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第十六話

 物心がつく、という言葉がある。


 意味としては世の中の色んな事がわかり始める時期、ということらしいけど、思い出を明確に記憶し始める時期とも言えると思う。


 個人差はあってもそれは大体3歳くらいらしいが、私が覚えている一番最初の記憶は、父と母が嬉しそうに私の顔を覗いていた、生まれたばかりの時の記憶だ。





 小さい頃の私は好奇心旺盛で、そのくせ臆病で泣き虫だった。


 色んな事に興味を持って、色んな事をしたいのに、一人で何かをする勇気は持てず、姉妹のような幼馴染の手を引いて色んな事に突っ込んでいって、帰りはその幼馴染に手を引いてもらっていた。

 いたずらしたり、見た事ないものを追いかけていったり……理由は様々だったけど、帰りはいつも幼馴染が手を引いてくれていた。

 泣いていた時もあったし、何かに怒っていた時もあった。大抵は笑っていた気もする。

 手を引く幼馴染も笑っている時もあったし、怒っている時もあった。一緒に泣いていた時もあったはず。でも大抵は呆れていた気もする。


 それでも私の手を引いてくれていた幼馴染の温もりは私にとってとても大きなものだった。



 そんな私には人が持っていない特別な能力が備わっていた。それは私にとって当たり前に用いる事ができる力で、だけど限られた人しか持ち得ていない力だった。

 私がそれが誰にでもできる事ではないと理解したのは、幼馴染がいたからだった。


 あれは確か、汚してしまった服をどうしようと慌てていた幼馴染が、どうしてこの力を使って綺麗にしないんだろうと不思議に思って聞いてみたのが切っ掛けだったはずだ。すると幼馴染に「そんなのできないわよ何言ってるの」と否定されたのがなんだか馬鹿にされた気になって、ムキになってその力を使ったのを覚えている。

 力を使って綺麗になった服を見て、幼馴染が口を開けて驚いていたのも憶えている。

 その後にスゴイと褒めてくれたのも、ありがとうと笑ってくれたのも覚えている。

 そして、その事が嬉しくて、胸の内側が暖かくなった事を、強く覚えている。


 ────誰かのためになるという事がとてもうれしい事だと知ったのもこの時だったかもしれない。



 そしてその光景を誰かに見られたのか、私と彼女以外にも知られる事となり、私の持つ力は【天恵(ギフト)】と呼ばれるものだと知り、私のそれは【浄化】と名付けられた。




 その日から、私にとって当たり前のモノが、みんなにとっての特別な才能へと変化した。



 ◆



 ある日、お父様から教会に出向いて学んでみないかと提案を受けた。

 どうやら【浄化】の天恵(ギフト)を持つ私が神聖魔法と相性がいいのではないかと言う事で、教会から誘いがあったらしい。


 私自身教会の教えには興味があったし、教会では慈善活動も多く行なっていると聞いた事がある。


 私の力が誰かのためになるのならそれもいいと思ったし、私自身も人間的に成長できると思ったので、その申し出に承諾した。


 きっと誰かのためになれるのだ、という理由も強かったが、一番の理由は幼馴染に色んな意味で追いつきたいという想いからだった。


 いつも私の手を引いて助けてくれていた彼女を、今度は私が手を引いて助けられるようになりたい。


 そうした想いが何より強かった。


 こうして私は王宮から王都の教会でお世話になる事になった。

 教会の教えを学びながら、教会で執り行う冠婚葬祭などの催事に参加したり、慈善活動のお手伝いをしたり、神聖魔法について学んだり、【浄化】の天恵の検証をしたりと、その内容は多岐に亘った。


 特に私の【浄化】が持つ【穢れの瘴気】に対する特効性能には驚かれた。


【穢れの瘴気】は神聖魔法によって浄化できるとされているが、それは正しくないらしい。

 さまざまな方法を試行した上で神聖魔法の効き目がまだマシだという、実は抑制程度の効果しか発揮しないそうだ。

 そんな中で私の天恵(ギフト)なら、それが完全に浄化が可能という事もあって、教会の方たちは大いに沸き立った。



 まさしく神より賜わりし奇跡だと。



 それから、私の教会に赴いてからのお勤めに、神聖魔法では抑えきれない【穢れの瘴気】を【浄化】しに行く活動も加わった。それに伴って私の行動範囲も広がった事で、王都以外での教会催事や慈善活動にも参加するようになっていった。


