第三十話
俺達はエルフの集落にある一室にて軟禁されていた。
「あの……あの場でそのまま捕まりましたけど良かったんでしょうか……?」
まあ最適解かはわからないが、間違いではないと思う。あの時点での状況から推測するに、あの場でエルフと敵対行動をとる必要はなかったし。まあ武器とか荷物は没収されたが。
「なるほど。お師匠なら全員峰打ちにすればいいやなんて考えてないかと心配してましたが……」
成程。クリスは俺のことどう思っているのかよーくわかった。俺はそこまで蛮族思考じゃないと声を大にして言いたい…………まあ全方位から弓矢を向けられていなければ選択肢にはあっただろうが。
「間違ってないじゃないですか」
だって矢でハリネズミにされるのは避けたいし……というかアルが真っ先に武器を捨てたことには驚いた。どうするか悩んでいた俺はそれに追従した形だったし。
「だってエルフとは敵対するつもりはなかったし、テルの家族に剣を向けるわけにもいかなかっただろ」
せやかて……いやアルの場合、剣を捨てても天恵があるからいざという時でも問題ないのか。
「そんなことよりもっと別の話しようぜ。例えばエルフの集落についてとかさ」
「集落についてですか。ここに連れてこられるまでにちらっと見たくらいですけど……」
てっきりでっかい木を加工して家にしてるイメージだったけど、どっちかというとツリーハウス的な感じだったな。パッと見た感じ普通のツリーハウスと違って木材よりもテントみたいな布地がメインみたいだったけど。移転する時のために纏め易い素材を使用するようにしているのかもしれない。
「そういうあたりはあんまりわからないけど、あんまり見たことない感じだし、なんかこう、ワクワクしてくるな」
わかる。
「────随分と気楽なものだな。こうして見張りがいるというのに雑談など」
そんな俺たちの雑談に口を挟んできたのがこの部屋にいる四人のうちの一人であるエルフ、テルに姉さんと呼ばれていた、俺達を囲んでいたリーダー格っぽい緑髪の女だった。
俺達三人の見張りを一人で任されている辺り、その実力はエルフの中でも高く信頼されているのだろう。少なくとも先程手にしていた弓を扱いやすそうな体型ではある。
「テルの姉ちゃんはテルの所にいなくてもいいのか?」
「テルは今お前たちの事情を聴かれているだろう。肉親である私がそこにいた所で私情を挟んだなどと思われるわけにはいくまい」
ちなみにテルは俺達とは別に連れていかれている。おそらく俺たちの素性に関して確認されているのだろう。
それにしても、ふむ…………
「……なんだ? 何か言いたそうな目をして」
いや、それはつまりテルに対してちゃんと情は持っているわけだ。よかったよかった。
「むっ? ……………………お前たちには関係ないことだ」
「あ、誤魔化した」
というか気になっていたのだが、もしかしてテルのお姉ちゃん、俺達のこと定期的に監視してなかった? ここまで来るために俺が辿ってきた痕跡がやけに新しかったというか、見つけやすかったというか、わざとらしかったというか……
「…………何を言っているのかわからないな」
「……見つけやすかったって言ってるけど、クリスは見えたか?」
「いえ全く」
まあここで俺の言葉に疑問やツッコミ入れない時点で痕跡辿ってきたのがエルフのテルじゃなくてよそ者の俺だって知っている証明になるんだが。
「あっ……確かに、普通に考えればテルさんが集落までの道案内をしたと考えるのが道理なわけだから……」
「……………………」
「あれ、でもテル曰く、試練に監視とかはつかないんじゃなかったっけ?」
らしいが、テルは肉体労働苦手だったみたいだし、その辺りを知っていたら心配するのも自然じゃないか? そういえば、そこのテルの姉は少なくともテルに対する情をちゃんと持っている家族想いのお姉ちゃんなわけで……
弟想いの姉……肉体労働苦手な弟……命懸けの試練……
「あっ」
「『あっ』とはなんだ、『あっ』とは!?」
「す、すみません! でも……」
「これ、どう考えても弟が心配で様子を見てたってことじゃないのか?」
「っ……! ち、違うぞ! 違うからな!!」
またまた~、別に誤魔化さなくてもいいんだぞ、お姉ちゃん♪ 大好きな弟くんが心配でいてもたってもいられなくなったんでしょ。ほほえましいねぇ、クスクス!
「…………ッッッ!!」
む、そんな怖い顔をしてどうしたというのか……その握りしめた拳で何をしようというのだね……どうしてこっちに向かってきているのん……へぶしッ!?
「お待たせ、長老たちがお前たちを呼んでこいって……って何してんだよ姉さん!?」
「放せテル!! もう一発!! あと一発だけ殴らせろ!!」
ま、前が見えねぇ……!
