第二十四話
さて、行動方針として公国を目指す事に決まったが、問題はどうやって公国に向かうか、だ。
「どうやってって、普通に向かえばいいんじゃないのか?」
ここから公国に向かうのに飛空船による空路を除けば一番時間がかからないのが海路、つまり海を渡る船旅だ。
ところで……この中で船をお持ちの方はおられますかー?
「持ってるわけないだろ」
「私も個人ではないですね……王家としてや教会として使える船はあるでしょうけど」
普段であればそういった伝手を使って借りるのも立派な手なのだが、今回は王子の意向に逆らう形になるのでお忍びで行かなければならない。なのでそういった国とか教会の力は使えないのである。
「ちなみにお師匠は持っていたりしないんですか?」
俺も船など持ってない。当然である。というか何故俺ならワンチャン持ってるんじゃ的な期待感を抱かれているのかがわからない。
「じゃあ公国行の船便を探す、とか?」
それも手なのだが残念ながらここ最近は公国への船便はほとんど出ていない。というのも現状、王国と公国の仲が悪化していっているからである。
「え? 公国と王国は友好的って言ってたじゃないか。言ってる事違うぞ」
確かにさっきも言った通り、王国と公国は友好的だった。だが近年は王国側の公国への内政干渉とも言える過剰な要求が増えたとかで公国内の王国への悪感情が沸々と沸き立っていて、それによる対立も表出し始めている。船便の減少もその一つだ。
……今にして思えば、公国への対応が悪くなったのも王が入れ替わったせいかもしれないな。
とはいえ、船便も全く出てないわけじゃない。貨物を運ぶ船などに頼み込むというのも一つの手だろう。身の安全は保障しきれないが。
「というと?」
お姫様がいると明かしてこっそり船に乗せてくれる連中はいないだろう、常識的に考えて。
逆に身分を隠して不審者三人内一人女で船に乗せてくれとか、船選びに失敗したらウス異本案件になりかねない。
要は信用できる相手を探さないといけないわけだな。まあ陸路で向かう事を考えればはるかに楽だろうが……これは中々に難題である。
ひとまずはシド工房やらモーティスに心当たりがないか内密に伝手を辿ってもらう事にしよう。
「……なあ」
うん? どうした?
「何か、ゴッフさんが近々公国に向かうとか言ってなかったっけ?」
……………………そういえば、言っていたような気がする。ニアの祖父さんのおつかいが終わったらシド工房にある実験船を貰ったら公国に交易に行くんだとかなんとか死亡フラグっぽいことを……
……いるじゃないか!? クリスの身元を明かしても信頼できる、公国へ行くための伝手が!?
「ゴッフさんならクリスの正体明かしても問題ないだろ。信用もできるし」
「ではゴッフさんにお願いすれば公国へと向かえるという事ですね!」
確かにゴッフなら何の問題もない。説得もそう難しくはないだろう。
問題があるとすれば、いつ頃ゴッフたちは公国に向かえるようになるのかという事だな。
「ならその辺りも含めて早速聞いてみようぜ」
「ゴッフさんはどこにいるのでしょうか? 宿を訪ねてみます?」
いや、その前にニアに聞いてみよう。この前船の受領云々でゴッフが工房に来てたからいつ頃受け取って出航するかもわかるだろうし、ニアの爺様のおつかいがどれくらいで終わるかもわかるだろう。
しかし……こんなにあっさり解決していいのか……? 公国へ向かうと決めてこんなにすぐ行く当てが見つかるとは思ってなかったぞ。
「いいんだよ、こういうのは。運の巡り合わせって事で」
まあ、最近色々とあったせいで考えすぎだったのかもしれない。
うまく回る時は回るものだ。今はその時なのだろう。アルの言葉に納得する俺であった。
◆
「え? 確か今日出航とか言ってた気がするけど」
「はっ?」
そう上手くいかなかった。
シド工房に戻って飛空船の製図と格闘していたニアと「あったよ! 人材が!」「でかした!」みたいなやり取りをした後に、ゴッフへの船の引き渡しと出航が何時か知っているか尋ねた解答がこれだった。
「きょ、今日!? 今日のいつ出航って言ってたんだ!?」
「今日の昼過ぎくらいって言ってたと思うけど……えっと確か……」
ニアから告げられた時間と時計を見比べる。今の時間だとまだ出航はしていない、が……
「今からじゃ間に合わないだろうさ」
いや……ギリギリ、間に合うかどうか……!
「…………うん?」
────野郎ども! 三十秒で支度しな!!