 気付けば、私は教会の姫巫女だとか、浄化の聖女だとかとはやし立てられるようになった。


 誰かのためになるのは嬉しい。誰かから笑顔でありがとうを貰えるのはとても嬉しい。


 だけど旅自体はあまり楽しくない。

 王族というのもあるだろうし、姫巫女だとか聖女だなんて呼び方をされているのもあって、私は普段から特別扱いされている。

 特に旅路の間はそれが顕著だ。みんな私の顔色を窺ってくる。その時間が申し訳なくて居心地がよくない。

 かといって旅が嫌だと駄々をこねて私の力を必要としてくれる人たちを見捨てるわけにもいかない。

 いっそ移動時間がなくなればいいのに……そんな風に思う事も少なくなかった。


 それからしばらくして、国から私に従者として人が送られてきた。


「ご無沙汰しております、クリスティーナ姫。ご壮健そうでなによりです」

「えっ……もしかして、アンナ……!?」


 私の前で跪く彼女は、幼少時代を共に過ごしてきた幼馴染、アンナであった。

 私の反応を見て気を利かせたのか、教会の方々は席を外し、この場には二人だけになった。


 アンナは私が教会に行ってからは彼女の父親の下で魔法を学んでいると聞いていた。私も多少成長したのだから彼女にも変化があるのは当然のはずだ。


 それなのに、私は少し哀しくなった。


 姉妹のように育ったアンナも、私を王族として扱うようになってしまったのだと。

 私もアンナも、いつまでも子供のままではいられない。それはわかっていた。当たり前のことだけど、実際に目の当たりにすると悲しくなった。もうかつてのような関係にはいられないのかと思うと、涙が出そうになりそうだった。


「どうして……」


 なので私の口からそんな言葉が思わず漏れてしまうのも、仕方ない事だろう。



「どうしてって────












 ────仮にもクリスも王族の一人なんだから、付き人というか従者は必要でしょ?」



 そんな私の言葉に、アンナは立ち上がりながらかつてのような口調でそう返してきた。


「……ふぇ?」

「いや、何その間の抜けたような声? まさか自分が王族だって事忘れてたなんて言わないでしょうね?」

「そ、そうじゃなくて……さっきまでのアンナと態度が全然違うし……」

「さっきまでは他の人がいたでしょ……二人きりの時くらい普通に喋らせてよ」

「────」


 ……なんて事のないアンナの言葉が、とても嬉しかった。かつての関係が今もまだ続いていた事に安堵した。


「……何? まだ何かあるの?」

「ううん。ただ……身長、私の方が大きくなってますね」

「む……もう背が伸びないとは限らないし……」


 変わった所もあるけれど、それでも私たちは変わっていなかった。


 そして、それがこれからも続いていく事がとても嬉しかった。




 ◆




 ────それは、唐突に訪れた。


 王国の地方にある街、その近くのとある遺跡で神聖魔法では抑制できない【穢れの瘴気】が発生したという報せを受けて私たちはその現場へと向かった。


 領主自ら兵を率いて私たちの護衛を引き受けてくれて、現場である遺跡へと到着した時、そこに【穢れの瘴気】は存在せず、代わりに毒々しい色合いの甲殻類に近い特徴を持った魔物の群れが襲い掛かってきた。



 私は、動けなかった。


 兵士の攻撃が魔物の殻に弾かれている。

 兵士が魔物の攻撃で死んでいく。

 気付けば兵士を率いていた領主の姿が見えなくなっている。


 今、この瞬間、私は、何を、何をすべき────? 


 治癒魔法? ────浄化? ────補助魔法? ────


 私は────? 


