第十八話
────そこは、例えるならば、戦場だった。
未だ戦端は開かれてはいないものの、互いに火蓋が切られるのを今か今かと待っている状態だ。
それでも怒号が飛び交い、相手に対する敵意が肌を刺すように飛び交っている。
何か切っ掛けさえあえばすぐさま相手に飛び掛かる、そんな際ど過ぎるバランスの下保たれている緊張状態。
そんな中で、俺は親友と対峙していた。
一体どうして、こうなったのだろう……?
◆
魔導都市アトラシア。そこはあらゆる分野の最先端を行く街だと言われている。
俺からすると、クロリシア王国を始めとしたこの世界が中世ファンタジー風だとすれば、この街はSFファンタジー風だと言える。
まず街並みから言ってその技術力の異様さは明確だ。
一般的に建物には木や石を用いられているのに対し、この街では鉄材を含めた建築方法を確立し、そこから街の地区ごとに建物の特色が違っている程に発展している。場所によってスチームパンクな街並みだったり、逆に自然豊かな森と見紛うツリーハウス群だったり……多様性がハンパない。
さらに徒歩や馬車が主だった移動手段であるこの世界にあって、魔法を動力とした魔導車両によって都市内を行き来するための定期便が組まれている辺りから見ても、その技術力の高さが異様である事は理解できることだろう。うーん、世界観が崩れる……!
この街の異常点を上げればキリがないので、この反応を見てもらえばこの街がどれだけおかしいのかわかってもらえるだろう。
「ふぇぇ……す、すごい……!」
……クロリシア王国第三王女であるお姫様が、完全におのぼりさん状態である。
「クリスは魔導都市は来た事なかったのか?」
「はい。話には聞いていましたが、ここまで凄いとは……」
「俺たちも初めてこの街に来た時は」
「え……貴方も驚いたんですか?」
……俺を何だと思っているのか。人間なのだから驚くようなことに遭遇したら驚くさ。
「いえ、何でも知っているような雰囲気といいますか、何でもできるような信頼感があるといいますか……」
「だよなー」
だよなー、ではない。俺は俺のできることしかできないし、知っている事しか知らない。そしてその範囲は人並みに限られている。
「人並み……?」
「じゃあそんなお前が考える俺たちが街の代表者を味方に付けるために今からすべき事ってなんだ?」
急に話を戻すのか……領主殿は地道にコツコツと、なんて言っていたが、本当に小さな事だけコツコツしていてもどうしようもない。なのでまずは少し大きめの事を積み上げるべきだろう。
というわけで、まずは使える伝手を頼ることにしよう。
「伝手、ですか?」
「そんなのあるのか?」
……クリスはともかくアルは呆けているようだ。ここがどこで、俺たちの依頼主が誰だったのか忘れたのか?
「そんなのここは魔導都市で依頼主は……あっ!」
と言う事でそちらはアルとクリスに任せる。俺はちょっと別口で情報を集めてみる。
ついでに簡単にクリスにこの街の案内をしてやるといい。俺も後から向かうから依頼主の所で落ち合おう。
「わかった! じゃあ行こうかクリス!」
「は、はい! よ、よろしくお願いします……!」
「別にそんな硬くならなくてもいいんだぞ……?」
では楽しんでくるといい。そう言いながら二人に背を向けて俺は街の雑踏へと姿を紛れさせた。
何やらクリスがアルの事を気にしているように見えたので二人でデートできるように気を遣ってみた。身分違いの恋に発展するかはわからないが……そこに触れるのは野暮というモノ。
ふっ……お節介焼きの幼馴染はクールに去るぜ。
◆
二人と別れた後、俺はとあるバーに来ていた。
店内に入るが、バーカウンターに本を読むマスターが一人いるだけで客は一人もいなかった。相変わらず閑古鳥が鳴くという表現がぴったりな寂れた店だった。
客が入ってきたというのに本から目を離そうとしないマスターに呆れながらもカウンターに腰を掛けた。
「……注文は?」
ようやく本から視線を上げたマスターは不愛想にそれだけ口にした。
『蜘蛛の糸を伝う雫』が欲しい。俺はそう言って一枚のカードを提示する。
「……あいにくだがそんなもんねぇな」
なら場所を貸してくれ。そう言って硬貨を机の上に滑らす。
「……奥の個室を使いな。ただし『巨人』には注意しな」
そう言って鍵を投げ渡してきた店主に礼を言いながら、店の奥に並ぶ扉の中から指定された個室に入る。
個室は極めて狭く、中には一人用の椅子と机、そして机の上にある板状の装置が置いてあるのみであった。
勝手知ったる俺は迷うことなく椅子に座って机の上にある装置を起動した。
◆
【なんやて】義賊ハットーリについて考察するスレpart34【クドー】
11:技師の小人
で、結局『極東』ってどこよ?
