第十七話
あの後、飛空船は着陸し、俺たちは生還を果たした。地に足がついているって、素晴らしい……! あと理不尽に負わされた責任からの解放感はたまんねえぜ……!!
だが、俺たちが今置かれている状況をきちんと把握するために簡単に振り返ってみよう。
アルと別れたあと、兵士たちに連れられて操縦室に辿り着いた俺は、何・故・か! そこで飛空船の操縦を任されてしまった。
当然の如く操縦を任せられたが、当然俺に飛空船の操縦技術などあるわけがない。しかしこのまま何もせずにいれば確実に死ぬ以上、俺に取れる選択肢は一つしかなかった。
覚悟を決めた俺はまずは操縦席をざっと見た。なんなくでもいいから操縦方法を予測できればと思っての事だった。
パッと見た感じだと、舵輪とレバーが何本かがあるだけで操縦に複雑な操作はいらなさそうだった。これなら何とかなりそう………………これだけでどうやって空を飛んで進むんだ……??? 俺は訝しんだ。
────瞬間、脳内に溢れ出す、存在しない記憶────なんてものもない。
────ガキの頃ハワイで親父に習った────なんてこともない。
────謎の人物が颯爽と現れ「任せろ」と操縦を代わってくれる────―なんてこともない。
────あ、これ進○ゼミでやった所だ────なんてこともあるわけない。
────あったよ! マニュアルが! ────なんてこともなかった。
色々と考え、悩みに悩み、そして────俺は、考えるのをやめた……
頼る者もいなかった俺にできたのは、操作感ならぬ操縦感を把握するために闇雲にレバガチャする事くらいだった…………レバガチャ? ガチャレバ? ……どっちでもいいか。
状況が悪化する可能性もあったが、何もせずに墜落するよりかはいいだろうと開き直った結果だった。
進行方向が変わったり、大きくバランスを崩したり、バランスがさらにおかしくなったりもしたが、何とか船体の姿勢維持の方法が把握できたので墜落の危機から脱した……という事にする。
ちょっとプレッシャーがデカすぎて胃が痛かったが、結果良ければすべてよしという事にしておこう。そう思いながら吐血した。
そうして何とかなりそうになったタイミングでアルがクリスを連れて操縦室へやってきた。
血を吐いていた俺の姿を見てクリスが心配して駆け寄ってきたので俺は彼女に治療を頼んだ。
とりあえず、胃を……胃を、治してくだちい……
何故か「胃……?」と困惑されたが、胃とついでに腹の刺し傷も治してもらった。胃の痛みはマシになった。治してもその都度痛くなってくるので完治はしなかった。
その後、囚われていたクリスとそれぞれの顛末を伝え合い、父である王の死が事実と言う事にショックを受けるクリスをアルが慰めるという悲劇的ラブコメを横目に俺は操縦に全神経を集中させて、俺たちの乗った飛空船は何とか着陸を果たしたのだった。第一部、完!
「いや待った。あれは着陸とは言わないと思うぜ? あとラブコメってなんだ?」
と、ここで俺の回想にアルが口を出してきた……アルの言う事も尤もなのだが、それには事情があるのだ……あとあれは間違いなくラブコメだった。
本来の飛空船の着陸方法は推進力を限りなく0に減衰させていき、その状態で揚力・浮力を少しずつ弱めていき、その間に船体を支えるための脚をいくつか展開する事で安全かつ安定して船を地面に固定するのだそうだ。
しかしこの段階で幾つも問題が発生した。
まず爆発の影響で船体を支えるための脚が何基か破損しており、万全に使用できる状態ではなかった。
さらに動力部へも影響が出ており、揚力を発生させるためのエネルギーが安定して供給できない状態であった。揺れがなくなっても高度が落ち続けているのもこれが原因だった。
そして極め付けが、それらの操作が行なえる操縦席にいた俺が、船体の姿勢制御に手一杯であったという事だ。
結果、多少の減速はしていたものの、俺たちの乗る飛空船は大いなる大地を削りながら減速し、母なる大地に受け止められて空からの旅を終えたのだった。
有体に言えば不時着だが、広義的には着陸で間違っていないだろう。
「騎士団長と狼男を除けば、怪我人とかが一人も出なかったのが不幸中の幸いというか、奇跡というか……」
さすがに街とか村とか人里とかは避けたからな。姿勢制御でいっぱいいっぱいだったとはいえ進路変更するくらいは何とかできた。
「でも最後に街の外壁にぶつかっただろ?」
先っちょ! 先っちょだけだったから!! 船の先端が突き刺さって外壁が一部壊れたくらいだからセーフ!!
