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第二十七話

 ハイリア公国首都のとある酒場。

 安くて美味い飯と酒にサービスもいいと評判のその酒場で腹を満たす予定だった俺たちだったが……


「はふっ! はぐはぐっ! がつがつっ!」


 俺たちの目の前で自称エルフの少年が俺たちの頼んだ飯に食らいついている。

 どうやらこの少年、文無しのようで飯も頼めずお通しの水だけで凌いでいたらしい。あんな混雑していた酒場でそんな暴挙を行なう少年もスゴイが、それを許す酒場もスゴイ。

 それを不憫に思ったのか、アルが一緒に食べないかと誘い、それに少年が苦渋の決断といった表情で承諾した結果が今の状況であった。

 それにしてもいい食いっぷりである。肉も魚も野菜もバランスよく口に運んでいる。あ、俺の頼んだ肉が……

 ……そんなに人の金で食う飯はそんなにうまいか? 


「……っ!」

「お師匠、そんな言い方はよくないですよ」


 いや、別に責めているわけではない。人に奢ってもらった飯が美味いのは俺もよく知っているからな。一度知ってしまえば癖になる。注意した方がいいぞ。


「お前どんだけゴッフさんに集ってるんだ……」


 だが、タダより高いものはないとも言うのも事実である。このままただ食っておしまいと済ませるわけにもいかない。


「むぐッ……!? おま、食ってからそれを言うのは反則だろ!?」


 俺の言葉に少年がむせかけるが安心してほしい。別に何かを要求するつもりはない。ただ少しお話するくらいはいいのではないか? 


「お話……『おはなし』……うっ、頭が……!」

「どうしたクリス? ……お前何したんだ」


 別に何もしてないんですが。

 まあそこまで身構えるようなことでもない。ちょっとした世間話くらいの感覚で俺たちとコミュニケーションをとってくれたらいいだけの話である。それに対してこちらで価値を吟味するというだけだ。


「……別に僕は恩知らずでも恥知らずでもない。とはいえできることなんてたかが知れてる。お前らの知りたいことなんてそんなに知ってるとは思えないけど、何の話がしたいっていうんだよ?」


 そうだな。じゃあまずは……


「まずはお互いの自己紹介からだろ?」


 ……それもそうだな。



 ◆



 そうして互いに簡単な自己紹介を終えた後、エルフの少年ことテルとゆっくりと話を始めた。


「で、お前らは僕に何を聞きたいんだ? さっきも言ったけど大したことは知らないからな」


 うーむ、個人的には単純な興味でエルフ族についていろいろと聞きたいんだが……


「それよりもまずは飛空船について聞くべきでは?」

「飛空船? 飛空船っていうとあれだろ、この前町の上を飛んでった空飛ぶ船だろ? 僕も見たけどそれがどうしたっていうんだ?」


 そう、その飛空船だが、何艇も飛んできていてそのどれもがエルフの森の方へ向かっているらしいが……実際のところ、あの飛空船とエルフは関係あるのか? 


「いやいや、なんでエルフと関連性があると思ったのか知らないけどあるわけないだろ。あんな空飛ぶ船があるのだって初めて知ったよ」

「つまりエルフと飛空船は無関係ってことか……」


 奴らが飛空船を大っぴらに乗り回すようになったのもついこの間だからそれ以前にコンタクトを取っていた可能性もあるが……


「クリス、エルロンってエルフと交流を持ってたりした?」

「いえ、ないと思います。私の知る限りエルフと交流を持つのは公国だけのはずです。エルフと交流していたとなると公国を通してのものになる以上、公国を通すのなら彼の立場を考えれば教会内に話が出てきてもおかしくはないとでしょうし」


 成り代わった王国経由で接触しようとしても枢機卿としての権力を使わざるを得ない以上何かしらの記録が残る。それがない以上エルフと協力体制にはないと考えてもいいだろう。


「王国として接触してたとかは? 王様に成り代わってたんだし」


 可能性はなくはないが、低いだろう。何せここ最近の王国はエルフの窓口である公国との関係が悪化していってたくらいだ。エルフと通じるのにわざわざそんな方針をとるとは思えない。


「僕もエルフがこの国以外にまともに関係を持ってるなんて話聞いたことないね。まっ、言っても僕が森から出たのはあの空飛ぶ船が来る前だ。だから考えにくいけど飛空船が来た後にエルフと飛空船やら教会やらとの間で何かあった可能性までは否定できない」


 ふむ、では船ではなくあれに乗っていた人物に心当たりは? 