「あ────」


 気付けば目の前に迫る魔物────赤く血に染まった鋏が振り上げられ────そして────


「────クリス!!」


 ────振り下ろされる直前に私の体は押し倒され、難を逃れた。


「アンナ……?」

「────逃げるわよ!!」


 その声と共に、手を引かれた。



 走って、走って、走って────



 それでも奴らは追ってきて────



 私は走る事しかできなくて────



「────クリスはここで隠れていて。出てきちゃだめよ」



 そうして、彼女は私を置いて行ってしまった────私を助けるために。


 ……私は、何をしているのだろう。


 私が教会へ行ったのは、いつも私を護って手を引いてくれていた彼女を、今度は自分が手を引いてあげられるようになるためだったはずなのに……




 私はもう、彼女を連れ出す事もできなくなっていた。




 そこまで考えても、私は木の洞から出られなかった。怖かったのだ。

 彼女が魔物たちに連れていかれる所を木の洞から見ていた。何故かはわからないが彼女が殺されなかった事に安堵した。連れていかれた彼女を助けないとと焦燥した。


 ……それでも、私の体は動いてくれなかった。


 涙が溢れ出す。嗚咽が漏れる。



 変わってしまった私の中に、臆病で泣き虫な私が、何も変わらずそこにいた。







「────誰かいるのか?」







 不意に、木の洞の外から声を掛けられた。



 外からこちらをのぞき込む彼が、不思議と私には光に見えた。




 ……こうして私は彼らに出会い、アンナを助けることができた。


 そこからゴッフさんたちライン商会の皆さんと一緒に王都を目指す旅は、不謹慎ではあるけれどもとても楽しかった。


 私のせいでみんなが巻き込まれているのに、この旅が続けばいいのにと、心のどこかで望んでいた。


 そして────王城へ着いた私は保護という名目で捕えられ、アンナたちは謂れなき罪で処刑されようとしている。

 このままだと私のせいで三人は死んでしまうだろう。



 だけど私は、何もできずに、ここにいる────



 ◆



 私は飛空船の一室に閉じ込められた。

 形式上は私の護送ということらしいが、見えにくい手枷によって拘束され、護衛と言う名の見張りが同じ部屋にいるあたり、少なくとも一国の王女にする対応とは思えない。


 私を見張っているのは、あの部屋でお父様の側に控えていた騎士だった。


 だけど、私は彼の事を全く知らない。


 王であるお父様の護りを任されるほどの騎士であれば王女である私が知らないはずがない。なのに私はこの騎士の顔を今まで見た事がなかった。

 何かがおかしい……そう確信できても、私にできることは対話だけだった。


「お父様と、話をさせてください」

「…………できません。すでに船は発進し、聖都へと進路を向けています」

「今からでも遅くないです。船を王都に戻してください」

「…………できません。これは父君のご意向です」

「何故お父様は私と話したがらないのですか!?」


 この問答も何度繰り返したのかもわからない。この後彼は「私は命令に従うのみですので」と続けていたのだけれど、この時は違った。


「はぁ……めんどくせぇ……もういいか」


 今までの騎士然とした雰囲気が霧散し、どこか粗暴さを感じられる口調へと変化した。


「取り繕うのはもうやめだ。どうせお前が表舞台に戻る事はないんだからな」

「一体何を……!?」



「いい事を教えてやるよお姫様。お前が話をしたがっているお父様はもうこの世にいない」



「…………えっ?」


「わかりやすく言うと、王様はもう死んでて、別の人間が代わりに成り代わってるのさ。だからお前に会おうとも思わないってわけだ。時間の無駄だからな」

「お……王が死んでいるというのに、あ、あなたはなぜ、そうも平然と……!?」

「ああ、俺は元々王国の人間じゃないからなぁ。エルロン様と偽の王の指示で王国に入り込んで騎士を演じていただけさ。裏口登用とでも言えばいいのかね」


 信じられなかった。事態は考えていたよりもずっと悪かった。

 お父様はすでに殺され、黒幕が教会の重鎮であるエルロン枢機卿でその手先が王国を乗っ取ろうとしている。

 このまま会話をしていてはどうにもならない。どこまで敵の手が伸びているかはわからないが、二人きりのこの部屋に来るまで騎士として振舞っていた辺り、全て乗っ取られているわけではない……と思う。

 なら何とかこの男から逃げ出す事ができれば、まだ何とか出来る可能性も……! 



「────思い上がるなよガキが」



 そんな甘い考えを見透かしたように、男の冷たい声が部屋に響いた。


「俺が命じられたのはお前を生きて聖都に運ぶ事だけだ。その状態に関しては何も指定されてないんだ。今、お前が五体満足でいるのは、俺の恩情で、気紛れだ。俺の手を煩わせないのならわざわざやる理由もないからだ。だが、そうじゃないんなら話は別だ。俺の任務の邪魔になるなら、ダルマにしたっていいんだぜ」

「……っ!」


 その言葉に、私の体を恐怖が襲う。

 男は本気で言っている。それがわかるくらいにその言葉は力が込められていた。



 そんな時だった。空中にいるはずのこの船のどこからか、爆発音とともに振動が襲ってきた。


「何だ!? 爆発!?」


 その音と大きな揺れの直後、船が小刻みに揺れ始めた。これは、まさか……!? 