◆
俺達は軟禁されていた一室からテルとテルの姉に連れられて別室、というか別の家屋へと案内されていた。
「さて、あんたたちが外からの客人かい……なんで一人顔を押さえとるんじゃ?」
そっちのゴリラエルフ娘に一撃食らいましてねぇ……俺の顔、潰れてない?
「そう褒めるな」
「え、今の誉め言葉と取るんですか?」
「クリスが治したから大丈夫だって」
褒めてねぇ。治してもらったはずなのにまだ潰れてる気がして目が開けられねぇ……!
「ふむ、珍しいね。堅物のあんたが言いつけを破るなんて」
「申し訳ありません。此奴から悪意を感じましたので」
悪意なんて大げさな。ちょっとからかっただけじゃないか。というか沸点低すぎる上に手が出るの早すぎて俺びっくり。
……ところで長老の元にって言ってたのに聞こえてくる声が幼子の声なのはどうしてなんだ?
「幼子とは失礼なことを。ロリー婆はハイエルフの中でも最年長で一番発言力も高い、実質的な指導者だぞ」
ハイエルフ! ……と森に入る前の俺ならば騒ぎ立てていただろうが、すでにテルからハイエルフが種族ではなく役職であることを聞いている俺に隙はない。
テルから聞いた話では、ハイエルフとはエルフの主導者的立場の役職で、具体的に例を挙げれば族長やその補佐役、その後継者たちをまとめてハイエルフと称するとのことだ。
エルフの舵取り役であり、公国との交渉もハイエルフの役目であるので、コミュ力や外の知識を取り入れる知力、また大森林を踏破できるくらいの実力も兼ね揃えていないとなれない役職らしい。テルが言っていた長老という表現がぴったりかもしれない。
そんなエルフの中のエリートであるハイエルフの最年長ロリー婆…………婆? え? どう聞いても幼女の声なんだが? え? クリスちょっと顔早く治してくれない?
「だからもう治ってます」
そうだった。クリスの治療を信じて恐る恐る目を開き、声の出所から推測してハイエルフ婆さんに目をやる…………が、どう見ても幼女にしか見えなかった。
……アイエエエ! 幼女!? 幼女ナンデ!?
「騒ぎ立てるんじゃないよ。ちょっとばかし他の奴らより見た目が若いってだけだろうに」
ちょっと……? ここにいる他の推定ハイエルフが年齢層高めな見た目をしている中で明らかに浮いているんだが。というかテルの妹って言われた方が信じられるくらいなんだが。え、本当に最高齢なんです? つまり、物語で語られる長命種エルフは存在する……ってコト!?
「そんなことより、だ。時間もないことだしお互いの自己紹介は省かせてもらうよ。端的にそちらの要件を聞こうか」
俺の戸惑いなど知ったことではないとでもいうように、幼女もといロリー婆はこちらに鋭い視線を向けて問いかけてきた。
この問いに関して答えるべきは俺達ではない。なので黙して彼女が答えるのを促した。
「私たちはこの森に来た空を飛ぶ船、飛空船の行方を追ってきました」
『────────』
クリスのその発言に、エルフたちは一瞬ざわついた。
ロリー婆さんの一瞥でそのざわつきは瞬時に収まったものの、エルフとして今の発言に意識せざるを得ない何かが含まれていたのだろう。
「ふむ……何故空飛ぶ船を追う?」
「捕らえねばならない輩がいるからです」
そこからクリスは俺達の辿ってきた旅路を説明していった。
【穢れの瘴気】を操る道具を持ち、王に成り代わり、世界に宣戦布告しようとしたエルロン一派の話を。
それに巻き込まれ、見過ごせず、対抗しようとしている俺達の話を。
時間がない故に端的ではあったが、こちらの置かれている状況を包み隠さずエルフたちに提示した。
「……私たちからは以上です」
「ふむ…………あんたは、我々エルフがあんたたちの敵だとは考えなかったのかい?」
ロリー婆さんの指摘は正しい。もしもエルフがエルロン一派に組していたのならばこちらの情報を一方的に相手に渡したことになる。彼らは今から『事情はわかった。だが死ね』と行動に移すこともできるわけだ。
もちろんクリスとてそれを考えていなかったわけではないだろう。だが彼女はあえて全てを話すことにした。その理由が何なのか、俺も聞いておきたい。
「可能性としてはゼロではないと思っていました。ですがこの集落についてからの私たちへの対応を考えればそうでない可能性の方が高いように思えました。なのでこちらの事情を全てお話しました」
そう、もしエルフ側が敵であれば投降した俺達が軟禁で済んでいること自体おかしいのだ。荷物類は没収はされたものの場合によってはこちらに返す意思はあるようだし。
それに先ほどロリー婆が言っていたテルの姉が破ったという『言いつけ』も、おそらく俺たちに手を出さないようにというものだったと推測できる。エルロン一派であればクリスはともかく俺とアルに対して身の安全を確保する必要はないはずだ。
その辺りを加味すればエルフがエルロン一派ではないと考えた方が自然である。その辺りをクリスも理解していたが故にこちらの情報を公開したのだろう。
これは、一種の賭けだ。短慮と言われれば否定できないが、それでも分の悪くない、十二分に勝算のある賭けであると俺も思う。
「こちらも悠長にしている時間はありませんので単刀直入に訊きます。貴方方にとって飛空船の一派との関係性はどういったものでしょうか?」
その上でクリスはエルフたちに対して答えを求める。万が一のために備えて俺とアルはすぐに動けるように意識を張り巡らしていたが……
「我々エルフにとって、そいつらは────────敵だ」
…………その必要はなかったようだ。
「空飛ぶ船は唐突に現れ、我らエルフの聖地へと土足で踏み込んだ。こちらとしても対処はしたいが掟によって聖地に足を踏み入れる者は限られておる。奴らを排除するための手が足りんのだ」
どうやらエルフにとってエルロン一派は明確な侵略者というわけだ。しかし聖地とやらに奴らの求める何かがあるということなのだろうか……?