「おう!!」
「は、はい!!」
俺の号令とともにすぐさま自室へと駆けこんでいく二人。当然俺も同様に走り出し準備を始める。
えーっと、鉈にナイフに、銃……はまだ直ってないし直ってても不安だから弓に矢…………ああ、食料は、ゴッフの所で分けてもらうなりして……アレはいる、コレはいらない……アレは……これは……
……………………
────待たせたな!
「お前が一番遅れてるじゃないか!!」
よ、四十秒だったからセーフ……というかクリスも早いな……
「これでも旅には慣れていますので。それにここには私物も少ないですし」
「で、港までどうやって行くんだ? 走ってじゃ無理だろうし」
「乗合馬車でも車の定期便でも難しいでしょうし……」
二人の言う通り、徒歩や公共の乗り物を使っていてはどうやっても間に合わない。
なので乗り物は、ここで借りる。
────ニア! エアバイク借りるぞ!! 港に乗り捨てていくから後で回収しといてくれ!
「おい。いや貸すのはいいけど……間に合うのか?」
了解! というわけで許可が出たので車庫に行くぞ。こっちだ。
「バイク……? バイクってどんなものなのですか?」
「コイツがたまに乗り回してる乗り物なんだけど、アレ三人も乗れるか?」
二人の疑問ももっともだが、それは後だ。
先導して車庫へと入り、車庫の出入り口のシャッターを開けるスイッチを押しながら、俺はその機体に目を向けた。
そこには前世でいう自動二輪車────この車体にはタイヤはついてないのだが────によく似た乗り物が存在した。
まあぶっちゃけバイクである。
前世の一般的なそれと比べると、多少大型で装甲などでごつくなってはいるが、速度としては遜色なく出る。当然馬よりも早い。
ちなみに二人はバイクの運転はでき……ないよな。知ってる。なら俺が運転するから二人はその後ろに乗ってくれ。
「いや、そのバイクに三人はちょっときつくないか?」
「あちらの車の方がいいのでは……?」
大型バイクだしイケるイケる。それに車だと通れる道が限られてくるから下手するとどこかで足止めを食らう可能性もある。比較的身軽なバイクの方がいい。
なぁに大丈夫大丈夫。今はまだこれで取り締まる法とかもないから。
なお前世でしてたら間違いなく捕まってるだろうノーヘル3ケツである。良い子の皆は真似はしないようにしよう。
「えっと、順番としてはお師匠の後ろにアルでその後ろに私という感じですか?」
いや、万が一を考えて一番後ろはアルがいてくれ。間にクリスを挟んで固定する感じだ。
「お、おう、わかった」
「でもやはりあまりスペースがないというか、三人も乗れます?」
詰められるだけ詰めれば乗れるはずだ。クリスは俺の腹辺りに両手を回して、アルはその上に被せる感じで腕を回せ。
「本当にピッタリというか、ぎゅうぎゅうというか……」
「ちょ、ちょっと苦しいです……」
悪いが我慢してくれ。俺も正直背中が役得なんだが、それどころじゃなくなるだろうし、それくらいしとかないと危ないからな。
そう言って俺は全員に呼吸補助のための魔法をかける。
「え? 危ない?」
「え? 何でその魔法?」
疑問を浮かべる二人をスルーしながら俺はゴーグルを装着する。
そしてシャッターが開き切ると共にアクセルを全開にした。
飛ばすぞ!! フルスロットルだ!! ヒャッハーーーーーーーーッ!!!
「────ッ!?」
「────ッ!?!?」
俺たちの跨るバイクは車庫から文字通り飛び出した。
◆
さて、勢いよく飛び出したとはいえ、まともに走らせるだけではとてもじゃないが間に合わないだろう。ニアもそれがわかっていたからこそ首を傾げていたわけであるし。
だが俺が今跨っているソレは、バイクとは言っても二つのタイヤで地面を転がるものではない。
タイヤではなく、何らかの魔導技術によって車体を浮かせて、また何らかの魔導技術によって推進力を得ることで前に進むという代物である。地面に接していないのにどういう理屈でブレーキが効いているのかはわからない。
ただ原理はわからなくてもわかる事もある。例えば走行中バイクの下の地面に圧力がかかった形跡がないので、ドローンやヘリコプターのように風などの力を放出して浮いているわけではない事などは確かである。
なので多少の悪路程度なら何の問題もなく走り抜けて行けるのだ。これでショートカットしていけば何とか出航の時間に間に合うはずだ。
「いやこれ多少の悪路じゃないだろ!?」
「~~~~~~~~ッ!? ~~~~ッ!?!?!?」
黙ってろ舌噛むぞ小僧!!