「アウトだろ!」
……まあそんなこんなで俺たちは現在その街の牢屋に叩き込まれているわけである。一体俺たちが何をしたというのか……
「どう考えても街にぶつかった事だよな」
それは間違ってないが、そもそもとして何も知らない俺に飛空船の操縦を押し付けた事自体間違っていたんだ! 俺はもう……飛空船を操縦せん……!!
「無茶を押し付けて悪かったよ……次は操縦方法覚えてもらってから頼むから許してくれ」
そうしてく………………おい……!
また押し付ける気満々じゃないか……コイツ、反省してねぇぞ……!? 俺はアルの厚顔さに驚愕した。
「それより理由が理由だから大人しく従ってるけど、これ実は敵側でしたって事はないよな……? クリスも連れて行かれちまったし……」
断言はできないが、大丈夫だと思われる。牢屋にぶち込まれたとはいえ、扱いは王城の時よりも丁重だったし、俺たちだけでなく兵士たちも連行されていた辺り、敵側とは思えなかった。
何よりクリスが王女だと名乗ればそれ相応の対応をしていたり、出てきたお偉いさんらしき人物と知り合いのようだったし大丈夫だろう。
「それ、前半はともかく後半は王都での出来事と同じじゃないか?」
……………………どうしよう、ものすっごく不安になってきた。
「どうする? ここの牢屋は天恵使えるみたいだしぶっぱなそうか?」
うーん……………………やっちまうか。
「よし! じゃあ早速……!」
「やめなされ……やめなされ……!」
あ、衛兵さんと見るからにお偉いさん、チーッス。今から牢屋破りしようと思うんですけどぉ、どうしましたぁ?
「領主様とクリスティーナ王女がお二人をお待ちです。今牢を開けますので破壊行動に移らないでくだされ……」
……どうやら、間一髪だったようだ。
◆
牢屋から解放された俺たちはお偉いさんっぽい人と衛兵に案内されてとある部屋の前まで案内された。
「失礼いたします」
お偉いさんが開けた扉の先にいたのは、応接室のようなソファに座るクリスとその机を挟んだ対面に座っている赤髪の青年、そして王都にいるはずのクロード王子の姿であった。
『二人とも無事だったようだな』
「クロード!? どうしてここに!?」
いや……あれはクロード王子がここにいるわけじゃない。よくみれば王子は板状の物体に上半身だけしかない。王子の姿と声がこちらに投影されているだけだ。
言ってもわからないから言わないが、テレビ電話的なヤツだろう。
…………というか今更ながら普通に呼び捨てにしてるけど、相手は王子でこっちは平民なんだよなぁ……何でこんな短期間で何の躊躇もなく呼び捨てにできているんだ……?
