第十九話
前回のあらすじ。
街の危機に立ち上がったら相棒とあたかも敵であるかのように対峙していた……なんでや。
もちつけ……いや落ち着け。まずは冷静に現状を確認しよう。
俺は今雇い主の片割れであるモーティスに請われて飛空船を護るための時間稼ぎのためにこの場にいる。
街の危機だとか言ってたのは適当に法螺吹いてるだけだろうと聞き流していたが、何らかの騒動になりそうだとは思っていたので何らかの形で一枚かむために了承したのだ。ちなみにモーティスは飛空船の中にいる。
そしたらもう片方の雇い主である『シド工房』側に請われただろうアル達と対峙する羽目になっていた……なんでや。
というか何でお前ら敵対してるんだ……俺はてっきりモーティスもシド工房を利用……もとい協力しているものとばかり思っていたのに……
っと、閑話休題。現状の把握を再開しよう。
現在、飛空船の周囲をモーティスが集めただろう考古学課の人員が囲んでおり、その周囲をシド工房の技師たちがさらに囲んでいて、どちらも互いに敵意を向け合っている。なおその内訳だが向こうは普段から力仕事に励む血気盛んな技師が山ほどいるのに対してこちらは運動はロードワークくらいしかしてなさそうな学者勢しかいない。屈強な技師たちに囲まれてそこまで敵意むき出しにできるヒョロヒョロの考古学課の根性がある意味スゴイ。
このままぶつかれば(考古学課の)血を見るのは明らかな状況で、それを抑えられている理由としては、あたかもそれぞれの代表のように対峙している俺とアルの存在があるからだろう。とはいえこのままアルと戦うのは避けなければならない。
アルもさすがにこんなわけのわからない場面で天恵をフル活用して俺に殴りかかってこないだろうが、俺が小細工なしでアルとまともに戦えるわけないだろいい加減にしろ!
よしんばアルを抑えられたとしても、その瞬間に痺れを切らした両集団が乱闘状態へと突入するだろう。さっきも言った通り、向こうが屈強な技師たちに対してこちらはヒョロヒョロの学者たちしかいないのに勝てる道理はない。これなんて無理ゲー。
というわけで俺の基本にして絶対の方針としては戦いにならないようにしなければならない。
「えっと……戦るのか……?」
絶対にノゥ!!
幸いなのがアルがあまり乗り気じゃない……というか事情を掴めず困惑している事だろう。
だがこのまま変な膠着状態が続けばアルがよくわからないまま覚悟を決めてしまうかもしれない。あるいは他の技師集団が暴走する可能性もある。現に今も野次を飛ばしてきている。
「嘘だろお前ら、戦わねぇのかよ!?」
「この状況でやらねぇとか玉なしチキン野郎かよ!?」
「これじゃ賭けが成立しねぇじゃねぇか! どうしてくれんだ!!」
「こちとら大穴でお前が勝つ方に今月の小遣い全部賭けたんだぞ! この覚悟をどうしてくれる!!」
ええ……? 何でこの技師どもは好戦ムードから観戦モードに移ろうとしてるんだ……? というかこんな場面で賭博とかおかしいだろ……!?
いいかお前ら、俺は絶対に戦わないからな! 暴力は何も生み出しはしない!! ……あとその大穴は絶対に当たらないから。むしろ感謝しろ。
「普段と言ってる事違うじゃねぇか!!」
「暴力は全てを解決するんじゃなかったのか!!」
「諦めんなよ! 何でそこで諦めるんだ! 頑張れ頑張れやればできる!!」
うるせぇ!! ブッ飛ばすぞ!!
「言ってる事いきなり矛盾してんぞー!」
「暴力反対ー!」
「で、賭けは?」
……俺は技師共のガヤを無視する事にした。いくら相手にしてもキリがない。
まずは俺が対処する相手をアルから技師集団の親玉に変更してそこで話を付けるのが一番だろう。
というわけで大将を出してもらうようにアルに頼む。
「あ、おう。まあ俺はいいんだけど……頼めるか?」
「────いいだろう。手短に終わらせよう」
アルの呼びかけに応えてその場に出てきたのは、全身を大鎧に包んだ巨体だった。
俺やアルでも持て余しそうな程に大きなその鎧は一歩歩く毎に重い足音を響かせる辺りその重量も想像に難くなく、その手には人の身長程もある巨大なハンマーが握られていた。
……完全武装じゃないか……過剰武装過ぎない?
