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第十三話

 王の姿から肉の壁と化したダニー少年。

 肉の壁とかアルの【雷光】とかアンナの魔法で楽勝やろ、と内心どこかで思っていたのだが、そんな事はまるでなかった。



「────ははっ! すごいすごい! まだ死なないんだね!」



 俺たちは現状、防戦を強いられていた。


 コイツの厄介な所は、手数の多さだ。


 手数の多さと言っても、種類の話ではない。

 攻撃パターンとしては、肉の壁から触手が射出され、それを躱せばそこから触手による薙ぎ払いに移行するか壁に戻っていくかのどちらかだ。実際に対応するとなると別だが、言葉にするだけならそこまで多くない。


 問題は、文字通りその数の多さだ。


 当たり所によっては鉄の剣すら圧し折る威力の触手が休む間もなく襲いかかってくる。

 その攻撃が、ヤツの正面に立つアル、壁付近に飛ばされた俺と、王子を庇える位置にいるアンナ、そして散逸して痺れて動けずにいる()()()()、それぞれ()()()向けられるのだ。


「くそ……数が多い……!! ──飛べ、雷刃──!」

「くぅっ……!」


 さすがにナイフや折れた剣であの触手の攻撃を捌くのは無理なので俺は倒れている兵士の斧槍を借りて攻撃を受け流す。使い慣れない武器使いづらいです。あと口の中からまた血の味がしてきた。


 アンナは魔法で氷の壁を作り出して盾にすることで何とか攻撃を凌いでいる。が、鉄の剣を折り鉄の鎧すら歪ませる触手の攻撃の連打に対して氷壁の補強を繰り返し続ける事で対応しているため攻勢に出る余裕はなさそうだ。


 一番奮闘しているアルも自身への攻撃の対処を剣で、兵士への攻撃の対処を天恵によって防ぐので手一杯で攻撃にまで手が回らないのが現状だ。普段やる事を口に出す事でより正確に天恵を発動させているのだが、それがどんどんと省略されていっているほどだ。天恵の制御が上達していっているのか、あるいは杜撰になっているのか……どちらとも判断がつかない。


 兵士を見殺しにするのが一番手っ取り早い気もするが、何も知らなかっただろう彼らをただ見殺しにするのも後味が悪いのだが、それ以外にも見捨てられない理由がある。


 既に何人か兵士が犠牲になっているのだが、その際に兵士を殺した触手がその体に突き刺さり、何かを吸い取るかのような動作をしたかと思えば、兵士の死体が身に付けていた鎧などを残して消えてしまったのだ。


 そしてそれと同時にヤツの攻撃の威力が上がった。別に力やスピードといった話ではなく、単純に質量が増えたのだろう。おそらく、兵士を吸収して文字通り自らの血肉に変えたのだ。吸収、あるいは同化したと言うべきか。


 そういう理由もあって兵士たちも守りながら戦わなければいかないため、決定打を打てずにいた。兵士たちが一箇所に固まっていない状態で動けないというのが不利な状況に拍車をかけていた。

 兵士たちが足手纏いすぎる……せめて兵士が動けたら対抗……は無理でも一箇所に集まってもらって守りやすくなるのに……! 誰だよ兵士を念入りに痺れさせとこうって提案したヤツ…………俺だったよチクショウ!! 


「ば、化け物……め……!」

「化け物? ヒドイ言い草だなぁ。これでもボクは人間だよ? まあキミたちとは違って『選ばれた』って言葉が頭に付くけどねっ!」

「ぐぎゅっ!?」


 麻痺から回復してきた兵士が口にした言葉を、ヤツはアルの妨害を掻い潜ってその頭部を潰し、喰らいながら否定する。


「くそっ、また一人……! みんな生きてるか!?」

「私は、無事だ……。アンナが守ってくれている……!」

「私と殿下の事は気にしないで大丈夫! でもゴメン、防ぐので手一杯で加勢できそうにない!」


 ポンポンペインです。


「全員無事っぽいな! 何か手はないか!?」


 俺の言葉無視されてるぅ……。でも今はそれどころじゃないのも事実である。

 とりあえずはコイツの能力についての考察はできたぞ。


「へぇ……ボクの能力がわかったって? 答え合わせしてあげるから言ってごらんよ」


 余裕がありふれたような口ぶりだが攻撃が緩まる事はない。こういう場面では攻撃がやむものだと思うのだが……仕方ない。情報共有も大事なので攻撃を捌きながら口を動かすことにする。


