第二十話
「あの大きな鎧からこんな小さな女の子が出てくるなんて……」
シドニアの本体登場から少し落ち着いたクリスが改めてそう呟いた。まあアルよりも二回り以上大きい鎧の中から自分よりも二回りくらい小さいヤツが出てきたらそら驚くわな。
「えっとシドニアさんは何であんな大きな鎧着てたんです?」
「技師の作業は力仕事が多いけどボクの筋力では大掛かりな作業ができないからそのためだね。あとボクの事はニアでいいよ」
身を護るための鎧というより、外付け筋肉装置と言った方が適切である。動かすのも自分の力ではない辺りもはや一種のロボットとも言えよう。
「まあボクも成長期なんだ。すぐに追い抜くさ」
それは無理だと思う。というか成長期にしてはあまり身長変わってないような……いや何も言うまい。
「でも見た感じそんなに背伸びてないよな?」
「────ポチっとな」
「あだッ!?」
俺は堪えたのにアルが蛮勇を発揮したと思ったら、ニアが何かのボタンを押した。するとニアの腰かける元鎧が作動して棒状の物体が展開されそこから発射された魔力の球体がアルの額に直撃した。
雉も鳴かずば撃たれまい……って、あれ銃じゃね? いや威力的に子供だましみたいなものだし、実戦に使えるくらいのモノとは限らない……でも不意討ちとはいえアルが躱せないくらいの速度は出るわけだよな……?
「全く失礼な……あ、そうだ。前にお前に相談されてた事案があっただろう。弓に代わる遠距離武器が何かないかって」
うん? ああ……そういえばそういう話もしたな。
今は距離がある時は弓矢を使っているのだが、その際に両手が完全に塞がってしまう。
仕方ないことではあるのだが、鉈やらナイフやら色んな武器を使い分けている中で両手が完全に塞がるというのは個人的に何とかできないかと思っていた。
せめてその時間を少しでも短縮できればいいのだが……と、以前ニアに相談した事があった。
実は一度この世界に銃がないか調べた事があったのだが、魔法や天恵で様々な事ができてしまうためか火薬技術がそこまで発展しておらず、この世界ではまだ存在していないようだった。なので正直クロスボウのようなものでもありがたかったのだが……
「お前の要望に対するボクの答えが、これだ」
そう言って手渡されたのは弓やクロスボウ……ではなくへの字型の金属の棒で、筒のように空洞になっており……飾らずに言えば、銃のような物体だった。
何これ……何これ?
「試作型可変式魔導銃という」
やっぱり銃だった。え、銃ってあんの?
「魔力によって推進力を得るため、多くの空間を占める弦を始めとした、握り部分以外の必要がなくなり、何なら魔力だけを撃ち出す事も可能なので矢を番える必要すらなくなった。元々は『砲』を小型できないかというアプローチで作成していたのだが、どこかで『銃』と呼ばれるよくわからない武器の話を聞いたことで一先ずの完成へと至ったのがコイツだ。モードの切り替えが可能で散弾から超長距離狙撃まで理論上は可能だ。ただ片手で使うには少々難があるため、更なる小型化も考えている。そのためにまずその銃の使い心地をモニターしてほしい。お前の天恵ならもしもの事故があっても死にはしないだろうし」
うわぁ、すごい事になったぞぉ……! そしてもしもが起きても死なないからいいやって、結構なヒトデナシ発言したぞこの幼女。確かに峰撃ち使えば銃が暴発しても死なないけど、その発言は人としてどうかと思うぞ。
「それ、貴方が言うんですか……?」
「凄まじいブーメランだな」
「技術の発展に必要な犠牲さ。それが減らせるのならいい事じゃないか」
あれ、俺の味方がいない……? 味方どこ……どこ……?
「とりあえずそれは渡しておくよ。あとモード切替等の使い方に関しては取扱説明書があるからそれ見て確認しといてくれ。あ、それ部外秘だから持ち出し禁止で頼むよ」
そう言って新たに紙の束を渡された。というか取説分厚くない? パラっとめくったら構造図みたいなのもあるんだけど、もっと簡略化してもらってもいいですかねぇ……?
