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第二十六話

 魔導都市からの数日間の船旅を経て、俺たちは世界樹が根ざす国ハイリアへと足を踏み入れた。

 まあ踏み入れたと言っても公国の国土の大半を占めるエルフ大森林や首都ではなく、海の玄関口である港町にではあるが……細かい所はいいだろう。


 港町は木材が多く使われているように見えるものの、そこまで異国情緒あふれるという感じはない。元々公国がクロリシア王国の一部だったのを思えば当然ではある。

 とはいえ貿易国家の玄関口ではあるので人は多く珍しい物も多い。様々な国々から商売のために人や物が集まっているのだ。


 その一つでもあるゴッフ達ライン商会の手伝いをしながら俺たちはその港町で飛空船についての情報収集を行なった。幸い、話を聞くための人も切っ掛けも事欠かない。多少の出費はあれども情報は滞りなく集まった。

 そうしてある程度情報が集まった段階で俺たちは情報の整理を行なう事にした。


「とりあえず例の飛空船が公国を飛んでいたのは間違いないみたいですね」

「でも公国の空を飛んでいた目的まではいまいちわからないんだよなぁ」


 ただの通り道だったという可能性もあるが、それにしては奇妙な点も多い。


 例えば、数。この国で目撃された飛空船の数が多い。一艇二梃の話ではない。裏取りはできないが、ここ以外の街でも見たという話もあったくらいだ。


 例えば、方向。目撃された飛空船は誤差はあれど全て首都、あるいはエルフ大森林の方向へ飛んでいったらしい。


 例えば、被害。これだけの飛空船が目撃されていながら、公国に被害はないらしい。あれだけ世界中で暴れまくっているにも関わらず公国では飛空船からの攻撃はなく、ただ目撃されているだけだという。


「これ、公国クロじゃないか?」

「ま、まだ決め付けるには早いのでは……」


 クリスの声が震えていて説得力はないのだが、実際クロと決めつけるには難しいのも確かだ。

 単純に次の目的地がそっちだったとか、追跡を振り切って行方を攪乱するためとか、何だったら首都ではなくエルフの森に拠点があるなんて可能性だって十二分にある。エルフの森の全容を把握できているヤツなんていないのだから、追手への攪乱や拠点があったとしても不思議ではない。

 とはいえそれに公国が関わっていないという根拠もない。今の時点で公国のシロクロを見極めるのは無理だろう。

 結局俺たちにできるのは、相手が敵と通じているかもしれない事を念頭におきつつもそう決め付けずに味方になってくれることを祈って行動する事しかない。


「……言い回しがややこしくてよくわからないぞ。つまりどういう事だ……?」


 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないな。


「要は行き当たりばったりってことですね」

「つまり普段通りでいいって事だな」


 おっと、普段から行き当たりばったりみたいな事言うのはやめるんだ。その言葉は色々と情報仕入れたりして備えているはずの俺に効く。


「そ、そういえば。さっきお師匠、石というか木の欠片みたいなものを買ってましたけど何ですかあれ?」


 ぬ、さっき買ってたものというと……これのことか。これは石でも木でもない。鰹の乾物、鰹節だ。

 そう言って現物を出して袋から取り出して見せてみる。


「カツオ……? えっ、カツオって魚のですか? どう見ても魚には見えませんけど……? え、これ食べられるんですか?」


 食べられる。とはいえこのまま齧るのは無理なので薄く削って食べたり出汁を取ったりするのに使う。薄く削った鰹節は美味いのだ。


「水で戻してそのまま食べるとかじゃないんですね……」

「味の想像がつかないな……」


 アルは食べた事あるはずなのだが……まあいい。

 本当は干し肉とかの保存食だけを買うつもりだったが、鰹節以外にも珍しい乾物が多くてつい買ってしまった。さすが輸出入が盛んな港町である。


「なんでそんなに保存食買ってるんだよ」


 情報収集の一環である。それと、もしもエルフ大森林を探索する時のための保存食……と言いたいが、これもう飛空船の行方の捜索のためにエルフの森に入る流れだろう。


「ですね。最低でも森に住んでるエルフに話を聞く必要はあるでしょう」

「でも確かエルフの森に入るのって許可がいるんだよな?」

「はい。公国あるいはエルフの許可がないと最悪極刑も有り得ます」


 エルフの知り合いがいれば話は簡単なんだが、そんなものいない以上別の方法を探さないといけない。


「で、どうやって許可をもらうつもりなんだ?」


 どうやっても何も、こっちには王国の王女様がいるんだ。真正面から堂々と大公殿に直談判すればいい。


「そうですね。関係が悪化しているとはいってもまだ門前払いされるほどでもないですし、関係改善のためにも王国として話を通しておく必要もありますしね」

「ということはまずは首都に向かうってことでいいんだな?」


 そうだ。そして大公と面会して、エルロン一派との内情を探り、エルフ大森林が現状どうなっているのかの情報を手にして、そして森への立ち入り許可を貰えるよう立ち回る必要がある。


