第十五話
騎士団長とアルの剣が甲高い音を立ててぶつかり────何かを感じ取ったのかアルが咄嗟にその場から飛び退いた瞬間、先程までアルがいた空間がいきなり爆発した。
「あっぶな……!」
「ほう、初見で避けるか。勘がいいな」
「今の爆発……天恵持ちか……!」
「然様。我が天恵は【爆破】。天恵としての出力が低いのか、規模は小さく威力もそこまでない。だが、それも使い方次第だ。こんなふうにな」
そして再び始まる剣戟、その合間を縫うように何もない場所から爆発が起きる。
いつどのタイミングで、どこに爆発が襲ってくるかに意識を集中させないといけないアルは攻撃に集中しきれず、防戦を強いられていた。
うーん……外から見ている感じだと使用者である騎士団長の指定した場所を爆発させる天恵と言った所だろうか。座標の指定は視線によって決めていると考えれば、タイマン戦闘においてあまり意識せずとも相手に爆発をお見舞いする事もそこまで難しい事ではない。と、まあ言うは易いが実行するのは難しい。やるにしてもある程度の慣れは必要だろうし、剣を振るう事と天恵を発動させる事、そのどちらも意識が疎かになっていない事も経験の賜物と言えるだろう。
「お、おい……お前あれに加勢するつもりはないのか……?」
二人の戦いを眺めていた俺に話しかけてきたのは剣を構えて俺を包囲している兵士たちの内の一人だった。兵士たちは今もこちらに向けて剣を構えてはいるもののこちらに襲い掛かってくる気配はない。
ふむ……そういうお前たちは俺に切りかからなくてもいいのか?
「そ、それは……」
どうやら兵士たちはどちらに付くべきか迷っているようだ。まあ主君が死んでたけど直属の上司に気にせず戦えと命じられたら、迷うのも仕方ない。何が正しいのかも判断できない状態で、盲目的に襲って来ないだけまだ理性的だと言えるだろう。
ならとりあえず向こうの決着が付くまで待たないか? お前たちにデメリットはないと思うが。
「お、俺たちにはいいかもだけど、お前はいいのかよ、加勢しなくて……このままじゃ仲間が死んじまうぞ?」
……こんな状況でこちらの心配をしてくれるとは、良い奴だなお前。
確かに騎士団長は強い。単純な力というよりも技量や経験によるもので、中々手に入るものではない。
だが心配ご無用。勝つのはアルだ。
「は……? 何でそう言い切れるんだよ。今アイツ押されてるじゃないか……」
理由はともかく、結果なら見てればわかるさ……っと危ない。
そう兵士に話しながら今いる場から飛び退くと、さっきまでいた場所が爆破された。
やっぱり視線で座標設定しているみたいだ。見ていてよかった。
とはいえ、目の前の相手に集中せずに勝てる相手だと思っているのならなおさらアルの勝ちは揺るがなそうだな。
「い、今の爆発を難なく躱した……!?」
「こ、コイツもタダものじゃない……!?」
「まさかあっちで団長が戦っている奴よりも強いんじゃ……!?」
……何かいい具合に兵士たちが勘違いしてくれているので、このままにしておこう。正直腹の傷が開いて痛いのであんまり動きたくないのだ。腹に刃を受けてしまってな……。
後方強者面しながら二人の戦いを見ているが、アルも剣撃の合間に発生する爆発に完全に慣れてきたようで、防戦一方だったのが反撃を繰り出せるまでに拮抗し始めている。
「成程、これでは仕留めきれんか……では趣向を変えるとしよう……!!」
騎士団長がそう口にしたかと思えば、次の瞬間ぶつかり合った剣が爆発を起こし、アルの剣が大きくのけぞる事となった。
「ぐっ……!? 剣が、爆発した……!?」
天恵の範囲を自身の剣身に設定して触れたモノを爆破させたのか……!
「『爆破剣』。これを以って削り殺してやろう」
「くっ……!」
剣戟が交わされるたびに爆発が起きる。爆発はアル本人にまでは届いていない程度の規模だが、アルの剣に少しずつ確実にダメージを与えていくとともに、剣を伝って襲ってくる爆発の振動がアルの手に痺れを残していく。
このままあの爆破剣を受け続ければ剣が折れるのが先か、痺れで握力がなくなるのが先か……まさしく削り殺すという言葉に遜色ない戦法である。
距離を離そうにもそれを許す相手ではなく、よしんば離せたとしてもその時は座標指定爆破が襲ってくる。
厄介な戦法である……あれ? 結構まずいのでは……?
