第二十三話
捕まっていた【獣化】の天恵持ちから『おはなし』で情報を手に入れてから数日経ったが、いまだに状況は動いていなかった。
クロード王子の方はおそらく王位継承やら聖王国を始めとした外交で手を焼いている状況なのだろうが、困った事に魔導都市からの協力を得るという俺たちの目的も遅々として進んでいなかった。
それというのもシド工房へ解体許可を出した俺たちへの反感がまだ消え切っていないからである。
一方的な解体がなくなったためそういった輩も減ってはいるのだが、まだ領主殿の下へデモを行なう集団もいるにはいるので、クリスの安全を考えてあまり出歩けなかったというのだ。
あと都市の権力者たちが飛空船に夢中になりすぎているというのもある。比重としては主に後者である。
ようは飛空船という餌は良くも悪くも思っていた以上に効果を発揮しすぎてしまっていたのだ……おい、政治しろよ。
なのでこの数日は各々思い思いに過ごしていた。ニアに銃についての意見書を渡したり銃をぶっ壊した事で怒られたり、モーティスに仕返ししたり仕返しされ返されたり、工房製のバイクに跨って世界を縮めたり、掲示板で情報を集めるついでに荒らしたり……色々した。
アルもニアの実験に付き合わされたりしたみたいだし、クリスとの関係もいい感じに進んでいるみたいだ。
なおアル本人は別に意識していないようで見てるこっちが落ち着かなくなる。
ああ、じれったい、俺ちょっとエロい雰囲気にしてきます! と心の中の誰かが駆けだそうと仕掛けていた頃の事だった。
「人手が足りない」
ニアは唐突にそう言った。
人手が足りないというと、飛空船の解体に関してだろうか? それとも工房の通常業務?
「通常業務は滞りなく熟せているし、飛空艇にいたっては碌に解体できてない。多角的視点から飛空船を解析するためにとか何とか御大層なご高説で押し切られてね。全く、鬱陶しいったらありゃしない。まあ? 魔導的な解析やらも後々の量産やらを考えればまあ必要と言えなくはないからね。飛空船の解体が遅々として進まないのは我慢しよう。ボクもガキじゃないからね」
その苛立ちに溢れた視線、我慢できてないガキの姿がそこにはあった。道理で最近飛空船解体現場に行かずにアルと実験したりしてたわけだ。
「というか、だ。ボクはただ動力部がどうなっているのかバラバラにしたいだけなのに、奴らなんて言ったと思う? 『それをバラすなんてとんでもない!』『これこそ解体せずに保管してじっくりと解析すべきだ!』だってさ……バッカじゃないか!! そこが一番重要でバラバラにしたい場所じゃないか! こっちがどれだけ譲歩してやってると思っているんだ! だったらそれくらいバラバラにさせろよ!!」
そう言って地団太を踏む大鎧。物に当たるならせめてその鎧脱いでからにしてほしい。命の危険すら感じる。
というかそういう彼らの主張もわからなくはないものだと思うのだが? 何せ一度バラしてしまえばどういう原理で動いているのかもわからなくなる可能性もあるわけだし、稼働実験を繰り返して原理を解明していく方がいいのでは?
「……? 何を言っているんだ? そんなものバラせばわかる事だろう?」
ちょっと何言ってるのかわかんないですねぇ……
当たり前のようにありえない事を口にする……これが天才というヤツか…………何か最近同じような事思った気がするな……
「……ということで、もう奴らに期待するのはやめた。ボクは独自に飛空船を作り出すことにした」
は…………?
「この飛空船に対する欲求……晴らすためにバラせないなら、作るしかないじゃないか!」
いやいや待て待て。その理屈はおかしい。そもそも飛空船を作るためにその構造やらを調べるために解体しようとしてたんじゃないのか?