「小僧!? いやそうじゃなくて! ショートカットの必要性はわかるが、建物の壁とか屋根走るのはおかしいだろ!!」
こうやって直線距離でかっ飛ぶのが一番ベストなのだ! 建物の壁を走りながらアルにそう返す。
なに、このバイクは走る場所に力が加わらないからたとえ屋根や壁を走った所でそこが壊れたりしない! なので問題はない!
「そういう問題じゃないだろ!! せめてスピード落とせ!!」
二重の意味で落とせるわけないだろ! 壁走りや屋根への飛び移りはスピードがあるからこそできる芸当だぞ! というかこのスピードでこのショートカットをしないと絶対に間に合わないからな! と、屋根から飛び降りて下の道を走り、また壁から屋根へと上っていく。
……というかアルのヤツよく喋れてるな。俺たちの間に挟まれてるクリスなんて話したくても話せないみたいな状態っぽいのに。
っと、そうこうしている内に港が見えてきた! まさか港をこんな高所から見る事になるとは……!
「こっちのセリフだ!!」
まだ距離はあるがこの高さからなら船着き場も見えるはず! ゴッフが貰ったのが実験船と言ってたから他の木造帆船とは明らかに違う見てくれの船がソレだ!
「となると……あれか!! ってアレまさに出航しようとしてるじゃないか!?」
……アレだな。他の木造船と明らかに毛色の違う金属っぽい船体をした帆船らしき船が今まさに港から出ようとしているな。今からこのままフルスロットルで向かっても間に合わないだろう。あと10秒早ければ話は別だったかもしれんが……!
「くそ!! 間に合わなかったか……!!」
────だが、諦めるにはまだ早い!
「どうするんだ!?」
こうするのさ!
そう言うと俺はバイクをそのまま海沿いに並んでいる近くの倉庫へと向け、その壁から屋根の上へと昇り、そして────────
────最高速のまま、倉庫から海へと飛び出した。
「おまっ、マジか!!」
「~~~~~!?」
勢いよく空中へと飛び出した車体は、慣性のままに空中を走る。しかしやがて星の重力に引かれ落下していくことになるのは火を見るよりも明らかだった。
────非常用ブースター起動!
そうなる前に起動ボタンを押すと同時に最大出力を越えたまさしく爆発的な推進力が発生、車体は重力に引かれるよりも力強く慣性によって空中を滑空していき、そして…………!
「────さらば魔導都市! いざいかん新たなる新天地へ!! なんちゃってな! ふははははは!!」
……船の甲板にて何か言っていたゴッフの目の前ギリギリを横切るように着地した。
「ファッ!?!?!?!?」
ふぅ……また世界を縮めてしまった……っ!
船への乗船に成功したのでもうトップスピードを求める必要はないので全力でブレーキをかけるが……あまりの速度にブレーキだけでは爆発的に付いた慣性を殺しきれない……! 仕方ない、アル、飛ぶぞ!
「ああもう……!」
アルがクリスを抱えて飛び降りるのと同時に俺も止まらないバイクから離脱する。
操縦者のいなくなったバイクはそのまま滑っていって慣性のまま船から飛び出し、海中へと突っ込んでいった。判断が遅れていたら俺たちも一緒に海にダイブしていた事だろう。
なおどうあってもバイクは水没してしまっている…………ニアになんて言おう。
「……俺知ーらね」
「…………」
……クリスからの返事がない。心ここにあらずのようだ。
「な、ななななななな何が起こった!?!? というか今私死にかけなかった!?」
「それより今はゴッフさんに何て言うか考えてくれ」
せやな。
◆
「ふむ、話は分かった。お前たち頭おかしいんじゃないのか?」
事情を説明したらゴッフからそう評された。解せぬ。
「解せ! そんな突発的な思い付きのためにこんな強硬手段を取るなど、頭おかしいという他に何と言うのだ!! というかタイミングずれてたら私死んでたじゃないか!!」
まさかあんなところで高笑いしてるだなんて思わなかったのだ。それに当たらなかったのでセーフということで。
「お前が言うな!!」
「確かに加害者側が言う台詞じゃないよな」
で、ゴッフは俺たちをどうするんだ? 魔導都市に戻るか? まさか海に放り捨てたりはしないよなぁ? お姫様もいるのに。
「ぐぐぐ……仕方ない。今から魔導都市に戻るのもなんだし、公国までは乗せて行ってやる。だが! それまではこき使ってやるから覚悟しておけ!!」
その言葉が聞きたかった!
「お前反省してないな」
「コイツ、海に放り捨ててやろうか……!」
『────やれやれ、万が一に備えての仕込みだったというのにこれほど早く役に立つとは……さすがに予想外だよ』
その時、突如としてこの場にはいないはずの人物の声が甲板に響いた。
咄嗟に声のした方へ目を向けると、クリスの懐から光が放たれ、人の姿が空中に浮かび上がった。
「りょ、領主さん!?」
映像に映し出された声の主は、魔導都市の領主殿その人であった。
というか何でクリスの懐から映像が出てるんだ……?