「久しぶりだね。ゆっくり話をしたい所だが、それは後にしよう。今はさっさと後ろの学者連中とモーティスの爺さんを連れて下がってほしいんだが」
それができるかどうかは話し合い次第である。
というか飛空船を所有者の許可もなしに解体しようとしているようだが、さすがに勝手が過ぎるのではないだろうか。
「我々は破損した都市の外壁の修理をしなければならない。我々の役目だからね。そのために外壁に突っ込んで一体化してしまっている飛空船を取り除く必要があるのは当然の事だろう?」
何というか、建て前感が見え見えなのだが……
「建て前だとしても、事実でもある。我々には外壁修理のために障害物を撤去する義務がある」
まあ……一理ある、のか……? 前世での車両事故でもひとまず事故車は邪魔にならないよう撤去されるわけだし……
「それに所有者だろう二人立ち会いの下で解体しようとしていたんだ。飛空船に乗っていたという事は全く所有権がないとは言い切れないという事だろう」
…………うん? …………うん??? ………………いやそれはさすがに暴論にすぎない……?
さすがの暴論に後ろに下がっていたアルとクリスも首をかしげて困惑している。搭乗者=所有者は流石に無理矢理すぎる。
そもそもとして、周りは俺たちが飛空船の所有者だと言っているが、訂正しておこう。俺たちは所有者ではない。
この飛空船は、クロリシア王家の秘蔵品の一つだ。つまり、勝手に解体なんてしてしまえばそれは王家に対する敵対……とまではいかなくとも不敬に当たる。飛空船を始めとした先史文明技術に関しての王家の秘匿具合はそちらの方が知っているだろう?
「……ではモーティスひいてはそこらの考古学者どもが飛空船を占拠しているのは不敬にあたらないとでも?」
王家は先史文明自体の解析にも力を入れている。それは今までの政策などを見てもわかる事だ。つまりはそういう事だ。
「政策云々は技師である我々にとってどうでもいいが、つまりそれも王命というわけか……」
そんなところだ。……実際には奴らが勝手にやっているだけなのだが、黙っておこう。
だが、我々はこの飛空船の処遇に関して次期国王であられるクロード殿下よりある程度任せられている。
「何……?」
まあ独断で処遇を決める事は流石にできないが、殿下との窓口になる事はできる。
完全独占、というのは難しいが、シド工房が主導して飛空船解体解析業務に当たってもらうよう手配する事はできるだろう。
先史文明の遺品である飛空船を虎視眈眈と狙うのは何も考古学課や技師たちだけではない。現代術式への技術転用を考えるだろう魔術課や軍事転用などを考えるだろう兵法課、さらには飛空船という希少価値を求める商業科や好事家など、飛空船を求める勢力は山のようにいる。それはこの魔導都市でも変わらない……いや魔導都市だからこそより顕著だ。
だからこそシド工房は暴挙とも言えるほどに拙速に行動を起こした。違うか?
「…………」
独断で飛空船を解体して魔導都市全体から敵視されるのと、王家と領主の認可を得て正式に解体するのと、どちらがお好みだろうか?
「……認可を得たところで、他の連中から嫉妬の目で見られる事には変わらないだろう」
だが王家と領主殿を味方にはできる。変わり者揃いの魔導都市とはいえ、都市議会による多数決によって重要事項が決まるこの街で、完全な孤立無援になるよりかは断然マシだと思うが?