「自分が使う武器くらい構造から知っておけ。何なら設計図から渡してもいいんだぞ」
「あのぅ……ニアさんがこのシド工房を率いていると伺いましたけど、ご両親は?」
「両親はいない。あ、死んだとかじゃないよ。世界中旅しててどこいるのかわかんないってだけ。ボクは爺様に育っててもらったのさ。ボクがシド工房を率いているのも……まっ、両親や爺様の代わりって所だね」
「爺様……?」
「あ、僕の事じゃないよ。爺さんってのはあくまであだ名だからね」
『爺』というワードに釣られてクリスの視線がモーティスに向けられるが、モーティスとニアに血縁関係はない。ちょっとした利害関係で結ばれただけの赤の他人だ。
「ニアの爺様というと……」
シド工房を始めとしたこの街の技師を取りまとめる鍛冶連合の代表にしてこのアトラシアの都市議会に所属する一人だな。つまりこの都市において領主殿と同格の人物だ。
「大物じゃないか!」
「あ、あのニアさん、私たちにお爺さんを紹介して貰えませんか?」
「爺様に会いたいなら明日の飛空船の解体の時に来るだろうから別に構わないけど……そもそもお姫様がわざわざこの街に来るなんてどういう話なんだい?」
それについては長くなるし後で詳しく説明しよう。とはいえ飛空船の解体の話が広まればこの都市のお偉いさん方はほとんど来そうな気がするが……いや、来ても紹介どころじゃないだろうからクリスとの顔合わせは出来ても詳しく話すのは難しいか。
「なんでさ?」
「そりゃ先史文明の遺物なんてこの街の人間からしたら垂涎モノだからネ。何せ王家が何故か秘匿・独占しててこの魔導都市にもほぼほぼ入ってこなかったんだから、そりゃ食いつかないわけがないサ」
そしてこの機会を逃せば次が来るとは限らない以上、その場で交渉、なんて暇相手にはないわけだ。とはいえクリスの王女という立場を考えれば完全無視するわけにもいかないから後日時間を作ってもらう事くらいはできるかもしれない。
……今思えば先史文明技術を独占したがっていたのは王家ではなく偽王およびエルロンの策謀だったわけだ……あれ、もしかしてこれを暴露するだけで魔導都市過半数の支持を得られるのでは?
「あっ、爺様で思い出した。ちょっと前にお前たちの紹介で来たゴッフとかいう商人だけど、面倒だったからとりあえず爺様に紹介しといたよ」
おっ、それは良かった。ゴッフもきっと泣いて喜んだことだろう。
「確かに泣いていたね。爺様の無茶ぶりに振り回されてだけど」
おう…………きっと苦労より利益の方が大きいだろうから、よしっ!
「その時計測器と一緒に預かった謎の道具だけど、壊れていたとはいえ中々に興味深いものだったよ。もう少し調べてみる必要はあるけど、先史文明技術の一端が垣間見えた」
「えっ、何それ僕聞いてないんだけど」
「えっ? …………あっ、忘れてた。今はボクの作業机の引き出しに計測器と一緒に仕舞ってる」
「ちょっともう~、そういう所だゾ、ニアちゃん~! 早速チェックしなきゃね~!」
「……その台詞そのまま返すよ、まったく……」
小走りでニアの作業部屋へと走り去っていくモーティスに呆れるように溜息を吐くニア。これではどっちが子供なのかわかったものではない。
「そんなわけでボクもモーティスも時間を取りにくくなる。前使ってた部屋なら好きに使ってもらってもいいからよ。それじゃボクも一度現場に戻るから……」
あ、そうだ。俺たち今までの旅の最中で愛用の鉈やら剣やら武器が全部ダメになって困ってるんだ。だからさー、代わりの武器をくれない?