『魔導技術による通信映像、というヤツらしい。まだ試験段階ではあるがそれがまさに役立つ事になるとは』
「ふむ……それにしても一目見ただけでその事に気付くとは、事前に話は聞いていたがキミは随分と博識なようだね」
「……そういえば、アンタは?」
「ああ、失礼。私はこの街の領主……なのだけれども、私の事は後に回そう。まずは殿下の話を拝聴してもらいたい」
それだけ言うと彼は再び口を閉ざして王子の発言を促し、王子もそれに応えて改めて言葉を紡いだ。
『まず、二人とも無事でよかった。妹を助けてくれてありがとう』
「そっちは大丈夫なのか?」
『こちらは一先ず治まったといった所だ。やる事は山積みだが危機は乗り越えたといえるだろう』
死んだ王の跡を継ぐだけでも大変だろうに、それに加えて今回の主犯たるエルロン一派に備える必要もある。考えただけでも嫌になりそうだ。俺だったら逃げたくなるだろう。
『ここから先、王国、ひいては世界で大きな動きが起こるだろう。少なくとも私はこれから王位を継ぎ、同盟国を始めとした各国に対して今回の一件から始まるであろう動乱に関して警告と協力を呼び掛けるつもりだ。とはいえ王位を継ぐ事自体難航するだろうが……』
「……? 何でクロードが王様になる事が難しいんだ?」
事情を知っている俺たちならともかく、事情を知らない人間からすれば今回の一件は『王子が力づくで王を排除して王位を簒奪した』ようにも見えてしまう。貴族や他国の王族からすればそんな王位簒奪劇が正当な物だと認めるわけにはいかないのだ。それを認めてしまえば、権威は力を以って簒奪してもいいのだと喧伝するようなものになってしまうからな。
『もちろん私自身譲るつもりはない。時間は掛かろうと王位も他国の協力も掴み取ってみせよう。そのうえで訊こう。君達は私たちに力を貸してくれるか?』
「もちろん! 友達のピンチを放っておくわけにはいかないだろ!」
友達認定早い……早くない……? いやそれ以前に不敬……不敬じゃない……?
まあ不敬云々は置いておいて、アルの言う事も尤もだが、それ以前に俺たちも既に奴らに敵認定を受けているだろう。ならば単独で逃げ回るよりも国の後ろ盾の上で対抗した方が生存率も高くなる。こちらとして受けない理由はない。なのでその申し出を受ける事にする。
『感謝する。父上を害し我が国を乗っ取ろうとしていたエルロン一派……エルロンがトップなのか、それとも一構成員に過ぎないのか現時点で不明だが、再度クリスを狙ってくる事は間違いないだろう』
奴らの動向を探る、クリスを護る……両方やらなきゃならないってのが辛い所だ。
『奴らの動向に関してはこちらで調査する予定だ。聖王国に対して抗議を申し立てるとともにエルロンひいては聖王国に関して間諜なども送り込むつもりだ。だがクリスを護るための兵力を宛がう余裕がない』
「ちょっ……クリスは放っておくのかよ!?」
『そうではない。普段であれば王城に籠らせて護るのが一番安全だと言えるのだが、今回の一件を考えればそれも安全だと言い切れないのだ』
王子の心配も仕方ない。何せ今回は王城の人間どころかその長たる王が成り代わられていたのだ。どこまでが信用できる味方なのか、その線引きすら困難極まるだろう。
『もちろん入り込んだ間者を排除するよう徹底するが、膿を出し切るまで時間がかかる。なのでクリスには敢えて外に出して身軽な立場でいてもらうことにした。君達にはその護衛とサポートをお願いしたい』
護衛、はともかくサポートとは?
『クリスには地盤固めで中々動けない私に代わって国内外に味方を作ってもらう役を担ってもらう事にした。とはいえクリスもそういった手回しは不慣れだろうからそのサポートをしてもらいたいのだ』
うーん、平民に頼むような事ではない気がするのだが……
『だが君達視点での意見が重要になる場面も出てくると私は考えている』
「俺はともかくお前ならできるだろ。大丈夫大丈夫」
アルめ……よくわからないからって俺に丸投げしようとしてやがる……! クリスの能力を疑うわけではないのだが、彼女は少し純真すぎるというか、政治に向いている性格ではないと思う。利用するには向いているだろうが……今求められている所ではないし……。
「あ、あとこちらの後処理が最低限終わればアンナもそちらに向かわす予定だ」
ふむ……………………最悪、押し付ければいいか。そうしよう。
『とりあえず納得してもらえたようで何よりだ』
「で、まず俺たちは何をすればいいんだ?」