「………………約束は、違えるなよ」
当然である。
「いいだろう。お前の提案に乗ってやる」
ではさっそく今から殿下と領主殿に話を通してこよう。それまでは周囲の苛立っている技師たちにも飛空船が他の連中にちょっかい出されないように保護させるよう指揮を執ってもらいたい。
「今から横槍を入れられるのも癪だし仕方ない……お前ら! 今から我々は考古学課と共に飛空船の保護に当たる! どこの誰だろうと飛空船にちょっかい出させるんじゃないぞ!!」
『へ、へい!!』
そうして大鎧が技師集団の下へと向かっていくのを見て、ホッと一息吐く。
何とかやり過ごせた事に安堵しつつも、やるべき事をやってもらうためにアルたちと話をするとしよう。
「……なあ、クロードから飛空船の事任せられているって言ってたけど、いつの間にされてたんだ?」
アルの疑問も尤もだ。故にそれに答えるとしよう。
これからだ。
「はっ……?」
俺がクロード殿下と話をしたのはアルも一緒にいた時だけだ。クリスが事前に一任されていたとかならともかくそんな物を任せられる時間はなかった。
何、殿下もきっと快諾してくれるだろう。何せ『シド工房』という魔導都市一の技師集団がクロード王子の正当性を支持してくれるんだからな。これも次期クロード王の地盤固めの一歩さ。
「ちょ、ちょっと待ってください。いつ彼らがお兄様の正当性を支持すると言ったのですか?」
いつと言われても、『王家所有の飛空船の解体』を『クロード殿下の一存によって認可してもらう事』に承諾した時点で、『クロード殿下が正式な王家の代表=王である』という事を認めたと言い換えられるだろう。
「それは……そう、なのでしょうか……? いややっぱり暴論すぎません!?」
ソンナコトナイヨー(棒)セイロンダヨー(棒)
何せクロード殿下以外が王に付いた場合、シド工房は不当に王家の所有物に手を出したことになる。そうなると困るのだからクロード殿下を支持するのは当然の帰結と言えよう。
「お前、さっきやり方が横暴だとか強引だって言ってたけど、それ以上に強引じゃねぇか……!」
こんなものは大した事ない。俺ではここが限界だが、きっとアンナとかならもっとえげつない手をつかってくるだろう、多分。
それにクロード殿下も魔導都市に飛空船を技術的に解析してもらう事を考えていただろう。何せ現在王国が所有していた飛空船は一つを除いて全てエルロンに奪い取られ、残る一つもあの有様だ。エルロンに対抗するためには飛空船は必要不可欠な以上代わりの飛空船が必要になってくる。
どちらにしても飛空船は魔導都市に引き渡されるだろうから、俺が勝手に口にしたことは別段クロード殿下の意に反するものではないと思われる。なのでセーフだ。
「あの飛空船を解析したからといって、そんなすぐに新しい飛空船が完成するものなのでしょうか?」
普通はしないだろうが、新しい飛空船がまた出土するなんてミラクルに頼るよりかは可能性はあるだろう。
それにここの技術者は普通じゃないからできても驚かない。
というわけでクリスはアルと一緒に領主殿の下へ戻ってクロード殿下に今の話を伝えてくれ。もしかしたら殿下が領主殿に飛空船に関してのやり取りを決めているかもしれないから。
「それ急がないとダメなヤツ!?」
「い、急ぎましょうアル!」
「おう! ってお前はどうするんだ?」
俺はこの場に残る。大丈夫だと思うがシド工房が暴走しないように見張る役目は必要だ。あとモーティスの爺を殴らないといけないからな。
「そうか……って何で爺さんを殴るんだ?」
「あの、モーティスって誰ですか……?」
「ああ、後で説明、というか紹介するよ。じゃあ行ってくるわ!」
そうしてこの場から走り去っていく二人を見送ってから、もう一度安堵の溜息を吐く。
ふう、何とかミッションコンプリートだ。これでアルと一戦交えるなんて自殺行為をせずに済む。
それに俺に出来ることはしたのだから文句を言われることもないだろう。
シド工房は飛空船の接収の権利、考古学課はそれまでの飛空船の研究時間、クロード殿下は魔導都市における支持勢力の確保……全員がWIN-WINで終わる事ができたと言えるだろう。
「で、お前はモーティスの爺さんからどんな報酬を貰えるんだ?」
それはお前、シスター物のレアな艶本やウス異本をだな……………………はっ!?
「………………」
……恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはいつのまにか大鎧が立っていて、伸ばされたその手が俺の頭部を鷲掴みにした。
「成程……どうしてお前が変に頑なにモーティスに協力してたのかと思ったが、そんな理由だったか……!」
な、何故頭を掴むんです……? って痛い!? いたたたたたたッ!! 頭ッ! 潰れッ!? やめッ、やめろ──────ッ!?