「買え」
俺のおねだりをバッサリ切り捨てたニアは再び鎧を装着……搭乗? して工房から出ていった。
ちぇっ、ケチー。
「さすがにそりゃダメだろ」
「金額にもよると思いますが、お兄様に言えば経費として処理できると思いますよ?」
そうだった。今俺たちのバックには国家がいるんだった。つまり必要なら経費で落とし放題……!!
とはいえ王国のツケでと言って店で通じるわけがないからそれまでは自腹で建て替えとかないといけないわけで…………領収書を忘れず貰わないと……この世界って領収書の概念はあるのか……?
「で、これからどうするんだ?」
明日の飛空船解体イベントまで自由行動です。
俺はこの分厚い紙の束と格闘するからここにいるけど、二人はどうする?
「うーん、街の紹介も途中だったし」
「あ、はい! お願いします!」
あっ、そうだ。今日は二人とも領主殿の用意してくれているだろう拠点で寝泊まりするといい。ここで使える部屋は前に俺とアルが使ってた一部屋しかないし、万が一の事があった時を考えればアルも近くにいた方がいいだろう。
「わかった、とりあえず明日まで別行動ってことだな」
あ、一応新しい剣だけ買っていけよ。もしもの時に丸腰じゃカッコが付かないからな。
「わかってるって」
「ではまた明日、飛空船の所で、ですね」
ああ、また明日だ。
「じゃあどこ行く?」
「そうですね、それじゃあ…………」
…………さて、二人の逢瀬がうまくいく事を祈りつつ、俺はこの紙の束に挑むとしよう。
◆
アルとクリスが街へと繰り出し一人取扱説明書と格闘していると、来客があった。
「おーい、シドニアはいるか?」
あ、ゴッフだ。元気そうで何よりだ。
「な、何故お前がここにいるのだ!? いや、それよりもお前……お前……! よくも騙してくれたなぁ!!」
騙してない。俺はこの魔導都市におけるゴッフのためになるだろうコネを紹介しただけだ。言いがかりは良してもらおう。
そこから繋がった縁でひどい目にあったとしてもそれは俺の知らない話なので文句を言われてもどうしようもない。というかその苦労以上にゴッフの利にはなっているだろう?
「まあ確かに、それはそうだが……そうなのだが……! それと文句を言いたくなる気持ちはまた別なのだ……!!」
そんなにひどいのかニアの爺様の無茶ぶり……
「というか何故お前がここにいるのだ!? 王都で姫様を送り届けたのではなかったのか!?」
あー、それを話すとややこしい事になるのだが……
「うむ…………いや待ちたまえ。なんだか嫌な予感がしてきたぞ……? や、やっぱり聞くのやめ……────!」
────いいや限界だ! 話すね!!
「ああああああ!? 王が偽物に成り代わられていて枢機卿の一人に牛耳られていたかもしれないなんて、厄介なんてレベルの話ではないではないか!? 何故聞かせた!?」
まあ事前に知っておいた方がいい話だろう。おそらくだがどうせクロード殿下はこれを公表するつもりだろうだし、知るのが早いか遅いかの違いでしかない。
「え? 公表しちゃうのこれ?」
まあ公表しないと王子が王を討った正当性がなくなっちゃうし、王位継承権第一位なのに王位簒奪という利点がほぼない事をした頭のおかしい人になってしまう。あとクロード王子的には王国の飛空船をかっぱらっていったエルロンが他の国に侵攻した時を考えると警告せざるを得ないというのもあると思われる。
「確かに……というかこれ下手すると聖王国との戦争になるのでは……?」
聖王国の出方次第だがなる可能性もあるだろう。まあ偽王を討たなかったら世界中無差別に戦争を吹っ掛けてたと考えるとまだマシだと言える。というか飛空船奪っていったエルロンの事を考えると、世界規模で戦争というか飛空船によるテロが起こる可能性も十分高い。世界が一致団結できるかが胆だな
「聖王国の対応に期待と言った所だが……さすがにあの聖王猊下が黒幕とは考えたくない」
まあ現状で聖王国がエルロンを庇う行動に出たら間違いなく戦争が起こるのは目に見えているから、さすがにそれはないと思うが……あったら逆に聖王が敵勢力なのは確定的に明らかなので悩む必要はなくなるのだが……
ゴッフはクロード王子は王位を継げると思うか?