 思わず窓の外を確認する。空の上で比較するものがないのでわかりにくいが、心なしか、少し高度が下がっているような気が……? 


「……この臭い……流れ込んでくる風……外気が船内に入り込んで……!? まさかさっきの爆破、動力部が……!?」


 男は部屋の扉を開けてからそう呟いた。どうやって確認したのかはわからないけれど、彼の言葉が本当ならこの船はじきに墜落するかもしれない。


「くそっ、こんな所で死んでたまるか……! 確かこの船にも脱出艇があったはず……!!」


 もしこのまま部屋から逃げ出してくれたら、私も逃げ出して他の乗組員に助けを求める事ができるのだけれども……そう話はうまく進まなかった。


「来い! お前を連れて行かなきゃ、責任問題やらで下手すりゃ俺まで殺されるんだよ……!! さっさと来い!!」


 そう言って彼に腕を掴まれて、そのまま走らされる。走る速度はこちらに気を遣ったものなどではなく、両手を拘束された状態で歩幅も違う男の速さを強制され、足がもつれた私はこけてしまった。


「こけてんじゃねぇよ!! 俺の足を引っ張りやがって……!!」


「……そうだ。お前確か治癒魔法も得意だったよな? ならその役に立たねぇ足切っちまっても死にはしないな。なんなら手足全部切り落としちまうか。頭があれば持ち歩きできるしな。ああ、それがいい」


 その表情は私を脅すために冗談を言っている……などというものにはとても思えないもので、冷え切った視線をこちらに向けて、その手は鞘から剣を引き抜いていた。

 私は両手は拘束されて、足はもつれて倒れ込んだ状態からうまく動かせず、その凶刃から逃れる事はできなかった。


 振り下ろされた刃を恐怖から直視できなかった私は思わず目を閉じてしまい、これから来たる痛みを想像して身体は自然とこわばってしまう。


 ……しかし、痛みや喪失感が訪れる事なく、不思議に思った私は恐る恐る閉じた瞼を開いた。



「────お前、クリスに何してんだ……!!」



 気付けば、私は彼の背中に守られていた。


「アルさん……!?」

「お前……!? 牢屋に入れられているはずじゃ……!? まさかこの爆発はお前の仕業か……!!」


 彼の向こうにはあの男が距離を取ってこちらを見据えていた。おそらく突然割り込んできた彼を警戒しているのだろう。しかし彼を見ていた男は何かに気付いたのか、ニヤリと笑みを浮かべた。


「だが……見たところ武器もない丸腰じゃねぇか。それで勝てるとでも思ってんのかぁ? この────天恵【獣化】を発動させた俺によぉっ!!」


 そう宣言した瞬間、騎士然としていた男の姿が変貌していく。

 その頭部が狼のような獣のモノへと変化していき、その体も内側から筋肉が膨張したかのように膨れ上がって服が千切れ、獣のような毛皮が中から現れた。


 二足歩行をする獣、例えるなら人狼とでもいうかのような風貌へと変じた男は、先程とは比べ物にならないほどの速さでこちらへとその牙と爪をむき……




「────黙れよ」




 ────それを、彼は通路を埋め尽くすほどの雷撃によって意図も容易く迎撃した。



「ガアアアアア!?!?」



 その直撃を受けた獣人は、気を失ったのか元の人間の姿に戻りながらその場に倒れ伏した。体から湯気が出ているが、身体が動いている事から生きてはいるのだろう……おそらく。