◆
「ふむ……彼のおかげで時間も稼げたおかげで色々と内部を見れたけど……これは、ハズレだね。もしかしたら今現在出土している船全部が……いや、それは詳しく話を聞いてからでも判断は遅くないか………………おや、お二人さん、お揃いのようで。様子を見るにどうやら丸く収めてくれたようだね。まあこうなる事は僕も予想していたけどネ。とはいえ予想通りにいくとは限らなかったし、さすが…………あれ、何で拳を握っているのかな? って痛い!? やめ、やめて! 僕に戦闘能力はないって知っているだろう!? あ、こら、君達人数に頼って僕みたいな老人を囲んで棒で叩くのはやめなさい! やめ……ア────―ッ!?」
◆
モーティスの爺をボコった後、クロード殿下と話してきたアル達と合流。その場で大まかな内容を確認してシド工房の技師たちと考古学課に指示を出して、改めて細かい話を詰めるために一度シド工房本拠地へとやってきていた。
「いたたた……全く、酷い目に遭ったよ……老人をもっと労わりたまえよ」
そう言って恨みがましい視線をこちらに向けてくるモーティスだが自業自得である。それを言うなら俺だって頭痛い…………で、成果はあったのか?
「んー、成果と言える成果はなかったけど、それがある意味成果と言えるかな? まあまだ仮説とも言えないレベルだけども進展はあったさ」
「モーティスの爺さんの話は今はどうでもいい。それで、改めて確認していくが、飛空船はこちらで解体してもいいんだな?」
俺とモーティスとの雑談を遮ったのは大鎧の頭領であった。確かにお互いの意見を再確認するために移動してきたのだから
「ああ。ただ飛空船の処遇に関してはこっちに任せるってクロードは言ってたんだけど、領主さんがシド工房が主導でしてもいいけど魔術課とかにも声掛けるから解体本番は明日以降にしてほしいって言ってたぜ」
「出来れば今日中に始めたかったんだが、仕方ない。それに関してはウチの連中に飛空船の撤去に留めるよう指示しておいた。で、その代わりの条件も言っていたけど……」
「はい。条件というよりかは依頼、あるいはお願いですね」
「どっちでも変わらないだろう。それよりも正気か? 飛空船を魔導都市に提供する代わりに、
新しく飛空船を作り上げてその飛空船を使わせろだなんて……机上の空論すらできてないんだぞ」
確かにその通りである。いつできるのかもわからない、もしかするとできないかもしれないものを条件にするなど普通に考えて有り得ない。
「でもここならできるだろ?」
だが何でもないことのようにアルがそう言った。
アル程楽観視しているわけではないが、概ね俺も同じ意見だ。少なくとも俺たちやクロード殿下、それに領主殿はできるものと信じている。
「簡単に言ってくれるな……だけど、そこまで言われて断ったら『シド』の名が廃るというものだ。やってやろうじゃないか……!」
やる気になってくれたようで何よりである。
「ところで……アル君は何故クロード王子を呼び捨てにしているんだい?」
「何でって……友達だし、さん付けもおかしいだろ?」
「王族を友達扱いできる平民の方がおかしい。学のないボクでもわかる」
「ちょっとぉ、保護者の君がそういうのも教えてあげないとダメじゃないかぁ」
教えてこれなんですぅ。アルは素でそう思ってるからどうしようもない。
「保護者って所は否定しないんですね」
「いや否定しろよ相棒」
否定して欲しいなら色々とこっちに丸投げするの自重してどうぞ。
「あの、そろそろお二人の紹介をしてもらえませんか……? あ、私はクリスティーナ・クロリシアと申します」
「クロリシア……もしかして、お姫様?」
「そうだよ」
「……今までの口調、もしかして不敬だったか?」
「あ、私は全然構いませんよ。気軽にクリスと呼んでください」
というか連れ出しておいて自己紹介してなかったのか……
「それじゃ次は僕の番だね。僕は高等遊民のモーティスさ。今は趣味で先史文明について調べている考古学者でもあるよ。よろしくネ」
王女殿下に対してその口の利き方、不敬だぞ。
「えー、アル君に合わせたのにー?」
「私は別に気にしませんよ……?」
「ではモーティスに続いてボクも改めて自己紹介するとしよう」
そう言うと鎧からブシューッ! という圧縮した空気が抜けるような音が鳴り響き、大鎧が変形していき、中にいた頭領の姿が露わになった。
「ふぇっ……?」
椅子のような形状に変形した大鎧に腰かけていたのは、子供のように小柄な少女だった。
「────ふぅ……ボクの名はシドニア。若輩ながらこのシド工房の頭領をしている。多少の無礼は所詮現場上がりだから大目に見てもらいたい。よろしく頼むねお姫様」
「え……ええええええええ!?」
大鎧を纏っていた小柄な少女シドニアの自己紹介に、クリスは驚愕の声を上げた。