12:教授の小人
ハットーリの発言によれば、『主食は米』『刀が主流武器』『サムライやニンジャがいる』『ハラキリという文化がある』『東の果てにある島国』……情報は色々と上がってるんだけど……
13:学徒の小人
それに全部合致する国がねぇ……主食米の国って結構あるよな?
14:技師の小人
というより米しかしか食わない国も少ない気も……ここでも米も小麦もなんだったらモロコシ粉だって食べるだろ
15:術師の小人
主食の意味を調べ直せ。とはいえ同じ国でも地域によって主食が変わる事もあるし特定が難しいのは確か
16:学徒の小人
刀が主流武装ってのも特定難しくない?
17:小売の小人
そもそも刀ってどこ発祥なの?
18:司書の小人
不明。先史文明は除外するが各地で脈絡もなく出てきたりして我こそが発祥の地! って言い争ってる状態
なおどこの国も主力と言える程の人数はいない模様
19:学徒の小人
サムライとかニンジャとかも似たような状態だしな
20:流浪の小人
ニンジャって確かチャドーとかいう独自の武術を使うんだっけ?
》21:小売の小人
それは創作だから……だよね……?
22:学徒の小人
かなり甘めに見てかろうじて条件に合いそうな国もあるにはあるが、東にはないのは確定的に明らか
23:学徒の小人
せやかてクドー! それやったらクドー刑事がハットーリの言葉を捏造したって事にならへんか!?
24:教授の小人
待てよハットーリ、クドー刑事じゃなくてハットーリが嘘ついてただけの可能性だってあるぜ
25:司書の小人
そもそもだが……クドー刑事の名前はクドーではない(無言の腹パン)
26:術師の小人
なん……だと……!?
27:学者の小人
ハットーリが一方的にそう呼んでそれが定着しただけだからな……ある意味クドー刑事も被害者なんだよなぁ
28:技師の小人
そもそもハラキリ文化とか恐ろしすぎるだろ。なんだ死ぬときの作法って……ガンギマリすぎだろ
29:流浪の小人
正確には『セップク』だか『セプク』だからしいが、自殺方法としても正気じゃないよな。死ぬ時は苦しんで死ねって事か?
30:流浪の小人
試しにハラキリしてみたけど超痛かったゾ
31:医師の小人
ハラキリニキは成仏してどうぞ
【求ム】もうすぐ研究発表なんだけど緊張でどうにかなりそう……【助言】
1:学徒の小人
タイトルの通りなんだけどどうすればいいだろう……
2:学徒の小人
研究内容をブラッシュアップしろ
3:学徒の小人
(´・ω・`)
4:学徒の小人
こんな所でウダウダしているよりもよっぽど建設的だ
5:学徒の小人
正論で草
6:学者の小人
まあ最近の発表は妖怪素人質問がいない時点でハードル下がってるから……
7:学徒の小人
何その妖怪?
8:教授の小人
何年か前に研究発表の会場に現れた存在
質疑応答の時間に「素人質問で申し訳ないのですが~」的な発言から始まりどう聞いても素人じゃない質問を投げかけてくる
発表者は絶望で沈黙するか、興奮して議論に発展するかのどちらかに区分され、大半は前者が大量生産される
9:学徒の小人
ヒェッ!!
10:教授の小人
最近は全然学会とか研究会に姿を現さないので都市伝説あるいは妖怪なんて言われてる
11:学徒の小人
でもいたら絶対俺追い詰められてたからでなくてよかったわ
12:教授の小人
ちなみにその正体は未だ幼い少女だったとか何とか
13:学者の小人
ガタッ!!
14:学徒の小人
幼女だと!?