 なんにせよまずは首都へと向かうことにしよう。



 ◆



 それから俺たちはライン商会に同行する形で港町から首都へとたどり着いた。

 あまり異国情緒が感じられなかった港町と違い、首都ではエルフ大森林から得られた豊富な木材によって育まれただろう独特の建築様式が軒並みに連なり、俺たちの目を引いてやまない。


 さらにはハイリア大公の居城も木でできており、その見た目はまるで一本の大樹をそのまま加工したかのようだった。実際には様々な木材を組み合わせて建てられているそうだが……今は置いておこう。


 今一番重要なのは公国が敵なのか味方なのか、それを見極める事。次いでエルロン一派の情報収集である。


 念のため大公への謁見の前に首都でも情報収集を行ない、万が一の逃走経路も想定した上で、城へと足を踏み入れた。

 お忍びとはいえ王国の姫にして教会の聖女だ。公国としても無下に扱えない。扱ったらそれはそれで即クロ確定なのだが、そんなことはなかった。




 そうして────















 ────謁見を終えて穏便に城から立ち去り、とりあえず公国は今の所まだシロだと思いました。まる。


「何か大幅に端折られたような気が……?」

「それで、公国がシロだと思った理由は何ですか?」


 色々とあるが……大公たちと話して得た情報が、港町や首都での情報収集、特に行商人とかの流れの旅人に聞いた話と合致していた。

 貿易に経済を頼っている公国、特にその玄関口である街ではどうしても様々な国の不特定多数の人間が入り乱れてしまう。それらすべてに口裏合わせるような事はできないだろう。それにこうして何事もなく城から出られたのも根拠の一つと言える。


「なら城に留まっていてもよかったのでは?」

「大公さんも勧めてくれてたのにな」


 いや、だって最悪軟禁されるかもしれない所にいたくないし……。


「公国はシロじゃなかったのかよ」


 今の所はシロだと思う。だがあの大公は何というか……他人に影響されやすそうというか、優柔不断というか、側近の言葉を聞きすぎるというか……一言でいえば頼りない。


「それは……確かにそうですね」

「あの横にいたおっさんとかの言葉をそのまま言ってたしな」


 自分に自信がないのか、大臣を始めとした信頼している家臣の言い分を鵜呑みにしてしまうんだろう。言い方は悪いが、傀儡政権に近い。おそらく実権は大公ではなく大臣が握っていると見た。

 とはいえその大臣もこちら側への対応を見る限りエルロン一派ではないのだろう。もしそうなら俺たちは今頃血塗れで街から脱出してる事だろう。


「何で血塗れ前提なんですか……?」

「そりゃ返り血だろ」


 だがそれもいつまで続くかはわかったものではない。大臣が利権やらなんやらでエルロン一派に寝返るかもしれないし何だったらヤツらが大臣を排除して側近に成り代わる可能性だってある。

 推定シロな今でももしもの時を考えて多分見張りの一人くらいは付いてるんじゃないか? 


「見張り……確かに視線っぽいのは感じるな」


 本当にいたのか……というかわかるのか…………まあこちらを害するためじゃなくてクリスに何かあった時のための見張りだと思うが……それよりもだ。

 公国が推定シロなのはいいが、公国側もエルフ大森林の状況が全くわからなかったのが予想外だった。


 定期的に公国とエルフの間で行われている会談が飛空船が目撃されてからはまだ為されておらず、次の会談の予定も通常ではまだ先のため、臨時でエルフへの使者を出す予定らしいがエルフの集落まで迷わず迅速に確実に辿り着けるようにするための信頼できる人選に時間を取られているらしい。既に迅速ではない。


「なら私たちが、とも思いましたがエルフ大森林への入場許可はもらえませんでしたしね……」


 まあ普通に考えて王国の王女にして教会の聖女を何の対策もせずに危険地帯に放り込む国家元首はいないだろう。どうしようもない事態ならともかく今はまだ調査段階なわけであるし。あとは王国への対応をどうするかというのも判断しきれていないというのもある。


「じゃあどうするんだ? 一回魔導都市なり王都なりに戻って許可証出してもらうよう働きかけてもらうか?」

「私としては戻ったら戻ったでお城に閉じ込められそうな気がしますのでできれば避けたいんですけど……」


 魔導都市や王都に戻るのは時間がもったいないから選択肢から外すとして、そうだな…………すでに森への入場許可を得ている人を探そう。


「……? どういう事だ?」


 聞いた話だが、森への入場許可は個人個人に出されるものではなく、集団単位で出される事が多いらしい。

 つまり許可証を持っている集団に入り込めれば、直接許可を出されていない俺たちも合法的に森に入れるというわけだ。


「おお!」


 問題があるとすれば、許可証を貰えるのはそれだけ国から信用を持たれている集団なので見ず知らずの旅人、あるいは王国のお姫様を無断で森に連れて行くようなのがいないという事だな。もっと言えばそういう連中は使者の候補にも挙がっているだろうし、なおさら厳しいだろう。