「元々話に聞く飛空船の構想は練っていた。そこに故障しているとはいえ実物を見たんだ。頭の中で大分形にはなってきている。それでも動力をどうするかという問題があるが……まあそこは後回しだ」
ふぇぇ……何か頭おかしい事言ってるよぉ……
例えるなら、鶏が卵を産まないなら卵を作ればいいじゃない、と言わんばかりのこの言葉……
……って動力未定とか、そこ後回しにしていい場所じゃないだろ。
「大丈夫、動力については明日のボクが何か考えるだろうさ!」
あっ……これは、ダメみたいですね……天才は天才でも天災になりそう。
「で、だ。問題は出来上がった後の事だ。つまり、どうやって動かせばいいか、と言う話だ」
どうやってって……設計者自身がまだ思い付いてない事を俺がわかるわけがないだろう。
「動力とかそういう話じゃなくて、作ったら勝手に動くなんてものじゃないんだ。動かすには人手がいるしただ乗せればいいというものでもない。そのために飛空船を動かせる人手を育てる必要がある。その人手の問題だよ」
ああ、ここで最初の一言に戻るわけか。まあシド工房の運営と飛空船の解体・新造まではともかく、それにに加えて飛空船を動かす人員はないわけだ。
「飛行テストまで技師を付きっ切りにさせるほどウチにも余裕はない。技師でなくても操縦できるようにしておく必要もある。ということでそういった人材に心当たりがあれば紹介してくれ」
お前、ただの一介の旅人に何を求めているんだ。そんな飛空船に詳して暇を持て余している人間を大量になんて、心当たりがあるわけ…………
「……おや? ダメ元で訊いてみたが、その様子だとありそうだね」
…………本当に、何であるんだろうねー。俺自身謎だよ。
とはいえ俺の一存でどうにかなる相手ではないし、その許可が下りるかはわからない。だからダメだったとしても文句は言うなよ。
「ああ、文句は言わないさ。文句は、ね」
そういってニアは鎧のギミックを見せつけるかのように稼働させた。あ、これダメだったら文句言わずに手を出してくるヤツだ…………最悪、モーティスに擦り付けよう。
◆
ということで、ニアからの圧に負けたわけではないが俺は早速その心当たりに縋る事にした。
だが俺だけではさすがにその相手に会えないので、クリスとアルを連れて訪ねたのは領主殿の執務室であった。
「成程……つまりシド工房における新造飛空船のクルーとして、飛空船に搭乗していた現在拘留中の兵士たちを用いれないか、という事かな」
そう、俺が飛空船の乗組員候補として思い浮かんだのは俺たちが魔導都市で乗ってきた飛空船で実際に乗組員として搭乗していて今なおこの都市にて勾留されている兵士たちだった。
そして彼らの身柄を握っているのは目の前にいる領主殿、そして人事権を握っているのはクロード王子である。なのでまずは領主殿の許可を得ようと思ったわけだ。
そしてタイミングよく領主殿とクロード王子が例の投影装置を使って情報交換をする時間であったため、そのまま二人にこの話を通す事となったわけである…………ちょっとタイミングよすぎない?
「ふむ……こちらとしても彼らをただ拘留しておくのにも限度があると思っていたし、ただ王都に戻すよりかは効率もいい」
まあ今の所絵に描いた餅どころか絵の構図すらできてない餅なのだが、どうせ第一号飛空船は試運転名目で王国が接収するつもりだろうし丁度いいと思うのだが、どうだろうか。
「こちらとしては構いません。殿下の許可さえいただければすぐにでも指示を出しましょう」
『私としてももともと新たな飛空船の運用には彼らを用いようと思っていた。こちらとしても異存はない。すぐに正式に辞令を出そう』
こうして領主殿・王子ともに許可を貰えたため、ホッと胸を撫でおろす。もしダメだったらニアがどう暴走していた事か……考えたくもないものだ。
「ではせっかくですし君達にも近況報告を聞いてもらいましょうか」
君達にも無関係というわけではありませんしね、と付け加える領主殿の言葉にクリスたちとともに頷きながらも、何で平民の俺がこんな貴族王族の話に無関係じゃなくなっちゃったんだろうかとそんな疑問が頭を過ぎり、そのままスルーする事にした。今さら考えたところでどうしようもないのだ。
『まずは私自身の話だが、こちらは問題なく王位継承ができそうだ』
「おお! じゃあもうすぐクロードが王様になるんだな」
「これで王国内でのゴタゴタは事前に抑えられそうですね」
まあ、ここは想定通りである。問題は他の国、特に聖王国だ。
「その懸念の聖王国ですが、予想よりも協力的なようですね」
『ああ。こちらからのエルロンが行なった事に対する抗議に関して、聖王国は一切の関与を否定した。だが枢機卿という立場であるエルロンがそのような行いをした事に関しては思う所があるようで、その事実関係の確認が済むまでエルロンの権力の一時凍結と今回の事件解決のために全力を尽くすと聖王本人から約束した』
「つまりは聖王国はこちらに全面的に味方する事にしたわけですね」
つまり聖王国はシロ……と言えたらいいんだけど、言えないんだよなぁ……まあ当面は手を取り合えるようだが……さてはて。
「……とはいえあまり状況はいいとは言えないようですが」
『ああ。実は王国からの勧告と要請によって我が国と聖王国の二国共同でエルロン枢機卿の住居に強制捜査を行なった』
何とも強引な手を……向こうもよく了承したものだ。
「ことがことなのであちらとしても事実確認に時間をかけるわけにはいかない、という判断でしょう。一手遅れれば全ては有耶無耶にされかねず、かつあちらとしても王国に自身の潔白を証明しやすくなる。悪くはない手だと思います」
『だが、結局は一手遅かったようだ。強制捜査を行なうその前に、エルロン枢機卿の住居に火の手が上がり全焼した』
「は?」
全焼……それは聖王国側からの報告だけではなく、王国側としても確認したという事で間違いないのだろうか?