15:兵隊の小人
ロリに蔑んだ目で見てもらえると聞いて!
16:学徒の小人
何でもういないんだよ……!!
17:流浪の小人
通報しますた
18:学徒の小人
妖怪じゃなくて幼怪じゃったか……
【疑問】童話『青狸』で訊きたいんだけど【質問】
1:兵隊の小人
青狸って話によって作風が全然違うけど何で?
2:学者の小人
まああれ同一作者によるものじゃないし
3:武道の小人
そもそも原作者も一人じゃなくて複数人での共同創作らしい
4:小売の小人
ネズミに食い殺されるエンドの話みたいな無慈悲に死ぬ話は大抵二次創作だぞ
5:教師の小人
青狸は元々子どもたちに将来の夢や希望を与えるために作られたって話だからな
基本残酷な死にネタはNGだぞ
6:兵隊の小人
マジか。じゃあなんでそんな二次創作が公式の一つとして広まっているんだ?
俺が故郷から出てすごく驚いたのが元祖青狸がホラー系の話じゃなかった事だぞ
7:医師の小人
人間喜劇よりも悲劇の方が記憶に残りやすいからね
8:兵士の小人
やっぱ人間ってクソだわ
9:流浪の小人
ちなみにネズミに食い殺されるエンドは耳をネズミに食われて失くしてネズミが嫌いになる話が元らしい
10:学徒の小人
こわっ!?
11:兵士の小人
結局ホラーじゃないか!
12:学徒の小人
やっぱり偽作者版が混じってたのか。まあ青狸が黄猫だったとかもわけわからんもんな
13:学者の小人
それは原文やで
14:学徒の小人
!?
【日常】アトラシアの日常報告part94【非日常】
46:小売の小人
物凄い轟音が鳴り響いたけど何があったの?
47:術師の小人
どっかの技術屋が爆発させたんじゃないの?
48:技師の小人
どっかの研究で爆発したんじゃ?
49:学者の小人
何かの魔法実験で爆発したのでは?
50:小売の小人
こ、コイツら……!
51:流浪の小人
ろくな答え返ってこないな……
52:教授の小人
ただどれもありそうなんだよな
53:兵隊の小人
何か外壁の一部が壊れたらしいぞ
54:術師の小人
は? あの外壁壊すってどうやったらできんの? 爆発魔法直撃しても傷一つ付かなかったのに》55:兵隊の小人
なんか船で突っ込んできたらしい
56:教授の小人
やっぱり質量兵器こそ最強なんやなって
57:技師の小人
嘘乙。壊れた外壁って内陸側だろ? どうやったら船が突っ込むんだよ
58:兵隊の小人
船は船でも空飛ぶ船らしいぞ
59:技師の小人
え? それってまさか飛空船……?
60:術師の小人
つまり飛空船がこの街に……?
61:兵隊の小人
そうらしいよ
62:兵隊の小人
あれ? だいぶ発言が減ったんだけど……?
63:小売の小人
そら(飛空船なんて特大の火種投下したら)そう(なる)よ
64:記者の小人
話は聞かせてもらった……この都市は滅亡する!!
65:流浪の小人
な、なんだって──ー!?
66:兵隊の小人
な、なんだって──ー!?
67:小売の小人
な、なんだって──ー!?
68:教授の小人
洒落にならないからやめろ……やめろ……!