「うーむ…………普通に継げるんじゃないか?」
やけにあっさりと言う。その根拠は?
「今の王国のこの状況を切り抜けられる候補が他にいないだろう。第二王子は芸術方面に傾倒して政治に興味がないと公言しているし、第一・第二王女も既に嫁いでいて、第三王女は第一王子を支持している。反対派の貴族たちがどこからか候補を引っ張ってこようとクロード王子に太刀打ちできんだろう」
貴族たちが候補者引っ張ってきたら泥沼になりそうな気がするけど……クロード王子、そんなにすごいの?
「私も政治に詳しいわけではないが、今聞いた話だとここしばらくは王ではなく王子が陣頭を取って国を回していたのだろう? それは王と遜色ないものだった。少なくとも私はそんな事に気付きもしなかった」
商人としてそういった機微には鋭敏だと自負していたのだがね、と自嘲しつつもゴッフは続ける。
「王は革新的な政策を執り行ったりして『賢王』と称されるようになった。しかしそれは別に失敗をしなかったわけではない。長年の成功と失敗を糧として得た称号だ。それをほぼほぼ丸投げされただけで何の問題もなく執り成せる辺りその能力が異様である事は想像に難くないだろう」
……クロード王子、想像以上の傑物だった模様。いや、やり手だろうとは思っていたが、あくまで予想とはいえ表面上辛口のゴッフにここまで言わしめるとは……
待てよ。じゃあ別に俺たちがとやかくしなくても問題ないのでは……?
「いや、王位だの政治だの外交だのはともかく、この魔導都市に関しては無理だから。ここ道理が通じない魔窟だから」
ですよねー。常識や良識はあるはずなのに倫理観がちゃんと働かない辺りおかしい。
「まあその辺りはいいとしよう。私は近々この街をおさらばするのだからな。その事に関わる事もないだろう」
なんと、ニアの爺様からのお使いクエストとやらが終わったのか……
「今部下たちがやっているのが済めば終了! つまり自由の身だ! この都市で仕入れた商品を海を越え公国へと捌きに行く予定だ!」
公国って事は海路か。一度本拠地に戻るのか?
「いいや。実はだね、今回の無茶ぶりでシド工房製の船を手に入れたのだよ! 魔導技術による動力によって推力を得る実験用の船らしいが、安全性自体は確認済みという事なのでその試作型のテスターとしてもらったというわけだ」
今日ここに来たのもニアにその船の譲渡手続きをしてもらうためだそうだ。だが飛空船の件で出払っていていつ戻ってくるかわからない現状日を改めるしかないだろう。
しかし……本当にその船の安全性は確認済みなのだろうか……理論的には問題ないのでよしっ! とかじゃ…………いややめよう俺の勝手な推測で混乱を招く必要もあるまい。
「むう、仕方ない。そういう事なら、日を改めるとしよう。美味しい食事と暖かいベッドが私を待っているので失礼させてもらうよ」
そうだな。飯は大事だ。という事でゴチになります。
「待てぃ!? 何故私がお前の分も奢る流れになっている!? いやそもそも何故一緒に来る流れになっておるのだ!?」
いいじゃないか。俺も腹が空いたし、気分転換もしたいと思っていた。丁度いいじゃないか。
「いかん! 帰れ帰れ! 私は一人でのんびりじっくりと美食を味わい静かな時間を楽しむのだ!!」
……他人の金で食べる美食は美味しかったです。
◆
次の日、俺たちが飛空船解体現場へ向かう事は叶わなかった。それどころではなくなったのだ。
領主の用意した拠点で一夜を過ごし、一度合流するためにシド工房へ足を踏み入れたアルとクリスの目の前に広がっていたのは────
────血だまりに沈む、一人の男の姿だったからだ。