 コイツの能力、おそらく天恵だが、他人の肉体の吸収で間違いないだろう。ただし、()()()()だ。

 もし生きている人間も吸収できるならわざわざ兵士に致命傷を与える必要はない。俺だって最初の一撃で吸収されていただろう。

 そして切られた触手を操作する事はできない。おそらく身体の一部として動かしているんだろう。そして時々攻撃が外れたように見せかけてアルや俺が切り落とした肉片を再吸収している辺り、見た目通りの質量ではないにせよその上限は存在する。無限に生み出せるのならばわざわざ回収する必要はないからな。

 兵士たちを狙うのも俺たちの行動を縛るためだけではなくコイツ自身の肉体の補充の意味合いも含まれている。


 そして、王子をこの触手で殺すつもりはないように見える。


「何で!?」


 庇っているアンナへの攻撃を除くと、王子本人へと向かった攻撃の回数がいやに少ないからだ。

 おそらくだが、コイツの天恵は肉体を精密かつ細やかに動かすのは不得手なのだろう。たとえば、他人の体を一から模す事とか。

 故に王子は綺麗な状態で殺したいのだろう。後々成り代わって利用するために。


「……驚いた。正解だよ。ボクの天恵は【同化】。死体を同化して自分の一部にする事ができる。その延長でボク自身の体を自在に操作してるわけだね。あとボクが成り代わる時の条件も大体合ってるね。ガワを一から作ろうと思うとうまくいかなくてねぇ。まあ粘土で鏡も見ずに他人の顔とか体型を表現するとか難易度高すぎだしね。ボクは別に芸術家じゃないから仕方ないよね」

「やけに、あっさり答える、んだな!」

「まあね。だってそれがわかった所でどうしようもないからね。王子だって何だったら顔さえ綺麗に残っていれば問題ないわけだし」


 まあ、その通りではある……アンナの魔法で焼き払うのがベストなのだろうが、室内故に火炎魔法などの周囲に被害が広がりかねない攻撃はできない。こちらが先に焼け死んでしまう。


「で、どうする!? このままじゃジリ貧だぞ!」

「だからさー……どうする事もできないよ。キミたちはもう狩られる側で、遅かれ早かれボクの一部になるんだから」


 この口振り……俺たちとの戦いを狩りと思っているのか。

 そして、コイツは今、その狩りを楽しんでいる。

 俺たちという獲物を、狩人として甚振り仕留める事を心底楽しんでいる。


 ……気に入らないな。


「えー? 何が?」


 お前は狩りというモノがどういう物か理解していない。故に、俺が本当の狩りというモノを教えてやろう。


「だからぁ……どうやってって話をしてたんでしょ?」


 …………アル、切り札を出す。少し時間を稼いでくれ。


「切り札……?」

「…………! アレをやるのか!?」


 ああ、暫くの間だ。頼んだぞ。


「わかった!」

「……切り札ってのが何かわかんないけど、そんな大っぴらに話しておいてボクが放っておくわけないよねぇ!!」


 俺たちの会話を聞いてこちらに向けられる触手の数が増える。アルも多少カバーに入ってくれているが、それでもなお俺に届きかねない触手は数多く、それを躱し防ぎながら意識を集中させていく。