『全焼したのは間違いない。強制捜査に向かった王国側の報告でもそう上がってきていたし、念のため別口でも裏取りして正しい情報だと裏が取れている。ただ現状その放火犯は捕まるどころか足取りも追えてもいない。さらにいえばエルロンの子飼いの兵力もいつの間にか聖都から消えていたらしい。おそらくどこからかエルロン側に情報が漏れていたのだろう』
知る者もほとんどいない電撃作戦だったにも関わらずだ、とクロード王子は歯噛みする。
『そして魔導都市に不時着したもの以外の飛空船に搭乗していた兵士たちだが……聖王国郊外にてその一部が発見された。正確には一部を除いて、という表現が正しいが』
「────!! それでは彼らから話を聞く事ができれば……!!」
「いえ、彼らから話を伺う事はできません。なにせ────彼らは無惨な死体と成り果てていたそうなので」
「なっ……!?」
「そんな……!?」
可能性としては考えていたが……いや、今はそれよりも、一部を除いて、というのは騎士団長のような指揮官クラスの兵士と言う事だろうか?
「いえ、部隊長などの指揮官の死体も発見されていますし、まだ照合段階ではありますが一般兵士の死体の数も、奪われた飛空船の運用に必要な人手として想定していた数より少ないとの事です」
ふむ……何というか、妙だな。
「と、いうと?」
一部の兵士の死体だけならば、他の兵士を従わせるための脅しのためにと考えられる。
死体の中に指揮官の姿がないのならば、もともと邪魔な雑兵を切り捨てたとも考えられる。
だがどちらでもない、というのならば、奴らが殺した兵士、あるいは生かした兵士にはどんな基準があるというのか……?
何か、殺された兵士たちに条件があったのか……? あるいは潜り込んでいた奴らの仲間以外を切り捨てただけなのか……?
「その辺りの判断は今の我々にも何ともできません。ですがそれとは関係なく状況は動いているようです」
『そうだ。その後にエルロン一派と思しき飛空船団が各国への攻撃を開始した』
「えっ……!?」
「奴ら、本当に世界中に戦争仕掛ける気かよ!?」
「被害としては軽微なようですね。いきなり飛空船から攻撃が来たかと思えばすぐに撤退する、という撃ち逃げとでもいうような攻撃だったようで。とはいえこれによって他の国々も他人事ではなく王国の主張に真剣に取り組む事になったのですが……」
『そしてそんな奴らの飛空船が複数向かったとされる先が────────』
◆
「ハイリア公国、ねぇ……」
領主殿の執務室を出て、シド工房への帰路の途中、アルがそう呟いた。
王子の言う飛空船が向かったという国だが、全方位にケンカを売るにしては標的としては首を傾げてしまう相手だ。
そうなるとケンカを売りに行ったと考えるよりもケンカ帰りと考えた方がしっくりとくるが……
「公国が王国に弓引くなんて、考えにくいです」
まあクリスの言う事もわからなくはない。
経緯は省くがハイリア公国はもともとクロリシア王国領であり、とある事情によってかつての王弟であった公爵によって王国から独立したという経緯がある。
飾らずにいえば王国の属国なのだが、それでも王国は公国を優遇していて両国間の関係は悪くないように見えていた。裏は知らんが。
まあエルロン一派が公国へ何しに行ったのかは置いておくとして、奴らの行動もよくわからない。
「確か聞いてた奴らの目的って『世界への宣戦布告』だったよな?」
その通り。だが『世界への宣戦布告』はクロリシア王国の掌握が前提条件だ。それが崩れた現状は奴らにとって予定外の状況である。故に態勢を整えるため身を隠す事も視野に入れていたが……
「それでも奴らは攻めてきた。それは単なる苦し紛れの行動なのか……」
あるいは……もともとの予定から余分な部分を削ぎ落した結果なのか……
まあこれ以上はここで考えてもわからない。これに関しては新しい情報が出てくるまでは待つしかないな。
「今は各国への支援と奴らの目的を探る方向で進めていくってクロードも言ってたな」