俺が先立って心の中でアンナに合掌している様子を見て、アルが投げかけた疑問に対し、王子はこう答えた。
『まず君達にはクリスとともに、まずその街が我々に協力するよう働きかけてほしい』
…………なんとなく予想はしていたが、やっぱりか。
「…………え? それはクロードとかクリスの一声で何とかなるんじゃないのか?」
アルがそう思うのも仕方ないのだが、今回はそう簡単に事が進むとは限らないのだ。
ここは確かにクロリシア王国領で、クロリシア王国の貴族が領主である街なのは間違いない。本来であればアルの言う通り王子の一声で終わる話だ。なのだが……この街は少々……いや大分特殊な成り立ちをしているのだ。
「じゃあここからは私から説明しよう」
そこで会話に入ってきたのは今まで口を閉ざしてただ話を聞いていた領主殿だった。
「この街はクロリシア王国に所属しているが、一種の特別行政区とも言うべき地域でね。クロリシア王国の支配下にありながら、王国からの一方的な命令を拒絶する権利を有しているんだよ」
「この街はあらゆる学問、武道、魔導、技巧などの最先端技術を研究する役割を担っている実験都市だ。だからこそ、一時的判断でそれらの研究を無為に帰されないようにするために歴代国王とそういった約定を結んでいるんだ」
もちろんその分制約も多いけどねと付け加えるが、それにしても普通ではないのは確かだろう。それだけ国益に繋がるという信頼と実績があるのだろうが。
「そして都市を預かる領主である貴族は名義上私なのだけど、実際に都市の意思決定権は私を含めた六人の代表者からなる都市議会によって決まる」
王制を敷く国の一都市であるにも関わらず、議会制の民主主義に近い構造をしている。代表者が投票によって選ばれるわけではないので厳密に言えば違うのだろうが、それでも異質な事に変わりはない。
「私としてはクロード殿下に協力する事に吝かではないのだけど、さすがに事が大きすぎるため私の独断で都市の方針を決める事ができない。そしてこの都市の代表者たちは揃って変わり者ばかりだ。道理や論理を知っていてもそれで動くとは限らない。私の予想だと現時点では半数は取れないだろうね」
言ってみれば戦争における徴収ともなる可能性のある案件だ。安易に頷けば最悪完全に国の言いなりになる可能性も考えるだろうし、なにより現状クロード王子自身に疑惑を向けられかねない状況を考えれば仕方のない事だとも思える。
こういう非常時に強権を発揮できないのが民主主義の弱点である。
「で、結局俺たちはこの街に協力してもらうために何すればいいんだ?」
普通に考えればクリスを伴っての面会で説得するとかだが……
「先程この街を実験都市と言ったけど、学術都市とも言える。つまりこの街は基本的には知識や技能を持つ賢い者が尊ばれる傾向にある。私は具体的にどうこうしろと言えないが、この街で過ごして少しずつでも認められるのがいいんじゃないかな」
「そんな悠長にしてていいのでしょうか……?」
「小さな事から積み上げていくというのはとても大事な事ですよ姫様。むしろ我々はそう言った地道な努力こそ大事にしています。実際こんな言葉もあります。『とある神話にて神は体の一部を代償にしてあらゆる知識を得たという。しかし人間である我々が同じことをした所で知識を得る事などできるはずもない。故に私たちは少しずつ、それでも確実に知識を積み上げ築き上げるのだ。矮小たる我々を肩に乗せる、知識の巨人という存在を』……この街の創始者の打ち立てた理念です」
急がば回れ、遠回りこそ一番の近道、というヤツだろう。
「それに教会の教義にもあるでしょう? 【困難を乗り越えて星の光のような栄光へ】。その精神で頑張ってもらいたい」
「へー、そんな言葉あるんだな」
何故知らんのだ神父の息子……
教会においてその教えの骨子とも言える第一教義だ。教会の正式名称たる『星光教会』の由来でもある。
……まあこの教義も俺のような転生者からすれば前世知識から流用したのだろうという事は察せてしまうので、教会の教えをそこまで信仰できない要因の一つになってしまっているのだが……それは置いておこう。
とはいえ、やるべき事は多く、かといって劇的な成果を得られそうにない事ばかりでこれからの事を考えただけで面倒になってくる。それでも着実に一つずつ進めていくしかないわけだが……
「では改めて……ようこそ、魔導都市アトラシアへ」
こうして、俺たちの魔導都市アトラシアでの活動が始まったのだった。