「なら俺達も力を貸すぜ。大事な場所なんだろ?」
「馬鹿を言うな。我らの中でも限られた者しか入れない場所に貴様らを入れる道理はないだろう」
アルの提案をテル姉が即座に否定する。まあ部外者に踏み入られて対処に困ってるのに新たに部外者を招き入れるわけないわな。
「その通り。なんだが、ふむ……」
だがロリー婆はテルの姉の言葉に何かを思案するような素振りを見せ、そしてこう言った。
「あんたらなら特例で条件付で認めてやってもいいよ」
「ロリー婆!? 一体何を言っている!?」
ロリー婆の言葉に声を上げたテルの姉だけでなく他のエルフ連中もざわつき始めた。どう考えてもこれは異例なことだと簡単に察することができるが、しかし条件とはいったい……さすがに無理難題を押し付けられるのはごめん被るのだが。
「そう難しいことじゃないさ。そこのミラ率いる一団と行動を共にすること。どうだい、簡単なことだろう?」
ミラ? 一体誰のことだろうか。そう思いロリー婆の視線の先を追うとそこにいたのはテル姉だった。
「あんた、ミラって名前だったのか」
「名乗る必要はなかったからな。とはいえ、今となっては自己紹介くらいは必要か……」
「そういえば私たちもまだちゃんと自己紹介していませんでしたね」
まあそんな時間がなかったからな。
「我が名はミラ。エルフの戦士にしてダークエルフのミラだ」
……きりっと自己紹介しても俺の顔面物理的に潰したことは根に持つからな。
「あれは貴様が……いやそれよりも、どういうつもりだロリー婆!? 禁足地に部外者を踏み入れさせようなどと、掟に反している!」
「あんたは固いねぇ。こういうのは臨機応変に対応しないといけないよ」
「であればまずは他のエルフの戦士から許可を出すべきではないか!」
「聖地がどうして禁足地となっているか、知らないあんたじゃないだろう」
「なら何故此奴らには許可を出そうとしている!?」
「そいつらだからこそ許可を出してもいいと考えたのさ」
「それは、どういう……!?」
「それよりも、まずはするべきことをしないとね」
ミラの追及も遮ってロリー婆は俺達に視線を向けてきた。一体何をしようというのか、思わず固唾を飲む。
「――――お客人、非常時とはいえ手荒な真似をして申し訳なかった。この通りだ」
そう言ってロリー婆が俺達に頭を下げると、それに追従するようにミラを始めとした他のエルフも俺達に頭を下げた。
「あ、いえ。そちらからすれば当然のことだと思いますので、そこまでお気になされずともかまいません」
「お心遣い、感謝するよ」
「……別に俺達気にしてないから頭下げられるのも変な感じするよな」
だとしても、一族の長として形式として謝罪を行なう必要がある。それが後々問題になる可能性もある以上は仕方ないことだ。
まあ俺たちはただそれを受け止めておけばいいだけのことだ。それが相手のためにもなる。
「そんなもんか……」
それよりも、だ。まずはその聖地とやらがどこか明言してもらおうか。とはいえ大体の予想はつくのだが。
「え? どこだよ?」
いや……よそ者の俺が察し付いてるって時点で予想できるだろうに。
「まあおそらくあんたの予想通りさ。私らエルフの聖地とは神樹様……あんたたち風に言えば、【世界樹】さ」