「ないね。まあ僕が知る限りでの話だけど。聞く限りだとそのエルロンってのがあの船の親玉なんだろうけど、長老たちがそんな奴と会ったって話も聞いたことないね」


 ふむ、ならやはりエルフはシロだと断定してもいいのかもしれない。


「……で、お話ってことだし、こっちからも聞いていいか?」


 うーん、どうしようかなぁ? 


「おい」


 冗談である。とはいえ俺たちに聞きたいことなんてあるのか? ただのしがない旅人だぞ。


「で、何を聞きたいんだ?」

「そんなこと知りたがるお前らは何者なのさ?」


 うーん、いい質問ですねぇ……

 通常、飛空船をいきなりエルフと結び付けようとする人間などいないだろう。まず聞くのなら公国の役人やら兵士などに聞くべきだ。

 それを何のためらいもなく第一質問として飛空船とエルフの関係を質問してきたことに対してテルの中で疑惑が生じたのだろう。

 じゃあそんなピンポイントすぎる質問を第一質問として投げかけてきたこいつらは何者なのか、どのような目的を持っているのか、害を齎さないか……などなど。

 今の会話だけですぐさまそこまで至り疑問を抱いたと考えればテル少年の思考力は高いと推測できる。


 うん、本当にいい質問なんだが……うん。


「なんだよ。言えないっていうのか?」

「いえ、そういうわけではじゃないんですけど……」

「言っても信じてもらえるかっていう問題がなぁ……」


 ちなみに、お忍びの教会の聖女にして王国の王女様と、なんかたまたま巻き込まれてるお供の旅人二人って言ったら信じる? 


「馬鹿にするなよ。いくらエルフが外の常識に疎いっていってもそんなのありえないってわかるさ」


 だよなー。そう思うよなー。俺が聞いても絶対冗談だって思う。


 ────ところがどっこい……! 現実です……! これが現実……! 


「……は?」

「あまり言いふらさないでくださいね」

「いや明らかにおかしいだろ!? 百歩譲ってあんたが王女だか聖女だかだとしてなんでそのお供が従者とかじゃなくて特に関係ない旅人なんだよ!?」

「まあ成り行きってのもあるけど、友達だからな」

「なんでただの旅人と王女が友達になれるんだよ!?」

「そんなこと言われても、友情に身分は関係ないだろ」

「あるだろ!?」


 やはりテルは頭がいいな。彼自身『エルフは常識に疎い』と言っていたが、彼との話していてそんな風に感じることはない。むしろ一般常識も身についているように思える。なんだったらアルよりも常識があるようにも思える。


「お前に言われたくないんだけど」

「ま、まあそういうわけで私たちはあの飛空船の行方を追っているのです」


 奴らの目的が何なのかは皆目見当もつかないが碌なものではないことは確かだろうしな。王国の乗っ取りといい飛空船強奪といい、権力やら軍事力やらを集めようとしているのかもしれないが……


「一般人が聞いていい話じゃないだろこれ……」

「大丈夫だって。俺たちも一般人だし」

「絶対に違うだろ!」

「そう言い張るのは難しいかもしれないです……」


 お姫様公認で脱一般人認定された気がするが、聞かなかったことにしよう。きっとアルだけだ。


「というか奴らの目的って世界征服とかじゃないのか?」


 それも正直わからん。王国を乗っ取って世界中に宣戦布告しようとしてたことを考えるとあり得るんだが、エルロンが野心を持って行動しているのか信仰の下で行動しているのかもわからない、何だったらエルロンがトップなのかさらに上に黒幕がいるのかもわかっていない状況なのだ。決めつけはやめておいた方がいいだろう。


「なんもわかってないんだな」

「だからこそここに来たんだ」


 詳しくは省くが、飛空船の足取りを追って俺たちはこの国に来た。そして飛空船がエルフの森、その中心に向かって飛んで行ったと知ってさらに情報を集めている最中というわけだ。