「あっ、やっべ、やりすぎた……っとそれより大丈夫だったかクリス!」

「あ……はい。私は大丈夫です」

「って、両手縛られたままじゃないか! ちょっと待ってろ」


 そういって彼は私の両手を縛っていた枷を力任せに破壊した。

 こうして私は独りではどうにもならなかった自由をあっさりと手に入れた。


「それよりも一旦アイツの所に戻ろう! 多分船を動かす場所にいるはずだ!」

「え? あの人、飛行船の操縦できるんですか?」

「いや、知らないけど、でも何とかしてくれるだろ。それより移動しながらになるけど状況の説明を────」



 ────その時、船が、一際大きく揺れた。



 私や彼が思わずよろめいて床に手を突くほどの揺れが船を襲った。

 一体何が……そう口にする暇もなく、私たちのいる廊下の壁から金属の塊──おそらく船の一部──が現れた。

 外壁を貫いただろうその塊は、私たちのいる廊下の床も貫き壊し、そのまま空中へと放り出されていった。


 幸運だったのは、あの塊が私たちに当たらなかった事、そして破壊された床が一部だけだったという事だ。


 不運だったのは、あの塊によって彼の足場がなくなり空中に放り出された事だ。



 ダメ────危ない────助け────避難────



 その一瞬、頭の中で様々な考えが過ぎる。



 どうするべきか、何をすべきか────最善の答えが出てこない。




「────アルっ!!」




 ────だけど、身体は既に動いていた。


 船外に投げ出される彼に対して、駆け出し、身を乗り出し、手を伸ばし、手を掴んで────





 ────一緒に船外に投げ出されていた。




 …………やってしまった。考えられる中でも最悪の行動だ。



 彼だけだったら何か方法があったかもしれないのに、私と言うお荷物が付いてきたのだ。


 ああ、もうダメ……! 思わず目を閉じる。視界を塞いだ私が感じるのは、彼に引き寄せられ抱きかかえられた感覚だけ…………だけ? 


 何故か落ちていく感覚がない。風に煽られる感覚があるので船から落ちたのは間違いないはずだけど……? 

 疑問に思い恐る恐る目を開けて周囲を確認すると、私を抱きかかえた彼の手から伸びた雷が飛空船の船体と繋がっていて、そこにぶら下がるような形で私たちは落下から逃れていた。


「雷の、ロープ……?」

「俺も前に聞いたくらいで理屈はよくわかってないんだけど、金属に雷を流すと磁力がどうのって言ってたのを思い出して……やってみたら何とかなった」


 よく見れば雷は彼の掌から放電し続けているようで、彼の手とも船体とちゃんと繋がっているわけではないみたいだった。一体どういう原理なのだろうか……? 


「しっかり俺の体に掴まってて。何だったらしがみついてもいいから」

「あ、はい!」


 言われたように抱き付くように彼の体にしがみつく。がっしりとしたその身体はアンナとはまた違った安心感があった。

 私が彼にしがみついたのを確認したのか、彼が力加減を変えた事で今まで飛空船にぶら下がっていた状態から急速に飛空船へと引き寄せられ、先程私たちが落ちた穴から船内へと帰還を果たした。


「よし、無事到着っと。とはいえ一旦ここから離れよう……アイツも一応回収しといた方がいいか……?」

「あの……ごめんなさい。助けるどころか助けてもらって……私、本当に役立たずですね……」

「え? ああ、いや……正直クリスが飛び込んできてくれて助かったよ」

「え……?」

「クリスと一緒に空中に投げ出されて、このままじゃクリスを死なせてしまうって思ったんだ。それで何とかしないとって頭働かせて、磁力がどうのって言う話を思い出せた。たぶん俺一人だったらここまで明確に危機感を抱けなかったと思う。だから、ありがとう」


 ……きっと彼は本気でそう思っているのだろう。私がいたおかげで助かったと本心から口にしているのだろう。

 でも、私には到底そうとは思えない。助けられてばかりの自分に、嫌気がさしてくる。

 ……このままじゃダメだ……私は、変わらないといけない。アンナを、そして彼も助けられるようにならないと……! 


「先にお礼を言われると、私の方がお礼言いにくいですね……」

「えっ、そうか? 悪い」

「謝られても困りますよ、もう……」


 気付けば先程まで継続して起こっていた飛空船の揺れが収まってきた。

 高度は落ちているもののそれは極めて緩やかなものであり、飛空船が墜落する事はなくなったのだろう。彼の相棒であるあの人が何とかしたのだろうか……? 


 でも、今はそれよりも、まず彼に言いたい言葉がある。


「アル」

「うん?」



「────助けにきてくれて、ありがとう」





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[良い点] めっちゃボーイミーツガールしとるやん
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