 しかし、慣れない装備に負傷した身体では無理があったのか、触手の一本を捌き損じてしまった。


「さっきのでキミの鎧、ヒビ入ってるよね? もう一発耐えられるかなぁ!」


 そんな楽し気な声と共に腹部へと触手を叩き込まれた。宙に砕けた鎧の破片が飛び散り、口から血が漏れた。


「勝った! 【同化】だ!」


 血を吐いたのを確認したヤツは触手で俺の体をその身に取り込み、確かな手応えを感じて────その触手を俺の斧槍によって切り落とされた。


「なっ……!?」


【同化】に成功したと確信した相手が問題なく動いているという矛盾がヤツの意識に隙を生み出し、その僅かな隙を縫って俺は詠唱を始める。



 ────主よ、裁きの力を我が手に与え賜え────



 その()()と共に俺の手にする斧槍が白銀の光を纏っていく。



「神聖魔法……!?」



 ────主よ、かの罪人から我が法を護り賜え────



 その()()と共に斧槍に纏う白銀の光は強まっていき、そして────完成する。



 鉄でできているはずの斧槍は白銀の輝きによって染まり、その輝きは一つの光源として玉座の間を照らし出している程に強かった。





 これなるは────法を護る断罪の銀光ロウ・アバイディング・シルバーレイ





「そんな馬鹿な……!? 死んでなかった!? 確かに同化した感覚があったのに……!?」


 どうやら肉を突き刺す感触と、同化した感触に騙されたようだな。しかし危なかった……。

 お前が俺だと思って同化したのは、懐に仕込んでいたハムだ。


「ハムだって!? …………ハム……??? …………何でお腹にハム仕込んでるの……?」


 急に真顔になられても、困る。

 それよりもコレが発動した以上、お前はもうおしまいだ。


「それは、武器強化の魔法……!? いや、属性の付与……!?」


 その通りだ。この神聖なる銀光は、不浄を祓う退魔の力。死体という不浄を纏ったお前には特に効くだろうさ。


「…………ッ!!」


 俺の言葉にヤツの息を呑む音が聞こえたような気がした。俺の言葉を聞き、間違いなく自身に対する脅威だと認識したのだろう。


「……ははっ、確かにボクにとっての切り札だね。でも……当たらなければ、どうという事はないよなぁ!!」


 射出された触手全てが俺に向かって放たれる。間違っても斧槍に当たらぬように操作するためか本数は先程までと比べて少ないが、それでも十分に脅威だ。

 こちらも確実に当てるために無駄に武器を振るうわけにもいかない。もう一度腹に食らえば今度こそお陀仏なのは間違いないのだから。

 どちらの攻撃が先に当てられるか、その勝負となった。
















 ────故に、俺たちの勝利である。












「────雷撃よ、蹂躙し尽せ────!!」





 ────全ての攻撃を俺に向けた事でノーマークになっていたアルによる雷撃がダニーの肉壁へと襲い掛かった。



「────ガァァァァアァァァアッァアァっ!?!?!?!!?」


 雷撃は肉壁から触手まで、余すことなく伝播してヤツの体を蹂躙する。

 そしてその雷撃による蹂躙は、アルが肉壁に手を向け雷撃を流し続けるため途絶えることはない。


 ……作戦は、上手くいったようだ。


「どどう゛い゛う゛ごごごど!?!?!?」


 感電している最中なのにうまく喋るものだ。せっかくだからネタ晴らしをしてやろう。


 この光る斧槍に不浄を祓う力が宿っていると言ったな。あれは嘘だ。

 こんなもの、俺にとってただの武器を光らす魔法に過ぎない。


「な゛な゛んだだだどどど!?!!?!?!!?」


 切り札、というのは俺が銀光で目立って囮になりその隙にアルが強力な一撃を叩き込むという符丁、合言葉のようなものだ。



 お前が一番警戒すべきだったのは俺じゃなくアルだったのだ。



 そして……さきほどの説明ではあえて言わなかったが、俺たちにとっての一番の問題は、攻撃のための手数が足りない事よりも、お前の本体がどこにいるのか把握できないという事だった。