「テルはエルフの森に何か奴らが欲しがりそうなものがあるかとか知らないか?」

「……もしソイツらが本当に森に用があるんだとしたら、たぶん目的は『神樹様』だろうな」

「神樹様?」

「お前ら風に言えば『世界樹』ってヤツさ」


 外からは見えてたけどやっぱりあれは木なのか。

 天まで届く大樹なんてファンタジー極まっているが、本当に存在しているとは……夢が広がるな。


「世界樹には奴らが欲しがるようなものがあるのか?」

「さあ? 詳しくは僕からは言えないし知らないけど、わざわざあんな空飛ぶ船を何艇も持ち出して欲しがるようなものなんてそれくらいしか考えられないからな」

「エルフの森でしか入手できない特産品とかが目的の可能性はありませんか?」


 それなら公国を乗っ取ってしまった方が手っ取り早いはずだ。成り代わった王国経由で間者でも忍ばせておけば済んだのに険悪外交をしてしまっている以上考えにくい。

 さらに王国乗っ取り成功中ならまだしも、追い詰められている現状で数少ないアドバンテージだろう飛空船を何艇もこの森に向かわせている以上、明確な目的が存在するのは間違いないだろう。



 つまりは特産品とか珍しい素材とか、そういう単に恒常的に供給できるものが目的ではない、ということだ。


「なるほどなー」


 ……そしてテルはそういった可能性を排してまっさきに神樹様、世界樹ではないかと口にした。

 信仰や文化、考えの違いはあるかもしれないが、彼がまずそれを口にしたということは世界樹はただの象徴(シンボル)としてだけの存在じゃないということは確かなのだろう。


 それこそ、奴らの孤立している今の状況を一変させることができるような何らかの力を持つナニか、とか。


 まあテルの今の様子を見るにここで問い詰めたところで答えが返ってくるとは思えないので追及はしないでおこう。


「そういえば話変わるんだけど、テルはなんで森から出てこの街に?」


 ああ、確かにそれは俺も気になっていた。エルフは森から出ることが珍しいと聞いていたからまさか酒場に来て相席になった相手がエルフだとは予想外だった。


「……エルフにおける成人になるための試練なんだよ」

「というと?」


 テルから詳しい話を聞くに、エルフは一定の年齢になると成人の試練というものを受けられるようになり、それをクリアしないと大人として認められないらしい。

 そしてその試練というのが『森の外から他のエルフの手を借りずに集落まで戻れる力があることを示す』というものだ。


 簡単に言い表せば、『はじめてのおつかい』である。


 じゃあなんで森に戻らずに街の酒場で水だけで粘っているのか? それがわからない。


「……苦手なんだよ。狩りとか戦いとか、そういう肉体労働的なことは」

「エルフの森には危険な動植物が多いと聞きます。それも森の浅い部分でのことでしょうし、さらに奥となると……」


 あっ(察し)

 これ『はじめてのおつかい』なんてレベルじゃないわ。まさしく『我が子を千尋の谷に落とす獅子』とかそういう系のやつだ。あるいはもっとひどいやつだ。

 ……もしかして実在のエルフって脳筋思考の民族? 


「別にそういう露払いまで自分でやれって試練じゃないんだ。武力が足りないならそれを何らかの形で補うのも一つの力だって縛り自体は結構緩いんだ」

「へぇ、そのあたりは結構柔軟なんだな」


 でも力を重要視してることには結局変わりないのでは……? 


「でもテルくんはどうやって集落まで戻ろうと考えているんですか?」

「金を貯めて護衛を雇うつもりだよ。だからここで働いてるんだよ」

「その前に空腹で倒れそうだな」


 というかここで水一杯で粘れてた理由はそれか。休憩中の従業員なら無理に出て行けとは言われな…………なんでピーク時の忙しい時にテルは休憩に入れられているんだ? まさか……いやよそう俺の勝手な推測でみんなを混乱させるのは……

 それにしても危険なエルフの森に護衛のためについてきてくれる実力者を雇おうと思ったら結構な額がいるだろうに……あ、だから水一杯だけで何も頼んでなかったのか。


「あれ、でも確かエルフの森に入るには許可証がいるんじゃなかったっけ? 雇える護衛も限られてるんじゃないか?」

「そうですけどエルフの方の同行者は例外ですよ。公国のスタンスとしては『森はエルフの領域』というのが前提なのでエルフの許可が得られているのなら問題はないという考えのはずです」


 なのでテルやテルの雇う護衛に関しては許可証がなくても出入りが可能だ。言い方は悪いが『エルフ≒許可証所持者』と同義に近いぞ。


「うん……? なら俺たちがテルの護衛として森に入ることもできるってことか?」


 そうだゾ。


「ちょ、ちょっと待て。お前ら何の話をしてるんだよ……!?」


 俺たちはエルフの集落に行きたい、テルは護衛が欲しい。まさしくWIN-WINの関係だなっていう話をしていた。


「てことでテルに提案なんだけど、俺たちを護衛として雇う気はないか?」




 ◆




 こうして俺たちはテルの同行者としてエルフの森へと足を踏み入れることとなった。

 アルの提案に対して渋りに渋り、エルフとの交渉で口聞きはしないという条件付きで何とか了承したテルの気が変わらないうちに大森林内の必要な情報を聞き出して準備を整え、次の日に早速出発することとなった。


「いくら何でも早すぎないか!?」


 テルが水だけで労働生活を続けたいのなら今からでも待つが、どうする? 