「そういえば領主さんと別れた時にクリス何か受け取ってたような……?」
それかぁ……用意周到だな。
『まず、この映像は記録された物を投影しているだけなので会話はできない。そこは注意してほしい。街から一定距離離れた段階でこの映像が自動で投影されるように設定しておいたのさ。だから今私はそちらの状況は全くわからないというのを承知で話を聞いてもらいたい』
ええー本当でござるか~?
『本当本当。領主、嘘ツカナイ』
会話できてんじゃねーか。本当に録画映像なのかこれ……?
『さて、では本題に入ろう。君の性格からして、街でじっとしていられなくなると思ってこれを渡しておいたんだ。今頃街にいる私も君が街を出た事を把握したことだろう』
「それで、アンタはどうするっていうんだ……?」
「わ、私は関係ないからな! 誘拐とか、そういう目的はないから!」
アルが領主殿に問い掛けたりゴッフが保身に走ったりしているが、この映像は一方通行らしいので意味はない。
とはいえ領主殿の続く言葉は俺たちの命運、そして取るべき行動に直結する事になる。
この場にいる全員が領主殿の言葉の続きを固唾を呑んで待っていた。
『クロード殿下には私から伝えておくから、決して無茶はしないようにね』
そしてやけにあっさりと、まるで子供のいたずらを嗜めるような軽い感覚でそう言われた。
「…………へ?」
『あとハイリアの大公と会うつもりなら渡したこれの中身が役に立つと思うから、よかったら使ってくれたまえ。私からは以上です。それでは良い旅を────』
領主殿の映像はそれだけ言い残して消えた。本当にあっさり終わってしまった。
「特にお咎め、なし……?」
「ふぅ……冷や汗掻いたぞ……私は巻き込まれただけなのに……!」
まあ予想はしていたが、ここまであっさり終わるとは思ってなかった。
「でもいいのか? あの人、クロードの思惑に背くことになるけど……」
なんだ、お前気付いていなかったのか?
「何が?」
魔導都市において都市の方針を決めるのは六人の代表による都市議会だが、その代表には魔導都市における影響力の大きい人物が選ばれる。例を挙げればシド工房を始めとした鍛冶連合を取りまとめるニアの祖父さんとかだ。
魔導都市において強い影響力を持つとなると、その分野は多岐に亘れどその根幹は自ずと一つに集約される。
つまり、『魔導』……魔法の研究だ。
現に都市議会の内三人は魔法関係者を占めており、内二人は残る一人の影響をダイレクトに受けている。
「だったら俺たちはまずその一人に味方になってもらうように働き掛けた方がよかったんじゃないか?」
その一人が他ならぬ、あの領主殿だ。
「……は? いやまて。その理屈でいえば別に俺たちが何もしなくても魔導都市はクロードの味方になってたって事じゃないのか……?」
だが実際、議会を掌握できるはずの領主殿が味方なのに都市議会の過半数を取れていない。と言う事はつまり、領主殿はクロード王子に従っていないという事になる。
まあ結論を言ってしまえば、魔導都市の全面協力において、クロード王子の最大の障壁はあの領主殿だ。
「ちょっ!? じゃああの領主さん敵って事かよ!?」
敵、とは言い切れない。もし敵であるなら飛空船の解析や新造飛空船の使用権など王国の思惑に乗る必要はない。
領主殿の思惑ははっきりとわからないが、部分的な協力や支援はしても全面的にクロード王子に従うつもりはないのだろう。
その辺りはクロード王子も理解した上で相手の反応を見るために彼に頼っているようにも見える。
そして領主殿もそれを把握した上で、魔導都市を掌で弄ぶように都合のいいようにバランスを調整して、何というか、楽しんでいるように見える。
「……あの領主さんって、何者なんだ……?」
若くしてクロリシア王国の筆頭宮廷魔術師にまで登り詰め、その人心掌握術を以って王宮の権力闘争を操ったとも言われており、魔導都市に戻ってからは『魔導ネットワーク』を始めとした数々の魔導理論を生み出し、『人繰の魔導士』の称号を与えられた天才。
それこそが魔導都市アトラシアを治める領主アルバス・エイボンである。
まあ、ただ……
「ただ……?」
その彼ですらクリスがいまだに目を回してこの言葉を聞けていないことは予想外だったようだ。
「あー……クリス宛のメッセージだったのにクリス一言も聴けてないもんな」
とりあえずクリスが復活したら先程の映像の事について伝えることにしよう。