「あっ……!?」
「もらった!!」
そしてついに幾度となく食らい続けた爆破によってアルの剣身が砕けた。
アルは咄嗟に距離を取ろうと一歩下がるが、それを読んでいたように同じく一歩進んだ騎士団長の間合いから逃れることはできなかった。
振り下ろされる爆破剣に対しアルは咄嗟に受け止めようとするがすでにその剣身はない。
騎士団長の腕であれば、切り傷とともにその傷口を爆破して治癒しにくくするという事もできるだろう。そうなれば俺が使える程度の治癒魔法ではどうしようもない。アルは死ぬ事になるだろう。
「──形為せ、雷光剣──!!」
────―アルの手にする折れた剣から、雷で編まれた剣身が出現し、騎士団長の剣を受け止めなければ、の話だが。
「なっ!? ぐぁっ……!」
雷でできた剣に、【爆破】の天恵を纏わせているとはいえ鉄の剣で触れてしまった騎士団長に電撃が襲う。さすがというべきかすぐさま剣から手を放して感電し続ける事態を避け、さらに視界による座標指定爆破を試みようとしたようだが、それを見越していたアルは雷光を発生させて騎士団長の視界を塞ぎ、そのまま無力化させるべく雷撃を浴びせた。
視界を封じられた騎士団長にそれを避ける術はなく、雷撃の直撃によって膝を折り、勝敗は決したのだった。
「あ、アイツ、本当に騎士団長に勝ちやがった……!?」
「コイツの言った通りだ……!?」
「まさか一目見ただけであの男と騎士団長との力量差を見抜いていたというのか……!?」
「やっぱりコイツら、タダものじゃない……!」
ふっ、と軽くドヤ顔をしながらも勝負の決め手に関しては多くを語らない。アルの勝利を信じていた根拠が正直今までからの無条件の信頼だけだったとか、『爆破剣』が出てきた辺りでちょっと焦ったとか……その辺りは別に言う必要はない。
もしアルが負けていたらどうなってたか……? アルが勝てないヤツに俺が正面から戦って勝てるわけないだろいい加減にしろ!
「ガハッ……で、電気……いや、雷の天恵、だと……!?」
「降伏しろ! お前の負けだ!」
死なない程度に雷撃を食らい膝を突く騎士団長にアルは降伏勧告をする。もはや勝負は付いたのは誰の目から見ても明らかだった。問題は負けた騎士団長がどう動くかだが……
「……認めよう。私では貴様は倒せんようだ…………だが…………危険だ、ああ危険だ……貴様はいずれあの方の敵となり得る…………今ここで、確実に殺すべきだ……!! たとえあの方の命に背く事になろうとも……!!」
負けを認めているもののこちらに降伏する様子の見えない騎士団長に、何か嫌な予感がする……! そう判断して俺は峰打ちを付与したナイフを騎士団長目掛けて投擲した。
飛来したナイフは騎士団長の喉元に突き刺さった。峰打ちとはいえ喉元への一撃を食らえば少なくとも怯むだろうと思ったのだが……
「ごぶっ……!? いい、判断だ……だが、遅い……!! ────臨界爆裂────!!」
────次の瞬間、ヤツの体が内側から膨れ上がり先程までとは比べ物にならない爆発が起きた。
二人のいた場所から距離のあった俺たちにも爆発の熱気が爆風とともに襲ってくる。それほどの爆発だったわけだが……無事か、アル!
「────俺は大丈夫だ! だけどアイツが……!」
騎士団長は自爆した。もう死んでいるだろう。
「……くっ、死なせるつもりはなかったのに……!」
感傷はあとだ。騎士団長が木端微塵になったのも問題だが、それ以上の問題がある。
「問題……? ……っ!? なんだ!?」
アルの疑問に答える前に、飛空艇が不気味に振動し始めた。さきほどまでは全く揺れなかったというのに今では油断しているとこけてしまいそうなくらいに揺れ続けている。
アルの疑問に答えると、今の自爆の被害が飛空艇にも出ているのだ。この揺れもその一つだろう。というか見る限り甲板の一部が抉れているし、船体の横についていたヒレのような装置も片側が折れ曲がってしまっている。さらにプロペラの付いたマストにも爆破された船体の欠片が突き刺さっていたり……見るからにマズイ状態である。
というかさっきの自爆はそれも狙いか……!!
「つまりどういうことだ!?」
自爆でアルを殺せなかった時のために飛空船を墜落させるのが目的だったんだ……! 既に高度を上げていた飛空船が墜落すればいくらアルとはいえ死ぬだろうからな。だがこのままだと拉致対象のクリスも死ぬぞ……!!
「くっ、じゃあどうすれば……!!」
飛空船が持つかどうかわからないが、このままだと確実に墜落して全員死ぬ。飛空船を何とか墜落させないようにするにしても脱出を画策するにしても一先ずクリスを解放するのが先決だろう。
「わかった。なら俺はクリスを助けてくる! 飛空船の事は俺じゃわかんねぇし……その間にお前は飛空船を何とか墜落させないようにしてくれ!」
ああ……と返事を待つ事なくアルは飛空船の中へと駆け出していった。
飛空船の船内へと駆けていったアルを見送った俺も行動を開始する。とりあえず向かうべきは操縦室だろうか…………何かアルの言い方に引っかかりを感じたが……まあいいか。
「お、俺たちも手伝うぜ!」
「このままじゃ俺たちだって死んじまう!」
「いくらアンタが何でもできるって言っても、人手はあった方がいいだろ」
お、おう。
何やら兵士たちからの俺に対する信用が驚くほどに高くなっていて少しビビる。とはいえこの非常時に助力が得られるというのはとてもありがたい。この感じだとこちらが指示しても文句なく従ってくれそうだ。後方強者面していた甲斐があったというものだ。
ではとりあえず操縦室へ向かおう。案内頼めるか?