「…………」


 返ってきたのは沈黙だった。これ以上ない返答だった。


 そもそも俺たちの目的である飛空船の後を追うのは時間との勝負なのだ。後手後手に回っている以上迅速に動けるのならそうするべきだ。違うか? 


「それはそうですが……」

「寝坊した奴のセリフではないよな」


 え、英気を養うのは大事だから……


 そんなわけでテルに伴われ俺たちはエルフ大森林に合法的に入国ならぬ入森に成功した。

 ここからは舗装されていない自然のままの森の中をエルフの集落まで、現地民のエルフであるテルの先導の元、数日の間歩き続けるだけである。


 大森林の中も思っていたほど歩きにくくなく、生えている木々が通常よりもデカい以外には故郷の村があった山林とそう変わらないように感じた。

 エルフが生活の一環で間伐もしているという話だったので、自然そのままな森よりも歩きやすくなっているのかもしれない。


 危険な動植物についてもテルから聞いているので、奇襲にさえ気を配っておけば危険はないだろう。


 現地民からの正確な情報、それをもとに行った完璧な準備、さらに現地民による目的地までのナビゲート。ここまで条件が揃っていれば不測の事態にならない限り何の問題なくエルフの集落まではたどり着けることは確定的に明らか。勝ったなガハハ! 















 ────────そう思ってた時期が、僕にもありました。





 エルフの集落までは数日はかかる予定で、俺たちもテルもさすがに森の中で強行軍を図るつもりはなかったので休憩を逐次挟みながらの進行だった。


 数時間も歩けば、森の雰囲気も変わってきた。おそらく許可証持ちが主に踏み入るエリアからエルフたちの活動領域に入り始めたのだろう。森のより深くに進んでいるはずなのだが、エルフの管理が行き届いているからか、歩きやすさに関してはそこまで変化がない。俺たちの行程は順調に思えた。いや、思いたかった。思いたかったのだが…………さすがに願望と思い込みで自分を誤魔化すことはできなかった。


 俺はこれが勘違いだと願いながらも、徐に口を開いた。




 …………なあ。この道、合ってるのか? 



「…………」

「ふぇ?」

「そりゃ道知ってるテルの案内だし、間違ってるなんてことはないだろ」


 そうだな。テルの案内なら間違ってないと思うんだ。でも俺の勘違いかもしれないんだが、気のせいでなければなんだが……





 ────ここさっき通ったと思うんだが。それも三回ぐらい。


「ふぇ?」

「え?」


 俺の言葉に、二人の視線が先導していたテルへと向けられる。

 テルは────こちらを向かない。

 そんなテルに、俺は改めて問いかける。


 この道、合ってるのか……? 


「……………………」


 返ってきたのは沈黙だった。これ以上ない返答だった。


「……ふぇ?」

「……ど、どういうことだ? まさかテルが敵側だなんて言うつもりじゃないよな……!?」


 うむ、その可能性もゼロではないが、おそらく違う。

 もしそうなら俺がこうした疑問を口に出した時点で何らかのアクションを起こしているはずだ。伏兵からの攻撃やら開き直っての悪役ムーブとかな。


「ではどうして同じところを何度も通るなんてことを……?」


 あー、うん……俺の思う今の状況を簡単に説明するとだな……



 かつて『魔の森』なんて言われた森の中で、俺たちはただ単純に()()()()()遭難しかけてるってわけだ。



「…………ふぇ?」

「ま、迷って……?」


 もし違うなら何とか言ってくれ。一縷の望みをかけてテルに呼びかけてみるが……


「…………………………」


 返ってきたのは、沈黙だった。これ以上ない返答だった。


 つまりは……そういうことだった。


「…………ふぇ?」

「……これ、まずくないか?」


 おいおいおい、死んだわ俺ら。


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