◆
一通り閲覧と書き込みを終えた俺は装置のスイッチを切って一息ついた。
魔導技術によって生み出された情報通信技術。蜘蛛の巣のように張り巡らされる目には見えない情報網から、通称『魔導ネットワーク』と呼ばれている。
……名前の由来もそうだが、大体前世でのネットワークと同じだ。
それを試験的に稼働させている魔導都市において実験の一つとして試行されているのが先程まで見ていた『魔導共用掲示板』だ。
都市議会などからの告知が張り出されたり、学術的な議論や検証を行なったり、単なる雑談をしたり……画像映像技術がまだ進んでいないためか画像を添付したりは出来ないのだが、その使用方法は多岐に亘る。
匿名でも書き込める掲示板という玉石混交な情報が溢れる場ではあるが、今の所利用者もある程度限られているためふるい分けもまだ容易だ。
ちなみにここは端末使用権の貸し出しをしている会員制のバーで、会員カードと合言葉を言えば部屋と端末を貸し出してくれるという、ネカフェのような店である。俺のような旅人が主に利用しているみたいだが、認知度は低いためか見た目通り利用者は少ないようだ。というか隠れ家的な付加価値を付与しているのかもしれない。マスター自体半ば趣味でやっているみたいだし……いや、ニーズがニッチすぎるだけか。
とはいえ掲示板の情報を見る限り、飛空船関連で何か動きがありそうだ……
これはアルたちと合流する前に飛空船に向かった方がいいか……? そう思って店から出たのだが……
「────やあ、元気そうでなによりだよ」
店を出た直後に、胡散臭そうな雰囲気をした細身の初老くらいのオッサンが声を掛けてきた。
このオッサンの名はモーティス・ブランデルク。貴族の三男坊として生まれ、貴族の末席にいながらもそんなの関係ないとばかりに自由気ままに人生を過ごし、歳を取った今では独身貴族を気取る考古学者であり、俺たちの依頼主の片割れだった。
てっきりアルたちと合流している頃だと思っていたが……
「おや、アル君とは擦れ違いになってしまったのか……まあいい。実は君達に頼み事があって探していたんだよ。本当は二人いてくれたら一番良かったんだけど君だけでも十分だ。君たちが乗ってきて、今君が気にしているであろう飛空船に関してだ」
……この初老のオッサンは一体どこから情報を仕入れているのだろうか?
「街の危機だ。君の力が必要なんだよ。とはいえ大それたことをお願いするつもりはないさ。ただ少し時間を稼いでほしいというだけ。それだけで私は大いに助かるし、君も街の代表に名を売れる。互いにWIN-WINだと思うのだが……どうだろう?」
どこまでこちらの事情を知っているのか……狸爺という言葉がこれほど似合う人間がいるだろうか、いやいない。
ものすごく怪しい……が、まあ話を聞こう。
「では時間もないし移動しながら説明しよう。実は────」
◆
────そこは、例えるならば、戦場だった。
未だ戦端は開かれてはいないものの、互いに火蓋が切られるのを今か今かと待っている状態だ。
「おい考古学課ァ!! なんのつもりだゴラァ!!」
「こ、この飛空船は我々考古学課が接収する事とする! 大人しく立ち去れ!」
「ふざけんなぁ!! 考古学課なんて学者畑の中でも碌に成果も出せてねぇ零細学科が飛空船を独り占めとかありえねぇだろ!!」
「わ、我々とて最近は大きな成果を上げている! 全く解明されていなかった先史文明を紐解いたというな!」
「それは考古学課じゃなくてモーティスの爺の功績だろうが!!」
「────お前たち、少し頭を冷やせ」
「か、頭領! つってもよぉ……!」
「おそらくだが今回もあの爺さんの発案といった所だろうさ。キミたち、悪い事は言わない。さっさと我々『シド工房』を始めとした鍛冶連合に飛空船を引き渡した方がいい」
「う、うるさい!! お前たちこの飛空船をバラバラにするつもりだろう!! これが考古学的にどれだけの価値があると思っているんだ!!」
「んなもん知った事かぁ! 損壊しているとはいえ現存している飛空船があるならその仕組みを解明するのは当然の事! そのメカニズムを解明できたらそれだけ技術が発展する!! それ以上の価値がこの飛空船にあるものか!!」
「そんなんだからアンタらには渡せないんだよ!!」
「全く……こちらが穏便に事を済まそうというのに、頭でっかちの学者連中ときたらこれだ……!」
それでも怒号が飛び交い、相手に対する敵意が肌を刺すように飛び交っている。
何か切っ掛けさえあえばすぐさま相手に飛び掛かる、そんな際ど過ぎるバランスの下保たれている緊張状態。
「お前たちが好き勝手出来ると思うのもここまでだ……!! こっちには飛空船の『所有者』がいるんだ! 正当性はこっちにある!」
「奇遇だな。こちらにも『所有者』がいるんだ」
そんな中で、俺は親友と対峙していた。
「…………何してんのお前?」
一体どうして、こうなったのだろう……?
対峙しているアルは困惑していた。その側に立つクリスも困惑していた。当然相対する俺も困惑していた。
とりあえず……モーティスの爺は一発殴る。