「ああ。こっちだ!」
こうして俺は兵士たちとともに操縦室へと駆け出した。
◆
兵士の案内によって辿り着いた操縦室だが、中に入るとそこは悲惨な状況だった。
比較的甲板に近い場所に位置しているため、さっきの自爆の被害を直に受けてしまっているようで、ガラスか何かがあっただろう壁面は完全に破壊され、そこから外気が絶え間なく入り込んできていた。
何故か人の姿が見えないが、計器などの機械類が壊れている様子がないのが不幸中の幸いか。
『────こちら機関室! 操縦室、誰でもいい! この声が聞こえているか!? 応答しろ!!』
どこからか声が聞こえてくる。おそらく内容からしてこの部屋の人間じゃない。通信機能が生きているのだろう。
声の音源へと近付き、音源だろう通信装置(推測)を発見。返事をしたが、こちらの音が向こうに聞こえていない様子なのでこちらの声を向こうに届けられる状態にしなければ……となれば、通信のボタンは……多分これだな。ぽちっとな。
あー、聞こえるか。こちら操縦室。
『ようやく出やがったか! この非常時にそっちは何やってやがる!』
こちらも今操縦室に着いたばかりだ。今から操縦室内の確認を始める。そっちの状況を教えてくれ。
『こっちは不幸中の幸いだが、動力部にはそこまでの被害は出てない! 他の機関には多少の被害が出てて無傷とはいかないが人手があれば何とかできる範囲だ!』
「じゃあなんで飛空船の高度が落ちているんだよ!?」
兵士の疑問ももっともだが、おそらくさっきの爆発で船体のバランスが崩れているんだろう。さっき見た限りだと船体の横についていたヒレも片方折れていたし、揚力が足りていない、あるいは片方だけ強く揚力が発生しているせいで船体が傾いてバランスを崩しているのかもしれない。あとマストにも船の破片が突き刺さっていたからそのダメージで浮力自体が弱くなっているのかもしれない。
『そっちの状況はわからんが多分正解だ。この揺れ自体は飛空船がバランス崩すのと飛空船の自動でバランスを取る機能が絶え間なく繰り返してるのが原因だろうさ。浮力に関しても大体合ってるんじゃないかね?』
「よくわかんねぇけど、だったらどうしたらいいっていうんだよ!?」
逆に言えばそのバランスさえ取れれば少なくとも着陸くらいはできるかもしれない。そしてそれができる場所はこの操縦室だ。ここをきちんと機能させれば何とかなる可能性も出てくる……!
「大変だ! 操舵士たちがさっきの爆発で軒並み意識飛んじまってる!!」
……そんな僅かな希望も潰えてしまった。
何と……おそらく爆発に巻き込まれた際に意識も吹っ飛んでしまったのだろう。爆発と、飛散してくるガラス片、そして急激に吹き込んでくる外気という名の暴風、意識が飛んでしまうのも仕方ないだろう。
それはわかるのだが…………もう、これじゃ……
「もうアンタに頼るしかないみたいだな……!」
ダメみた…………うん?
コイツ、何を意味の分からない事を言っているのだろうか……? と、思ったら、周囲の兵士が全員同意を示すように頷いていた。
えっ? どういう事?
「さっきのお仲間さんの口振り的に、飛空船にも詳しいアンタがいてくれてホント良かったぜ。何でも超人ってのはいるもんだな」
えっ?
「俺たちは操縦とかその辺りはてんでわかんないからな! 多少の整備くらいだったらできるんだが……」
えっ?
「操縦に関してはアンタに任せるしかないから、俺たちは他の乗組員とか怪我人がいないか確認してくるぜ!」
えっ?
「部外者に任せるのもどうかと思ったんだが、もう背に腹は代えられないしな……!」
えっ?
『待て待て! 動力部には問題ないって言ったが他の機関に問題がないとは言ってないぞ! こっちの補修にも人を回せ!』
えっ?
「じゃあここはアンタに頼んだぜ! アンタが、俺たちの希望だ!!」
えっ?
いや、俺は飛空船の操縦なんてできない……なんて言う前に、兵士たちはそれぞれが自身が決めた持ち場へと移動していた。迷いのない動き、これも兵隊としての訓練の賜物か……思わず見送ってしまった。
えっ?
何? まさかアイツラ全員俺が飛空船の操縦技術持ってると思い込んでるの? いや本当に何で?
まさかさっきまでやってた後方強者面によって高まった信用が、俺は何でもできる万能超人だとご認識させたと? そういえばアルの言い方も俺なら何とかできるみたいな言い方だったな……アルのあれは『コイツなら技術なくても何かやってくれるんじゃないか』という特に根拠のない信頼関係から来る発言だったのにその発言を万能超人説への根拠にされたって事か?
いや、そうはならんやろ……なっとるやろがい!! …………思わずセルフツッコミしてしまったぜ! HA☆HA☆HA!
………………………………えっ?