俺たちは今まで通りこの街での活動を続けていけばいいのさ。
そう話を締めくくろうとしたのだが……
「あの、それでいいんでしょうか……?」
それに待ったと物申したのはクリスだった。
「ここで、無為に時間を過ごしているだけでいいのでしょうか」
「無為って……俺たちも魔導都市での味方作りって役目があるじゃないか」
「現状、私たちはその役目を遂行できていません。皆さん飛空船に夢中で時間を置かないとどうしようもできないでしょう。そして時間があれば王となったお兄様へ付かれる方も出てくるでしょう」
どんなところにも長い物には巻かれよという考え方の人間は多いし、クリスの言う通りこの街でもクロード王に付く奴らが増えてくるだろうし、それが権力者を動かす事にもなるだろう。
「お兄様の方針は現状『飛空船被害地域への支援とエルロン卿たちの目的を探る方向で進める』との事でした。つまり、公国への直接的な助力はまだできないという事です」
それは先程も話していたが、奪われた飛空船が公国に向かっていたというだけの話だ。侵攻のためではなく帰還のためかもしれない。
エルロンたちの後ろにいるのが公国ではないという保証はないのだ。
「それを調べるためにも、私は公国へ向かうべきだと……いえ、向かいたいと思っています」
……俺は、正直行くべきではないと思う。
奴らの狙いがクリスである可能性がまだ残っている以上、下手にクリスを公国に連れて行くのは悪手だ。
この魔導都市にいれば奴らの手もそう簡単に届きはしない。クロード殿下からの依頼の事も考えればここから出るという選択肢はない。少なくとも外交関連が纏まって公国とエルロンたちの関係性が判明するまではここにいるべきだ。
「……確かに、お師匠のおっしゃる事はわかりますが……」
口ではそう言いつつも納得し切れていないような表情のクリス……まあわかっていたが、二人で話してても平行線のままだな。
アルはどうするべきだと思う?
「俺? そうだな……クリスの言う事はわかる。今ここにいて俺たちにできていることってそんなにない。なら別の所でできる事を探すのは間違ってないと思う。対するお前の言う事もまあわかる。クリスの安全を考えるならここから出るべきじゃないってのは正しいと思う」
うーむ、つまり中立って事か。これじゃ完全な膠着状態になりそうだ。
「でもさ。お前のその意見って、あくまで『すべき事』で『したい事』じゃないよな?」
……ふむ? まあ、そうだな。
「どっちも間違ってないんなら、あとはやりたい事かどうかっていうのが重要なんじゃないかって俺は思う。だから俺はクリスの思いを尊重したい」
「アル……!」
うぬう……まあ判断基準としては十分にありだろうな。
で、本音は?
「正直街に籠ってるのに飽きてきたかなって」
「アル……!?」
アルェ……
「いや、クリスと街に出掛けたり爺さんに古代文明の事教えてもらったりは楽しいけどさ。俺の場合それで特に何かの役に立っているわけでもないしなぁ。それにこういう時は何か行動を起こした方がいい結果が出るって思うんだよ。俺自身そうした方がいいと思うし、そうしたいし」
まあこれもちゃんとしたアル自身の意見であるわけだし、ただただ突っぱねるなんてことはできないわな。
つまりこれで2対1、か……その上俺もそっちの意見に共感できるんなら、決まりだな。
「え……っ!? それは、つまり……!?」
これより俺たちは出来るだけ早くハイリア公国へと向かう。
「っ……! ありがとうございます!」
「そうこなくっちゃな!」
でもその前にこれだけは聞いておこう。
────────クロード王子にはどう説明する?
「…………あー」
「えーっと…………説得を試みる、とか?」
言えばほぼ間違いなく止められるぞ。殿下にとって俺たちを安全地帯から出す理由はないからな。おそらくだが俺みたいに共感もあまりしないだろう。
「クロードには……………………後で謝ろう!」
「…………はい、そうしましょう!」
────そういう事になった。ああ……お労しや王子。