「ダメじゃねーか」


 まあ一縷の望みをかけて、といった具合だ。一番いいのは正攻法で許可証を貰う事だが、まあまず貰えないだろうし貰えても時間はかかるだろうな。


「……無断で入るのはダメって聞いたけど、実際の所どうなんだ? 正直入ろうと思えば簡単に入れそうだけど……」


 正直な所、公国の大半を占める森である以上完全にカバーするのは不可能だ。なので密入国ならぬ密入森は簡単にできるだろうが、俺たちの目的や立場を考えれば避けたい所だ。


 万が一公国に見つかった時はもちろんだが、俺たちが接触しようとしているエルフに対しても不信感を与えかねない。


 さすがに公国とエルフとエルロン一派全部を敵に回す展開は可能な限り避けたい。全員敵陣営で避けようがない場合は諦められるが、そうじゃない可能性は捨てたくない。


 そういうわけで森に入るなら出来る限り正攻法を取りたい。密入森は最後の手段だ。


「でもそう上手くいくかぁ?」


 それは俺にもわからん。とりあえずエルフの森に入るための情報収集も兼ねて酒場で飯にしよう。聞いた話じゃエルフの森で取れた果実から作った果実酒がうまいらしい。


「お前はしばらく禁酒だって言っただろ」


 そんなー。ゴッフに名産の美酒は美味かったぜってマウント取れないじゃないですかーヤダー! 


「そこなんですか……?」



 ◆



 さてさて、ここが料理と酒が美味くサービスもいいと評判の酒場だ。


「来たばかりの街なのに、お師匠は何でも知っているんですね」


 何でもは知らない。知ってる事だけだ。というかこの街に来てから聞いた話だから。


「……お前、さっき本当に飛空船について情報収集してたのか?」


 当然である。そのついでに聞いた話にすぎない……どっちがついでかは別として。


「おい」


 そんな事より、腹が減ってはなんとやらだ。早く店に入ろう。

 二人をそう急かして俺たちは酒場の中へと足を踏み入れたのだが、店内は食事と酒と他愛無い世間話に舌鼓を打つ多くの客と注文と配膳で忙しそうに動き回るウェイターたちで埋まっていた。


「せ、盛況ですね」


 まあ人気の店らしいので人が多いのは仕方ないのだが……席は空いてるんだろうか? 


「店の人に聞いてみたけどちょっと待ったらピーク過ぎるだろうけど、他の人と相席ならすぐにいけるってさ。どうする?」


 でかした! というか本当に行動が早いな。行動力の塊かよ。

 まあ相席でいいだろう。ピークを過ぎると話を聞く人も少なくなるし、何より早く食べたい。


 と言う事でウェイターに案内され、店の奥の方に配置された席へと進んでいったのだが……


「ふぇ?」

「うん?」


 相席の相手を見て俺たちは少し驚いた。

 何せその席にコップ片手に座っていたのは、酒場にいるには似つかわしくない、少々幼く見える少年だったからだ。


「……なんだよ。何か言いたい事でもあるのか?」


 俺たちのリアクションに対して、少年は不機嫌そうにこちらに言葉を投げかけてくる。

 このまま曖昧な態度を取っているのも相手に失礼になりそうなので簡単に弁明の言葉を返す事にしよう。


 いや、子どもが酒場に一人いるとは予想外だったもので。


「子供言うな! 森の外じゃ知らないがこれでもエルフの中じゃ成人してるんだ! ……正確にはまだだけど」


 …………エルフ? 今この少年は自分の事をエルフだと言ったのか? 


「貴方、エルフの方なんですか?」

「……別にお前らには関係ないだろ、ほっとけよ」


 ふむ……あまり話したくないのなら無理に聞こうとするのはやめておこう。

 個人的には見た目子どもな彼がエルフの成人ということで俺の中で『エルフ長命種説』が再燃してきたのだが、それも一旦置いておこう……! 

 まずは腹ごしらえだ。サーセン! 注文オナシャース! 


「はーい! 注文お決まりですかー?」

「えーっと、とりあえず肉料理が欲しいよな」

「お魚もあったらうれしいですけど」

 いやいや、ここはやはり森の幸をだな……


 と、何を頼むか三人でわいわいしていると……



 ────ぐぅぅぅ、と誰かの腹の虫が鳴った。



「…………」

「…………」

 …………


 俺たちの視線は自然と音鳴る方へと向けられた。


「…………」


 視線の先には、気まずそうに顔を逸らした子どもの姿があった。



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