生源が…………?
「で、どう動くんだ? 突っ込むか?」
……と、アルの提案で思考の海から引き戻される。
さすがにそれはやめろ。猪すぎる。
「彼奴等は天恵持ちが多い。そのため何度か攻勢をかけているものの我らも攻めあぐねている。その間に奴らの一部は塔の中を漁っているようだ……見張りの話ではまだ一度も外には出てきていないようだが」
うへぇ。ちなみにダークエルフ衆に天恵持ちはいるのか?
「いない。というか天恵持ちなどそういないだろう。外では違うのか?」
「外でもそんなにいませんよ」
「俺達は三人とも天恵持ちだけどな」
流浪の旅人、三人中三人が天恵持ち。うん、おかしいな。さらに言えばその旅人の内の一人は王国の姫にして教会の巫女である。うん、ものすごくおかしいな。
……話を戻そう。
さすがに俺達とダークエルフ衆だけでは奴らに正面から挑んでも数的に勝てないだろう。しかもここは【瘴気】が湧き出る危険地帯だ。降り注ぐ【天恵】と湧き出てくる【瘴気】どちらにも気を付けながら全戦力を投じる前哨戦などできれば避けたい。
なので少数精鋭による塔への潜入を提案する。
奴らの頭を叩けば奴らも投降するか逃走するかするだろう。質も量も負けているのなら頭を叩くのが鉄則である。
「発生源だという塔の中にも【瘴気】が満ちている可能性も考えると私は確実に行くべきですね」
「だったら俺達が塔に突入するってことだな」
「待て」
ここでこのまま採用されそうだった俺の提案にミラが待ったをかけてきた。
この流れからすると……ミラたちはまだ俺らの事が信用できないと?
「貴様らの実力も人となりもここまでの道程でそれなりに理解したつもりだ。そこを疑うつもりはない。だがロリー婆の提示した条件を考えれば貴様たちだけで行かせるわけにはいかない」
その辺りは柔軟に対応すればいいと思うのだが上司から指示されたことはちゃんと守ろうとするとは、やはりミラもだいぶ堅物の真面目ちゃんである。
「なので私も貴様たちに付いていく」
……と思ったら柔軟な対応策を用意してきていた。
「ミラが抜けてそっちのエルフたちは大丈夫なのか?」
「私がいなくとも部隊は動ける。それとも私の実力を信用できないか?」
こちらもミラの実力もよーくわかっている。端的に言って超強い。弓とか男の俺でも引くのキツイのを使ってるし、弓の技術もちょっと理解できないレベルだし、森の戦士というだけあって斥候役もできるし、近接戦も当然のように強いし…………俺の上位互換といっても過言ではないくらいには強い。
「それで、どうやってあの塔まで行くつもりだ?」
「どうって……徒歩で?」
「言い直そう。敵に見つからずに塔へ向かう方策はあるのか?」
「…………ちなみにもし見つかったら?」
「こちらの放った矢の雨を薙ぎ払ったり、遠く離れた我らを狙撃してきたりする敵の様々な【天恵】が絶え間なく襲ってくるぞ」
それは絶対避けたいな。考えるだけで嫌になる。
「で、あるのか?」
ミラを始めとしたこの場の人間の視線がこちらに向けられる。どうして全員俺に意見を聞くんですかねぇ……?
「短い付き合いだが、我らとて貴様たちの中で誰がそういう役割を担っているのかはわかっているつもりだぞ」
「で、あるのか?」
むう…………一応、方策がないわけではない。方策といってもよくあるオーソドックスな方法でしかないのだが……
◆
そして、俺達四人は何とか見つかることなく大樹の中の塔へと侵入することに成功した。
「俺からしたらただ迂回して走ってきただけなんだけど、意外とバレないもんだな」
「変化は単純ですけど、効果は大きいですね。その魔法」
周囲の景色に紛れるように保護色となる『迷彩』の魔法だ。とはいえそこまで高度なものじゃないから多分相手の視界に入った時点で違和感を抱かれてすぐにバレそうなものだが……
「そのためのダークエルフ衆による陽動だ」
「彼らは大丈夫でしょうか……?」
「深入りはしないよう言い含めてある。心配は不要だ」
俺達がとった方策とは単純明快、エルロン一派がダークエルフ衆の陽動に気を取られている間に別方向から『迷彩』の魔法をかけて一目散に塔の中へ入るというものだ。
エルフ衆にも無理はしないようにと伝えてはいるものの、すぐに撤退すると怪しまれるからある程度交戦する事になるだろう。被害が少なければいいのだが……他人の心配をしている場合でもない。
「彼奴等がここに居座ってから多くの時間が経っている。その間にどれだけ掌握されたのかはわからないが、油断は禁物だ」
そう。ここはすでに敵地なのだ。気を引き締めていこう。
「そうだな。それにしても中に入って改めて思うけど、樹の中にあるとは思えないくらいに機械感がすごいな」
それは確かに。外を覗けばすぐ先に新緑が広がっているとは思えないほどにメカメカしい。未来感というかSF感が半端なくてジャンル違いな気もしてくる。
巻き付いている大樹で光はほとんど入ってこないだろうかてっきり暗いと思っていたのだが、室内に明りが灯っている。動力は止まらず起動しているのか……?
「いや、以前も灯りは点いてはいたがここまで明るくはなかった。普段はもっと薄暗く、【呪霧】の事もあって松明が手放せなかった程だ」
つまり先に侵入しているエルロンたちによって照明が点けられている……動力を回復させているということか。
それにしてもおそらく非常灯なのだろうが、それが途方もない年月メンテナンスもなしに作動し続けていた辺り、先史文明のレベルの異常なまでの高さが窺える。
「む、注意しろ。敵は空飛ぶ船の侵略者だけではない。この塔内部にも元々存在している。ちょうどこちらにやってきているようだ」
言われて見れば、何かの駆動音にも似た音が聞こえてくる……? こっちに近づいてきているな。
警戒しつつ待ち受けていると、その音源が俺達の前に姿を現し、そして…………俺は驚愕した。
『────侵入者ヲ排除シマス』
金属でできた体躯……中心の塊から四方に繋がった脚部と上部に突き出された頭部……脚部を動かさずにスライドするかのように進んでくる移動方法……同時に現れた寸分違わぬもう一体……そしてこの不自然極まりない合成音声……間違いない……!
こ、こいつは、ロボッ────
「ふッ!!」
────ットぁあああああっ!?
俺の興奮収まらぬ間に推定頭部に矢が突き刺さり、二体とも沈黙した。
「て、鉄の塊が独りでに走ってきた……」
「この塔内部を徘徊し守護している警備兵のような物体だ。我らは『鉄獣』と呼んでいるが、生物ではなくかつての文明によって生み出された道具のようだ」
「いわゆるロボットって奴か。物語とかでは聞くけど実物を見るのは初めてだぜ……ってなんでお前そんなにヘコんでるんだよ」
だってここまでロボロボしい野生のロボなんて初めて見たから……
「こんな感じのならニアの鎧だってそうだろ」
あれは野生じゃないだろうがッ!
「ええ……」
「安心しろ。あれはいくら狩ってもいなくならないくらいに数が多い。すぐにでも嫌になるほど目にすることになるだろう」
「それ、安心できませんよ」
…………ふぅ……落ち着こう…………………………………………………………すまない。気を取り乱した。
「落ち着くまで長くないか?」
「ちゃんとしてくださいね」
「今の鉄獣以外にも闇落ち賢者たちも出てくるのだ。気を付けろ」
わかっ…………なんて???