 今の状態が人間から逸脱しているとはいえ、元が人間であるのなら脳なり心臓なりの機能を有した本体、核とも言うべき箇所が存在しているはずだ。それがどこにあるのか、見た目だけではわからなかった。


 だが雷であれば関係ない。雷は肉の経路を伝ってお前の体全てに伝導する。

 操作を全て有線で行なっている以上、どこに隠れていようがその線を通じて確実に本体へと届く。


 先程までのアルは無数の攻撃を防がなければならなかったため、伝導性よりも物理的な側面を重視した天恵の使い方をせざるを得なかったが、防ぐ必要がなくなれば話は別だ。


 そして、雷撃の光をたどっていけば、本体をどこに()()()()()()わかる。


 そう言って、ある場所に向かって手にした斧槍を投擲した。



 放たれた斧槍が突き刺さったのは────最初に切り飛ばした、()()()()



 そこに、いつの間にか肉壁から伸びている細い肉の線が繋がっていた。


「あ゛あ゛ぁ゛っぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」


 斧槍の突き刺さった王の頭から夥しい量の血が噴き出してくる。


 なるほど。万が一肉の壁が打ち破られたら、王の頭を回収しにきた誰かに成り代わるつもりだったのだろう。


 本体への攻撃のためか、肉の壁と触手が形を保てずに溶けるように崩れていく。そして王の頭部も形を変えていき、さきほどの少年の姿へと変化した。


「ぞ、ぞんな゛、ばがな゛……ボグッがま゛ける゛、な゛んで……!?」


 アルが電撃を流していた肉壁が溶けた事で本体である少年の身体が電撃から解放されたものの、もはや天恵を維持する力すら残っていないのだろう。姿を変えられるはずなのにその胸に斧槍が突き刺さったまま血が止め処なく溢れ続けている。肉体もアルの電撃に焼かれたためか所々火傷のような跡が見られ、それが体外に留まらず体内にまで至っているのか体から煙が発生していた。


 とはいえ油断をするつもりはない。

 他人の体に寄生する事ができる相手を生かしておくつもりはない。情報を引き出すために拷問をしようにもその隙に身体を乗っ取られる可能性を考えればリスクがあまりにも高すぎる。

 なので今回は、峰打ちを使っていない。じきに死に至るだろう。


 ……最後に問おう。お前たちの狙いはなんだ? 


 俺の問いかけを聞いて、ヤツは最早死に体にも関わらずこちらを見下すような笑みを浮かべた。


「……ははは……お゛ま゛え゛だち゛は、勝でな゛い゛ざ……! ボグを゛、斃じだどごろ゛で、どう゛じよ゛う゛も゛な゛い゛ごどに゛……がわ゛り゛は、な゛い゛ッ、んだ……! お゛ま゛え゛、だち゛に゛訪れ゛る゛未来は、がわ゛ら゛な゛い゛……! ぜい゛ぜい゛自ら゛の゛頭上に゛青空が広がってい゛る゛事を゛天に゛い゛の゛る゛んだな゛……!!」


 ……もういい、喋るな。

 ヤツにまともに話すつもりはないと判断して、投げたナイフがヤツの喉へと突き刺さった。


「がっ……ッ……ッ……!」


 ……ああ、最後に教えてやろう。


 狩り、というものは強者が弱者を食らう行為、ではない。


 狩られる側も命がかかっている以上全力で抵抗してくる。それこそ命懸けでの反抗だ。


 狩る側が絶対に安全な状態で相手を食らう事ができるなどという事は絶対にないのだ。


 なんだったら狩る側が、狩られる側に殺される事だって当然ある。今のようにな。覚えておくといい。



「…………ごふっ!」



 俺の言葉を聞き届けたかのようなタイミングで血を吐き出して……王に成りすました敵、ダニーは息絶えたのだった。



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